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「第三章〜10」

 翌朝、明るくなった頃、宿奈麻呂ら一行は再び斑鳩へ向かった。

 街道から斑鳩寺の門へまっすぐに延びる大路は、太子道と呼ばれ、その昔、上宮太子によって整備された道である。太子が愛した松並木が今も青々と美しい。

 南大門手前の段下で五人は馬を下りた。従者と馬を門前で待たせ、宿奈麻呂と家持、田麻呂の三人だけが徒歩で門をくぐった。

 目の前に中門と回廊、その向こうに塔の先が見える。白い回廊の壁に、彩られた塔の鮮やかな朱と緑が映える。

「ほお、美しい」

「さすが上宮様の寺だな」

 三人は口々に言った。


 寺の境内は、人がまばらだった。この日は特に何かの斎食が行われているわけでもなく、特別な日でもなかったため、学問を学んでいる近隣の豪族の子弟と修行僧の姿しか見当たらない。

 いかにも上級貴族の風体の一行に、一人の僧が寄ってきた。

「私にお任せください」

 田麻呂が前へ出た。

「私は飛鳥南淵の寺から来た藤原田麻呂と申す者、行信僧都とお会いしたいのだが」

「お約束だったのでしょうか」

「いや、約束はしていない」

「お待ちください」

 一行は門で少々待たされた。

「仕方あるまい。事前に連絡もなく来たのだ」


 やがて黄橡色の法衣を着た僧侶が現れた。

 藤原の名を聞いて、深々と礼をした。この斑鳩寺には、宿奈麻呂らの叔母である皇后が建てた供養堂もあるし、藤原家として多額の寄付もしている。

「あいにく行信大僧都は平城京に行っておられ、今はこちらにはおりません。愚僧でよろしければ、ご用件をうかがいましょう」

 宿奈麻呂が田麻呂に目配せして応対した。

「そうですか。所用で近くまで来たので、私の縁者が世話になった行信僧都にご挨拶をと思ったが、それは残念。まあ、せっかく来たので寺の庭を拝見させてもらってから帰りましょう。いや、接待はいりませぬ」

 宿奈麻呂がそう言うと、家持も言った。

「今頃は京の盧遮那仏造営のことでご多忙なのでしょうね」

「いえ、行信大僧都は仏像造営には関わっておられません。あちらは行基僧正が責任者となっておられます」

「え、行信殿は関わっておられないのですか。それはなぜ」

 家持は驚いた風を装った。宿奈麻呂も家持も、京の仏像造営は行基僧正が中心となって行っていることは承知していた。

「大きな仏像を造る技術を持たない、とお断りしたそうです。元々、行信大僧都はそういったことより精神的なものを尊ぶお方です。上宮様の供養堂を建てたのは、ひとえに上宮様を敬うお心から。こんなに上宮様をお慕いしている人間が多いのに、皆がバラバラで墓もない、皆の心の拠り所として供養堂を造る、そうおっしゃられました。宮の跡は官に接収されたため、ご子孫も私どもも手を付けることができませんでした。ずっと心を痛めておりました故、ありがたく思っております」

「上宮様のご子孫がおられるのですか」

「いえ……」

 家持は、僧侶の目が一瞬揺らいだように見えた。

「上宮様にはご子孫はおられません。上宮様のご兄弟のご子孫はおられますよ。今もこの寺と縁がございます。行信大僧都はいずれ供養堂をご子孫に譲られるのではないでしょうか。大僧都は真に立派なお方にございます」

 まだ何か話したそうな僧侶であったが、出かける用事があるらしく小僧が呼びにきて、宿奈麻呂らはそれ以上の話は聞けなかった。

 ・ ・ ・ ・ ・

 三人の案内についたのは、まだ顔に少年らしさが残る修行僧だった。

「中門の内へは入れませんが」

 若い修行僧は遠慮がちに言った。

「うむ、外から眺めるだけでかまわぬ、なあ」

 宿奈麻呂は家持に同意を求めた。

 修行僧の案内で中門に行くと、左右に金剛力士像が立ってこちらを睨んでいる。朱塗られたその肌、その筋肉は、つややかに輝いて、今にも足を踏み出しそうである。

「なるほど素晴らしい」

 家持は感嘆の声を上げた。

 この像は、中門が再建された頃と同時期、三十余年前に作られている。

 上宮太子が創建したという斑鳩寺は、天智天皇の時代に雷による火災で焼け落ち、今あるのは、天武天皇が再建を命じ元明天皇の時代に完成したものである。

「俺は田麻呂と違って信心深くないけど、こういった寺の風情は悪くない。宮殿とも違った、威厳のある空気で満ちている」

 宿奈麻呂もそう言って門を見上げた。

 しかし元々仏教に興味のない宿奈麻呂、目を輝かせて見ている家持や田麻呂とは対照的に、しばらくすると手持ち無沙汰な風に庭を眺めはじめた。

「ところで、先頃できたという上宮様の供養堂はどちらかな」

 宿奈麻呂がせっかちに訊いた。

 一瞬、修行僧の顔に緊張が走ったように見えた。

「はい、あちらにあります。ご案内しますか」

「もちろん」

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