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83 血祭り


 それは、まさに不毛だと口にしたくなるほどに、惨く無意味な光景だと思う。

 草木が生えていないこともそうなのだけど、人間同士が争う姿に心底そう感じる。

 確かに、ファンタジー化によって行政は滅んだと言えるかもしれない。でも、沢山の人々が生き残り、挙句は魔法なる力を授かったのだ。人同士が争わなくても、もっと建設的な対処方法があると思う。

 だって、僕等は人間なのだから。一からやり直すことだって出来るはずだ。

 それなのに、自暴自棄になって己が欲望に埋もれていく者達を目にすると、心の底から哀れだと感じてしまう。


 這う這うの体で逃げ出す西東京グループから視線を外して周囲を見渡し、あちこちに転がる魂の抜けた屍を目にしてウンザリとしてくる。


 愚かだよね。ほんと、どこまで愚かなのかな……あまり、人のことは言えないんだけど……これじゃ、あんまりだよ……


「ごめん。もう少し早くこれたら良かったんだけど……」


 上空から凄惨な光景を目の当たりにし、人間の愚かさに憤りを感じつつも、自分の到着が遅くなったことを悔やむ。

 ただ、悔やんでも時すでに遅いのだ。だって、どれだけ後悔しても、彼等彼女等が生き返ることはない。だから、両手を合わせて亡くなった人達の冥福を祈る。


「安らかに眠ってください」


 もう少し真剣に対処しないとダメなんだね。今のままじゃ、子供の遊びと同じなんだね……次は、次こそは――


 自分的には、これまでも真剣にやってきたつもりだ。

 だけど、ちょっと出遅れただけで、多くの人達がこの世を去っている。

 それも、無残な姿となって転がっているのだ。嫌でも自分の行動を見直したくなるというものだ。


 いや、反省は後にしよう。今はあの人達の無念を晴らす時だ……


 込み上げてくる悲しみと怒りを押さえつけ、視線を敵の本隊へと向けた時だった。

 敵の居る方角から爆音が上がる。


「ん? うおっ! なに!?」


 破裂音が放たれた方へ視線を向けたところで、もの凄い勢いで飛んでくる物体に気付く。


 砲弾? くっ……間に合え!


 僕の縦に割れた瞳は、もの凄い速度で向かってくる複数の砲弾を捉えた。

 ただ、それに気付いた時には、かなりの接近を許していた。


「ぐあっ! くそっ」


 瞬時に回避行動を執ったものの、砲弾は左腕を掠め、途端に激痛が走る。

 そう、直撃ではなかったものの、その砲弾の威力は、骨を砕き、鮮血を舞い上がらせたのだ。

 だけど、ここで気を抜くわけにはいかない。なにしろ、イメージを誤れば真っ逆さまに墜落してしまうのだ。


 くっ、やってくれるね……どこから戦車なんて持ち出したのかな!?


 歯を食いしばって痛みを堪えながら、敵本隊の後方に現れた五台の戦車を目にして、さっきの砲弾がどこから放たれたのかを理解する。

 当然ながら、理解するだけで終わらせるつもりはない。


「じゃ、お返しだよ。当然、ノシ付き! 吹き飛べ! 大災害!」


 等間隔に並んだ戦車に向けて、特大の魔法をお見舞いする。

 これまでは、少なからず手加減をしていたのだけど、相手が戦車となれば話は別だ。

 盛大に吹き飛んでもらうことにした。


 轟音と共に戦車が宙を舞う。

 その光景は少しばかり非現実的な雰囲気を漂わすのだけど、ファンタジー化した現在の世界を思うと、かなり現実的な光景かもしれない。


「いい気味だね。いつつつ……」


 地面に叩きつけられる戦車を眺めて満足するのだけど、左腕の痛みで顔を顰める。


 くっ、こりゃ、酷いや……


 チラリと痛む左腕を見やり、我ながらげっそりとした気分になるのだけど、今はそれを治癒している時間なんてない。

 だって、戦車の有様を目にして、敵本隊の奴等が度肝を抜かれているのだ。このタイミングを見逃す手はない。


 よし、今なら脅しが利くかもしれない。


 チャンスだと感じて、僕は腕の痛みを堪えつつ、一気に敵本隊の前に移動するのだった。









 その数は、ざっと見ただけでも二百人くらいは居ると思う。

 実際、それが敵本隊だとは限らないのだけど、一番人が集中していることを考えると、おそらく間違いではないと思う。


 そんな敵本隊から五十メートルくらいの距離を置いて地に降りる。

 というのも、さすがに宙に居ると集中砲火を浴びるかもしれないからだ。


「ねえ、残りはあなた達だけなんだけど、いい加減に諦めて帰った方が良いと思うよ? それとも、あの戦車みたいになってみる?」


 痛みを堪えながらも、笑顔を絶やさずに警告する。

 ここで弱みを見せると付け込まれそうだから、無理をしてでも平静を装う。


「お、おいっ、どうする……」


「どうするって……」


「あいつ、ガキに見えるけど、かなりヤバイぞ」


「戦車があのザマだし、拙いんじゃないか?」


 そうそう、ヤバいからさっさと帰った方がいいよ。


 おののひるむ敵の様子を見やり、心中でほくそ笑む。

 だって、この人達を葬るのは簡単だけど、それはそれで遣る瀬無いよね。

 だいたい、人間同士が争ってる場合じゃないんだから。


 できれば、奴等には大人しく帰ってもらいたい。

 これまで沢山の命を奪ってきたけど、だからといって人の命を刈ることに抵抗がない訳じゃない。

 だから、恐れ戦き、焦りを露わにする奴等は、僕にとって望むところだった。


 まあ、氷華なら容赦なく氷漬けにしたんだろうけど……それはいいとして、もう一押しかな。


「あれ? まだ帰らないの? だったら遠慮なくやらせてもらうよ? 爆裂!」


 さらにダメ押しとばかりに、奴等の近くにあった瓦礫を爆破する。

 途端に破片が飛び散り、奴等へと降り注ぐ。


「うわっ!」


「くそっ!」


「このガキ、狂ってやがる」


「どうする? 数ならこっちの方が多いぞ」


「でも、あの能力を見たか? 数で何とかなる問題じゃないぞ」


「じゃ、逃げるのか?」


 粉塵まみれとなった男達は、完全に戦意を喪失みたいだ。

 誰もがおよび腰で、今にも逃げ出しそうな雰囲気だった。


 よしよし、あの調子なら、もう直ぐ逃げ出すかな。


 奴等の反応に満足していると、突如として怒りの声が放たれた。


「なにビビってんだよ。こんなの脅しに決まってんじゃね~か。るつもりなら、さっさとやってるっつ~の」


 見るからにチーマー風の男が、奴等の前に出てきた。

 その雰囲気からして、その男がこの隊を率いているのかもしれない。


 うわっ、見るからに……ピアスだらけじゃんか……なんか、痛そう……てか、どこぞの原住民みたいなんだけど……


 耳のみならず、鼻や唇にもピアスをしているのを見やり、背中に冷たいものを感じる。

 間違いなく自分の左腕の怪我の方が痛いはずなのだけど、どうしてもピアスだらけの顔に抵抗を感じてしまう。


 まあ、ピアスは良いとして、この色黒チーマーがリーダーなら、こいつを倒せば終わりなのかな?


「ねえ、あなたがリーダーなのかな? 脅しかどうか試してみる?」


「うっせ! オレはリーダーじゃね~よ! だが、お前みたいなしたり顔のガキがきれ~なんだよ。死ね!」


 奴は即座に否定すると、有無も言わさず武器を向けてきた。


 ちょ、ちょ~、どこからそんなもんを持ってきたのさ。


 奴が両手で持つ武器を目にして、焦るというよりも呆れてしまう。

 だって、奴が持っているのは、見るからに連射が得意そうな短機関銃マシンガンだった。


 確か、美静みすずも同じ銃を持っていたような気がするんだけど、めっちゃ弾が出る奴だよね?


「ちっ! 爆裂!」


 奴が連射を始めると同時に、魔法をぶち込みつつ瓦礫に隠れる。

 だって、さすがに連射されると、こちらも対処が面倒なのだ。

 ただ、どうやら、こちらの攻撃の方が早かったみたいだ。


「ひうーーーーーーーーー!」


 奴は爆風で空を舞っている。その様子は、まさに人間ミサイルみたいだ。


 ふ~っ、こいつら、自衛隊から武器をかき集めてきたのかな……ん? なにっ!


 色黒チーマーを吹き飛ばして安堵の息を吐く。だけど、そこで背後に気配を感じて、即座にその場から飛び退く。

 その途端、瓦礫が粉々になり、地面に亀裂が入った。


 な、なに、これ……風刃?


「ほ~っ、なかなか、勘がいいじゃないか」


 突然の攻撃に驚いていると、背後から男の低い声が聞こえてくる。


 い、いつの間に……


 再び背後をとられたことに焦りを感じつつも、即座に距離を取って振り向く。


「マジかよ。速いじゃんか。ちょっと魔法が使えるガキかと思ったんだが、こりゃ、かなりやるようだな」


 そこには、見るからにハードボイルド風の格好いい男が立っていた。

 というか、その台詞も仕草も、めちゃめちゃ決まってる。


 くっ、こいつ、カッコよすぎるぞ! めっちゃ悔しい……


 ニヒルな笑みを浮かべている男を見やり、そいつの攻撃力や俊敏性に驚くどころか、その格好良さが堪らなくムカつく。

 だけど、男は気にすることなく名乗りを上げると、僕の名前を尋ねてきた。


「オレは、じん祭迅まつりじんだ。お前は?」


 そう、これが都下を牛耳るボス――血祭りの迅こと、祭迅との邂逅だった。









 固い地面や瓦礫をも易々と切り裂く風の刃が、唸りをあげて襲い掛かってくる。

 自分も風の魔法を使うこともあって、その攻撃が持つ威力は、想像するまでもなく理解できる。


「風刃乱舞!」


 目まぐるしく迫りくる幾つもの風の刃。それを同じ魔法で細切れにする。

 だけど、奴はその高い身長からは想像できないほどの速度で移動すると、新たな刃を放ってくる。


 ちっ、風の刃だけならまだしも、奴の動きと連射が速過ぎるよ……


 なんとか防いではいるものの、後手に回っていることに歯噛みする。


「爆破だけじゃなくて、オレと同じ風の魔法も使うとはな。マジで信じれね~ガキだぜ」


「ガキガキ、うっさいっての。黒鵜って名乗ったよね?」


「くくくっ、そうだったな。すまんすまん。だが、その名前を名乗るのも、これが最後だ! 逝きな!」


 いちいち格好つけちゃってさ、なんか、めっちゃムカつくんだけど……


 イライラとしながらも、奴の放った風の刃を斬り裂くのだけど、次の瞬間、嫌な予感に襲われる。


 なんか、ヤバイ!


 本能のままに、その場から一気に飛び退く。

 すると、地面から土の槍が飛び出してきた。


 それは、土というよりも鉄のように見える。そして、その大きさといい、鋭さといい、人間なんて一瞬にして串刺しにしてしまうほどの代物だ。


 うひょーーー! 危なかった……


「おいおい、これも躱すのか! マジで勘の良いガキだな」


 奴は驚きの声をあげつつも、顔色ひとつ変えずに腕を振るう。

 その途端、バリバリという空気の裂ける音が響き渡り、閃光が襲い掛かってきた。


「くっ! 今度は、稲妻……爆裂!」


 宙を横に走る稲妻を爆裂で霧散させつつ、直ぐにその場から飛び退く。


「おいおい、お前、マジでどんな目をしてんだ? どうやったらこれだけの魔法を防げるんだ?」


 寸前まで僕が居た場所で右腕を突き出したまま、奴はさすがに驚いた表情を見せた。


「悪いね。僕の目は特別製なのさ」


「くくくっ、言うじゃね~か。だが、これで終わりじゃね~ぞ」


 奴はニヤリと笑んだかと思うと、直ぐにその場から姿を消す。


 めっちゃ速いんだけど……これじゃ、倉敷さんの瞬間移動と変わんないや。参ったな……風刃!


 自分の背後に向けて風刃を放ち、即座に地を駆ける。

 すると、奴は易々とその攻撃を避け、感嘆の声をあげる。


「おっと、ほんと、お前、半端ないぜ」


 くっ、まだまだ、余裕っぽいね……こりゃ、困ったぞ。


 本来なら宙に逃げたいところなのだけど、奴の魔法の餌食になりそうな気がして、地上での戦いを余儀なくされる。

 ただ、こっちもまだまだ本気でやってる訳じゃない。


「ん? この程度で驚いてもらちゃ困るよ? 炎壁!」


「な、なんだと!」


 距離を置くために炎の壁を作り上げると、さしもの奴も驚きつつ即座に後退する。

 ところが、何を思ったのか、奴はニヤリとすると、後退を止めて炎の壁に突撃してきた。


 自殺? うんな訳ないか……炎撃! 炎撃! 炎撃!


 一瞬、自滅の道を選んだのかと思ったのだけど、これほどの魔法使いが、そんな選択をするはずがない。

 そう感じて即座に後退しながらも、炎の弾幕を張る。


「うっ、こりゃ、堪んね~ぜ」


 奴は氷の盾を持ち、炎の壁を抜けてきたのだけど、追撃を食らって脚を止める。

 ただ、その様子からして、何かを狙っているような気がする。


 どうする? 本気で魔法をぶち込めば、さすがに奴も耐えられないと思うけど、この辺りが焼け野原になっちゃうんだよね……


 周囲に視線をやり、いまだ転がる屍を目にして躊躇する。

 そして、それが大きな隙になってしまう。


「そこだぜ!」


「くっ、爆裂!」


 頭上から雨のように降り注ぐ氷の矢を吹き飛ばす。

 しかし、攻撃を無効化されたにも拘わらず、奴はニヤリと顔を歪ませた。

 その途端、地面から無数の地槍が生え、空からは幾筋もの稲妻が襲い掛かってきた。


 まずい……爆裂!


 瞬時に、宙へと駆け上がりながら、迫りくる稲妻を吹き飛ばす。

 ただ、対処が少し遅れた所為で、自分自身が爆風に巻き込まれてしまった。


 うわっ! くっ! ぐあっ!


 なんとか宙で態勢を整えて無事に着地したのだけど、途端に腹痛に襲われる。

 もちろん、食べたものが悪かった訳ではない。

 そう、お腹には極太の氷の槍が突き立っているのだ。


 ちょっと、なんてことしてくれんのさ……めっちゃ、痛いんだけど……てか、お腹が冷えてきたよ?


「ふっ~、ほんと、一時はどうなるかと思ったぜ。だが、悪は滅びるんだよ。ジ・エンドってやつさ」


 脚に力が入らなくなってその場に跪くと、奴が放ったキザな台詞が耳に届いた。


 とことん、ムカつく! それに、あまいよ? これくらいじゃ、死なないからね。


 まるでお腹から氷の槍が生えているかのような状態なのだけど、歯を食い縛って立ち上がる。

 そして、右手で氷の槍を引き抜く。


「おいおいおい、マジかよ。まだ生きてんのか? お前、本当はゾンビだろ!?」


「あのさ、めっちゃ失礼だよね? それに、これってめっちゃ痛いんだよ? ちゃんとお返しするからね」


 肩を竦めて驚く祭に苦情を突きつける。

 本当は死んだふり作戦でも良かったのだけど、奴の言葉が気になってしまったのだ。


「ねえ、それよりも、聞き捨てならないんだけど」


「ん? 何がだ?」


 更に苦言を続けると、奴は片方の眉を吊り上げた。

 どうやら、投げかけた文句に疑問を感じたのだろう。隙なく構えたまま問い質してくる。


「どうして僕等が悪なのさ。あなた達が勝手に攻めてきた癖して、それはないよね? マジでキレてもいい? もう手加減抜きだよ?」


「くっ! あれでも、まだ本気じゃなかったのか……どんだけだ!? 普通なら、とっくに死んでるぞ?」


 奴は僕の台詞をハッタリとは考えなかったみたいだ。顔を引き攣らせてその場から飛び退く。

 だけど、腹からだらだらと鮮血を流しながらも、奴に向けてゆっくりと右手を伸ばす。


「な、何をする気だ!? まて! ちょっとまて!」


「もう遅いよ? さすがに、ちょっと頭にきてるんだよ」


「こらこらこら! 待てーーーーーー!」


「う・る・さ・い。焦土!」


 これまでハードボイルドで決めていた奴が絶叫をあげるのだけど、怒り心頭となっている僕は、構わず魔法をぶちかますのだった。


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