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異界調整官 ~異世界で官僚、奮戦す~  作者: 水乃流
第三章

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ミッシングリンク

 ネアンデルタール。学名、|ホモ・ネアンデルターレンシス《Homo neanderthalensis》は、地球上では約四十万年前に発生したサピエンス種のひとつ。かつては「旧人」と呼ばれ、我々現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスの祖先と考えられていた時期もあったが、現在では否定され別系統の人類とされている。


「たしか共通の祖先から四十万年前くらいに枝分かれしたってことだったなぁ」

「君たちの暦で、一年が季節一巡だったね。途方もない昔の話だが、君たち(ニヴァナ)ではそんなに昔のことが伝承として残っているのかい?」


 巳谷先生の説明に、ヴァレリーズさんが突っ込んだ。いやいやいや。


「さすがに、そんな記録残っていませんよ。地層とか化石とかいろいろ調べて、たぶんそうなんじゃないかなぁって推測しているんです。ですから、異論もありますよ」

「ふむ。そうなのか。てっきり昔から吟遊詩人がいたのかと思ってしまったよ」


 あー、なんかそのくらいは生きてそうな吟遊詩人、知ってる気がする。ま、それは置いておいて。


「でも、ネアンデルタール人って、絶滅したってことになってますよね」

「そうだね。およそ二万年くらい前って言われているね。ただし、我々の世界(ニヴァナ)では、だよ」

「まさか、異界(こっち)に移住したって事ですか?」

「という可能性もあるって話だよ」


 巳谷先生によれば、その絶滅も謎が多いらしい。現生人類(ご先祖様)に滅ぼされたという説もあるらしい。


「私も豊崎先生も、医者であって人類学者じゃないからね。そんなに詳しいわけじゃないし、なにしろサンプルが彼女(グ・エン)一人だけだからね」


 現在、蓬莱村には生物を専門にする研究者はいない。異界(こちら)を訪問したいという要望はたくさんあるけれど、こちらにはダニー君もいるし特定の研究者だけを優遇するわけにも行かなかったのよ。

 今、蓬莱村にいる研究者は、こちらへの移住を希望してきた人たちで、日本に帰国できなくなっても構わない、こちらで生きていくと決めている人たちだ。あいにく、生物学者でそこまで決意する人が、これまでにはいなかったというだけのこと。


「改めて聞きますけど、ネアンデルタールだってことは間違いないのですか?」

「あぁ、間違いない。こちらにはシーケンサーがないので、日本とそれからドイツでゲノム解析した結果だ。あっちでも大騒ぎらしい」


 そりゃ、絶滅したとされるネアンデルタール人が生きていたなんて、大ニュースだろう。また“(ザ・ホール)”の向こうから、異界(こっち)に来たいという人が増えるんだろうなぁ。


「ひとつ、質問があるんだが」

「なんですか、ヴァレリーズさん」

彼女(グ・エン)が君たちの言う“ネアンデルタール人”だったとして……何が問題なんだね?」


 ヴァレリーズさんの言葉に、私を含め日本人は虚を突かれた。きっと、間の抜けた顔に見えただろうな。いけないいけない。


「……ごもっとも。彼女が何者であったとしても、さしあたり問題になるのは、ガ=ダルガの方ですね。ネアンデルタールの件については、報告書をあげてください」


 私は、巳谷先生と豊崎先生にお願いした。それから、詩に連絡して、移民者の中で文化人類学の専門家がいないか確認してもらおう。


□□□


 ヴァレリーズさんには「問題ない」と言ったけれど、テシュバートから蓬莱村への道中で私の心を占めていたのは、やはりネアンデルタールのことだった。

 もし、彼女の祖先が私たちの世界(ニヴァナ)から、こちらへ来たとするなら、これまでにも“(ザ・ホール)”が開いたことがあるということ。そして、ネアンデルタール人が使った“(ザ・ホール)”が見つかっていないということは、現在は閉じてしまった可能性が高く、それはまた、私たちが今使っている“(ザ・ホール)”も閉じる可能性があるということだ。開いたり閉じたりするなら、その間隔はどのくらいなのだろう?

 “(ザ・ホール)”が閉じる可能性については、異界(こちら)にいる全員が納得済みだ。だからこそ、日本の援助がなくてもやっていけるよう、いろいろな施策をとっているつもりだけれど……。


 蓬莱村に帰って会議を開く前に、詩たちの家に寄った。


「調子はどう?」

「うん、思ったよりも辛くはないわ」

「無理してない?」

「あたしが? まさかぁ」


 元来、詩は楽天家で、彼女が辛そうにしているところは想像できないのだけれど。


「そりゃ不安はあるわよ。でも、それ以上に楽しみなの」

「そっか。でも、辛かったら言ってね。あまり無理しないでね」

「君は私のお母さんかっ。大丈夫よ、先生たちもいるし」


 詩は、異界(こちら)での出産を決めた。日本人として、初めて異界(こちら)で出産するにあたって、巳谷先生だけでなく、わざわざ婦人科の先生も呼んできている。王国の魔導宮も興味があるらしく、出産時のケアをする女性の魔法使いを村に派遣してくれている。

 実を言えば、新しい移民の中には妊娠が分かっている家族もある。今後も出産は続くだろうから、その試金石という意味合いもある。詩は「村長が身をもって範を示す」とかいってるけど、環境が整った日本とは違うのだ。


「休んでいてもいいのよ?」

「巳谷先生から、適度な運動をするように言われているし、出産までにはまだちょっと時間があるから、ギリギリまで仕事するわよ」


 そうか。そうよね。私は友人の意思を尊重することにした。


「じゃ、会議に行きましょうか」


□□□


 最近、定期的に開催することが難しくなってしまった運営会議だけれど、常に情報共有はしているので荒れることはない。迫田さんは、帝国との調整をお願いしているので、ここにはいない。巳谷先生もテシュバートに残って、豊崎先生と一緒にグ・エンの検査を続けている。


「それで、村としては今後どのような方針で進めるのかね? 科学班としては、調査研究が止まってしまうのは困るのだが」

「研究は、予定通り進めてもらって構いません、小早川先生。ただ、無名島は立ち入りが制限されます」

「ヴェルセン王国の方は?」

「ヴァレリーズさんにお願いしていますが、私も王都に出向いて説明と協力をお願いすることにしています。あ、新都市の方は、少し遅れることになると思います、上岡一佐」


 とまぁ、細かな説明に終止した。私が無名島で見た夢については……私の心の中にだけ仕舞っておくことにした。詩に変なストレスかけたくないしね。


詩「で、貴女の方はとうなのよ?」

桜「どうって?」

詩「結婚しないの?」

桜「やだ、相手がいないわよぉ」

詩「……鈍感かっ!」

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