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「第三章〜14」最終話

 その後、準備の合間を縫って、宿奈麻呂は家持の邸を訪ねた。

 家持も妻子を京に残して単身赴任の予定である。


「しばらくはこの庭ともお別れだな」

 宿奈麻呂は杯を片手に縁側に座った。

「どうやら俺たちが斑鳩に行ったことが気に入らない人間がいるらしい」

 家持がポツリと言った。

「何を気にする。大したことではないのに」

「まあ、帝も行信も、上宮様の子孫のことをあれこれ詮索されたくないのかもしれん。しばらくは俺たちを京から離れた地に置いておこうということだろう」

「俺たちが京にいるとロクなことをしないってことか」

 宿奈麻呂は軽く笑った。

「それはそうと、左大臣が病になったのを聞いたか」

「重いのか」

「いや、すぐに直ったそうだが、宮中では広継殿の祟りだと大騒ぎしていたそうだ」

「心当たりがあるのだろうよ」

 宿奈麻呂はつっけんどんに言った。

「しかし、心当たりのある者たちは、今頃震え上がっているだろうな」

「ふん、せいぜい怯えて暮らすがいい。祟りなどであるわけないものを。広継は個人的な恨みで人を祟るような人物ではないのだ」

「広継殿が生きていたなら、今頃……いや、よそう」

 宿奈麻呂は黙っていた。

「時々、広継殿がうらやましいと思うことがあるよ。不正を見逃すことができず真っ直ぐだった。俺は、いつも帝の顔色を窺って、自分の信念などどこにいったかわからぬ。本当にこの国を良くして行こうと思っているのかどうか、自分でもわからなくなってくる」

「皆そうさ。俺も自分の暮らしが一番だ。帝だって、自分の身を守るのに精一杯だろ」

「そうだな……」

 家持は手に持った杯に目を落とした。

「俺は、幼い頃から父や叔母に、おまえが大伴家を背負って立つのだと言われてきた。正直言って面倒臭い時がある。気のあった仲間たちと酒を飲み歌を詠み、そう、そなたの叔父上の藤原麻呂殿のように楽しく暮らせたらと思う。京で帝や大臣の顔色をうかがい、他の豪族と牽制し合って仕事をするのは苦手だ。地方勤務のほうが向いているかもしれん。皆が平穏無事に暮らせれば、誰が帝だろうと誰が大臣だろうと構わぬ」

「俺は違うぞ。俺は出世していつか政を動かす人間になる。国を良くするも悪くするも上に立つ人間次第だ。誰ぞのように頭の悪い人間が帝の側にいるから世が混乱したのだ。俺は広継のようにはならぬ。正しいと思うことを否定し頭を下げて回った屈辱を、俺は一生忘れない。出世して、理不尽がまかり通るこの世を変えてみせる」

「楽しみにしているよ」

「その時は一緒にやろう、って言わないのか。まあとにかく、俺はまたすぐに都へ戻ってくるからな。また会おう」

 ・ ・ ・ ・ ・

 それから間もなく、宿奈麻呂は越前へ、家持は越中へ、それぞれ家族に見送られ、旅立った。


 平穏な世を望む二人だったが、この後、聖武天皇が薨去すると世は更に混迷し、二人もその渦に巻き込まれていくことを、この時はまだ知らなかった。(了)

 物語の主人公、藤原宿奈麻呂(後に藤原良継と改名)という人物は「続日本紀」の中で良く書かれていません。「日本書紀」「続日本紀」は、著者編者の私情を差し挟んだ箇所が散見されるので、おそらく著者が宿奈麻呂に何らかの恨みがあったのだろうと察します。


 奈良時代は、権力争いが激しくクーデター(失敗も含め)が多く、興味深い時代です。機会があったらまた書いてみたいと思います。

 ご愛読いただきありがとうございました。

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