87 愛菜は名探偵?
体育館の中では、逃げ惑う者達が氷の矢を食らって悲鳴をあげている。
そして、勇敢にも向ってくる者達は、容赦なく繰り出される蹴りやパンチを食らって苦痛の声を漏らす。というか、もの凄い勢いで氷の壁に叩きつけられて呻き声を上げている。
もちろん、それを為しているのは氷華と一凛なのだけど、二人は敵に攻撃を食らわせつつも、冷たい視線で僕を射抜いてくる。
うげっ! そ、そんなに睨まないでよ。ぼ、僕の所為じゃないんだよ……
二人からのキツイ眼差しを食らって、思わず逃げ惑う者達に負けず劣らずの呻き声を上げてしまう。
それでも、二人は離れているぶん、いくらかはマシな方だ。
「黒鵜さん、防御力が低すぎますよね? 火だるま敗戦投手みたいですよ?」
「ダーリンって、女に対する危機感が皆無だよね。てか、それって狙ってる? 実は下心満載なのかな?」
近くに居る愛菜と萌からは、思いっきり嫌味を浴びせかけられてしまう。
そう、何を隠そう、唯姉から強引に唇を奪われてしまったのだけど、それはいい。いや、良くないけど良いことにしよう。
ただ、現実は小説よりも奇なりと言いたくなる。
というのも、唯姉の口づけが終わった途端、倉敷さんと穂積さんからも唇を奪われてしまったのだ。
ううう……反省します……
それまで自信に満ち溢れていたはずなのに、気が付けば、すっかり肩身の狭い思いをしていた。
ただ、唯姉をはじめ、倉敷さんや穂積さんは、とても満足そうにしている。
いや、ここは男の威厳だよね。
「起きたことは仕方ないよね。次に生かせばいいんだよ。大丈夫。もうこんなことは起きないから。多分……」
愛菜と萌から厳しい視線を浴びながらも、必死に平静を取り繕う。
ただ、心中では自分の境遇に不平を漏らす。
てかさ、俺TUEEEでハーレム設定って、実際、主人公は望んでないと思うんだよね。だって、強くなくてものんびり平穏に暮らせて、沢山の美女が居なくても、可愛くて優しい彼女が一人いれば幸せなはずなんだよ。なんで、こんなことになるかな~。
ほんと、つくづく世の中は儘ならないと感じるのだけど、何を思ったのか、それまでの厳しい表情を収めた愛菜が、心配そうな視線を向けてきた。
「それはそうと、黒鵜さん、みんなにマナを与えても大丈夫なんですか?」
ベヒモスと戦ってからというもの、慢性的にマナが枯渇状態であったことを知っている彼女は、全員にマナを供給したことで、再びマナが底を突くのではないかと心配しているのだろう。
ところが、実際は驚くべきことが起こっているのだ。
「それがね~、実を言うと満タンになってるんだよ」
「えっ!? マナが復活したんですか? どうして?」
彼女は驚きで瞳を見開くのだけど、マナが満タンになった理由は自分でも分からない。
まあ、あっちが満タンなのは、マナよりも慢性的だし、恐ろしく重大な問題なのだけど、間違ってもそんなことは言えない。
それはそうと、マナについては、なんとなく想像できる。
「正直言って、本当の理由は分からないんだけど……僕等から吸い取ったマナって、何らかの方法でこの下に貯蓄してたんじゃないかな。それもかなりの期間」
「あっ、そういえば、私達も歓待をすると言われて、あそこまで来たところで意識を失ったんですよ」
「ほんと、最悪な奴等だよね。恩を仇で返すなんて、死こそが相応しいよ」
ちょ、ちょ~、萌、君まで過激になってきたよね。
愛菜の話に続き、萌が自分の気持ちを露わにするのだけど、彼女も僕の血で侵され始めたような気がして、少しばかり不安になってくる。
ただ、愛菜はそれを気にすることなく、直ぐに話を続けてきた。
「黒鵜さんのマナを満タンにするとか、かなりの量を蓄積してたんですね。どれだけの犠牲者が居たのやら、ほんと、最悪ですね」
実際、体育館の地下を調べてみないと、どうなっているのかは分からない。だけど、今は確かめている暇もない。
おまけに、彼女四人から冷たい視線を浴びた所為で、それまで燃え盛っていた怒りの炎も鎮火しつつある。
う~ん、なんか、どうでも良くなってきちゃった。
「もういいや、さっさと片付けて帰ろうか。なんか、不毛な気分になってきちゃった」
「そうですね。その方が建設的かもしれませんね」
「そうそう。お腹も空いたし、早く帰ってご飯にしようよ」
やる気がダダ下がりとなったことで、早く帰りたいという気持ちになってきた。
それを口にすると、愛菜と萌もコクコクと頷きながら賛成してくる。
ところが、それでは気が済まない者も居るみたいだ。
「まあ、帰るのは賛成だけど、あのクソガキだけには、きっちりと落とし前を付けないとね」
う~ん、唯姉の意見も一理あるか……
「そうだね。あいつをこのまま野放しにするのは得策じゃないか……」
「野放しにしないなんてレベルじゃないわ。間違いなく地獄に送るわよ」
息巻く唯姉に頷くのだけど、武器を奪われた彼女を戦いに参加させる訳にもいかない。
「でも、唯姉、武器がないでしょ? ここで萌と愛菜を守ってくれない? 僕がサクッと片付けてくるから」
そう、彼女達は捕らわれた時点で武器を奪われているのだ。
だから、大人しくしてほしいと思ったのだけど、唯姉はニヤリと笑みを見せた。
「ああ、与夢はファンネルしか見てないものね」
ああ、認めちゃった……あれって、やっぱりファンネルなんだ……てか、他にも能力があるのかな?
自慢げな唯姉の姿の所為で、余計に残念に感じてしまうのだけど、倉敷さんや穂積さんもニヤリとしているところをみると、なにやら他にも力があるのかもしれない。
というか、そんなことを考えているうちに――
「これが私の力の根底よ」
唯姉は残り少なくなった健在な敵に視線を向けたかと思うと、格好よくパチンと指を鳴らした。
その途端、残っていた敵がロケットの如く、天井に向かって飛び立った。
「ぐぎゃ!」
「うわっ! げほっ!」
「あああああ、くはっ!」
秒読みすらなく打ち上げられた敵は、絶叫をあげたかと思うと凍り付いた天井に、恐ろしいほどの速度で叩きつけられ、呻き声を漏らして急降下してくる。
おそらく、あの勢いで叩きつけられて生きている者は居ないと思う。仮に生きていたとしても、今度は物凄い勢いで落下しているのだ、どう考えても助かるとは思えない。
こりゃ、やばいね。でも……
「あら? もう分かっちゃった?」
唯姉が可愛く舌を出して肩を竦める。
そう、彼女はこの力を隠していたことで、氷華との勝負に決着がついていないと言っていたのだろう。
この力は間違いなく脅威だと思う。特に密閉空間だと最強かもしれない。
ただ、野外だとどうだろうか、それも空を飛べるような相手だと、あまり効果がないような気がする。
お道化てみせているところを見ると、おそらく、彼女自身もそれを理解しているのだろう。
「むっ! 乳牛に獲物をとられたわ。どうしてくれるのよ」
「おいっ! 高脂肪乳! なに勝手に茶々入れてんだよ」
突然の人間ロケットを目にして、驚きを露わにしていた氷華と一凛だけど、もの凄い勢いで戻って来たかと思うと、烈火の如き剣幕でクレームを入れ始めた。
すると、当然ながら唯姉も黙ってはいない。
「なんだと! このジャリども! 与夢、やっぱりこんな小娘はダメだよ。お姉ちゃんが、ちゃんとした相手を探してあげるから、ポイっしなさい!」
「むきーーーーー! その無駄にデカい脂肪を凍らせてやるわ」
「まて、その前に、うちが削り取る!」
売り言葉に買い言葉とはこのことだろう。唯姉は容赦なく縁切りしろと言ってくるのだけど、それに黙っていられるほど氷華と一凛も大人しくはない。
はぁ~、また始まっちゃったよ……
このところ、特にありがちな光景を目の当たりにして、ほとほと呆れてしまうのだけど、今は彼女達に付き合っている暇はない。
「愛菜、悪いけど奴がどこにいるか探れる?」
「はい! やってみます」
さっさとことを収めて帰りたいと感じていることもあって、内輪揉めを始める三人を無視して、眞銅の行方を探ってもらう。
すると、彼女は簡単に奴の居場所を見つけてしまった。
「彼は今体育館の外に居ますね。どうやって出たんでしょうか」
愛菜は首を傾げているのだけど、脱出経路なんて別にどうでもいいのだ。
奴の居場所さえ分かれば、それで事が済むのだから。
「ほらほら、いつまでも喧嘩してないで行くよ」
今にもオデコが当たりそうなほどに顔を突き合わしている三人に声をかけると、すぐさまその中の一人がこちらに視線を向けた。
「でも、まだ、殆どが生きてるわよ?」
じわじわと甚振っていた氷華としては、このまま終わらせる気がないのだろう。
だけど、今回のこともあって、やはり彼女達にはなるべく咎を負わせたくない。
「もう、こんなゴミなんて、どうでもいいさ。だいたい、君達が手を汚す価値すらないよ」
「でも……」
「だけどさ~」
本心を伝えると、氷華と一凛が不満というよりも、不安そうな表情を見せる。だけど、構わず体育館の壁を斬り裂き、ゆっくりと歩き始める。
「風刃! さあ、親玉を片付けるよ」
彼女達が何を考えているのかは分からない。だけど、僕からすれば、いつまでもこんな殺伐とした状況に、彼女達を関わらせることの方が苦痛に思えてくる。
だから、敢えて笑顔で踵を返す。
「なにやってるのさ。さっさと終わらせて、今夜は飛竜の焼肉にしよう」
彼女達に向けた笑顔が良かったのか、はたまた、飛竜の焼肉に惹かれたのか、彼女達はすぐさま笑顔で返事をしてくるのだった。
体育館から外に出ると、途端に身体の血液が循環し始めたかのような気分だった。
それもそのはず、体育館の中は氷華の魔法で氷河期となっているのだ。
温度を測った訳ではないけど、間違いなく氷点下になっていることだろう。
「黒鵜さん、あそこです!」
心地よい暖かさで、まさに生き返ったかのような気分になっていると、愛菜が右手を水平に上げた。
その格好は、名探偵よろしく犯人はお前だと言わんばかりだ。
そして、指先の延長上に、眞銅とお付きの女性二人の姿があった。
ただ、何を考えているのか、帝京大学方向ではなく、グランドを横切るように北西方向に逃げている。
「まずい。倉敷さん!」
「任せて! 直ぐに掴まって! 行くわよ!」
逃げる方向云々は置いておくとして、ここで逃げられると面倒なことになる。だけど、奴等の逃げ足が半端ない。
そこで、転移を使える倉敷さんに頑張ってもらうことにした。すると、彼女もやる気満々のようで、コクリと頷きながら両手を広げた。
それを見て、みんなが彼女の腕に手をかけるのだけど、理由を知らない祭だけがキョトンとしている。
「あ~、説明が面倒だ。迅兄は自分で移動しろ!」
一凛が悪態を吐くと、倉敷さんはコクリと頷き、即座に瞬間移動を発動させる。
「あっ、おーーーーーーーいっ!」
置いてけぼりとなった祭の悲痛な叫びが轟く中、逃走を防ぐために進行方向へと転移すると、眞銅と二人の女性がつんのめるほどの勢いで足を止めた。
「なにっ! くそっ」
「眞銅様、こちらに」
まさか、目の前に現れるとは思っていなかったのか、奴は驚きを露わにするのだけど、直ぐに八尾井が別方向へと手を引く。
ところが、そこで氷結の魔女、もとい、氷華が右手を向ける。
「甘いわ! 氷壁!」
途端に、グランドを囲むかのように高い氷壁が出来上がる。
さすが、氷華だね。
「くっ。ちくしょう!」
「眞銅様、ここは私達に任せて――」
「私が何とかします」
恐ろしく分厚い氷の壁を目にして、奴が悔しそうな表情で歯噛みすると、お付きの女性二人がすかさず前に出る。
だけど、その行為は、明らかに無駄だと言えるだろう。
「邪魔だっつ~の!消えろ、まな板!」
唯姉が大きな胸を揺らして右手を振ると、次の瞬間には、女性の一人が目にも留まらぬ速度で吹き飛び、氷華の作り出した分厚い氷壁に激突する。
唯姉の攻撃を食らって、その女性は悲鳴や呻き声ひとつ発することなく地に転がった。
首の曲がり具合からすると、間違いなくこの世界に別れを告げたみたいだ。
「城ノ戸! くそっ! 狂犬が……」
「まだまだ、これからだ。このクソガキ」
事切れた様子の女性を目にして、眞銅が怒りの眼差しを向けてくるのだけど、唯姉はニヤリと笑みで返した。
すると、八尾井が奴を背に庇い、右手をこちらに向ける。
「そう簡単にはやられません! これでも食らいなさ――」
彼女は右手を向けていたものの、何の魔法を放つつもりだったかは分からない。
なにしろ、魔法が放たれるよりも早く、彼女の上半身が無くなったからだ。
「お前等相手に、亜空間に送るなんて温いことはやらね~」
右手を突き出した一凛が毒を吐くと、恰もそれに合わせたかのように、下半身の断面から鮮血が舞う。
そして、ゆっくりと倒れて地面に転がる。
くはっ、一凛、マジだよ。最悪な使い方しちゃったし……
そう、一凛の亜空間にぶち込む行為は、その魔法が持つ温い方の効果だ。そして、今見せた次元による切断。これこそが最悪で最凶な使い方だ。
「八尾井ーーーーーー!」
血まみれの下半身を目にして、奴が絶叫するのだけど、僕からすれば、これでも優しい方だと思う。
だって、奴がやらせようとしていたことに比べると、痛みもなく昇天できるのだ。これほど楽なことはないだろう。
だけど、己が感情が逆恨みだとも気付かないようで、奴はドロドロとした恨み節を口にする。
「くそっ! 殺してやる。殺してやる。殺してやる」
「ん? 殺す? ああ、できるならやってみてよ。てか、僕等って優しいでしょ? 屈辱を与えて逝かせるなんて卑劣なことはしないからね」
「うるさい! うるさい! うるさい! お前等なんて、死んでしまえ! いや、必ず葬ってやる。泣き叫びながら命乞いさせてやる」
毒を吐く眞銅に嫌味を返してやるのだけど、すでに正常な思考すら働いていないのか、ひたすら罵りの言葉を放ち続ける。
「ああ、待ってるよ。てか、無理だろうね。だって、君はここで死ぬんだから。ああ、その前にゴミの処理を……大災害!」
氷華達にゴミ処理をさせる訳にはいかないからね。
嘲りの言葉を吐きつつも、奴の後方にある体育館を盛大に破壊する。
爆破の力は、建物を作り上げていた建材が空高く舞いあげ、周囲に残骸を撒き散らす。
その中には、人と思わしき存在もあったのだけど、特に気にすることもない。だって、あそこに居た者は、全て地獄に送ると決めていたからだ。
「ああ、でも、腐敗が進むと拙いよね。それじゃ、これで! 焦土!」
ダメ押しとばかりに炎の海を作り上げる。いや、炎の山と言えった方が良いかもしれない。
なにしろ、今はマナを気にすることなく魔法を放てるのだ。
「うひょ~~~~~~! こいつは特大だぜ」
「さすがは、炎獄の魔法使いね。氷結の魔女の相方に相応しいわ」
「あのさ、氷華っち、自称は恥ずかしいよ? てか、ダーリン、これって凄すぎない? これだけ離れていても熱いんだけど……」
「あの~、氷華さん、私達の恋人でもありますからね。私達四人が炎獄の恋人ですからね」
何もかもを飲み込む広範囲に渡る巨大な炎を目にして、一凛が感嘆の声をあげると、氷華、萌、愛菜、三人も各々の感想を口にする。
ただ、萌と愛菜は、どちらかというと氷華へのツッコミだった。
「お、おい。ちょっと、この前よりも凄いぞ」
「凄いというか、比べ物にならないわ」
「炎獄を名乗るだけはあるわね」
フルパワーの魔法を初めて目にする唯姉は、驚きの所為か、熱さの所為か、後ろに後退りながら声を漏らす。
すると、倉敷さんが熱さを避けるために手で顔を隠し、穂積さんは彼女の背後に隠れながら感心していた。
ただ、奴は背後の惨状を目にして、さらに毒を吐き出した。
「この人殺し! 悪魔! お前はこの世界の悪だ。死こそが相応しい」
「ああ、好きに言ってくれていいよ。悪魔でも、死神でも、なんでもOKさ。人殺しなんて、今更だね。でも、最後に一つだけ教えてあげるよ。僕は誰から何と言われようとも、自分の大切な人に手を出した者を生かしておかない。そう、だから君も逝かせてあげるよ。地獄に! 風刃!」
罵り声をあげる眞銅に頷いてみせ、己が信念を教えてやる。
そして、有無も言わさずに風の刃を叩き込む。
「ぐぎゃーーーーーーー! う、腕が! ボクの腕ーーーーー!」
「ん? どうせ死ぬんだから要らないよね? 風刃!」
「あぎゃーーーーーーー! あ、あし、あし、あしーーーー!」
片腕片脚となった奴が地に転がって、痛みにのたうちまわる。
でも、それを見ても、ちっともスッキリしない。
怒りに燃え上がっていた時は、だたでは殺さないと感じていたのだけど、自分の行為が心底不毛に思えてくる。
はぁ~、こんな報復をしてもダメなんだね。惨い殺し方をしても、何の意味もないんだね。もう面倒だし、さっさと逝かせてやろう。
「風刃!」
ジワジワと甚振ることが無意味だと思え、自分の行いが無慈悲なだけで、なんの腹いせにもならないと知り、奴を地獄に送ることにした。
「なにっ!」
奴の首を刎ねるつもりで、風の刃を放ったのだけど、そこで己が目を疑う。
どういうこと? なんで、あれがここに……
奴の首を斬り裂くはずの風の刃が無効化されたことに驚く。いや、それだけなら、それほど驚くことでもない。だけど、それを為した存在を目にして、一気に緊張感が高まる。
「みんな、後ろにさがって!」
突如として現れたクマのヌイグルミを目にして、即座に後退の指示を送る。
「あ~ん、かわいい~~~」
「あれが例のヌイグルミですか……」
「これは拙いわ。萌、愛菜、後ろに! 一凛、お願いね。いざとなったら、亜空間に逃がして」
「ちっ、熊太郎かよ……こりゃ、しゃ~ね~な。ほら、萌、愛菜、こっちにこい」
危険を知らせることで、誰もが後ろに下がり始めるのだけど、初めて熊太郎を目にした萌が喜び、何故か愛菜は目を細めている。
すると、氷華が二人の前に立って壁になり、一凛に護衛を頼む。
どうやら、一凛も拙い状況だと判断したのか、舌打ちしながらも二人を背に庇う。
そんなやり取りをやっている横では、穂積さんが首を傾げている。
「なんか、見た目は可愛いんだけど、そんなに凶悪なの?」
やはり、あの可愛いルックスの所為で、初見だと誰でも唖然としてしまうのだろう。
ただ、奴の力の一端を見たことのある唯姉は、厳しい表情で首を左右に振った。
「凶悪というよりも、厄介と言った方が良いかもな。知世、いつでも逃げられるように準備しといて」
「了解! あれは、かなり拙いものね」
さすがは唯姉だ。直ぐに最悪の事態に対処すべく、倉敷さんに声をかける。
すると、倉敷さんの方も緊張した面持ちで頷く。
さて、今回はこっちのマナの充実してるし、さっさと逃げる訳にはいかないね。
気合いを入れて、誰よりも前に出るのだけど、奴はこちらに視線を向けることなく、片腕片脚となった眞銅の頭をぽんぽんと叩いた。
その途端、奴の手足が元通りになる。
ちょ、ちょ~、どんな合体シーンなのさ。
そう、転がっていた泥まみれの腕や脚が、吸いつけられるように飛んで行くと、そのまま切断面にくっついたのだ。
その光景は、恰もロケットパンチやロケットキックが元の位置に戻るかのようだ。
ああ、ロケットキックは違うかな……
「ちっ、復活かよ」
元通りになった眞銅を見やり、唯姉が毒を吐く。
ただ、そこである考えが閃いて、彼女に頼みごとをしてみる。
「唯姉、それよりも、熊太郎を念動で飛ばせない?」
「任せて! ん~~~~~~~! ダメみたい。ビクともしないわ」
唯姉の念動が通用しないとなると、やっぱり魔法が無効化されてるのかな? あの時、僕の作り出した炎も全くダメージを与えられなかったみたいだし……いったい、どういうことなのかな? いや、それよりも、今は奴を倒す方法を考えなきゃ。最悪は、援交――違った……紅炎をぶち込むか……
最強最悪の魔法をぶち込むことを考えたのだけど、奴は眞銅の首根っこを掴むと、こっちを無視したまま、ピョンピョンと飛び跳ねながら燃え盛る体育館へと姿を消した。
「あっ!」
「逃げたの?」
思わぬ行動を目の当たりにして呆気に取られていると、氷華が声をかけてきた。
「分かんない。でも、今回は逃がす訳にはいかないよ」
「そうだな。ゴミも生きてるしな」
首を横に振りながらも、氷華に決意を伝えると、一凛が賛同してくる。
ただ、その後ろに隠れている萌が、不思議そうな表情で疑問を口にした。
「ねえ、あの熊太郎だっけ? どうやって、あの丸い手で奴の首根っこを掴んでるのかな?」
確かに、奴の手は、ドラえもんの如く丸いのだ。
場違いな疑問なのだけど、誰もが真剣な表情で首を傾げる。
その途端だった。
「な、なに!? じ、地震?」
「与夢、あれっ!」
突然の地揺れに驚き、咄嗟に宙に上がるのだけど、そこで唯姉の声が聞こえてきた。
彼女が指さす方向を見やると、そこには巨大な生き物が現れた。いや、炎の中から生まれたように見える。
「も、もしかして、りゅ、竜? かなりヤバい?」
「大きさもだけど、赤い竜とか、火竜? でも、なんか変じゃない?」
「ああ、なんか、弱々しくないか? めっちゃ衰弱してんじゃね~の?」
「確かに。大きい割には、力がなさそうに見えるよね。なんか、ただの肥満みたいな感じ?」
燃え盛る体育館から現れた巨大な竜を目の当たりにして、焦りを募らせるのだけど、氷華、一凛、萌、三人が竜の様子について言及した。というか、萌から思いっきり肥満認定されていた。
ただ、そこで愛菜が謎は全て解けたと言わんばかりに声をあげた。
「黒鵜さん、分かりました。間違いありません」
「んんん? な、なにが?」
いつもの彼女と違って、やたらと気合が入っていることに驚く。
だけど、彼女は全く気にしていないようで、己が推理を口にする。
「あの体育館の下には火竜が居て、眞銅くんはあれにマナを供給していたんだと思います。それを黒鵜さんが吸っちゃったから、あんなに虚弱したのだと……」
そう言われると、なんか筋が通っているような気がするね。でも……
「でもさ、何のために、そんなことを?」
「それです。そもそも私は違和感を持ってました。というのも、眞銅くんってリーダーの割には弱すぎますよね? だから思ったのです。彼は悪の手先だって。きっと、黒幕がいるんです」
なるほどな。確かに、それだと辻褄が合うような気がする。そうなると、奴にしかできないことがあって、黒幕が奴を上手く利用しているんだろうね。
「じゃ、あの熊太郎が黒幕?」
少し在り得ないと思いつつも、己が疑問を口にすると、愛菜は真剣な表情で首を横に振った。
「いえ、きっと、あの熊太郎は誰かが魔法で作り出した兵器だと思うんです。だから、黒幕は他に居ると思います。いえ、黒幕があの熊太郎を操っているんだと思います」
「今日の愛菜は冴えてるわね」
「うちは、愛菜の考えに賛成だ」
「すご~い。愛菜。でも、どうしたの? 何かおかしなものでも拾い食いした?」
ちょっ、萌、君じゃないんだから、愛菜は拾い食いなんてしないよ。
褒め称える氷華と一凛は良いのだけど、萌のツッコミには呆れてしまう。
ただ、愛菜の謎解きを聞いている間に、肥満火竜は弱々しい声をあげて、ゆっくりと宙に上がり始めた。
「ダーリン、あそこ! 頭の上!」
萌の声に反応して竜の頭を見やると、そこには熊太郎と眞銅が座っている。
「あっ! 逃がすか! 大災害!」
肥満火竜ごとぶっ潰すつもりで魔法を放つ。
ところが、これまた完全に無効化されてしまった。
「くそっ、これもか!」
その後も、弱々しく飛び始めた火竜に向かって、みんなで色々な魔法をぶち込んでみたのだけど、全ての魔法が無効化されてしまい、結局のところ、みすみす奴等を取り逃がしてしまったのだった。