仮面部隊の正体
「ちょ、ちょっと待ってください」
部屋に雪崩れ込んできた騎士たちに、そしてエバ皇后に向かって言った。
「なぜ、どうして彼女を捕まえるなんてことを」
「調整官サクラ殿。貴殿には後ほど詳細をお伝えする。この場は動かずにいていただきたい」
武器こそ構えていないけれど、騎士達は毅然とした態度でグ・エンを取り囲んだ。彼らはすばやく、彼女を拘束し詠唱を唱えられないよう口を塞いだ。彼女は抵抗したが、屈強な兵士に敵うべくもなく。
私にとって、グ・エンは漂流していたところを救助しただけの関係だ。彼女の望みを聞き入れ、皇后に会わせた。それは、好意から行ったことで、決して義務ではなかった。別に見返りを求めてのことじゃない。困っている人がいれば助ける、人として当たり前のことだ。
私はスーパ-ヒーローでもヒロインでもない。でも、でも、目の前で少女が暴力で押さえつけられるところを黙って見ているなんてできない。
「竜よ! 力を貸してっ!」
「うわっ!」
「ガッ!」
グ・エンを取り囲んでいた騎士達が、見えない力で弾き飛ばされる。私がそう願ったから。
「大丈夫?」
床に転がったグ・エンの拘束を解きながら、私は彼女をかばうように前に出た。
「サクラ、お前自分が何をしたのか、わかっておるのか?」
エバ皇后がゆっくりと、噛みしめるように私に言った。
「皇后陛下、貴女こそご自分のなさっていることを理解されていますか?」
私の返事に、ふぅ、とため息をつくエバ皇后。
「わかった、わかった。真に情の強いことよ。エルファが惚れるのも分かる気がするのぅ。やれやれじゃ」
エバ皇后が、スッと椅子から起ち上がる。
「みな、この部屋から出よ。我とサクラ……そしてこの娘の三人で話す。誰も入れるなよ」
「ハッ!」
指揮官らしい騎士が一礼すると、あっという間に部屋から出て行った。あ、いけない、陸自隊員のこと忘れていたわ。
「みなさんも外へ」
「阿佐見さん、大丈夫なのですか?」
「私は大丈夫。少しの間だから」
「了解しました。部屋の外で指示を待ちます」
最後の隊員の後ろで扉が閉まると、部屋の中は私たち三人だけになった。エバ皇后は、胸の間から魔石を取り出して机に置いだ。遮音の魔石だろう。それにしても、そんなところに仕舞っておかないで欲しい。人間、胸の大きさで価値が決まるわけじゃないのよっ!
「お前達も座るがよい」
「そうさせてもらいます」
「……」
私は手近な椅子に、グ・エンはオドオドしながら皇后から離れた椅子に座った。私たちが椅子に座ったのを確認して、エバ皇后はゆっくりと口を開いた。
「さて、何から話せば良いか……まずは娘、お前はガ=ダルガから来た、それに嘘偽りはないな?」
「はい」
「よろしい。では、サクラ。ウルジュワーンのこと、覚えておろう?」
当たり前だ。まだ半年も経っていない。私が頷くと、エバさんも頷き返した。
「あの内乱のさなか、仮面を付けた部隊がおったであろう?」
「えぇ、ルートが対決した大男たちの部隊ですね」
「うむ。あの騒ぎの後、あやつらは煙のごとく消え去った。一体何者であったのか、皇帝陛下は調査を御命じになられた」
さっき、皇帝を“アレ”呼ばわりしてなかったっけ? いずれにせよ、あの人がそんなことに気が回るとは思えないから、エバさんが指示したんだろう。
「結局、そやつらの行き先は分からず終いであったが、ひとつだけ分かったことがある」
「まさか」
「そうじゃ、あやつらは、“ガ=ダルガ”から来たと言っておったのじゃ」
内乱を引っかき回したあの謎の仮面部隊。それが、グ・エンと同じ所から来た? つまり、グ・エンは帝国に敵対する勢力ってことになるわね。私は、思わずグ・エンの顔を見た。彼女は慌てて、首を横に振り否定した。
「その者達は、私の一族ではありません。我が一族と我が一族に賛同する氏族は皆、平和な暮らしを求めています」
グ・エンの態度を見る限り、嘘はついていないようだ。再びエバさんを見ると、エバさんも困惑した表情を浮かべていた。
「要するに、エバさんはグ・エンを仮面部隊の仲間だと、奴らのスパイ――えぇと、間諜だと思って捕縛しようとしたんですね」
「うむ」
ばつの悪そうな表情で、首肯するエバさん。
「わ、私は、間諜などではありません!」
「私も、グ・エンが間諜である可能性は低いと思うわ」
私たちが漂流するグ・エンを助けなかったら、彼女は大陸に着くことはなかったし、何より情報を持ち帰る手段も、伝える手段も持ち合わせていない。何百キロも離れた場所と更新できるテレパシーみたいなものがあれば別だけれど。
それに、仮面部隊が来たという事例がある以上、すでにスパイは潜り込んでいると思う。
「なにより、彼女は積極的に情報をくれようとしているわ」
「わかった、わかった。もうよい、そのように我を責めるな。捕縛しようとしたのは、我の誤りじゃ」
「責めていませんよ。施政者として安全策を選ぶのは、当然のことです」
事前に相談して欲しかったけどね。他国の人間としてではなく、有人として。
「で、グ・エンは、その仮面の男たちに心当たりはあるの?」
「おそらく……バウ氏族かフルー氏族の者かも知れません」
「ガ=ダルガには、いろいろな氏族がいるのね」
「え、えぇ」
その後のグ・エンの説明によると。
ガ=ダルガと呼ばれる巨大な島(恐らく赤道の向こう)では、住人は多くの氏族に別れていて、指導的な役割を持っている氏族が十二、決定権を持つ氏族が七氏族あるという。氏族の中でも最大勢力がバウ氏族で、かなり好戦的。その力を怖れて従う氏族も多いそうだ。グ・エンの一族、ディナ氏族は、勢力としては二番目で、争いよりも平和を、戦いより話合いを好む氏族なのだという。好戦的な勢力と平和的な勢力は、長い間均衡を護っていたが、バウ氏族の族長が世代交代した途端、好戦的な氏族が勢力を増したのだという。
「クゥ・バウの息子、デラ・バウは、この大陸に戦争を仕掛けようとしています。『大陸の土地は我々のものだった。今こそ簒奪者から取り返すのだ』といって、軍備を拡大しています。私たちの島には、手つかずの土地がまだまだたくさん残っているというのに」
「それが帝国に伝えたいこと、なのね?」
「はい……できれば、お互いに傷付くだけの戦争は回避して欲しいのです」
「無理じゃな」
グ・エンの願いを、皇后はにべもなく切り捨てた。
「平和を求めるというお主たちの一族は、ガ=ダルガで最大勢力ではないのじゃろう? 我と交渉したとして、バウ氏族とやらは止められるのか?」
エバさんの言葉に、グ・エンが身を堅くする。
「無理じゃろうよ。であれば、ガ=ダルガは総体として、我ら帝国の土地を求め戦争を仕掛けてくるのは必定。大陸の土地を奪い取ろうとしている輩と、帝国がなぜ話し合いをせねばならんのじゃ? こちらとしては、譲歩するような余地も筋合いもない。お主の国が、大陸の土地を諦めて何もせず帰るというのならば別じゃが、そうではなかろう? 残念じゃが、戦争は避けられぬであろうよ。帝国としても、戦いもせず土地を明け渡したりすれば、我が帝国民は我らに失望するであろうしな」
エバさんの言うことには、一理も二理もあるわね。長いこと平和が続いた日本なら、話し合いでなんとかなると思う人間がいるかも知れない。けれど、話し合いでなんとかなるのであれば、北方領土も竹島も、もう日本に還ってきているはずだし、尖閣諸島の騒ぎも起きないでしょ? まして異界では。
テシュバートは、帝国から借りているだけだし、帝国が日本の軍事力・技術力を見て、戦っても利はないと考えた結果だ。ガ=ダルガが圧倒的な軍事力を持っていれば、話は変わってくるが。
「仮面部隊のこともあるしのぅ。その娘の言うように、好戦的な一族が大陸を侵略しようと戦争を仕掛けてくるのは間違いないのじゃろう。しかし、こちらもそれを座して待っているわけには行かぬ。すぐにでも、戦の準備をせねばな」
グ・エンを見ると、がっくりと肩を落としている。彼女としては、戦争を止めたかったのだろう。でも、むしろ逆の結果になってしまった。現実は厳しいわ。
そして、帝国にとっても厳しい現実を、私は指摘しなければならない。
「エバさん、いえ、ファシャール帝国エバ皇后陛下。戦争の準備を始めると言うのであれば、ひとつ、申し上げなければならないことがあります」
「ん? 改まって何事じゃ?」
「このままでは、おそらく……帝国は負けます」




