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「第一章〜23」

 翌朝、宿奈麻呂が起きたのは、日が高く昇ってからであった。

 昨日飲み過ぎた酒のせいか頭が重い。何をする気にもならなかった。弓の練習もやめてしまった。


 その日、広継を逆賊と認め、広継を殺すように詔が出された。

 仲麻呂が言っていた通り、宿奈麻呂がこの式家を背負っていかねばならない状況になりつつある。しっかりしなければと書物などを開いてみるが、どうも気が乗らない。書物を少し読んでは止め、家人相手に囲碁などをし、それも続かずまた書物を開く、といったことの繰り返しだった。

 広継が逆賊とされたからには、なるべく累が他の身内に及ばないようにしなければならない。宿奈麻呂は、妻子を妻の実家に預けることにした。


 広継は一体どうなるのだろうか。


 宿奈麻呂は長屋親王の事件を思い出した。十一年前、謀反を企てたとして死んだ長屋親王のことである。

 当時、謀反の嫌疑をかけられた長屋親王は、尋問を受けその後自害を強いられた。宿奈麻呂の父宇合が、勅命により兵を率いて長屋親王の邸を取り囲んだのでよく覚えている。その時、長屋親王とその妻子は同罪とみなされ自害させられたのだが、妾である長娥子とその子らには罪が及ばなかった。長娥子が不比等の娘だったからである。

 後になって長屋親王は冤罪とわかったが、挙兵した訳でもなくただ謀反を企てているという誣告があっただけで本人も妻子も死罪同然とされた。

 ならば広継はどうであろう。

 広継は実際に兵を挙げた。帝を殺めようとしたのではない。橘諸兄に対しての反逆だ。帝を良しからぬ方へ導こうとする諸兄ら一派に対して兵を起こしたのだ。

 しかし、帝に対してではなくとも、帝は広継を逆賊と認定した。討伐軍が送られ勅使も送られた。たとえ広継のほうに正義があったとしても、謀反と見なされたならば、広継の命は無い。ならば、いっそ、諸兄を討ってしまえばいい。


 そう思って、ふと、気づいた。

「広継は、はじめから諸兄を討つつもりで、兵を挙げたのであろうか」

 広継が死罪となれば、広継の妻子にも類は及ぶだろう。ならば広継の妻妾の父親らが、広継に呼応して現政権を倒してしまえと考えてもおかしくない。自分だって同じだ。このままでは逆臣の弟だが、広継が革命を起こし新政権を作れば自分も救われる。

 皇后や従兄弟たちにはああ言ったものの、広継の軍が都へ上ってきたなら自分は皇后との約束を守ることはできないかもしれない。

 宿奈麻呂はそう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その後、京には、一向に広継が討伐軍に討ち取られたという知らせは届かなかった。

 邸に籠る宿奈麻呂は、だんだんとその生活に慣れてきた。邸から出られない不自由さと人と会えない退屈を除けば、何か困るようなことはなかったし、平和な時間を過ごしているうちに、何も事件など起こっていないかのような気持ちになってきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな中、ある朝、京中に太鼓の音が鳴り響いた。

 これは、天皇の行幸の太鼓である。

「帝が行幸。この時期に一体どこへ行幸するというのだ」

 宿奈麻呂でなくとも疑問に思うことだ。

 家人が顔を出し、様子を見に行ってきましょうか、と声をかけた。


 しばらくして戻ってきた家人の話だと、行幸としては数百人というかなりの大人数だったという。仲麻呂が前衛の騎馬大将軍。豊成は隊列を見送っていたというからおそらくは留守居なのだろう。大伴家持も隊列の中にいたという。

「家持は安積親王の内舎人という役職。だとすると帝は親王も連れての行幸ということになるな」

「見送りの中に知った顔をいくつか見かけましたので、話を聞いてきました」

「うむ」

「今回の行幸は、前々から決まっていた、伊勢神宮へ国家安泰を祈願するもので、帝は、西国のことは気がかりではあるけれど、この国の民のために行かねばならない、とおっしゃっていたそうです」

「ですが、戦勝祈願だろうと言う人もいました。中には、広継殿の軍がもうそこまで迫ってきているのだ、帝は京から逃げたのだと言う人も」

 もしかしたら戦況が思わしくないのかもしれない。

 話を聞きながら、宿奈麻呂の胸が高鳴った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 天皇が京を出立すると、京にいた商人や町人が都を離れるようになった。官人たちの中でも、妻子を京から離れた実家や別荘に避難させる者が出始めた。


 広継の軍は一万とも一万五千とも言われている。討伐軍の将軍からは良い知らせが届かない。ひょっとすると、いよいよ広継の軍が討伐軍を打ち破って京に向かって攻め上がってきているのかもしれない。

「これはもしかすると、もしかするかもしれないな」

 宿奈麻呂の心に期待が芽生えた。

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