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「第三章〜5」

「おお、寒い」

 宿奈麻呂の邸に、家持が酒の瓶を抱えてやってきた。

「なかなか暖かくならないなあ」

 宿奈麻呂は、家人に火鉢をもうひとつ持ってこらせた。

「このところ、また地震が多くて嫌な感じだな。帝も心配されているようだ。また遷都などお考えにならないといいが」

「もう遷都は勘弁して欲しい」

 宿奈麻呂は、火箸で炭をつついた。


「ところで先日、永手殿の邸に弔問に行って聞いたのだが」

 一月、藤原北家藤原永手の母親が死んだ。宿奈麻呂は、藤原式家を代表して他の従兄弟たちと共に弔問に行ったのだ。

「牟漏女王のことだな。お悔やみ申す」

 永手の母親、牟漏女王は、橘三千代の娘であり、橘諸兄の同母妹である。母親の三千代や兄弟は皇籍から離脱したが、彼女は皇籍に残っていた。

「その時、お母上の家系についての話になったのだがな」

「諸兄殿と一緒だろ。確かお父上は敏達天皇の子孫ではなかったか」

 橘諸兄と牟漏女王の父親は、美努王という、敏達天皇の直系の子孫である。母親の橘三千代は、元々は県犬養三千代といって県犬養東人の娘である。美努王と離婚した後、宿奈麻呂らの祖父である藤原不比等と再婚し、今の皇后を産んだ。

「うむ。それは皆も存じていたのだが、ところが、三千代殿の母親がどなたなのかということになると、詳しくわからないのだそうだ」

「どういうことだ」

「早くに亡くなられたらしく、永手のお母上や諸兄殿もお会いしたことがないらしい。お名前だけはわかる。だが、そのお方がどこの出身なのか出自の話となると、三千代殿も県犬養氏も詳しく話してくれなかったのだと。永手のお母上も自然と、触れてはならないことなのだと思い、今も真相はわからないままだとか」

「そのようなことがあるのか」

「あまり身分の高いお方ではなかったのかもと言っていた」

「待てよ。それはもしかすると逆なのではないか」

「逆と言うと」

「例えば、帝の御落胤とか、公に口にできないようなお方とか」

「帝の御落胤か、そりゃあいい」

 家持の言葉に、宿奈麻呂は膝を叩いて笑った。

「……あ、いや、待てよ」

 宿奈麻呂は手を止めて言った。

「そう言われてみると、永手殿は以前、三千代殿の供養堂が斑鳩寺にあると言っていた。それだけではない。上宮様の供養堂を造る際も、三千代殿の邸や仏像を寄進したとか。三千代殿が、上宮様は遠縁にあたるから、とおっしゃっていたらしいが、てっきり美努王の関係だと思っていたが、もしかすると」

 美努王の先祖である敏達天皇の異母弟が、上宮太子の父親の用明天皇である。

「斑鳩寺にか。まあ、美努王の先祖とは繋がっているだろうが、別れた夫だぞ。いくらなんでも遠縁すぎる。三千代殿とはまったく血縁にないだろう」

「だから、美努王でなく、三千代殿本人のことだとしたら」

「はあ、なるほど。そういうことか。……そう言われると、上宮様のお父上は橘豊日天皇だし、橘という姓と関わりがあるか」

 家持が思案深げな顔をした。

「おいおい、冗談だよ。まさか、三千代殿の先祖が上宮様の御落胤だと言うのか」

 宿奈麻呂は笑った。

「いや、ありえぬが、そうだったら面白い、という話で」

 二人は笑った。

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