幕間 スラムの少年
それが王都の日本大使館に持ち込まれたのは、“ウルジュワーンの乱”が収まってしばらくした頃、皆が冬支度を急いでいる時期だった。
「で、私を呼び出した理由は何?」
応接室のソファに座った御厨が、目の前の男に話しかける。
「御厨教授にご覧頂きたいものがあります……内密で」
そう言って上岡一佐は、ビニール袋に入った小さな金属の塊を御厨に差し出した。それを受け取り、しげしげと観察した御厨は、その袋をテーブルに置いた。
「ひしゃげた弾丸に見えるけれど、これが?」
上岡がわざわざ内密と断って見せた以上、何かあるのは明かで、単なる弾丸を見せるはずはない。
「これは、王都で発見されたものです。しかも、つい最近発射されたと推測されます」
「異界で?」
頷く上岡に、御厨は怪訝な顔を返す。この世界では、爆発は抑制される。つまり、銃の引き金を引いても弾丸が出ない、出てもヒョロヒョロ玉で障子紙を破るくらいが関の山という情けない状態だ。なぜ、そんな現象が起きるのか、現在も研究が進められており、御厨自身もいくつかの仮説は立てているが、まだはっきりとしたことは不明だ。
「ありえない」
「排出された空薬莢も見つかっています。5.56mmNATO弾ですよ」
”穴”が見つかり、異界側の探査が始まった当初はそんなことは分からず、(日本にしては)大量の銃器が異界に持ち込まれた。5.56mmNATO弾を使用する自衛隊の正式装備品、89式5.56mm小銃、通称『ハチキュウ』も含まれていたが、もちろんこちらに持ち込んだ時点で、金属の塊と変わらなくなってしまった。
「線条痕は?」
銃身の内側にはライフリング加工が施されており、発射された弾丸にはライフリングによって傷跡が付く。それが線条痕だ。線条痕は銃身ごとに独特であり、発射された銃器の特定にも用いられる、いわば銃の指紋だ。
「調べました。王国とのファーストコンタクト後、所在不明になっているうちの一丁です」
「使われたのが自衛隊の小銃だったとしても、弾は出ないでしょ」
「教授なら、実弾発射も可能にするでしょう?」
実を言えば、実弾を発射する方法について、御厨自身は数種類のアイディアを持っているのだが、試したことはない。今のところ、魔法――正確に言えば魔素の研究に興味の重点が置かれている。
「それを異界人がやったっていうの?」
「極微量ですが、火薬の成分も出ました。しかし、日本で使われているものとは配合率が違うんですよ」
「うーん」
御厨は、腕を組み天井を見上げた。実弾が小銃から発射されたのは事実、誰かが爆発を起こして発射する方法を見つけ出したということ。それは、この世界の法則を出し抜くことにも等しい。
「神を出し抜くか……おもしろい。上岡サン、私に探偵のまねごとをしろということね?」
「はい。王宮からも解明して欲しいと要請が来ています」
そこで御厨に疑問が浮かんだ。
「さっき、内密にって言ったわよね? 桜チャンは知っているの?」
「いえ、阿佐見調整官には知らせていません」
その理由を御厨は聞かなかったし、上岡も説明しなかった。
異界に持ち込まれた武器、弾薬の一部が未回収であることは、国会でも問題になった。自衛隊は現在でも、独自に捜索を続けているくらいだ。その過程でこの事件に遭遇したのだろう。
桜に伝えないのは、やっかい事に巻き込みたくないという親切心か、それとも紛失していた銃が使われたという羞恥心か。いや、上岡一佐の性格から考えると桜に伝達しないのはおかしい。おそらく、上層部の判断だろう。もし、発射が事実だとして、他の銃器にも転用できるような技術なら、異界で軍事的に有利になる。そんな考えがあるのかも知れないと御厨は思った。
もしそうなら、バカだなと彼女は思う。一時的に有利になったとしても、そんなことは簡単にひっくり返せる。何しろこの世界には、イメージを具現化する魔法があるのだ。
ただ、彼女側にもこの件を調べなければならない理由があった。世界のルールを掻い潜って、弾丸を発射できるような技術が実用化されていたのなら、先に抑えておかなければならない。でなければ、あの“毒の実”がこの世界に持ち込まれることになりかねない。とはいえいくら御厨が頑張ったとしても、パンドラの箱が開く時期が遅くなるだけなのかもしれない。
とりあえず事実確認。もし、この世界にとってあってはならないものだったなら……。
□□□
弾丸が撃ち込まれたのは、王都東区にある商館のひとつだった。
「ここに薬莢が落ちていたってことは、ここから撃ったってことね」
「はい。弾痕が残る壁はここからおよそ二百メートル、途中に遮るものもありませんから、射撃地点はここで間違いないでしょう」
手に持ったタブレットを操作しながら、堀二尉が御厨に告げた。今回の捜査にあたっては、自衛隊から二名が御厨に付けられている。ひとりは情報分析担当の堀、そしてもう一人は、同じ女性ということで茅場二尉。
「こんなゴテゴテした装飾しているくらいですからねぇ、誰かに恨み買っても不思議はないですね」
「決めつけるのは、早計だよ、茅場クン。でも、まぁ恨みを買っていたのは確かだろうねぇ」
日本の武器を改造するくらいには。
「堀クン、ここの人の評判は?」
「良くないですね。貧困につけ込んだ商売をしているようです。小耳に挟んだ情報では、近々騎士団が査察に入るとか」
「小耳にねぇ……あら? こんな所にクリプの殻が」
クリプの実は、“貧困者の非常食”と呼ばれている植物の実で、痩せた土地でも成長が速く、栄養は豊富というメリットがある。だが、採集は手間がかかる上に美味しいかといえば疑問符が付く程度の味だ。王都の東側に住む裕福な人間が、わざわざクリプの実を食べるとは思えない。
御厨は、地面に落ちていた殻を拾い上げしげしげと観察する。
「なるほど。次の目的地が決まったわ」
「どちらですか?」
「北。スラム街よ」
□□□
風が吹いたら倒れそうな小屋の中には、さまざまなガラクタが積まれていた。その奥に置かれた木のテーブルにも、さまざまな部品が転がっていた。ネジやバネ、歯車……王都では余り見かけないものが多かった。
テーブルの上に置かれたランプに照らされているのは、一人の少年。年の頃なら十代半ばといったところか。幼い。しかし、手にした道具を扱う手さばきは手慣れており、熟練の職人を思わせる。
ふと、何かに気付き、少年が顔を上げる。そして、ゆっくりとした動作で、傍らにあった鉄の塊を持ち上げた。鉄の塊に見えたそれは、自衛隊の小銃だった。少年の小さな指が安全装置を外し、銃把に手を掛ける。小さな身体には大きすぎるが、その銃口はピタリとガラクタの向こう、小屋の入り口に向いている。そして、小屋の扉が開いた瞬間、彼は躊躇うことなく引き金を引いた。
タン!
乾いた音が部屋に響いた。
「やっぱりねぇ。弾痕からみて威力までは再現できてないと思ったのよ」
盾の陰から、御厨が顔を出した。
「おっとっと、もう撃たないでよぉ、敵じゃないから」
「味方でもない」
「おお、言うねぇ。嫌いじゃないよ、少年。でも、もっと周囲に気をつけないと」
「え?」
少年の背後、木の壁が砕かれた。続いて現れた黒づくめの男が突き出した棒が少年の身体に触れると、少年がこれまで経験したことない衝撃が走り、身体の自由がきかなくなった。
「乱暴な方法ですまんねぇ。抵抗されるとやっかいだからさ」
□□□
王都、日本大使館の一室。ベッドの上で寝ていた少年が、ゆっくりと目を覚ました。ハッと気が付き周囲を見渡す。誰も居ない。
ここはどこだ? いや、それよりも、まず逃げ出すことを考えよう。
「いやぁ、お目覚めかい?」
いきなり扉を上げて入って来たのは御厨だ。
「俺の服を返せ」
「いやぁ、あまりにも汚かったからね、今洗濯しているよ。それから隠しポケットとかに入っていたいろいろな道具は没収させてもらったよ、悪しからず。でも、まず自分の服の心配とはねぇ。ここがどこかとか、私が誰だとか、普通聞くでしょ?」
「ニヴァナの人間だろ、あんた。なら、ここは日本の“たいしかん”とかいうところだろ」
御厨は驚いた表情を見せた。
「へぇ、私を見ただけでそこまで分かったの? すごいねぇ」
「早く服を返して、俺を家に帰せ」
「まーまー、その前に、腹減っているだろ? 飯でも食べなよ」
その言葉が聞こえていたかのように(実際、モニタールームで監視していたので)、すぐに食事が運び込まれてきた。スープとチェーン店のハンバーガーを載せたワゴンを持ってきたのは茅場二尉だ。
「こんなものしかなくて、ごめんね」
ベッドサイドからテーブルを引き出し、スープとハンバーガーを少年の前に置く。
「毒なんか入ってないわよ。これは、こうして食べるの」
茅場二尉は、ハンバーガーの包みを素早く開けると、大胆にかぶりついた。
「茅場クン、私にもよこしなさい」
「レンチンしたてだから、熱いですよ」
御厨も茅場からパスされたハンバーガーにかぶりついた。その様子を見て、少年もおそるおそうハンバーガーを一口、囓った。
「!」
ハンバーガーを貪るように食べ出した少年に、御厨がゆっくりと話しかける。
「少年、名前は?」
「ビー」
ハンバーガーを咀嚼しながら、少年が答える。その手には、二つめのハンバーガーが握られていた。
「スープも飲みなさい。詰まっちゃうから」
茅場二尉が、親の……失礼、姉のように忠告する。ビーと名乗った少年は、素直に従った。
「商館を小銃で撃ったの、キミだろ?」
御厨の言葉に、スープを運ぶ手が一瞬止まる。が、すぐに動き出して、液体を少年の口に運ぶという崇高な任務を再開した。
「それを責める気はないよ、少なくとも私たちはね。あ、茅場クン、コーヒーお願い。それとビーには何か暖かい飲み物を」
「了解です」
茅場二尉が出て行くと、再び御厨は口を開いた。
「しかし、だ、ビー。キミは我々の資産を盗み利用した。これは我々の法律に抵触することなんだよ」
「落ちていたのを、拾っただけだ」
口の減らない子だ、と御厨は薄く笑った。まるで昔の自分だ。
「我々に、いや、騎士団に届け出ることだってできたはずだ。幾ばくかの謝礼と交換できたかも知れない。キミは犯罪と知りつつ、我々の武器を使えるようにすることを選んだ」
「生き残るためだよ」
「だが、犯罪は犯罪だ」
ビーは、スプーンを皿に置いた。もう皿にスープは残っていない。
「斬首でもなんでもすればいいだろ」
「おっとっと。我々の法律はそこまで厳しくないよ。まぁ、数年刑務所に入るくらいだね。ただし、異界じゃない。別の世界でだがね」
ビーが御厨を睨む。この子たちは、我々の世界をどのくらい知っているのだろう? と御厨は思った。もしかしたら、銃で殺し合う、野蛮な世界と思っているのかも。
「そこで提案だ。私がキミの身柄引受人になって、保護観察という形をとるのはどうだ? それならこちらの世界にいられる」
「ミガラ? ホゴ?」
「まぁ、簡単にいえば、保護者のようなものだよ。その代わり、キミは私の下で働く。キミが知りたかった我々の技術についても教えてあげよう。そして、数年経ったら自由の身だ。どうだね?」
保護観察期間が来ても、この子は私の傍を離れることはないだろう。この子は天才だ。天才にとって、知識欲、好奇心はエンジンを動かすガソリンのようなもの。より深い知識を求めるに違いない。そんな予感が御厨にはあった。
そして、しばらく静寂が続いたあと。
「弟と妹……」
「ん?」
「弟と妹にも、こんなうまい物を喰わせてやりたい」
ずい、とビーは食べかけのハンバーガーを突き出す。
「いいよ、弟さん、妹さんも蓬莱村に呼ぼう。そこでみんなで暮らせば良い。彼らにも働いてもらうことにはなるけれど、ここよりは暮らしやすいはずだよ」
「わかった。その条件でいいよ」
再びハンバーガーに齧り付いたビーを、御厨は優しい目で見つめた。
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余談。ビーたちが蓬莱村に移住してから、しばらく経って。
「そういえば、なんで俺の居場所が分かったんだい、教授?」
「なぁに、スラムで“手先が器用で何でも集めている変わった子”って聞き回ったら、すぐに教えてくれたよ」
「なんだよ、それ」
体調不良の中で書いたので、チェックはしたけど誤字脱字あったらごめんなさい。
次回から、新章本編の予定です。




