「第三章〜2」
しばらくして、平城左京外坊、興福寺の東の地にて仏像造営作業が始まった。
結局、天皇は紫香楽の地での仏像造営をあきらめ、平城京で造営することにした。もちろん諸兄は歓迎していなかったが、これでもう遷都を繰り返すことなく平城を京都として落ち着くなら、と思っていた。
八月、仏像造営を開始する儀式が行われた。更地となっている予定地に荷車で土や石を運び込み、仏像の基壇を造る作業の開始である。
秋になったとはいえ、まだ厳しい残暑が続いている。居並ぶ官人たちはみな、夏の衣に汗をにじませている。
官人、京人が見守る中、天皇の乗った輿が到着した。
土が盛られている荷車の横で輿が下ろされると、天皇は輿を降り、両腕を差し出す。造営長官が土をひと掬いし、天皇が長い袖で受ける。そのまま天皇は二、三歩歩くと、袖の土を地面に置いた。天皇は少しの間、感慨深げに地面を眺めていたが、やがて再び輿に乗り、退座した。
その後、上級貴族たちが天皇に倣って袖に土を乗せ、土を運ぶと、儀式は終了である。
宿奈麻呂ら、位がそれほど高くない者たちは、儀式を見ている貴族たちの列のその外側で見守っていた。
宿奈麻呂の後方から若い男の囁き声が聞こえる。
「我らも土を運べと言われなくてよかったな。一枚しかない衣が汚れてはかなわん」
「だから衣を何枚も持っている方々だけでやっているのだろう」
宿奈麻呂も心の中では同じことを思っていた。天皇が衣を土で汚したら、他のものたちは倣うしかなかろう。
儀式が終了し、皆がバラバラと帰り出したその中に、宿奈麻呂は藤原北家の永手を見つけた。
「永手殿」
「おお、宿奈麻呂殿。暑いな。元気か」
「皆、息災にしています」
「それはよかった。しかし、帝が自ら土を運ぶとは」
「ええ、驚きました。本当に仏教に熱心なのですね」
「その影響か、今では橘夫人も仏教に傾倒しておられるようだ。一昨年には斑鳩寺に橘家の邸を寄付したそうだからな」
橘夫人というのは、聖武天皇の第二夫人で、橘諸兄の弟の娘である。藤原永手にとっては母方の従妹となる。斑鳩寺に上宮太子の供養堂を作る際、亡き橘三千代の邸を移築して寄付し、上宮王院の伝法堂とした。
「え、斑鳩寺に、ですか」
「我が母は、諸兄殿や自分には事後報告だったと言っておった。まあ、斑鳩寺には三千代殿の供養堂もあるし、橘家の氏寺のような感覚なのかもしれないな」
永手は、これからまた宮殿に行かねばならぬ、と言って、去っていった。
・ ・ ・ ・ ・
その直後、聖武天皇が行幸先の難波宮で病気となり、一時は、親王や王たちを集め、関の警備を厚くするなど不測の事態に備えたが、結局天皇は持ち直し、また元の日常に戻った。
宿奈麻呂の元へは、待てど暮らせど仏師多加からの連絡はなかった。
「国分寺や京の仏像造りやらで忙しくなったのかもしれん」
家持はそう言っていた。




