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ようこそ混沌!グッバイ平穏!  作者: 夢野天瀬
01 炎獄の魔法使い誕生
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08 危険人物


 鬱蒼としたジャングルには、奇怪な動物の鳴き声が響き渡る。

 ただ、それに負けじと、叫び声が轟く。


「ちょ、ちょ~! やめて! やめてってばーーーーーーー!」


「うるさい! ちょこまかと、ウザいわよ! 大人しく死になさい!」


 悲鳴を放つと、氷の矢が放たれ、同時に死刑宣告が轟いた。

 ウザいと言われても、死刑になるほどのことをした覚えがない。

 況してや、大人しくしてなんていられない。だって、氷の矢が音を立てて飛んでくるのだ。

 ここで止まる奴は、アフォとしか言えないだろう。


 なんで、こんなことに……だって、黒歴史かなにか知らないけど、自業自得じゃんか……てか、こりゃ、なんとかしないと、マジでピンチだよ……


 理不尽な攻撃に憤りを感じつつも、なんとか事を収めるための方法を考える。

 ただ、それが拙かったのだろう。恰も引っ掛かれと言わんばかり飛び出ていた根っこに足を引っかけてしまう。

 そうなると、勢いよく走っていたこともあり、地面に転がってしまう。


「いてっ! なんで、こんなところに……」


 根っこと万有引力を恨めしく思いつつも、慌てて振り返る。

 そこには、満面の笑みを浮かべた少女が、右手をこちらに向けて立っていた。


 や、やっばーーーーーーー! だめ。だめだ。くそっ!


「ふふふっ、鬼ごっこはお終いかしら。さあ、罪人は潔く逝きなさい」


 罪人って......てか、なんでそんなに嬉しそうなの?


「これで終わりよ!」


 終わるのは勘弁だ! 爆裂っ!


 大ピンチの状況を前にして、思わず爆裂の魔法を発動させてしまう。

 途端に、耳をつんざく爆発音が響き渡り、草木が宙を舞っている。


 うわっ! やばっ! やり過ぎた……


 あまりの惨状を目にして、咄嗟の事だったとはいえ、爆裂の魔法は過剰だったと焦りを抱く。


「死んでないよね? 生きてるよね? ねえ、返事をしてよ」


 もうもうと粉塵が立ち込める中、少女の生死が気になって声をかける。

 しかし、うんともすんとも聞こえてこない。


 まじ? まじまじまじ? うそ~ん!


 少しばかり凶暴だけど、あんなに可愛い少女を死なせてったと思い、心臓が止まりそうになる。

 そんな状況で、少女が横たわっているのが目に入った。


「あっ!」


 地面に横たわる少女の元に焦って駆け寄るのだけど、そこで足が止まった。


 まじ? なにも着てないんだ……てか、不毛だし、めっちゃ寒そうだよ?


 いまだ成長中の幼い胸と、全くと言っていいほどの不毛な三角地帯を目にして、思わずドキドキとしてしまう。

 だって、本物を見たのなんて初めてだし、色々と興味のある年頃だし、思わず凝視してしまっても仕方ないよね?


 自分の鼓動が聞こえてきそうなほどに、心臓をバタつかせながらも、ゆっくりと少女に歩み寄る。

 ただ、その鼓動は、二つの意味で高鳴っているのだ。


「死んでないよね?」


 彼女の姿を瞳に映し、ピクリともしないことに焦りを覚える。


 やばいよ。死んじゃったかも……いや、ちゃんと確かめないと……


 嫌な汗を掻きながらも、彼女の柔らかな胸に耳を当てる。

 もちろん、邪な気持での行動ではない。


「い、生きてた……よかった……」


 彼女の心臓が鼓動を刻んでいるのを知り、脱力しながら安堵の息を吐く。

 だけど、油断は禁物だ。今は生きていても、致命傷を負っている可能性もあるのだ。


「う~ん、確かめるしかないんだけど……ごめん……」


 結局、意識のない彼女の容態を確かめるために、年若い女性の身体を隅々まで調べた。

 かなりドキドキしたのだけど、特に外傷がないと知ってホッとする。

 ただ、無事だと知ると、どうしても邪な気持が起こり始める。


 ダメ。ダメだ。ダメだよ。意識のない女の子に悪戯なんて、最悪な男のすることだ。


 自分を戒めながらカーテンを拾い上げると、少しだけ残念に思いつつも、それで彼女の身体を包み込む。


「これで良し! ちょっとだけ残念だけど、正しいことをすると気分がいいよね」


 偽善だと思うのだけど、良いことをしたと思うと、少しだけ胸が温かくなるような気がした。

 ただ、その温かさを感じているところで思い至る。


「ん? もしかして、これって勝利じゃね? 氷結の魔女に勝ったんだよね?」


 そう、炎獄の魔法使いは、氷結の魔女に勝利したのだ。









 人生、山あり谷ありとはいうけれど、できれば順風満帆な人生を過ごしたいと思っている。

 ところが、順風満帆の欠片も無いのが現実ということだよね。


「ふ~ん、あなたのお母さんって、いい物を着てるのね」


 母のクローゼットを漁りながら、少女が羨ましそうな声を漏らした。


 何を隠そう、己が意に反してしてスタート地点に戻っているのだ。


 やっと、下界に降りたのに……振り出しに戻っちゃったよ……


 まさに、リアル人生ゲームだと言わんばかりだ。

 それも、ゲームであればまだしも、こちらは完全に命が掛かっていることを考えると、とてもではないけど楽しくなろうはずもない。


 そう、彼女が目を覚ましたのは、あれから暫くしてのことだった。

 実のところ、彼女が目を覚ますと、また暴れだすのではないかとビクビクしていたのだけど、予想に反して彼女が発狂することはなかった。


 ああ、当然ながら、彼女の身体を隅々まで調べたことは内緒だ。もしバレたら、本当に始末されてしまうかもしれないからね。


 それはそうと、結局、外は暗くなり始めたこともあって、一旦は引き返すことにしたのだけど、彼女は我が家についてきてしまったのだ。

 そして、挙句は母の服を物色し始めたという訳なのだけど、後ろ暗いところがあるので、文句も言えないでいる。


「ねえ、いつまでヘルメットを被ってるの?」


 クローゼットに頭を突っ込んで、色々と服を漁っていた少女が、ひょいとこちらに顔を向ける。


「ああ、そうだった……忘れてたよ」


 彼女の行動が気になって、ヘルメットを被っていたことをすっかり忘れていた。

 それを思い出させてくれたことを感謝しつつ、しっかりと締めていた顎紐を解く。


「ふ~っ、スッキリする~~~~!」


「く、く、く、くろう、黒鵜君!? もしかして、黒鵜君なの!?」


 ヘルメットを脱いで、新鮮な空気とも言えないけど、少なからずヘルメットの中よりも清々しい状況に声を漏らすと、なぜか少女が固まっていた。

 驚きに目を見開く彼女を見て、何が何だか分からなくて首を傾げてしまう。


 ん? 何を驚いてるのかな? というか、なんで名前を知ってるのかな?


 どういう訳か、彼女は震える声で僕の名を口にしたのだ。


「ね、ねえ、なんで名前を知ってるの?」


 彼女はどう考えても面識のない女の子のはずだ。それなのに、僕の名前を知っていることが不思議でならない。

 その想いが質問となって零れるのだけど、彼女は驚いていた顔を顰め面に変えると、そのまま押し黙ってしまった。


 どうしたんだろう。なんか不味いことでも言ったかな?


 抑々、コミュニケーションの苦手なこともあって、その様子を見ても、彼女の気持ちを推し量ることはできない。

 そう、能力不足の僕では、彼女が何を考えているかなんて見当もつかないのだ。

 だから、彼女が何か口にするまで待つしかないのだけど、何を思ったのか、彼女は小さな溜息を吐くと、何も言わないまま、再びクローゼットに頭を突っ込んで物色を始めた。


 えっ!? 答えてくれないの? スルーなの? 無視なの?


 彼女の行動に驚きを露にする。

 その驚きの所為で憤りを感じることすら忘れてしまった。

 結局、物色を進める彼女を見て肩を竦めつつ、返事を諦めて今夜の食事について考える。


 今日の晩ご飯か……非常食の缶詰と乾パンなんだけど、二人で食べたら残りが……こりゃ、明日は意地でもショッピングモールかコンビニまで行く必要がありそうだ。


 そう、当初の目的地は、先ずはコンビニ、その次が南千住駅の近くにあるショッピングモールなのだ。

 ところが、マンションから出るのに時間が掛かり、更には少女の黒歴史を知ったことで、完全に予定が狂ってしまったのだ。


「あのさ、缶詰と乾パンしかないんだけど、いいかな?」


 というか、なんでタダで食料を分けてやるのに、こっちが卑屈になってるのさ! でも……またキレたら怖いもんね……


 卑屈な自分が嫌になるのだけど、相手が思いのほか凶暴な少女であることから、強い態度を執れない。


 心中で己の弱さを罵りつつも食事のことを伝えると、彼女はなぜか冷やかな視線を向けてきた。


「構わないわ。それよりも、着替えるから出ていって!」


 出て行ってと言われても……爆破した所為でドアも壁も吹き飛んでるんだよね……ああ、自分の部屋に篭ればいいのか……


 彼女の言葉を聞いて、親の部屋と完全に一体化した廊下とリビングを見やる。

 そして、そそくさと自分の部屋へと退散するのだけど、さすがに彼女の態度に憤りを感じて、思わず心中で悪態を吐いてしまう。


 ちぇっ! ここはうちの家だっつ~の……なんであんな態度なんだ? てかさ、騒ぐほどボリュームのある身体じゃないじゃん。完全に幼児体系だったし……うわっ、睨まれた……まさか、声に出てた?


 突き刺すような視線を浴びて、慌てて退散するのだけど、怒りの声が聞こえてこないところを見ると、心の声が表に登場してはいないようだった。

 それでも、背後からのプレッシャーをヒシヒシと感じつつ、自分の部屋ではなく風呂場へと向かう。

 というのも、革のフル装備で全身汗だくだったことを思い出したからだ。

 そんな訳で、脚の向け先を変更して風呂場の扉を開く。


 それにしても、今更ながらだけど、変わった女の子だよね……可愛いのに髪は散切りショートカットだし、なんか自分で切ったみたいな感じだったけど……


 馴れた手付きでバスタブに洗浄剤を拭きつけながら、彼女に対する違和感について考える。


 それにしても、どうして名前を知ってたんだろ……もしかして、僕って、有名人? いやいや、そんなことがある訳がない。だって、友達も居ないし、学校でも目立たない存在のに……ん~、分かんないや……あっ、でも、マンションの近くに居たってことは、この周辺に住んでるんだよね? それにしては、見たことがない顔だよね……


 年齢的には自分と同じか少し下のように思えるのだけど、全く見覚えのない少女が僕の名前を知っていたことで、色々と疑問が膨れあがる。

 しかし、いくら考えても分かる訳もなく、結局は詮索を止めてバスタブを洗い始めた。


 風呂場の掃除については慣れたもので、殆ど独り暮らしに近いこともあって、いつもの如くサクッと終わらせる。

 そして、最後に放水なのだけど、ここで魔法が炸裂するのだ。


「我が力となりて不浄なる物を洗い流せ! いけ! 水龍!」


 右腕を突き出し、適性の低い魔法のワード唱える。

 この痛いワードは、ついつい調子に乗って作ったものだ。

 もちろん、魔法書にも載せている。ただ、そっちには凄い威力だと書かれてあったりする。


 さすがに、何度も練習したので炎が出る恐れはない。

 ただ、水龍とは名ばかりの、シャワーにも劣る放水が始まる。


 その途端だった。

 突如として、後ろから噴き出す声が聞こえてきた。


「ププッ! す、水龍? それが? それって、水龍というよりは、出の悪いナニみたいよ? 膀胱炎にでもなってるんじゃないの?」


 ぬおおおおおおおおおおお! なんだと! この女! もう~頭にきた!


「む~~~~~! 厨二患者に言われたくないんだよね! これでも食らえ!」


 怒りは見事に正常な思考を奪い取る。そう、暴言を吐いた彼女に放水している右手を向け、切れの悪い小便アタックをお見舞いしたのだった。









 ハッキリ言って最悪だった。

 もう、何もかもが最悪だった。

 服も髪も気分も、全てが最悪だった。


 この心境をどう表せば良いだろうか。

 まるで、犬の糞を踏んづけた拍子にドブに落ちたような気分だと表現すれば良いだろうか。

 そう、所謂、踏んだり蹴ったりという奴だ。

 なにしろ、僕の水龍とは比べ物にならない水の魔法を喰らった上に、物理的に踏んだり蹴ったりの目に遭ってしまったのだ。


「黒鵜君は、もう少しデリカシーが何たるかを学んだ方が良いと思うわ」


 君も、もう少しお淑やかになる努力をした方が良いと思うけどね……


 缶詰を食べながら冷たい眼差しを向けてくる少女に、特大のノシを付けてお返した。

 もちろん、心の中でだけだ。間違ってもそれを口にはできない。

 なぜなら、それを口に出した途端、どんな目に遭わされるか分かったものではないからだ。

 それでも、不貞腐れた様子を隠すことなく、彼女に疑問をぶつける。


「ところでさ、君はなんで僕の名前を知ってるのさ?」


「……」


 何がどうあっても話したくないのか、その話題になると貝のように口を閉ざす。


 はぁ、この質問になるとこれだ……なんで言いたくないのかな? まあいいや、それなら……


 彼女が僕の名前を知っている理由を聞くのは諦め、別の要求を突き付けることにした。


「はぁ~、もういいけどさ。僕は君を何て呼べばいいの? 氷結の魔女さんとでも呼べばいいかな?」


「ねえ、黒鵜君は人生に絶望してるの? そうなのよね? 死にたいのよね? 逝きたいのよね?」


「うぐっ……」


 ちょっぴり皮肉というスパイスを効かせてみたのだけど、逆に殺意という激辛香辛料を上乗せされて投げ返された。

 どうやら、僕が放った皮肉は、彼女の逆鱗に触れる一歩手前だったみたいだ。鋭い眼差しで突き刺された上に、死刑判決を喰らいそうになってしまう。


「い、いや、そ、そんなつもりじゃないんだけど……ちょ、ちょっとしたジョークだよ。冗談! で、なんて呼べばいいのかな?」


 ここで人生を終わらせたくはない。だから、冷や汗を掻きながら弁解する。

 すると、彼女は表情を一変させたのだけど、今度は難しい顔で何やら悩み始めた。


 そんな彼女を見て溜息を吐きつつ、諦めという名の境地に陥る。


 はぁ~、もういいや、どうせ明日にはサヨナラだし。いつまでもこんな訳の解らない女の子と一緒に居たくないし……可愛いんだけど、世の中、見た目じゃないよね。


 抑々、人付き合いが苦手なこともあって、さっさと彼女から離れたかった。

 少なからず女の子に興味があるのは確かだけど、さすがに、こんな痛くてお転婆な女の子の相手なんて真っ平なのだ。


 さっさとご飯を終わらせて寝ようかな……風呂は……もういいかな……おぼれ死にそうなくらい水攻めされたし……


 散々と水浸しになったことだし、風呂に入る気にもなれず、さっさと寝ることにした。

 しかし、そこで悩んでいた彼女がこちらに視線を向けてきた。


氷華ひょうか……」


「ん? なに? 何を評価しろって?」


「死にたいの? もしそうなら、素直にそういえばいいじゃない」


「えっ!? 評価じゃないの? てか、直ぐに始末しようとするの、止めてくれないかな……」


 彼女が口にした言葉の意味が解らず、それを問い質したところ、危うく人生の終着点を向かえそうになる。

 しかし、必死に弁解と抗議を試みると、彼女は恥ずかしそうにしながらも、その言葉の意味を説明してきた。


「な、名前よ。氷華ひょうか! 川上氷華」


 焚火の明かりの所為で解らないのだけど、彼女の雰囲気からすると、もしかしたら顔を赤くしているのかもしれない。


 名前だったのか……というか、絶対に偽名だよね……もしかしたら、偽名を考えるのに悩んでたのかな……痛すぎる。この子、痛すぎるわ……だって、自分で考えて氷華なんだよね……


「な、なによ! なにか文句あるの? というか、死にたいの!?」


 彼女の愚かさに呆れていると、その気持ちが顔に出ていたのか、またまた死刑宣告を受けてしまった。


「も、文句なんてないよ。じゃ、氷華さんでいいよね」


 まあ、明日にはグッバイだけど……


 真面目に付き合ってられないとばかりに、心中で毒を吐くのだけど、彼女は再び恥ずかしそうな面持ちでボソボソと告げてくる。


「ひょ、氷華……さんは要らない……」


 はいはい。呼び捨てがいいのね。本当に変わった子だな……


「じゃ、呼び捨てにするよ? 氷華」


 少し投げやりな物言いで彼女の名前を呼んだのだけど、いったい何がどうなったのか、彼女は笑顔で頷いた。


「うん。それでいいよ」


 おいおいおい! か、可愛い……じゃないか……


 彼女が初めて見せた笑顔を目の当たりにして、少しだけ胸がキュンとなる。


 いやいや、ちょっとした気の迷いだ。童貞にありがちな勘違いだ。性格はアレだし、これ以上は係わらない方がいい。


 彼女にドギマギする気持ちに、触れたら火傷どころか凍傷で死亡する可能性すらあるぞと言い聞かせ、なんとか心を落ち着かせる。

 ただ、彼女は既に別のことを考えているみたいだ。リビングと廊下、更には両親の部屋が筒抜けの室内を見渡して、呆れたような口調で感想を述べてきた。


「それにしても、ボロボロの部屋ね……ここって一応は高級マンションでしょ?」


 素っ気ない表情で話し掛けてくる氷華だったのだけど、もしかすると名前の件が恥ずかしくて話を逸らしたかったのかもしれない。

 だけど、あまり深入りしないと決めて、彼女と同じように室内を見渡しながら適当な返事をする。


「まあ、黒豚コウモリが散々暴れたからね」


「黒豚コウモリ? なにそれ?」


 ところが、彼女が興味津々といった雰囲気で食いついてきた。


 う~ん、説明するのもめんどくさい。なんて考えつつも、始末されては堪らないと考えて、渋々と説明を始める。


「ああ、丸々と太ったコウモリさ」


「そんなの見たこと無いよ?」


 どうやら、彼女は黒豚コウモリに遭遇していないようで、その存在について知らないようだ。

 首を傾げて黒豚コウモリについて尋ねてくるのだけど、彼女の問いかけで色んな疑問が生まれる。


「ねえ、氷華はどんな魔物と遭遇したの?」


 色々と興味のそそられる疑問が浮かんだのだけど、先ずは魔物について尋ねることにした。

 すると、彼女は一気にその大きな瞳を輝かせる。


「私? 私は大きなクマとか、トラとか、すっごく大きかったんだから! 小型車くらいあったんだからね」


 はぁ? 熊とか虎の魔獣が車くらいの大きさだった? マジ? いや、そんなのと戦って勝てると思えないんだけど……


 彼女の言葉を怪しく思いながらも、一応は続きを尋ねることにする。


「それで、その魔物はどうなったの?」


 途端に、彼女は一瞬だけ顔を引き攣らせたのだけど、直ぐに表情を元に戻して語り始めた。


「そ、そんなの、氷の魔法で串刺しに決まってるじゃない……か、華麗に、い、一撃で葬り去ったわよ」


 こりゃ、完全に盛ってるみたいだ……まあ、今も生きてるから何とかしたんだろうけど、彼女の言葉ほどに華麗ではないだろうね。てかさ、間違いなく砂山を富士山くらいに盛ってるよね……


 あからさまにキョどっている彼女をみやり、話半分、いや、十分の一くらいの内容だろうと勝手に解釈する。

 しかし、彼女は嘘の上塗りをするかのように、大袈裟というか、過剰に盛られ、装飾された武勇伝を語り続ける。


「それでね。その時、飛竜が目の前に降りてきたのよ! だから、氷の雨を降らせてやったわ。そしたら、ベソを掻いて逃げて行ったわ」


 うんな訳ないよね……そもそも、竜のどんな顔がベソを掻いた顔なのさ……盛りたい気持ちも解かるけど、ちょっとやり過ぎだよ。完全に妄想とか空想の世界に入ってるよね……


 さすがに、作り話になってきた感が強くなり、ウンザリとしてしまうのだけど、それが拙かったみたいだ。


「ねえ、聞いてる? というか、信用してないでしょ!?」


「き、聞いてるよ? 信用してるし。凄いよね。僕なんて足元にも及ばないや」


 胡乱うろんな眼差しを向けてくる彼女に、心にもない言葉を並べる。

 ただ、その態度が余りにもわざとらしかったのか、彼女のまなじりが吊り上がり始める。


 や、やっばーーーーー! 夏とはいえ、ここで冷水をひっ被るのは勘弁だよ……


「じゃ、じゃあ、そろそろ寝るから、氷華は僕の部屋を使って! じゃ、お休みーーーー!」


 慌てて逃げ出す姿を見てどう感じたのかは知らない。ただ、猛烈に怒りを感じたのだろう。

 結局は、後ろから大量の水をぶっ掛けられ、その勢いで見事に壁に突っ込んでしまい、己が意志に拘わらず、昏倒という安らかな眠りに就くのだった。


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