漂流者
<らいこう>の航路前方を紹介していたEH-3が、波間に浮かぶ物体を発見したのは本当に偶然だった。報告書によると、発見は13:25、上空まで到達したEH-3が人間と確認し、<らいこう>に連絡。救出したのは、14:30を過ぎた頃だった。救出までに時間を要したのは、EH-3が複座の電動ヘリであったためで、救助は<らいこう>のゴムボートで行ったため。この辺り、何か考えておかないと、海難救助で苦労するかも。
「先日の嵐で遭難したのでしょうか?」
漂流者を治療している医務室で、私に聞いてきたのは<らいこう>艦長の三島一佐だ。<らいめい>の保谷艦長と同じく、黒く日焼けして海の男って感じだ。
「恐らくそうでしょうね。でも、王国の人とも帝国の人とも違うようですし」
救助したのは、大柄な女性だった。医務室のベッドじゃぁ少しきつそうだ。
「そもそも骨格が違う。別の島、あるいは大陸からきたんだろ」
医務室のモニターにレントゲン写真を表示させながら、<らいこう>船医、豊崎先生だ。三島一佐とは対照的で、色白でひょろっとしている。見た目は頼りないけど、「腕は確かだ」と巳谷先生のお墨付き。
「ほら、ここ。頬骨が大きく横に張り出しているし、下顎も前に出ている」
「それについては、テシュバートに着いてから詳しく調べましょう。で、先生、患者の容態はどうなんです?」
豊崎医師がマウスを操作すると、モニターの画面が切り替わった。心拍数と血圧、くらいは分かる。
「ここに運び込まれた時には、低体温症でかなり危険な状態だったよ。でも、今は良くなっている。私の力、と言いたいところだが、患者の快復力が人間離れしているね」
「意識は?」
「生命の危機は脱したから、すぐにでも目を覚ますだろうよ。その時は、呼ぶよ」
豊崎先生の、婉曲な“邪魔者は帰れ”という命令に、私と艦長は素直に従った。ここにいても何もできないしね。とりあえず、テシュバートの迫田さんに連絡しないと。
□□□
彼女が目覚めたと連絡があったのは、翌日のことだった。たまたま、帝国領の島に立ち寄って上陸中だった私は、急いで<らいこう>に引き返した。
医務室の外に立つ海自隊員に挨拶して、中に入るとベッドの上には半身を起こした女性がいた。なぜか、豊崎先生が厳しい顔をしている。
「どうですか?」
「おぉ、阿佐見さん、助かった」
「?」
豊崎先生が視線で、救助した彼女を指し示した。
「彼女がどうかしましたか?」
「う~ん、それがね。一切、喋ってくれないんだよ。近寄ろうとすると、攻撃的になるし。ここは、同じ女性同士でなんとかならない?」
ならない? と言われても。
とりあえず、言葉は通じるはずだし、やるだけやってみましょうか。
「こんにちは。私は阿佐見桜。あなたは?」
「……」
「怖がらなくていいのよ。私たちは、海で漂流しているあなたを見つけて救助したの。あなたに危害を加えるつもりはないし、悪意があればそもそも助けないでしょ?」
「……グ・エン。ディナのグ・エン」
「え~と、エンさん、でいいのかしら? それとも、グさん?」
「グ・エンと」
とりあえず、名前は分かった。
「グ・エンさんね。身体の調子はどう? どこか痛いところとか。喉は渇いていない? お腹が減っていれば、何か持ってこさせるけど」
「水を」
「わかったわ。豊崎先生、申し訳ないのだけれど外の彼に頼んで、ミネラルウォーターを持ってきてもらえるかしら」
「わかった」と言って、豊崎医師が部屋の外に出た。彼が外に出た瞬間、グ・エンと名乗った女性の緊張が緩むのを感じた。
水はすぐに届けられた。間者の身体に配慮してなのか、ペットボトルは常温だった。
「ごめんなさい、先生も外に出ていていただけますか?」
ペットボトルを豊崎先生から受け取ると、私は退室をお願いした。豊崎先生は、すぐにピンと来たようだ。
「わかった。何かあったらすぐに呼びなさい」
「ありがとうございます」
漂流者が運び込まれた時点で、この医務室にはカメラが取り付けられている。豊崎医師のタブレットでモニターできるはずなので、私に何かあってもすぐにわかるだろう。
「どうぞ」
私はペットボトルの蓋を開けて、彼女に差し出した。でも、彼女は手を出そうとはしない。随分と用心深いのね。私は、ペットボトルの水を一口飲んで見せた。
「ね? 大丈夫よ」
彼女は恐る恐るペットボトルを掴み、一口飲むと、ゴクゴクと一気に飲み干した。水を飲んで落ち着いたのか、彼女は手にしたペットボトルをしげしげと観察し始めた。そして、私の方を見ると、私に聞いてきた。
「あなたは何者?」
「阿佐見桜って――」
「名前ではなく。権力を持っているのか? そして、ファシャール帝国の人間なのか?」
権力って。
「私は調整官。権力というか、責任者ではあるわね。そして、ここは帝国ではなく日本国の船よ」
「ニホン? 聞いたことがない……いや、ゴダが何か言っていたような……」
彼女の声は段々小さくなって、最後の方はブツブツと独り言のようになっていった。自分の中で情報を整理しているのだろう。私も、彼女について情報を整理しようとしてみたけれど、情報が少なすぎる。情報を聞き出すスキルなんて持ってないからなぁ。海自の誰かに頼んでみる? いや、止めておこう。
グ・エンが顔を上げて、躊躇いがちに口を開いた。
「私は、あなたが何者かは分からない。が、今はあなたに頼るしかない。どうか、ファシャール帝国の皇帝、いや貴族でもいい。皇帝に近い人と話をさせてもらうことはできないだろうか?」
「皇帝に会って、何を話すの?」
「それは、直接話す。お願いだ」
□□□
医務室から自室に戻った私は、すでに通信可能になっていたので帝国に連絡を取ってみた。島々に設置した、通信塔はちゃんと機能しているようで良かった。
こんな時のためにホットラインならぬテレビ会議システムを、帝国王宮に設置させてもらっている。ただ、電源の確保が難しく、太陽光パネルで発電したバッテリーを使っているので、通話時間に制限がある。時間を無駄にしないために、テレビ会議システムの前には必ず一人以上の見張りを付けていて、私たちからの連絡があれば直ちに帝国上層部(大抵はエバ皇后なのだけれど)がやってくるようにしてもらっている。わざわざ人を張り付けるのは非効率だと思うのだけれど、これ以上の技術を帝国(王国にもだ)に持ち込むのは憚られるし、エバさんが言うには“仕事を作ることも必要”ということで、この形に落ち着いている。ヴァレリーズさんのような調整官を配置してくれると、こちらとしても助かるんだけどなぁ。
そんなことを考えている間に、カメラの前にはエバさんが現れた。
「ご無沙汰しております、陛下」
『サクラよ、そのような堅苦しい挨拶は不要じゃと、何度も行っておろう? して、何用じゃ』
私は手短に、漂流者の話を帝国皇后に伝えた。私の話を聞き終えた皇后は、しばらく黙っていた。
『妾や皇帝陛下に会いたいと申すものは数多いが、全てに会っている訳ではない。それは判るな?』
「もちろん」
帝国のトップが、会いたいと言われて会っていたら、時間がいくらあっても足りない。私が首相に面会を申し込んでもなかなか会うことができないのと一緒だ。
『その娘が何を伝えようとしているのかは気になるが……サクラ、お前はどう思う?』
「彼女は骨格からして、私や帝国の人たちとは異なります。つまり、これまで知られていない場所から来たこと。そして命を賭して海を渡ってきたこと。それらを考え合わせると、彼女は何か重要な事柄を伝えようとしているのでしょう。ですから、私は会うべきだと思います」
『そうだな。妾もそう思う。では、テシュバートに使いの者を出そう。その娘、お前が連れてこい。手土産を忘れるでないぞ』
「はいはい。ちゃんと手配していくわ。それじゃ、帝都で」
『うむ。待っておる』
通信が切れ、ブラックアウトした画面をしばらく見つめながら考える。本当に、彼女と皇后を会わせていいのだろうか? 無名島で見た、夢が気になる。でも、夢が気になるから会わせない、なんて言えないし。えぇい、迷っていても仕方ない。私は、部屋を出て、再び医務室へと向かった。




