「第一章〜8」
年が開け、年始の行事が宮中で開かれた。
元旦の朝賀から始まり、一月中旬頃まで続く。
正月の一連の行事の中で、官人の叙位も行われる。
この年は、藤原南家の次男の仲麻呂に正五位下が与えられ、仲麻呂の弟たち二人も従五位下に加階された。
一方、宿奈麻呂の加階はなく据え置かれたままだった。広継も太宰府から戻されず、正月を迎えても式家は何も変わらなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宿奈麻呂の不満を余所に、朝堂院で群臣を招いての宴が行われた。中央の舞台で正月の舞を踊る娘たちを観賞しながらの無礼講である。
天皇、皇后、そして皇太子の阿倍内親王が皆より一段高い位置に座っている。群臣の前にほとんど姿を見せない阿倍内親王も、この日ばかりは御簾も上げられる。
「あまり臣下の者たちをじろじろ見てはなりませぬよ」
宴が始まる前、皇后が阿倍内親王に囁いた。
「皆、あなたに近付きたいと思っている輩ばかりです。その者たちに気があるそぶりを見せてはつけこまれます。よいですか、あなたは気品高い皇太子、軽々しい素振りは控えなさい」
阿倍内親王は母である皇后に従順だった。
子供の頃から母に言われてきた。
「あなたは器量も良くないし、人に愛される子ではないのだから、徳を積み品格を高めなさい」
いつどのような時でも母には逆らえなかった。
母に口答えをしようものなら、大騒ぎになった。
「この母に口答えするとは、なんという娘に育ってしまったのか。私は何のためにこの腹を痛めて産んだのか。こんな娘のために愛情を注いでいたのか。ああ、嘆かわしい。私がどれほど一生懸命教育しても、この娘には通じないのだわ」
口達者な母には適わなかった。
舞が始まると、阿倍内親王は采女に御簾を上げさせた。舞を観ている風に装いながら、広間に居並ぶ若い男たちを見ていた。
皇族や、藤原氏、橘氏をはじめ、普段は会うこともない官人たちが、身分に合わせた色の朝服に身を包み、居並んでいる。
たいくつな宴の時間、阿倍内親王はその男たちを値踏みしてみるのが好きだった。
「藤原家では、南家の豊成より仲麻呂のほうがいい顔をしている。豊成は優しそうではあるけれどちょっと気が弱そう。仲麻呂はキリリとした眉で力強く凛々しい。他の者と比べても、仲麻呂の顔が一番好き。あの奥に座る者は誰、なんと品のない顔。貴族と言っても皆が高貴な顔をしているわけではないのだわ。そのまた横の者は着飾った猿のよう。ふふ、面白い」
母が心の中を覗いたらあきれて卒倒してしまうだろう。そう考えるとまた、この背徳的な、母に対するささやかな反逆が、阿倍内親王をより一層楽しくさせるのだった。
「いつかあの中の誰かと私が寄り添うことがあるのだろうか……」
若き日に天皇に立てられ今日まで男を知らずに生きてきた大叔母、元正上皇のような人生を、阿倍内親王は送るつもりはなかった。