「第三章〜13」
しかし結局、宿奈麻呂と家持は、行信と会うことは叶わなかった。間もなく二人は京を離れることになったからである。
斑鳩旅行からひと月後、玄昉が左遷先の筑紫で謎の死を遂げた。その突然の死に、京の人々は宿奈麻呂の兄、藤原広継の祟りだと噂した。
その直後、宿奈麻呂と家持は新しい官職に任じられた。宿奈麻呂は越前守、家持は越中守に任命された。
地方勤務は大概の上級官人が経験するものだが、京から任地までの距離は政権からの距離に比例すると言われていた。権力に近い者ほど、京内か近隣の地での任官が常識であった。
例えば、家持の父、大伴旅人や、宿奈麻呂の兄、藤原広継のように、時の権力者から疎まれた者は、京から最も遠いとされる九州の太宰府に配された。
宿奈麻呂の父世代も、長男の武智麻呂、次男の房前は、京か近隣での任務だったのに対し、三男の宇合と四男の麻呂はいずれも地方勤務を多く経験している。今も、橘氏や宿奈麻呂の従兄弟の豊成と仲麻呂らは地方勤務の経験はない。
京から離れた地に行かされるのは、それだけ中央政権から遠くなるということなのである。
宿奈麻呂も家持も、地方官に任官するのは通常の貴族の子弟にありがちな例であったが、二人同時に辞令が下りたことは、やはり何らかの思惑が働いたのかもしれない。
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任地に旅立つまでの期間、宿奈麻呂と家持は準備や送別の宴で忙しかった。
宿奈麻呂は再び家族と離れ、単身で任地に向かうこととなった。
妻は二人目の子を産んでから体調がを崩し、なかなか回復しなかった。そんな妻を見知らぬ遠地へ連れては行けない。宿奈麻呂も、娘たちは京で教育したほうがいいと考えていたから、単身での赴任には全く抵抗は無かった。
「結婚してから一緒にいる期間のほうが短い気がいたしますわ」
妻はか細い声で言うと笑った。
宿奈麻呂が配流の身となった時とは違い、今は邸も使用人も糧も不足はないし、留守宅のことは家令に任せられる。頼りになる石上の叔父も京にいる。
飛鳥の田麻呂にも連絡したが、あいにく吉野の山に行っているとかで飛鳥を離れているようだった。
「田麻呂はあいかわらずだな。まあよい」
田麻呂は居留守を使ったのかもしれないが、宿奈麻呂は深く気にしなかった。
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宿奈麻呂は、藤原北家の永手の邸にも招かれた。
「そなたもいよいよ地方に行かされることになったか。近頃は、南家ばかり重用されて、お互い苦労するな」
永手は、父親が死んだ直後、宿奈麻呂の兄、広継と同時期に従五位下を叙位されたが、それきり加階がない。今では同母弟の八束に追い抜かれ、鬱屈した日々を送っている。
「いや、永手殿なら、我ら式家と違って、これからいくらでも高い地位になられますよ」
「そうだといいんだがな」
永手は力なく言った。
「母が生前よく言っていた。我の祖母、三千代殿は、自分の子孫を帝にすることが夢だったのだと。美努王と離婚し藤原の祖父と再婚したのも、そのためだと。それで産まれた娘を皇后にすることができて、さぞ満足だろうと、母が言っていた。母からしたら、実の父親を捨て再婚したのだから良い気持ちではなかったのだろうな。皇后が産んだ皇子が薨去したときは、三千代殿もずいぶんがっかりしたそうだ。それで我が母に、娘が産まれたら帝に嫁がせ、いつか必ず子孫を帝にするように、と、口癖のように言っていたそうだ。今でも充分な地位なのに、三千代殿の執着がわからない、と母は言っていた」
「そのようなことが……。でも、皇太子は三千代殿の御孫にあたられる。これで満足でしょう」
「だがその後はないさ。今は皆、次の候補の親王や王を見据えて縁組みを考えている。俺もいっそ、娘を帝に嫁がせようか」
永手は冗談めかして言ったが、宿奈麻呂には、弟や藤原南家の従兄弟たちが昇進していく中でひとり置いていかれた永手の本音に感じた。
「そなたも、式家の将来を案ずるなら、そういったことも考えたほうがいいぞ」
永手の邸を出た後、宿奈麻呂は、橘三千代は本当に上宮太子の子孫だったのかもしれないと思ったが、自分の胸の中に留めておくことにした。
おそらく三千代は、先祖が果たせなかった夢を背負って生きていたのだろう。ここにも上宮太子の影に翻弄された人間がいる、と宿奈麻呂は思った。




