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「第三章〜4」

 その冬は、例年にも増して寒さが厳しかった。

 新年を迎えても、聖武天皇の体調はあいかわらず芳しくなかった。寝込むほどではなかったが、無理はできない身体だった。


 冬の朝、皇太子阿倍内親王は、東宮学士である下道真備を呼んだ。

「昨日、帝がおっしゃいました。もしご自分が仏像を完成させることができなかったら、我が引き継いで完成させて欲しいと。もちろん喜んで承知いたしました。だって、我が功徳を積むことになりますもの。でも本当は、我にそのような大仕事ができるかと不安なのです」

「ご心配いりません。そのために廷臣たちがいるのです。皆が皇太子のお力になりましょう。それに、帝は必ず完成させられます。以前の上宮様の供養堂の時もそうだったではないですか」

「そうでしたね。上宮様の供養堂は完成したのでしたね」

「ええ、春に完成し、行信僧都が上宮様の御霊を供養なさっています」

「我も御仏の加護を受けられるかしら」

「もちろんです。帝は皇太子のために、皇太子の御名で御寄進なさったのですから。上宮様は真に偉大なる御方、その供養堂たれば」

「また上宮様の話。先生は本当に上宮様を尊敬なさっているのですね」

「上宮様はこの国の礎を築いた御方、後にも先にもあのような偉大な御方は現れませぬ。上宮様がいなければ、私のような身分のものが唐に渡り様々な学問を学び、このように皇太子に教えるなど叶いませんでした」

「我もそのことには感謝しています。家柄ばかり立派で、頭の悪い人間が山ほどいますもの。家柄に拘らず、良い人材を重用するのが正しいと思いますわ」

 阿倍内親王が真備を知ったのは十代の頃である。真備は唐の国で儒学、天文学、兵学など広くの学問に研鑽を積み、帰国後、その博識ぶりはこの国に並ぶ者なしと言われていた。やがて阿倍内親王の教育を担当するようになると、真備は彼女に学問だけではなく思想も影響を与えた。

「で、あとはあの供養堂をどうしたらいいのかしら」

「行信僧都は、これから毎年、上宮様の命日に法要を行いたいと言っておられました。そのご支援をなさればよろしいかと思います」

「しかし、行信僧都も我もいずれはこの世を去る身、我に子孫がいればよいが、もしいない場合には、せっかく造った供養堂が捨ておかれ荒れてしまうのはしのびない」

「上宮様にはご兄弟がいらっしゃいました。今も皇族であられるのは、弟王の子孫、山村王おひとりですが、その方に託すというのはいかがでしょう」

「山村王。どのような方ですか」

「上宮様の弟皇子、来目皇子のご子孫にあられます。最近お父上を亡くされ、私もその時に初めて知りました。皇太子より二、三年下でしょうか、まだ無位無官ですが、しっかりした、なかなか凛々しい御方です」

「そう、山村王……」

 阿倍内親王は、その名を心に刻み込むかのように呟いた。

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