父娘再会(2)
魔法が使えるようになるのは五歳くらいからで、二相以上の才能を持った子供は、それが判明した時点で近くの街にある幼年学校に入る。異界では、季節が一つ巡れば「一年」という程度。私たちの感覚から考えると、非常にアバウトだ。暦は必要だろうと思うのだが……。まぁ、とにかく、季節が五回巡る頃には、その子の魔法が発現し、属性や能力も判るという。
農村部で二相以上の魔導士が生まれることも希にあり、その場合には街の有力者が資金を提供して学校に通わせる。ただし、貴族や大商人の場合は、幼年学校ではなく個人レッスンで魔法の基礎を学ぶ。エイメリオちゃんも個人で魔導士から魔法を習っているそうだ。優秀な魔導士が、二人も側にいるわけだしね。
幼年学校で基礎を学んだあと、三相以上の者や二相でも位が高いものは、王都の魔導士養成学校に入学する。年齢制限みたいなものはないらしいが、大体七~八歳程度の子供たちが入学する。ここで魔法の修行や文字の読み書き、算術などを学ぶ。養成学校に入学した時点で、魔法エリートと言える。学校は完全な実力主義で、カリキュラムもクラスも能力別、そのためか、途中でドロップアウトする子もいる。魔法の実力は、知識や経験、修行のような鍛錬などによって向上するらしい。一度、養成学校を見学させてもらえるようにお願いしてみようかな。
魔導士養成学校を卒業する際に、三相以上であれば、国が身分を保証し就職先も用意してくれる。また、三相に届かない者であっても、魔石への術式書き込みが優秀な者は、魔石技工士への道が開けている。
「え? ちょっとまって、幼年学校では読み書きを教えないの?」
「あぁ、幼年学校から養成学校に進めない者は、生まれた場所に戻るか一般的な職に就く。そうした者たちに読み書きは必要ないだろう?」
なんてこと。それじゃぁ、魔法の熟練度によって学力にも大きな差が生まれちゃうじゃない。いや、異界の人々にとっては、魔法がすべての基礎であり、そこから生まれる差別に対しては無頓着なんだ。現代日本の尺度から言えば、是正しなければならない状態だけれど……いえ、それは傲慢ね。それが異界の有り様なんだわ。
「失礼だが、貴女方は魔法が使えないのだろう? 魔法が使えないのに、学校で何を学ぶのかね? いや、これは単純な好奇心からの質問だ。気を悪くしたならすまない」
「いえ、そんなことは。むしろ最初にした私の質問の方が失礼でしたね」
フィンツさんの質問は、異界人であれば当然の質問なのだろう。
「私たちの世界、いえ、日本では、誰でもが学校に行き、読み書きや算数を学びます。年齢が上がって本人が望めば、さらに上の学校に行って、もっと難しいことを学びます」
「もっと難しいこと?」
「たとえば、文学であったり芸術であったり、歴史や高等数学、科学とかですね」
「こちらの世界とは、ずいぶん違うのですね。私たちは、そんなにものを突き詰めて考えることはしませんわ。神話にある“知恵”を授けられた世界というのは、貴女方の世界のことかも知れませんね」
私としては、教育制度や創世神話についてもっと深く聞いてみたかったが、執事さんが昼食の準備ができたと報せに来た。
異界の昼食は、本当にあっさりしている。卵料理(スクランブルエッグ?)に果物。栄養補給というより、小腹を満たす感じだ。それでも、王都住まいの貴族だからこそのメニューなのだろう。平民は、ナッツなどの穀物を昼食に摂るらしい。しかし、ヴァレリーズさんは私たちのことを食にうるさいと言っていたが、私からすれば異界の人は一日中何か口にしているイメージだ。一回の摂取カロリーは少ないけど。あ、カロリーが少ないから、頻繁に何かを食べているのか。もしかして、魔法と関係ある? う~ん、今後の調査課題かも。
「しかし、急な呼び出しとは、王は何を望まれておるのだろうな」
昼食を終え、中庭に面したテラスに移動した私たちは、再びおしゃべりの時間に戻っていた。
「私には何とも。王都から遠く離れておりましたから、少々疎くなっております」
「噂では、だいぶ南方が騒がしいとか」
エミリアさんが指摘したのは、南方、つまりヴェルセン王国の南に位置するファシャール帝国のことだ。蓬莱村からは距離があり過ぎて、未だに接触したことはないが、迫田さんが調べたところによると、エルファ・シーシャという人物が、乱立していた沿岸諸国を一代で平定し興した帝国だという。
「皇帝を僭称する成り上がりが、調子に乗っているだけだろう」
「草原の民とも手を結んだという噂もありますし、何より、彼らは我が国の魔石は喉から手が出るほど渇望しているとか。野蛮人故に、無謀な戦いを始めないとも限りませんわ」
フィンツさんもエミリアさんも、新興国であるファシャール帝国に対して辛辣だ。しかし、エミリアさんの状況分析は正しいかもしれない。私は、迫田さんのレポート内容を思い出す。大陸の南部にあって大海に面しているファシャール帝国では、あまり魔石が採取できない。また、海の魔物は、陸の魔物に比べて巨大で獰猛なので、海洋進出もままならない。故に、ファシャール帝国成立以前から、沿岸部の国々は王国に対ししばしば戦いを挑んできた歴史があるそうだ。もしも、歴代ヴェルセン国王が領土の拡大路線を取っていたなら、とっくの昔に沿岸諸国は王国に飲み込まれていただろう、と迫田さんは推測していた。
「王都に来る前に寄った村では、働き手が徴兵されておりました。王は、帝国との戦に備えておられるのかも知れません」
そう語るヴァレリーズさんの表情は暗い。戦争となれば、高位の魔導士であるヴァレリーズさんも動員されるに違いない。だけど、彼さんが憂いているのは、そんなことじゃないだろう。ヴァレリーズさんの視線は、エイメリオちゃんに向けられていたのだから。
「もし……もしも、帝国との戦争に日本の協力が欲しい、という依頼であれば、それはお断りするしかありませんね」
「貴女方は、我が国に協力できないと?」
フィンツさんの疑問ももっともだ。
「はい。我が国は、専守防衛主義です。戦いに参加することはできないのです」
そもそも蓬莱村を建設するにあたっても、国内でさまざまな議論を呼び混乱が起きた。DIMOからの介入もあったという、まことしやかな噂も流れている。あれと同じ事を、また繰り返したくはない。
「貴女方は、王国と同盟を結んだのではないのか?」
「締結したのは、不可侵同盟やそれに付随するいくつかの協定です。戦争に協力することは、協定に含まれておりません」
そう、ヴェルセン王国と日本は、正式な同盟国ではない。集団的自衛権が発動する余地はない。私は、胸元に隠したペンダントを服の上からギュッと握った。異界に来てから、ストレスを感じるような場面では、巌じぃちゃんのペンダントを握る癖がついてしまったようだ。
「しかし……」
なおも食い下がろうとするフィンツさんを、エミリアさんが止めた。
「あなた。それくらいに。サクラさんも困ってらっしゃるわ。それに、国王陛下のご意志が那辺にあるか、まだ判りませんのよ」
「う、うむ。そうだな。失礼したサクラさん」
夫人に諭されたフィンツさんは、私に対して謝罪の言葉を述べた。
「いえ、こちらこそ、楽しい時間を台無しにしてしまって、申し訳ありません」
かすかに漂った険悪なムードを敏感に感じたエイメリオちゃんが、父親の膝に乗ったまま寂しげな表情を浮かべている。あぁ、やっちゃった。なんとかして、雰囲気を変えないと。
「そうだ! 写真撮りましょう!写真を」
「写真?」
ヴァレリーズさんを除く三人が、怪訝な表情を浮かべる。口で説明するより、やって見せた方が速いかな? 私は鞄からタブレットを取り出すと、電源を入れてカメラアプリを起動した。
「エイメリオちゃ~ん、こっち見て~」
カシャリ。
撮影した画像を見せるため、タブレットをフィンツさんたちに見せた。
「おぉ、これは!」
「これ、私?!」
画面には、父親にしがみつくエイメリオちゃんの姿が、くっきりと映っていた。
「変わった……魔法ですのね?」
「いえ、これは魔法ではなく、技術です。ね? 心配ないでしょう? ささ、皆さん並んでくださいな」
その後、私がカメラマンになって、オールト家の人々を撮影しまくった。いや、これ業務だから。異界の文化や人々を記録するのも、私の任務だから。
最期の方では、エイメリオちゃんがはしゃぎまくって、さまざまなポーズや表情をカメラに収めることができた。このデータは、変な男たちには見せられないわね。
異界法は憲法解釈をかなりねじ曲げてはいますが、それでもこちらから戦闘を仕掛けることはできません。王国とは同名を結んでいないので、たとえ王国が攻撃されても集団的自衛権は発生しません。




