「第二章〜8」
恭仁京の宮城も紫香楽宮も完成しない上に、仏像造りという新たな仕事が加わり、天皇に振り回される周りの皆は疲れていった。天皇の紫香楽宮滞在が増え、一体どこが京なのかわからなくなっていた。人々の間に、いずれ紫香楽が京になるのではないかとの噂も広まった。
左大臣となっていた橘諸兄は、この中途半端な状態を打開しようと、上皇と相談し、難波宮を京にすることを提案した。
難波宮なら、過去には京都になったこともあり、今も外国からの使者をもてなす地として使っているので充分京都として成立する。二十年前に宮城の拡充と街の整備を行っており、官人たちの邸宅もある程度揃っているので、これ以上造営せずとも業務が行える。
天皇は、紫香楽を離れたくなかったが、上皇や公卿たちの意見も聞き渋々了承した。
そうして難波宮を京にすべく、天皇は難波宮へ行幸した。
大伴家持が仕えている安積親王が薨去したのは、そんな行幸の最中であった。
天平十六年(西暦七百四十四年)一月、天皇の難波宮行幸に同行していた安積親王は、途中で体調が悪くなり恭仁京へ引き返して、そのまま薨じた。
安積親王の死は、難波宮にいた橘諸兄に衝撃を与えた。
安積親王の母親は、諸兄の母親と血縁関係にある。背後に藤原家の皇后がいる阿倍内親王より諸兄に近く、諸兄にとって都合のいい天皇となるはずだった。安積親王より十歳年上の阿倍内親王が次の天皇になったとしても、安積親王が適齢になるまでの中継ぎ、すぐに譲位させればいいと思っていた。
「急に亡くなるとは、信じがたい。まさか……」
当時、藤原仲麻呂が恭仁京の留守司をしていたので、仲麻呂が安積親王を暗殺したのだという噂も囁かれた。
「確かに、仲麻呂殿は皇后と親しいですからな」
「ならば、皇后の意向、ということにはなるまいか」
「滅多なことを口にするでない。首が飛ぶぞ」
安積親王の死によって、親王の内舎人をしていた家持は、責任を問われて職を解かれ、平城京の自宅で謹慎処分となった。
宿奈麻呂はと言えば、官職についたものの昇進も加階もなく、式家復興の兆しも見えぬまま、恭仁京で日々を送っていた。
上級役人ではなかったため難波京へは行かず恭仁京で勤めていた宿奈麻呂は、家持が平城で謹慎と知って、休みの日に平城の自邸に帰ったついでに家持の邸に立ち寄った。
家持は、自室の机に向かっていた。机上には、歌を詠んでいたらしく木簡がいくつか置いてある。
「まだ十七歳になったばかりだったのだ」
家持はしんみり言った。
「そなたも以前から、気さくな良い御方だったと言っていたのにな」
「ほんに、今の皇太子の後にはいずれあの御方が位について、良い政を行ってくれると思っていた」
「これで帝には、もう男子がひとりもいなくなってしまった。皇太子の後は誰を後嗣とするのか、全く見当もつかぬ」
「自分より若い者が先に逝くのは辛いものだなあ」
家持はため息をついた。
「……おお、そうだ」
ふと思い出したかのように、家持は机の上にあった布包みを持ってきた。
「以前、李の宴をした仏師を覚えておるか。上宮様の仏像を彫っていた……」
「ああ、そういえばそんなことがあったな」
「その仏師が、そなたの留守中に平城の大嬢の邸を訪ねてきてな」
「大嬢殿を」
「うむ、そなたが流罪になったと知り、心配して俺を訪ねてきたらしいが、俺は恭仁京にいたろう。それで人に聞いて大嬢の邸に行ったらしいのだ」
家持は、布包みを床に置くと、丁寧に開いた。
「ほお」
「そなたにこれを渡してくれと大嬢に預けていった」
布包みから出てきたものは、手のひらほどの木彫りの拝み観音像だった。
「それは世話になった」
元々信心深くない宿奈麻呂は、両手で受け取り軽く掲げ持つと、すぐ脇に置いた。
「上宮様の仏像が出来上がったのかどうかは聞かなかったらしいが」
「そんな話も、何だか遠い昔のことのようだ。あの頃は気楽だった」
「まあいずれ、斑鳩寺にその仏像を拝みにでも行こう」
「ああ、いずれ」
宿奈麻呂は乗り気でない声で言った。




