遭遇、霧の艦隊
バシュワ島では、艦隊の悲惨な状況を目の当たりにすることとなった。帝国艦隊の受けた被害は報告書で見ていたけれど、数字で見るのと実際に目にするのでは、衝撃度が違った。良く航行できたなと思える様な船ばかりで、私は言葉を失った。多くの海上自衛隊員も少なからず衝撃を受けたようで、<らいこう>の艦内は、沈痛な雰囲気に包まれた。
そんな中、サリフ皇帝は、艦隊の惨状を目の当たりにしても落ち込んでいる様子はなかった。むしろ普段よりキビキビというか活き活きしているようにも見える。自ら陣頭に立って、艦隊の再編に精を出している。戦場での経験が違うのか。
「敵艦隊への対策は、何かお考えですか?」
帝国と自衛隊で行った打ち合わせ会議の場で、私は皇帝に聞いてみた。
「日本の歴史を参考にしようと思う」
「具体的には?」
「空爆だよ」
敵艦隊の姿を隠している霧は、海面から20~30メートル程度だから、翼竜たちを使えば霧のない上空に出ることは可能だ。そこから、霧の中の艦艇を見つけ出し、翼竜に乗った魔法使いたちが攻撃するという作戦らしい。そのために、訓練もしてきたという。
「でも、見つけられなかったら?」
「“絨毯爆撃”というものがあるそうじゃないか。兵の負担にはなるが、そのための準備もしているぞ」
絨毯爆撃、つまり相手の位置を特定せず、広範囲に爆撃を行うということか。たしかにそれなら、ファシャール帝国側に被害を出さず、敵を打破できるかもしれない。さすがに戦い慣れしている、とでも言うべきか。
だけど、攻撃を仕掛ける前に、停戦交渉の努力は放棄したくない。
「陛下。私からご提案、というかお願いがあります」
「なんだ、申して見よ。サクラの話ならいつでも大歓迎だ」
「(そういうことじゃなく……、)オホン、帝国が攻撃を開始する前に、自衛隊に時間をくださいませんか?」
「どういうことだ?」
私は、艦隊の前に出て敵艦隊との交渉を試みたい、と皇帝に直訴した。迫田さんたちからの報告内容も伝える。ガ=ダルガでは和平派が主導権を握り、新たな敵戦力の増強はないし、物資の補給もないはず。
その話を聞いて、皇帝は腕を組み、少し考える様子を見せた。
「構わん。構わんが、お前たちが攻撃される可能性が高いぞ。それも承知だろうが」
「えぇ、十分に理解しています」
「お前たちが交渉している間も、帝国は攻撃の準備をするぞ」
「もちろんです」
うーん、と唸った皇帝は、ひとつの提案をしてきた。
「それならば、お前たちとの連絡を密にする必要がある。お前たちの持っている“通信機”を使わせろ。帝国艦隊全部に、だ」
以前、皇帝には通信機を貸し出したことがある。王国にも通信機を設置しているし、提供は問題ない。皇帝は、艦隊の通信ネットワークを構築せよと言っているのだ。
「今回の戦いに限り。一時的であれば、全艦に通信機を設置しましょう」
「うむ。それでよい」
「終わったら回収しますからね、絶対に」
実を言えば、海上自衛隊からも通信の必要性を言われていて、そのための可搬式通信装置も持って来ている。問題は電源だけど、ソーラーパネルで大丈夫よね。
□□□
帝国の艦隊が、白波をかき分けて進む。
バシュワ島に到着して二日後、帝国艦隊は再編を終えて出港した。戦闘艦は前の戦いを生き延びた二隻を含めた五隻、それに敵に制圧された島を奪取するための陸上兵力を乗せた輸送艦二隻と物資補給艦一隻。輸送艦と補給艦は足が遅いので、距離を取って追い掛けてくる。これに<らいこう>が随行する形。
私が船旅(旅って言っちゃっていいのかな?)をするときは、<らいめい>か<らいこう>だけの航行だったので、こうして別の船と並んで進んで行くというのは壮観だなぁと思う。私以外にもそう思った人がいたのか、<らいこう>の電動ヘリコプターEH-3が艦隊の周囲を回って艦隊の様子を撮影している。自衛隊のPRに使うんだって。もちろん、偵察も兼ねているわけだけど、少し緊張感足りなくないか? と思ったら、三島艦長が説明してくれた。
「このくらい力が抜けている方が良いのです。有事の前から緊張していては、いざという時即応体制に移れません」
「そうなんですか」
「えぇ。小官はむしろ、帝国の兵たちが緊張し過ぎているように思えます」
「それは……私から、帝国に伝えた方がいいですか?」
「いえ、各艦に通信担当として配置した隊員が、上の方たちに向けて説明しています」
――そして、バシュワ島を出発してから2日が経った。
「霧です! 霧が見えます!」
敵艦隊に遭遇したのは、島を出港してから半日も経っていない頃だった。少なくとも島の近くで戦闘するはめにならなくてよかったよ。
「艦長! 阿佐見調整官! こちらにおいでくださいますか?」
敵発見の報に緊張が走る艦橋で、艦長と私を呼んだのは、探知担当のクルーだった。
「これを見ていただけますか?」
彼女の指さす先には、何かを映した画面があった。えっと、たぶんレーダー画像なんだろうけど、よく分からないから説明して欲しい。
「阿佐見さん、これはとんでもないことですよ」
そういって、艦長自らが画面の説明をしてくれた。
「この薄く帯状に広がっている領域が霧で、その中で強く光っている部分が――」
説明を聞いて分かった。なるほど、これは大変。
□□□
霧の壁が、艦隊の眼前に広がっている。すでに、機関は停止しているが、霧の壁は少しずつ近付いているようだ。
「本艦は、これより帝国艦隊の前に出る。総員、備え。両舷前進、微速」
「両舷ぜんしーん、びそーく」
三島艦長の命令で、<らいこう>の機関が再始動し、艦はゆっくりと前に進み始めた。艦内に緊張が走る。
「CIC、画面から目を反らすなよ」
『CIC了解。捕捉・追尾バッチリです』
「警戒ドローン、1号から5号、射出せよ」
「警戒ドローン、射出。射出完了。待機ポジションに」
相手は速度を落としていない。霧に飲まれる前に、始めましょう。
「ドローン、配置につきました」
今、射出したドローン群は、異界風の改造を加えてある。御厨教授のところにいるビー君のアイディアを元にしたものだ。構造は意外と簡単で、<らいめい>が送信した電波をドローンが受信すると、魔石に密着させたスピーカーから音声が再生される。魔石に組み込まれた術式により、拡大された音声が直下に向けて流されるというもの。将来的には映像を投影させたいって言ってたっけ、ビー君。
この魔法と工学が融合したドローンから流すのは、もちろんグ・エンの言葉だ。危険が伴うので、彼女にはできればテシュバートに残って欲しかった(録音したメッセージでもいいからね)けれど、自分が戦争のダシに使われていると知ったグ・エンが、どうしても自分の生の声で説得したいと言ったので、私も乗艦を許可した。
「それじゃ、グ・エン。お願いね」
「うん」
私が渡したハンドマイクに向かって、彼女はゆっくりと語りかけ始めた。
『ガ=ダルガの民よ、我が同胞よ。私はグ・エン。ディナ氏族の長、ガイ・アズが娘、グ・エン・ディナ。今、ここにいる皆に話しかけている。
そう、私は生きている。帝国に捕らえられたなどという話は、虚偽だ。バウ氏族が、全ての氏族を謀っているのだ。どうか、気が付いてほしい。私は、こうして生きて、話している。日本という国に保護され、これまでになかった経験をしている。この驚きを、氏族だけでなく、島の皆にも体験して欲しい。だから、話し合いを。戦いではなく話し合いを、帝国そして日本と平和的に話合って欲しい。どうか、どうか……』
グ・エンの言葉は、彼らに届いただろうか? 届いて欲しい。届いていれば、あの艦隊は速度を落とすはずだ。地上の車のように急ブレーキは掛けられないからね。
でも、私たちの願望は、すぐに打ち砕かれてしまった。
「対抗勢力艦隊、速度、進路、伴に変化無し」
「霧が敵艦隊を中心に発生しているとすれば、あと5分ほどで我々も霧に飲まれるぞ」
ルートの分析は正しいだろう。彼らは、私たちを霧に取り込んで、攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
「ごめんなさい」
「あなたのせいじゃないわ、グ・エン。謝らないでいいのよ」
「でも……」
「まだ、間に合うわ。プランBよ」
プランBというのは洒落だけど、こうなることも予測して計画は立ててある。
『サリフよりサクラ。相手は停まりそうにないぞ。我が艦隊が霧に接触する前に、こっちから仕掛けるぞ』
空母<ウーラ・エルファ>で待機している、ファシャール帝国皇帝から通信が入った。あぁ、行程にはプランBのことを教えていなかったわ。
「サクラより皇帝陛下へ。もう少しお待ちください。日本国自衛隊の実力をお見せします」
『何をするか知らんが、状況によってはこちらの独断で攻撃を開始するぞ』
「構いません」
皇帝との回線を切って、私は艦長に指示を出す。自分たちで考えたことだけど、ちょっと緊張する。
「艦長、計画に従って“スモーク・オン・ザ・ウォーター”発動してください」
「わかりました。総員に通達。本艦はこれより、前方の霧に突入する。各部署は、事前の通達通りに行動せよ」
ほんとは、煙じゃなくて霧だし、湖じゃなくて海だけど、作戦名にはこれくらいの茶目っ気が必要だと思うの。
「ルート。グ・エンをお願い」
「わかった」
ルートにグ・エンの護衛を頼んで、私は<アテナ>装備を装着した。これ着けるのも久しぶりな気がする。ヘルメットを被ると、艦橋の様子と一緒に前方からこちらへ進んでくるガ=ダルガ艦隊の様子が、複合現実表示される。人の視界を遮る霧でも、レーダー波を遮ることはできなかったわけ。
さぁて。やり過ぎない位にお仕置きしましょう!




