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「第三章〜11」

 一行は案内されるままに上宮王院と呼ばれる場所へ向かった。塀沿いにまっすぐな道を東へ歩く。

「上宮王院は、皇太子と藤原房前殿の命で行信大僧都が建立しました。上宮王族の宮、斑鳩宮の跡が荒れ放題となっているのを見た行信大僧都が、帝に供養堂の建立を上奏したものです」

「待てよ。房前殿はその頃には既に亡くなられていたはずでは」

「よくあることにございます。亡くなられた方に功徳を積んでいただきあの世での地位が高くなるよう、ご遺族が亡くなられた方のお名前でご寄進なさるのです。ご存命の場合でも、その方にご加護があるように同じようなことが行われます」

「ほお。ならば、北家の……。永手殿はそのようなことは何も言っていなかったな」

「お母上じゃないでしょうか」

「なるほど」

 歩いていると、道の先に変わった形の宝珠がついた屋根が見えた。

「あちらに見える屋根が供養堂になります。供養堂のある上宮王院は、行信僧都が管理なさっている寺院、斑鳩寺の別院のような形をとっています。なので、普段は私たちは近づけないのですが」

「行信僧都の寺院ということか」

「ええ。供養堂はいわば上宮様の墓所、中では仏となられた上宮太子が今も瞑想しておられます。その邪魔をしてはならないと、斑鳩寺の僧でも一部の限られた者しか門はくぐれません」

「我らもだめか」

「回廊の外から眺めるだけでしたら、お客人は」

「まあ、それでもよい。なあ」

 宿奈麻呂は家持と田麻呂を振り返った。

「あの……」

 修行僧が遠慮がちに言った。

「行信大僧都はどういったお方なのでしょうか」

「うん?」

「お客人は行信大僧都のお知り合いなのですよね」

「いや、お会いしたことはない。一度お会いしてくて今日参ったのだが。そなたのほうがよく知っているであろう」

「……いえ、私のような者は大僧都の近くにも寄れません」

「ほお」


 道の突き当たりに築地塀で囲まれた門がある。

「通常はこちらの門を使います。南正面に正門がありますが、開かずの門と言われており、仏様しか通ることはできません」

 宿奈麻呂らが門をくぐると、その庭にも松の木が植えられ、庭の中央には白い壁に真っ黒な瓦で作られた回廊がぐるりと巡っていた。

「こちらも回廊の中へは入れませんが」

 回廊の内側には、宿奈麻呂の祖先藤原家の供養塔と同様、八角形の屋根が見えた。

「不思議な形の宝珠ですね」

 田麻呂が屋根を見上げて言った。屋根の頂に輝く宝珠には、線状の飾りが付いている。

露盤宝珠ろばんほうじゅといって舎利瓶しゃりびょうの形にございます。あの飾りは宝珠から発する光明を意味するものです」

 修行僧が案内役らしく説明をする。

 家持が回廊の正面扉の前に立ち手をかけると、修行僧が声を上げた。

「開けてはなりませぬ」

 その声の強い調子に驚いた三人が振り返ると、修行僧が青ざめた顔をしている。

「その扉は決して開けてはなりません。中に入ることも、見ることもかないません」

 そう言われて見る扉には、お札が貼られ、まるで何かを封じ込めているかのようだった。

「ほんの少し覗くだけでもかまわないのだが」

 この中にある供養堂に多加の作った仏像が安置されているはずだ。多加が死んだ今、せめてその制作物を拝み彼の冥福を祈りたい、そう宿奈麻呂は思っていた。

「いいえ、寺の決まりです。ここは、上宮様の墓所同然、どんなに身分の高い方でも扉を開けてはならぬと言われています」

 宿奈麻呂は、回廊の連子窓の隙間から未練がましく中を垣間見た。

 家持が諦めたように言った。

「仕方がない。もし扉を開けて供養の法要をする時が来たら、その時にでもまた来よう」

 修行僧が安堵の息を漏らした。

 ・ ・ ・ ・ ・

 来た道を引き返し斑鳩寺の門へ向かう途中、修行僧は何を訊いても上の空だった。

「どうかしたのか」

 たまりかねた宿奈麻呂が問うと、修行僧は立ち止まり、意を決したように言った。

「実は……恐ろしくてたまらないのです」

「何が」

 三人がきょとんとして聞き返した。

「私は、見てしまったのです。あの扉の中を」

「ほお」

「あの日、私が用事でお堂の近くを通りかかった時」

「あの日とは」

「お堂に仏像を安置し魂を入れる日です。お堂には行信大僧都が入り、私どもは上宮王院に近づかぬよう言われました。でも、近道をしようとしてうっかり近くを通ってしまったのです」

「今では後悔しています。近付くと、お堂の中からお経の声と、何か足を踏み鳴らすような音がしたのです。何だろうと興味本意で少し扉を開けてそっと中を見てしまいました」

「すると、大僧都と思われる方が、恐ろしい形相で念仏を唱えていて、その横では、修験者の風体の僧が、仏像を布でグルグルと巻いているのです。私が聞いたことのない念仏を唱えながら」

「仏像を布で」

 思わず三人は顔を見合わせた。

「その光景は、なんというか背筋がぞっとするような、おどろおどろしい光景だったのです。慌ててその場を離れましたが、今も目の裏に焼き付いて、ああ、恐ろしい、誰にも言うことができずに今日までいました。私に災難が降り掛かってくるのではないかと」

 修行僧は今にも倒れそうなくらい震えていた。

 宿奈麻呂が持ち前の明るさで言った。

「そうか、よく話した。もう大丈夫だ。よし、その災難は我らが引き受けた。心配いらぬ。お前はもう忘れて、修行に励むがいい」

 修行僧の顔に少しだけ血の気が戻った。

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