グ・エンと皇后
グ・エンには、<らいこう>の医務室から一般乗客用の個室に移ってもらった。部屋が空いていて良かった。
「あと二日で大陸に着くから、それまでここで我慢してね」
「船の中ですから、狭い部屋なのは当然です。寝床があれば十分です。が、この四角い板はなんですか? 鏡にしては写りが悪いようですが」
彼女が指さしたのは、艦内標準装備のモニターディスプレイだ。
「これは、モニターといって、風景とかいろいろなものを映すためのものよ。そうね、艦首カメラの画像を表示するようにしておきましょうか」
そのくらいなら問題はないだろう。私がリモコンを操作すると、モニターに海原の風景が映った。まだ大陸は見えない。
「な、なんの魔法ですかっ!」
「魔法じゃないわ。私たちの技術よ」
あ、この反応久しぶりだわ。最近、王国の人も帝国の人も、私たちの技術にあまり驚かなくなっているからなぁ。
ほかにも、給湯器とか洗面台とか操作をざっと説明して、帆彼の者には触らないように注意をした。なんで海自の女性隊員とかにやってもらわないのかといえば、単純に人手不足だから。それにグ・エンが、私と豊崎先生、それにニブラムとしか話そうとしないからだ。やれやれ。私も暇って訳じゃないんだけどね。
「港に着いたら、医学的なチェックを受けてもらって、それが済んだら帝国の人と会ってもらうわ。上手く行けば、十日以内にエバ皇后と対面できるはず」
「わかりました。ご助力感謝します。……ところで、この船はいつ出航するのですか?」
「え? もう港に向かっているわよ?」
私の言葉に彼女は驚いた表情を見せた。
「蒸気機関の音が聞こえないので、てっきり風任せで浮いているだけなのかと」
「いやねぇ。<らいこう>は帆船じゃないわよ」
□□□
テシュバートに着いたのは、二日後の昼前だった。予定よりも六時間早い。三島艦長以下、乗員が頑張ってくれたようだ。
「サクラ。久しぶりだね」
「あら、随分変わったわね」
私たちを出迎えたのはルートだった。あのでっかいボディじゃなくてコアの方ね。でも、前はなかった車輪が付いているし。
「移動用二輪車を構築してみた。整地された場所なら、車輪の方が早く移動できるからね」
「ふぅん。便利そうね」
でも、人間、歩いた方が健康にいいのよ。ちゃんと運動しないと。そう、健康のためよ。決して最近お腹周りが気になってきたからじゃないわよ。
「き、機械が喋ってるっ!」
私の後ろから、叫び声が聞こえた。グ・エンだ。
「えっと、グ・エン、こちらルート。ルート、こちらグ・エンよ」
「やぁ、グ・エン。ルートだ。遭難したと聞いている。大変だったね」
「あ……あ……、ど、どうも……」
いつの間にか、ルートが人間みたいな挨拶している。
「怖がらないで、グ・エン。ルートは貴女に危害を加えたりしないわ」
「肯定。私が君に危害を加えることに利点はない」
あぁ、あまり変わっていないわ。
「じゃぁ、グ・エンは豊崎先生と病院に向かってね。そこで検査するから」
「わかった」
「後で私も行くから」
豊崎先生と数人の海自隊員に囲まれて、グ・エンはテシュバートの病院に向かった。あそこには、CTとかfMRIとか最新の医療設備がある。
「で、ルート。わざわざ出迎えてくれたのは、彼女に会うため?」
「肯定。サクラ、君は時として鋭い観察眼を発揮するね」
“時として”は余計よ。私に会うだけなら、テシュバートにある私のオフィスで待っていればいいこと。それをわざわざ港まで来たってことは、理由があるはずでしょ。
「サコタから聞いて、興味を持った」
「吟遊詩人によると、過去に“消えた民”らしいわよ」
「伝承というものは、長い時間の経過で歪められるものだ。仮に彼女がこの大陸から去った民族の末裔だったとして、伝承が生まれたころとは大きく変化しているだろう」
「で、自分のセンサーで計測してみて、どうだったの?」
ルートは、その場でくるりと回転してみせた。喜んでいる、のかな?
「成果はあった」
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病院での検査では、グ・エンは健康そのもので、危険なウィルスとか細菌は見つからなかった。豊崎先生の簡易検査で分かっていたことだけど、ひと安心だ。
彼女が病院で検査している間に、帝国からの使者と話し合った。皇后とグ・エンとの面会は、テシュバートに隣接する国のとある村で行われることになった。わざわざ帝都から皇后が来るの? ニホンの車でもヘリでも、帝都まではそれほど時間はかからないのに。
「皇后陛下は、日本政府にお手数をお掛けしたくないとのこと」
「それほど手数でもありませんよ。乗りかかった船です」
「あなた方にはいろいろと便宜を図っていただいておりますので、ハイ」
そんなわけで、三十キロほどの行程を帝国が用意した馬車で移動することになった。念のため、陸自の装輪装甲車(電動化済み)車両と、十二名の陸自隊員も同行する。この辺りではあまり聞かないが、旅人を襲う盗賊もいるらしい。村や町の間での商取引が盛んになったため、そうした輩も増えたのだという。私たちが原因と言えなくもない。そのうち、なんらかの対応も検討しないと。
<らいこう>がテシュバートに寄港してちょうど七日後、私はグ・エンを連れて皇后と面会した。場所は、領主の屋敷だ。だから、謁見の間とかではなく、ちょっと広めの集会場のような場所だった。
私がその部屋に入ると、エバ皇后はすでに座って待っていた。
「皇后陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「うむ。大義であった。して、彼の者は何処に」
ここには、二、三人の帝国官吏、騎士がいるので、少し堅苦しい言い方をした。苦手なんだけどね。
エバ皇后の許可が出たので、グ・エンを呼ぶ。陸自隊員に護られていた彼女が、エバ皇后の前に進み出て名乗った。
「ディナのグ・エン、です」
「ディナ、とは土地の名か?」
エバ皇后は、グ・エンを観察しながら質問した。
「いえ、ディナは一族の名。ディナ氏族です」
「では、お前が来た土地の名は?」
「ガ=ダルガと申します」
「そうか」
エバ皇后は、彼女の答えを聞いて目を反らし天井を見た。そして、再び彼女を見据えると、おもむろに命令を下した。
「この娘を捕らえよ!」




