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「第一章〜7」

「邪魔をしてすまなかったな」

 家持は妻子のいる部屋のほうを見やった。

「いや、構わぬ。退屈していたところだ」

「だいぶ大きくなったな」

「うむ。子はいいぞ。そなたのほうは、まだか」

「婚姻してまだ間もないのだ。叔母も顔を見る度まだかまだかと言うし」

「あはは」

 家持の正妻は、叔母、坂上郎女の娘の大嬢である。


「それより面白い話を仕入れたのだがな」

「何だ」

「先だって、長屋親王の近臣だった者と話す機会があったのだが、その者が申すには、長屋親王が亡くなられたとき、親王が舎利瓶を持っていたというのだ」

「ほう、信心深い」

 宿奈麻呂はさほど興味を持たない風に言った。

「それが、誰の舎利だと思う」

「誰って、お釈迦様じゃないか」

「いや、それが、なんと、上宮様の舎利だと言うんだ」

「まさか」

「俺も昔聞いたことはある。上宮様がみまかられた時、遺言により上宮様を荼毘にふし、その舎利と遺髪とを縁者に配ったと。あの話は本当だったのだ」

「初耳だ。だが、なぜ、それを長屋親王が」

「わからぬ。天武天皇は上宮様をたいそう尊敬しておられたようだ。天武天皇が舎利を手に入れ、それを長男の高市親王、長屋親王が引き継いだとしてもおかしくはない」

 ふふ、と宿奈麻呂は笑った。

「俺には深入りするなと言っていたくせに。そなたこそ、内舎人に決まったのだろう。忙しいのに」

 家持はこの秋、安積親王の内舎人に任命された。

 内舎人とは、天皇や皇子の身辺警護や雑用の仕事をする、貴族の子弟の出世街道の第一歩の職である。将来上級官僚となる若い貴族の子弟に、天皇への忠誠心を培う狙いがある。

 家持は順調に出世の軌道に乗ったのだ。

「息抜きよ。たまにはこういう話でもしないと息が詰まってしまう」

「これからは大伴家の主だものな」

「本当のところ、俺は政治より、地方の田舎で気心の知れた奴らと歌でも詠んで暮らすほうが性に合っているんだがな。しょうがない、叔母に、大伴家を潰す気か、父上の功績を無にする気か、と泣きつかれるのだもの」

「そなたは叔母上には弱いからのお」

 そう言って宿奈麻呂は声を出して笑った。


「それにしても」

 宿奈麻呂は真顔に戻った。

「上宮様の墓は磯長にあると聞いたが、では墓には遺骨が無いのか」

「そうだ。そこで俺は調べたのだ。今、上宮太子の墓と言われている墓は、どうやら別人の墓らしい」

「別人?誰の」

「あの墓は、上宮様のお母上の墓に、上宮様とその妃の棺を後から入れたらしいと伝えられている。だがな、考えてもみろ。そもそも、妃は上宮様とは釣り合いが取れぬ身分の低い娘で、その娘と皇族とを同じ墓に入れることなどありえない。上宮様の皇后とされていた橘王が、そのようなことをお許しになるか。橘王は推古天皇の孫にあたられる。上宮様が亡くなった時、推古天皇の時代ぞ。橘王もご存命だった。皇太子であった上宮様が亡くなられたのだから、当然、埋葬については推古天皇主導の下で行われたに違いない。上宮様と皇族でない妻を一緒に葬るなど、許すはずが無かろう」

「そなた、詳しいな。まあ、俺の叔母上を皇后にするだけでも、あんなに大騒ぎしたくらいだから、昔はもっと厳しかっただろうな」

「更に言うならば、上宮様の棺と、妃の棺は同じような作りの棺だったそうだ。皇太子が、皇后でもなく皇族でもない身分の低い娘と同等の棺で葬られるなど、ありえないことだ」

「うむ、それはそうかもしれんが……。しかし、もしそれが本当のことだとしたら、一体あの墓は誰のものなのだ」

「俺が思うに、おそらくは、間人皇后のお子、上宮様の兄弟か、血縁の方であろう。そもそも、あの墓には碑文が無い。どこかで伝聞が間違えたのだと思う」

「ふうむ。面白い推理ではある……。で、上宮様の本当の墓は」

「だから、無いのだ」

「無い」

「お釈迦様も墓を作らなかった。上宮様がそれに倣ったとしても不思議はなかろう。そして、ご遺骨が舎利として残っている」

「ううむ」

 宿奈麻呂は唸り、呟いた。


「ならば、それを知った誰か、例えば行信が、このところの災いは上宮様の墓を祀っていないからだ、上宮様の墓を作って供養しなければならぬと言い出したのであれば」

「合点が行くであろう」

 家持は誇らしげな顔をした。

「長屋親王の件以前から、天皇家では後継に恵まれなかったし、大体、今の帝だって、上宮様の祟りだと言えば心当たりがないこともない。流行病や飢饉など、そう長くは続かぬ。そのうち自然と治まって、それを行信が自分の手柄とするのが狙いかと」

「なるほどな」

 宿奈麻呂は頷いた。いつの間にか、宿奈麻呂の陰鬱な表情は消えていた。

「ところで、その行信という僧、何者かわかったか」

「いや、そっちはまだ調べておらぬ。こちらはそなたと違って、宮仕えでそんな暇じゃないのだ」

「ふうん、暇じゃない、ねえ」

 宿奈麻呂はにやりと笑った。

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