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「第三章〜1」

 天平十七年(西暦七百四十五年)五月、京が平城に戻されると、ようやく人々の暮らしも落ち着きを見せてきた。

 三年ぶりに妻子のいる平城京の邸に戻ってきた宿奈麻呂も、街に以前の活気が戻ってきたのを見ると、気分が明るくなるのだった。


「また平城に京が戻ってよかった。これでやっと帝も落ち着かれることだろう」

 宿奈麻呂が大伴家持の邸を訪ねると、家持は言った。

「落ち着いていただかないと困る。もう遷都はたくさんだ」

「帝が平城京を離れてから四年半か。いろいろあったな」


 聖武天皇の四年半を超える彷徨が終わってみると、世の中の権力図も微妙に変わっていた。


 この四年半という年月は、藤原氏に盛り返す時間を与えた。

 結局、橘諸兄は自分主体の京を作ることに失敗し、平城に京が戻った。それは則ち、諸兄が藤原氏に敗北したことを現した。諸兄についていた豪族の中にも、この間の橘政権の迷走を見て離れた者もいた。

 数年前には若くて橘氏に対抗できなかった宿奈麻呂の従兄弟世代も、一族の長とも言える藤原南家の豊成は四十歳を越え、他の従兄弟たちも中堅と言える年齢になっていた。

 ただ、藤原氏が盛り返したと言っても一族全員が取り立てられたわけではない。南家の仲麻呂は、皇后の信頼を得て今や長兄の豊成をも凌ぐ勢いである一方、北家の永手、式家の宿奈麻呂らは一向に出世できなかった。永手は、父が藤原房前、母が諸兄の妹という良い血統なだけに、諸兄からも仲麻呂からも警戒されていた。

 人臣としての最高位、左大臣の座には橘諸兄がついているが、右大臣の席は空いたままである。いずれそこに藤原氏が座れば、或は他の豪族の誰かが座れば、世はどう動くかわからない。


「ともあれ、これからは家族とともに落ち着いて暮らせる。帝は相変らず仏像造営にご執心なようだが」

「そういえば」

 家持が声を落として言った。

「少し前、ちょっと妙なことがあったのだ」

「妙なこと」

「春先に、例の行信僧都が帝と会われたのだが、内裏で人払いをしたのだ。何かおかしいと思い、宮の警護をしている風に装いながら、こっそり戸の陰で話を聞いてしまったのだが」

「おいおい、また危ういことを。そなた、いつからそんな大胆になったのだ」

「安積親王のことがあってから、何も恐れるものが無くなったのよ。まじめに働いていても死ぬ時は死ぬし、災難に見舞われる時だってある」

「まあな。で、それで」

「帝の御声は聞こえなかったのだが、行信の言葉だけは微かに聞き取れた。斑鳩寺の供養堂が完成した報告だったようなのだが、これからは上宮様の霊が帝とこの国を守ってくださる、今後とも自分が責任を持って供養していく、と」

「うむ、我らが思っていた通りか」

「しかしもう一つ、例の者たちに妨害されず完成できてよかった、とも言っていたのだ」

「例の者たちとは」

「わからぬ。あとは仏像造営の話をしていたようだが、それ以上は聞けなかった。ただ、帝はその者たちを気にしていたようだった。」

「例の者たち……上宮様の供養と関係があるのだろうか」

「全く見当がつかないが、何か帝が気にしている何者かが存在するのだ」

「ううむ、全くわからん」

「とにかく、供養堂が完成したというのなら、直にあの仏師、多加から連絡が来るだろう。そうしたら斑鳩に行ってみるか」

「うむ。多加には心配させたからな、礼も言わねばならぬ」

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