ひまわりの窓
男は心底うんざりしていました。
変わらない風景に、変わらない食事。
何の変化もない病室での毎日に、男は心の底からうんざりしていました。
そんなある日、男の隣の空きベッドに新しい患者がやってきました。
「私はロイと言うんだ。あなたの名前は?」
男はこれから始まる毎日に胸を躍らせながら、その新しい患者に尋ねました。
「サムです」
少年はボソッとそう答えました。
その返事にはまるで生気というものが無く、口調だけで彼の表情が分かる程でした。
「サム君、だね。これからよろしく!」
少年がなぜそんなにも落ち込んでいるのか、男には大体の見当はついていました。
男は少年の元気を取り戻してやろうと、密かに胸のうちで誓いました。
「今日も葉が青々と茂っていて、元気そうだよ」
「そうですか」
それから男は、毎日少年に話しかけました。
最初は無口で暗かった少年も、少しずつ、明るさを取り戻していきました。
あるとき二人は、お互いが入院することになったいきさつを話していました。
「僕は、交通事故で大怪我を負ったのです」
少年は言いました。
「お陰で足が麻痺してしまって大変不便です」
それを聞いた男は意外に思って少年に聞きました。
「おや、目の方が困っているかと思ったけれど……」
「ええ、もちろん一番堪えたのは失明したことですよ」
少年は包帯に覆われた目に手を伸ばし、そう付け足して少し笑いました。
「おやしかし、目のことをハルキさんに話したことは……ありましたっけ」
少年は男に尋ねました。
「それは……」
その時病室に医者が入ってきました。
部屋が再び二人だけになった頃には、どちらも話していたことをすっかり忘れていました。
「だいぶ、大きくなったよ。いくつか、つぼみも出来てきているみたいだ」
「それは楽しみですね!」
二人はたくさんのことを話しました。
今では男は毎日が楽しくて仕方がなく、変わらぬ日々にうんざりしていた頃が懐かしいくらいでした。
今では少年は会話が嬉しくて仕方がなく、失明した人生に絶望していた頃が懐かしいくらいでした。
たまに男は咳き込むようになって声がしゃがれだしていましたが、そんなことは二人の間ではただのからかいの種にしかなりませんでした。
「つぼみがだいぶふっくらしてきたよ」
「おお、本当ですか!」
少年が入院し始めてから、2週間目のことでした。
男は少年を元気付けようと考えてからというもの、毎日欠かさずに病室の窓の外の様子を少年に話していたのでした。
男は特に、窓のすぐ側に生えているというひまわりの話をしました。
それはもう楽しそうに、ひまわりが聞いたら恥ずかしがるのではないかというほどに、たいそう美しく生き生きと様子を語って聞かせていました。
「もうすぐ、花が咲くんじゃあないかな!」
男は興奮した様子で言いました。
「もうつぼみの隙間から花が……ゴホッゴホッ……んん、失礼」
「ハルキさん、大丈夫ですか?」
「いや、心配しないでくれ。私は大丈夫だから」
男はそう答えると、今日は大人しく寝ているとしよう、と言ったきり黙ってしまいました。
その日は一日中、押し殺したような咳の音が、少年の耳を叩き続けました。
「つぼみが膨らんで……ゴホッ……」
「無理しないでください。ひまわりのことはいいですから」
男の病状は、日に日に悪化していくようでした。
少年は男を励まそうと思いましたが、少年は少年で足の調子が悪くなってきて、それどころではありませんでした。
少年の足は壊死を起こし始めていて、少年は医者から、足は切断することになるでしょう、と説明されました。
「ゴホッ……」
「……」
「ロイさん、僕の足はもうだめらしいです」
少年は男に言いました。
その言葉にはまるで生気というものが無く、口調だけで彼の表情が分かる程でした。
「サム君、悲観しないで。きっと大丈夫」
男はどうにか励まそうと明るく話しました。
「ほら、窓の外のひまわりね、もうすぐ――」
「ひまわりなんか、もうどうでもいいですよ!」
少年は恐怖と絶望と焦りに押しつぶされそうになり、こみ上げてきた感情を吐き出しました。
「あなたは良いですよ!足はあるし目も見える!」
「僕には……僕には泣くことさえ出来ないというのに!」
「ゴホッゴホ、ゴホッ……」
「……」
次の日の朝、男の咳は止まっていました。
とても静かになった病室で、友と足を失くした少年はただ呆然としていました。
少年は部屋に見回りにきた医者に、窓の外のひまわりは咲いていますか、と尋ねました。
医者は不思議そうに答えました。
「この病室は盲目の患者さん専用なので、窓はありませんが」
「ひまわり、咲きましたよ」
「嘘、だったんですね」
Fin.
このような駄文にお付き合いいただき、ありがとうございます。
気に入っていただけましたら幸いです。