戦乱の予兆
らいめい型護衛艦<らいこう>――あっちの世界では考えられない速度で、建造された護衛艦は、実証実験艦だった<らいめい>よりも全体的に流線的で、装備も一新されている。日本でも、らいめい型三胴船タイプの護衛艦建造が始まっているけれど、魔法が使えるこちらとは比較にならないくらい時間がかかるらしい。五年とか十年とか。
一年の間に二隻の護衛艦を建造できたのは、魔法の力が大きいけれど、予算面で余裕があることも大きい。基本的に辺境伯領の利益は、そのほとんどをため込まないことが基本方針にしている。そうやって、経済を回していくことが、王国には必要だと私は思ってる。
<らいこう>の試験航行は、大きな問題もなく完了して「、今は再び無名島に向かってテシュバートを出航したところだ。ちなみに<らいめい>は、大規模改修に入っていて、<らいこう>同等の装備・性能になる予定。
<らいめい>の改修が終わったら、帝国向けの大型艦が建造される。帝国からの発注という形なので、基本形は異界の船に似た外形になる。ただし、推進部分に関しては、まるまる日本から買ってもらうことになる。帝国としても、雇用が増え、かつ技術移転が進むので問題ない。エバ姉さんがニヤリと笑っていそうだ。
私は<らいこう>の後部甲板から、遠ざかるテシュバートの夜景を眺めていた。電気の明かりと魔石の光が混ざり合った、綺麗な港の夜景。出航って、なんだかセンチメンタルな気分を醸し出すよね。
「ヒトが作り出す灯りには、美しさの中に寂しさがありますね」
隣にたった吟遊詩人が呟く。
日本の関係者間では、多くの人がニブラムの正体について気が付いている。というか、誰も正面切って尋ねていないので、その予測が当たっているのかどうかは分からないけれど、まぁ、間違いないでしょ。問題は、なぜここにいるのか、ということ。
「私が隣にいては、ご不満ですか? 今回はサコタもヴァレリーズ師も同行されませんから、さぞお寂しいことでしょう」
「いいえ。なんで二人の名前が出てくるのか分かりませんが。私が不満げに見えるとしたら、なぜあなたがここにいるのか、それが不思議だからです」
「許可は戴いておりますよ?」
「そういうことじゃなく……もう、いいわよ」
あまり好きな考え方じゃないけれど、ニブラムという存在はメリット・デメリットでいえば、メリットの方が若干大きい。それに、もう情が移っているしね。日本人の悪いところと言われそうだけど。
テシュバートの灯りが、遠く小さくなった。
「そろそろ船内に戻りませんか?」
「えぇ、そうしましょ」
□□□
島でのスケジュールはびっしりだ。遊ぶ間もない。せっかく水温も高くなりつつある季節なので、海開き的なイベントをやろうかとも思ったのだけれど、そんな余裕がない。
まず、JAMSTECから依頼されている深海調査のための基地作り。異界に海が存在すると分かってから、ずっと依頼されていた案件で、これまで伸び伸びになっていた事業だ。海底資源があれば、日本政府としてもうれしいことだが、調査を行うための船がない。<しんかい>をこちらに持ってくることはできても、運用するための船がないため活動できないのよね。<しんかい>を運用する<よこすか>クラスの艦艇を建造するキャパシティは、今のテシュバートにはない。だからあるものを使おうということで、<らいめい>あるいは<らいこう>を母船とした、無人機による調査が行われることになっている。無名島には、無人機と研究施設を置く計画。
次に、防衛省とJAXAから依頼されている、滑走路の建設。大海蛇たちが生まれたあの峡谷を利用する案もあったけれど、島のどこかに新しく切り拓くことになっている。今回は、滑走路建設のための前準備、気象データの収集を行うための機器設置だ。手間がかかるけれど、ちゃんとしておかないと折角作っても役に立たないなんてことになりかねない。
そして、国際科学チームの受入準備。DIMOが中心となって、世界各国の海洋学者や生物学者、地質学者などが研究を行う計画で、そのための住居やインフラの準備をしなきゃいけない。これには、王国と帝国の技師や魔法使いが参加している。もちろん、給金をちゃんと支払っている。
そんな感じで、慌ただしく一週間が過ぎた。
「急激な気圧の低下が見られますね」
「台風シーズンは、まだ先でしょ? どのくらいの大きさ?」
「推定ですが、カテゴリー4くらいでしょうか」
テシュバートへ戻る日に、台風が来るなんて。とはいえ、無理に出航してトラブルにあっても適わない。安全策を取って一泊延長することになった。無名島の湾内なら、<らいめい>が座礁する心配はない。でも、一晩中揺れる船の上で過ごすのは、みんな好きじゃない(和私だって!)ので、ほとんどの乗組員は、島内に作った宿泊施設に泊まることになった。
□□□
白い部屋だった。
ここは、たしか。そう、大海蛇の卵のことを教えてくれた……。
「お久しぶり、桜」
少女が浮かんでいた。白い部屋の白い少女。
「あなたは、あの時の?」
「あれから少し勉強したの、あなたたちのこと。どうかしら?」
以前出会った時とは違う、どこか和服を思わせるような服だった。白一色のように見えて、透かしのような綺麗な模様が描かれている。うん。かわいい。でも、これは夢、よね? 私が欲しいと思っているデザインってこと? いや、私が着たら死に装束にしか見えないだろう。
「夢は現、現は夢幻。捉え方次第ね」
うふふ、と少女が愛らしく笑った。
「会える機会は少ないから、ずっとお話していたいけれど、今は伝えなくちゃいけないことがあるの」
少女がくるん、と回る。気が付けば、私のすぐ傍にいた。
少女は私を見上げて言った。
「戦いが始まるの。避けようがない戦いなの。たくさんの血が流れるかも知れない」
少女はくるん。くるん、と廻る。私の周りを。
「戦い……戦争が起きるというの? まさか、王国と帝国が?」
少女は首を横に振る。
「王国と帝国は、あなたが結んだから。でも、それはもうやってきている」
「そんな……私は何をすればいい?」
あの時みたいに、道を示して。
「あなたはあなたを信じて。あなたは“つなぐひと”なの。怖れず一歩踏み出せばきっと」
□□□
目覚めは最悪だった。
私に予知の力なんかないから、あれは誰か――何かの力だ。信じていいのか。
しかも内容がなー。今のところ、戦争が起きる気配なんかないし。うぅ、迫田さんかヴァレリーズさんに相談したい。ニブラムに相談するのだけは嫌。なんとなく嫌。
ま、先のことをくよくよしても仕方ないし、私は日々の仕事を頑張るだけだわ。
そう思っていた。無償島を出て一日が過ぎた海上で、漂流していた彼女を見つけるまでは。




