「第一章〜24」
数日後、宿奈麻呂のその微かな期待は、無惨にも打ち砕かれることとなった。
外は木枯らしの吹く晴れた午後、宿奈麻呂の邸に豊成がやってきた。
普段は遣いの者しかよこさない豊成が、直々に訪ねてきたのだ。宿奈麻呂は緊張して迎えた。
豊成は眉間に皺を寄せ固い顔をしていた。
「広継が捕らえられた」
宿奈麻呂の身体は硬直した。
「広継と綱手は、討伐軍に捕らえられ、二人とも斬首の刑が執行された」
広継と綱手が斬首。
宿奈麻呂の頭は真っ白になった。
「詳しい事はまだわからぬ。そなたは気をしっかり持って、沙汰を待て」
宿奈麻呂は上の空で豊成を見送った。
豊成が帰った後も、宿奈麻呂は動くことができなかった。
「広継が斬首……」
幼い頃から式家の長男として大切にされ、注目され、いつも皆の中心にあった広継。太陽のような広継が、罪人として首を斬られるなど、誰が予測したであろうか。
広継は、上流貴族の息子としての自尊心が強く、多少の高慢さもあったかもしれない。軽率なところもあったかもしれない。しかしそれでも、殺されなければならないほどの非道い人間だったわけではない。広継には輝かしい未来が用意されていたはずだった。
知らせを聞いた時から、宿奈麻呂はある程度は覚悟していたつもりでいた。それでも心の底では、悪いようにななるまいと期待していた部分もあったのだ。
しかし、宿奈麻呂はいつまでも悲嘆にくれている場合ではなかった。
以前仲麻呂に言われたように、今からは宿奈麻呂が式家の長なのだ。自分の妻子はもちろんのこと、まだ幼い弟妹と先に病死した弟清成の子や他の子たちの面倒を見なければならないのだ。やらなければならないことは山ほどある。
宿奈麻呂は湯を飲んで気を落ち着かせると、とりあえず田麻呂に伝えようと立ち上がった。
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田麻呂の邸に行くと、宿奈麻呂は庭から障子越しに声をかけた。
障子が開き、田麻呂が顔を出した。田麻呂は宿奈麻呂の姿を認めると、顔に期待の表情を浮かべた。が、宿奈麻呂の血の気のない顔を見ると、すぐに目が陰った。
「兄上、何か知らせがあったのですか」
宿奈麻呂は、うむ、とだけ言うと、縁側から部屋へ上がった。
机の上には経本と筆が置いてある。写経でもしていたのだろう。
宿奈麻呂は、田麻呂に向き合って座ると姿勢を正した。端然としたその姿に田麻呂の不安が募った。
宿奈麻呂は、自分を促すかのように深く息を吸うと、低い声で言った。
「広継が捕らえられた」
田麻呂はびくっと身体を震わせた。
「広継は……、綱手も一緒だ、二人とも、斬首刑に処されたそうだ」
田麻呂の顔から見る見る色が消えていく。
「落ち着くのだ。よいか、田麻呂。これからのことだが」
宿奈麻呂が言いかけると、田麻呂の目から涙が溢れ出てきた。
宿奈麻呂は田麻呂の肩に手を置いた。
「泣きたい気持ちは俺だって同じだ」
宿奈麻呂は田麻呂を慰めようとした。
「俺にとってはただ一人の兄だし、広継は俺たち式家の誇りだった。それなのに、罪人として首を落とされるなど、胸が張り裂けそうだ。俺は」
田麻呂は宿奈麻呂の言葉を遮り、口を押さえて縁側へ走ると、庭へ嘔吐した。
田麻呂の瞼の裏には、胴体から首が離れた広継の姿が浮かんでいた。




