「第二章〜9」
家持の謹慎は四ヶ月ほどで解かれ、復職した。
天皇はというと、難波宮を京都としたにも関わらず紫香楽宮への行幸を繰り返した。今や紫香楽の仏像造営のことが天皇の心の大部分を占めていた。難波宮にいても、仏像造営の進行具合が気がかりでならなかったのだ。
そんな中、紫香楽宮に滞在している天皇を、斑鳩から行信僧正が訪ねてきた。
「上宮様の供養堂、無事に完成いたしました。四月に仏像を治め供養を行います。これからは上宮様の霊が帝とこの国を守ってくださるでしょう」
「そうか、大儀であった」
天皇は、軽く頷いた。
「例の者たちに動きは、変わりないか」
「ええ、変わりなく、例の者たちは私の手の者が見張っております。あの者たちにも妨害されずに無事完成させることができ、真によろしゅうございました」
行信の言葉に安心した天皇は、先だって橘諸兄に話した大仏造営のことを話した。
行信は、一昨年に恭仁京の天皇を訪ねた時とずいぶん様子が違っているのを感じた。
以前の天皇は、ずいぶん怯えていた。
「例の者たちはどうしておる。遷都したことは知っているのか。我がここにいることは」
「遷都の詔を出したのですから、当然知っておりましょう」
「何ということだ。ここにいては、我はだめだ」
「落ち着きなさいませ、妙な動きを察知したら、いち早くお知らせし手を打ちますから」
その天皇が、今は不思議なくらい落ち着き払っている。何が彼を変えたのだろう。
天皇は「盧遮那仏造営の詔」を出したいきさつを熱く語った。
「我は、盧遮那仏を作る、それが帝としての使命なのだと悟ったのだ。我はその時、上宮太子がわかったのだ。上宮太子も我と同じように、仏教を広めること、それが使命だと思っていたのだ」
行信が眉間に微かな皺を寄せたことに、天皇は気付かなかった。
「上宮太子は仏教を広め、今も大勢の民に敬われている。そなたのように百年以上たっても供養堂を造りたいを申す者もいる。では我はどうだ。我がいなくなっても、民は我を敬い祀るだろうか。そう考えた時、我はこのままではいけない、と感じたのだ」
「我は上宮太子の遺志を継ぎ、上宮太子と同様に、仏教の祖となる」
違う。上宮様は、人々に道徳を根付かせるために仏教を広めた。律法を作り、大陸との国交を開き、この国の礎を作った。貴方は一体、何をしたと言うのだ。無為に遷都をして宮の造営を繰り返し人民を苦しめ、ただ、自分が救われるためだけに仏像を造るのではないか。
行信はそれらの言葉を飲み込んだ。
そんな行信の心の内を感じようともしないで天皇は言った。
「そうなれば、あの者たちも何もできまい」
「ですが、上宮様の供養をおろそかにしてはなりませぬ」
「うむ、わかっておる」
行信は天皇に提案した。
「私が今後、責任を持って供養をしてまいりましょう。どうか、私に一任くださいますよう、お認めください」
この天皇が仏像を完成させる前に、上宮太子の偉大さを世間に知らしめなくてはならぬ。自分が上宮太子の偉業を後世に伝えていくのだ。
行信は、膝に置いた手を握りしめた。
・ ・ ・ ・ ・
その後も天皇は、紫香楽の大仏造営に心血注ぎ、他のことを顧みることができない様子だった。
やがて、紫香楽宮周辺で放火と思われる火災が起きた。人々の溜まった不満の現れだとも言われた。
「この地は危のうございます」
難波宮にいた諸兄が慌ててやってきた。
「相次ぐ火災、帝の御身がご無事でしたからよかったものの、この地に留まるのは危険です。またよからぬ輩が現れないとも限りません。ここは火に囲まれたら逃げ場がありません。どうか、何事もないうちに難波宮にお戻りくださいませ」
「我はこの命、惜しくはないぞ」
「仏像を完成させられなくともよいのですか。この先、建築途中の仏像を壊され妨害されるかもしれませんぞ」
諸兄は、もう天皇の心を繋ぎ止めるには、仏像のことを言うしかないと悟っていた。不本意ではあるが、このような言い方をするしかなかった。
「どうか、難波宮にお戻りくださいませ」
天皇は黙り込んだ。
諸兄の言葉を受けて、天皇は群臣を集めて再び京を移すことを相談した。官人たちの意見を聞くと、平城に京を戻すべきだという声がほとんどだった。
そして天平十七年(西暦七百四十五年)五月、再び都が平城京に戻されることとなった。
広継の事件の時から始まった聖武天皇の彷徨は、四年半余に及んだ。わずか四年半の間で三度遷都したのである。その間に遷都に費やした時間と費用と労力は、人民の生活を圧迫し、政権への不信感を育てるには充分すぎるほどだった。(第二章・終)




