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71 足立国


 ガタゴトと揺れる車内から、痛々しいほどに崩壊した街並みを眺める。

 その殆どは、ベヒモスの手――足かな? 胴体かな? まあ、どれでもいいんだけど、ベヒモスがやらかした結果なのだけど、少なからず奴の仕業ではない光景もある。

 まあ、それについては、言わずと知れた僕の仕業なのだけど、敢えてそれには言及しないでおこう。


 まさに、世界の崩落とも言える光景に、僕は溜息を吐く。

 以前なら、嬉々としたり、ワクワクとしたりする光景なのだけど、色々と現実を直視させられた所為か、最近では少しばかり荒んだ世界だと思うようになった。


「使者の言う通り、四号線に関しては、復旧が進んでいるみたいですね」


 国産の四輪駆動車を運転する和理あいりが安堵の息を吐いた。

 多分、車の運転をする彼女は、道なき道を強いられることを恐れているのだろう。

 そういう意味では、特に迂回することなく、順調に車を走らせている。

 とはいったのの、少し先に、まるで隕石が落ちたかのような光景が広がっていた。


「ねえ、あれって、ダーリンが作った湖なんだよね......凄すぎ」


 うっ......別に湖を作るつもりじゃなかったんだけどね......


 巨大な湖を目にした萌が、顔を引き攣らせてドン引きしている。


 そう、それこそが、ベヒモスを葬るために繰り出した魔法の結果であり、僕のマナ枯渇の切っ掛けとなった魔法の産物だ。


 こりゃ、ほんとに酷いや......ここまで破壊するつもりじゃなかったんだけどね......


 萌の言葉を聞き流しながら、改めて巨大な湖を眺めて肩を竦めていると、瞼を閉じだ愛菜が安堵の息を吐いた。


「目的地の六月中学まで魔物は居ないようです。道の方も整備されているので、普通に進んで問題ないと思います」


 彼女は遠見の力を使って、目的地までの状況を確認してくれたのだ。

 そのお陰で、僕等も安心していられるのだけど、一凛としては、別のことが気になっているようだ。


「それにしても、こっちの生存者って、どうやって暮らしてるんだ?」


 確かに、彼女が言う通り、どう見ても生産が行われている様子はない。

 そうなると、残った物資で暮らしているはずなのだ。


 もうファンタジー化が起きて一年が過ぎようとしているし、そろそろ物資も底を突きそうだよね。


 実際、生活用品などはまだしも、食料や水に関しては、かなり不足しはじめている。

 ただ、調味料が思いのほか残っているのは、不幸中の幸いだと言える。

 だって、味気ない料理なんて食べたくないもんね。

 でも、その代わりに、魚介類なんて随分と口にしていない。


 まあ、魚は食べなくても死なないけど、塩が無くなるのはピンチだよね。


 現在の状況を改めて思い浮かべていると、今度は氷華が今回の目的について尋ねてきた。


「ねえ、黒鵜君。今回の誘いって、どう思う?」


 彼女の問いは、いくつもの意味を含んでいて、どれに答えればよいのか迷ってしまう。


「それって、罠とかの話?」


「ううん。さすがに、それはないと思うわ。私が気にしているのは同盟の話よ」


 彼女は純粋に足立国の提案に対するものだった。

 そう、使者から告げられた話は、僕等の地域のみならず、近辺自治区を含めた同盟のお誘いだったのだ。


「悪くない話だと思うけど?」


「ふ~ん、そうなんだ」


 どうやら彼女は僕の返事が気に入らないみたいだ。

 しかし、その理由を尋ねようとしたところで、萌が自分の感想を口にした。


「国が崩壊したら、こうなっちゃうんだね。一年で各地域が独立なんて、少しワクワクしちゃうね」


 彼女の気持ちは分からなくもない。以前の僕なら、間違いなく同じように感じたはずだ。

 だけど、いまや守るべき者を抱えた僕にとっては、全く以てありがたくない話だ。というか、自分の重責を考えると、いっそ国が復興して欲しいくらいだ。


「でもさ、他の地区は、どうなってんだろうな?」


「それは、使者さんが同盟会議に参加すれば分かると言ってましたけど......」


 一凛の素朴な疑問を聞き、愛菜も不安げな表情を見せる。


「使者の話じゃ、葛飾王国と北板連合も来るって言ってたし、まさに城北地域という感じかな」


「あら、葛飾区は城東よ? それに文京区と豊島区は、今回の同盟会議に入っていないみたいよ?」


「そ、そうだった......」


 僕の無知に、氷華が容赦なくツッコミを入れてくる。


 まあ、知らない人も多いかもしれないけど、二十三区は、中央の千代田区を除いた残りの二十二区が、城北、城東、城南、城西に区分される。その中で、城北とは、文京区、豊島区、荒川区、板橋区、北区、足立区から構成されている。

 そして、今回の同盟会議に参加するのは、旧足立区、旧葛飾区、旧板橋区、旧北区の旧四区と僕等の旧荒川区なのだ。

 ただ、区の名前を使っているものの、実際の管轄地域は旧区に当てはまらない。

 というのも、僕等の荒川自治区なんて、足立区と台東区の一部を吸収しているからだ。


「まあ、この同盟会議が、私達を嵌める罠じゃないとは思うけど、気を引き締めてかかりましょ」


「そうだね。でも、同盟か......実現したらいいんだけど」


 警戒を緩めるなという氷華の言葉に頷きながらも、僕は正直な気持ちを口にする。

 だって、誰かの上に立つ立場なんて、さっさと譲り渡して、僕は呑気に生きていきたいのだ。

 だけど、そんな僕の言葉を聞いた氷華は、何を考えたのか、深い溜息を吐くのだった。









 目的地である六月中学は、思いのほか人影が少なかった。

 その理由は定かではないのだけど、少なからず僕等を陥れるような雰囲気でもない。


「ようこそ、足立国へ。炎獄の魔法使い殿。私がこの国を取りまとめている九重景厚ここのえかげあつです」


 うはっ、行き成り二つ名が出てきたよ......てか、なんで知ってるのかな......


 僕等を出迎えてくれた丸坊主の男性は、穏やかな雰囲気で自己紹介をしてくると、にこやかに右手を差し出してきた。

 その雰囲気の良さに感じ入ったのか、萌がコソコソと耳打ちしてくる。


「へ~、坊主頭だけど、わりと格好いいかも」


「こらっ!」


「あれ? ダーリン、やきもちかな?」


「そうじゃなくて、もし聞こえたら失礼だよ」


 軽率な態度を執る彼女を窘めるのだけど、全く気にしていないようだ。ニヤリとしたまま僕を突いてくる。

 ただ、九重さんは、地獄耳だったようだ。


「あははははは。ありがとう。私はお寺の息子でね。これも仕事柄なんだよ」


「あ、あの、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 九重さんは、綺麗に剃ってある頭をパシパシと叩きながら、格好いいと言ってくれた萌に礼を告げるのだけど、当の彼女の方は顔を引き攣らせて平謝りしていた。


 ほらっ、言わんこっちゃない。


「さあ、こちらにどうぞ」


 必死に頭を下げる萌に毒づくのだけど、九重さんは全く気にしていないようで、僕等を案内しはじめた。


「思ったよりも友好的な人ね」


「うむ。少しだけ安心したかな」


 九重さんの後に続く僕の背後では、氷華と一凛がコソコソと話している。


 ああ、因みに、僕の右側には萌、左側には愛菜が居る。

 これに関して、氷華と一凛の二人は、不満を露わにしながらも反対しなかった。

 というのも、愛菜と萌は、驚くほどのチートの持ち主なのだけど、戦闘には向かないからだ。

 だから、僕の側にいることで、彼女達の安全性を確保しているのだ。


 そんな僕等が九重さんに連れてこられたのは、中学の会議室らしい部屋だった。


「さあ、どうぞ。むさ苦しいところですけど。どこでも好きな席に座ってください。他の面子も直ぐに来るはずですから」


 彼に勧められて、僕は四角く向かい合わせとなった席を見渡し、窓から一番遠い席に陣取る。

 まあ、それに大した理由はない。単に、外から狙われるのを警戒しただけだ。


 僕等が席に着くと、今度は別の男が室内に入ってきた。


「九重さん、葛飾と北板の方が来られました」


 どうやら、その男は連絡役だったようだ。別の地域の責任者がきたことを告げた。


 ああ、北板というのは、聞くところによると、北区と板橋区の連合を略しただけとのことだった。


「あ、ありがとう。直ぐ行くよ。じゃ、私は出迎えにでるので、少々お待ちを」


 九重さんは、連絡役の男に頷くと、僕等に頭を下げて部屋を後にした。

 すると、僕等だけとなった会議室で、一凛が疑問を口にした。


「なあ、他の地区の奴等って、どうやって来るんだ? まだ、きちんと道も整備できてないだろうし、もしできてたとしても、燃料がないんじゃないのか?」


 僕等にとっては、異常なチート状況が当たり前になっているのだけど、世の中にそれほど魔法が普及しているとも思えない。そう考えると、一凛の疑問も尤もだと思う。

 ところが、瞼をとじたままの愛菜が、僕の考えを否定する。


「どちらかは分かりませんが、車が空を飛んでますね」


「マジ? どんだけご都合主義なのさ」


 愛菜の言葉を聞いた僕は、ついついツッコミを入れてしまう。

 だけど、それは反射という矢となって僕に降り注いだ。


「黒鵜君の台詞じゃないわね」


「それを、黒鵜が言うか?」


「それって、ダーリンが一番の恩恵をうけてるんじゃない?」


「黒鵜さん......」


 氷華、一凛、萌、愛菜が突っ込んでくるのだけど、実は、最後の沈黙が一番突き刺さるかもしれない。


 みんなから冷たい視線を浴びせかけられて、少しばかり留飲をさげていると、入り口の引き戸がゆっくりと開かれた。


 ん? 他の参加者がきたのかな?


 いよいよ、ほか地域の責任者がきたのかと思いきや、現れたのは全く違う存在だった。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 そう、入ってきたのは、見た感じOLぽい女性であり、手に持ったお盆には、いくつものお椀が乗せられていた。


 なんか、嫌な予感が......


 その女性が美人であることに気付き、僕は背筋を凍らせる。

 ところが、いつもの殺意が放たれることはなかった。


 あれ? どうしたのかな? いつもなら、ドロドロとした殺気が放たれるのに......ああ、そういうことか......


 その女性を観察して、氷華や一凛が過剰反応しない理由に辿り着く。

 そう、その綺麗なお姉さんの胸は薄かったのだ。


 結局、胸に反応するだけなんだね......ある意味、君等の方が僕より巨乳に反応してると思うよ?


 お茶を配ってくれるお姉さんから視線をそらしながら、僕が心中で氷華や一凛の行動原理について考えていると、入り口が騒がしくなってきた。


「おいっ! あたいを誰だと思ってんだ!」


「はぁ? 誰って、下町の狂犬だよね? 保健所が健在なら、あっという間に捕まるよ?」


「このガキ、舐めやがって」


 耳を貫くようなキンキン声が怒りを放つと、子供のような声が淡々と毒で返した。

 もちろん、その毒は相手を怒らせるために吐き捨てているのだろう。キンキン声がムカつき、発狂寸前のような声色に変わる。

 すると、九重さんの声が聞こえてきた。


「まあまあ。眞知田まちださんも、眞銅しんどうさんも、ここは私に免じて――」


 こりゃ、大変な場所に来たのかも......


 廊下での騒ぎを耳にして、僕が少しばかり後悔していると、氷華の囁き声が聞こえてきた。


「これは前途多難そうね......黒鵜君、迂闊なことを言っちゃダメよ?」


「う、ういっす......」


 僕は少しばかり不満を感じつつも、自分の過去を省みて、ただただ縦に首を振るのだった。









 そのトラブルは、キンキン声が会議室に入った途端に始まった。

 そう、そのキンキン声の女性が放った言葉が宜しくなかった。


「九重、なんだよ、こいつら! ジャリばっかりじゃね~か。こんな気も生え揃わないガキを集めてどうすんだよ」


 この人、透視能力でもあるのかな?


 氷華、愛菜、萌の三人が不毛であることを知っている僕は、思わず場違いなことを考える。

 例外である一凛に視線を向けると、彼女は自分は違うと言わんばかりに、氷華から距離を取ろうとしていた。

 すると、キンキン声の発した言葉が気に入らなかったのか、はたまた、一凛の態度が気に入らなかったのか、氷華は勢いよく立ち上がると、即座に反撃を開始した。


「あら、マスカレードとか、どこの厨二病患者さんかしら、ここは会議をする場所であって、病院ではないのだけど」


「な、ななななな、なんだと!」


 キンキン声の女性が怒りを露わにする。

 というか、氷華の言う通り、そのキンキン声の女性は、まるで魔法使いのようなローブを纏い、顔の上半分を隠すマスカレードを装着しているのだ。


 まあ、氷華の暴言は置いておくとしても、少し恥ずかしいよね?


「くくくっ、そのお姉さんの言う通りだよ。あ~はずかしい!」


 氷華の言葉を尤もだと感じてると、あとから入ってきた少年がクスクスと笑いながら嘲りの言葉を口にした。

 そうなると、当然ながら、収まりがつかなくなる。


「くそっ! てめ~ら、まとめてぶっ飛ばしてやるぜ」


 キンキン声の女性が、怒りを露わにローブを跳ね上げる。

 その光景を目にした途端、最悪なことに、僕は思わず声を漏らしてしまう。


「でかっ!」


 途端に、全員の視線が僕に集中する。

 特に、仲間である氷華、一凛、愛菜、萌、四人からの視線がとても痛い。


「お、おほんっ! 失礼しました」


 僕はわざとらしいと感じつつも、場を取り繕うために咳払いで誤魔化そうとする。

 だけど、仲間からの痛い視線は、僕を刺し貫いたままだ。


 そ、そんなに睨まないでよ......別に、デカいのがいいって言った訳じゃないよね?


 怒り冷めやらぬ四人の視線を浴びて、僕はあくせくするのだけど、何がどうなったのか、キンキン声の女性は途端に機嫌を直してしまった。


「ふむ。その子は分かってるじゃないか。お前達のようなジャリよりも、あたいの方が魅力的だってさ」


 いやいや、そんなことは言ってないし......てか、やめてよね。僕を抹殺する気なの? いや、僕が仲間から撲殺されるのを所望してるの?


 さらにキツクなる視線を浴びながら、僕はガタガタと震えはじめる。


 そんな時だった。空気を読まない発言が放たれた。


「さあ、落ち着いたところで、自己紹介を始めますか」


 ちょ、ちょ~~、全然、落ち着いてないし......


 なにを考えたのか、九重さんが勝手に自己紹介を始める。


「こちらの女性が、葛飾王国の女王で、眞知田唯花まちだゆいかさんで、こちらが北板連合の眞銅一朗太しんどういちろうたさんです。それから、あの少年が荒川自治区の黒鵜さん、そして、川上氷華さん、真摩一凛さん、氷川愛菜さん、端倉萌さん、鷹取和理さんです。それではみなさん、まずは座ってお茶でもしましょうか」


 えっ!? どうして......


 自己紹介を済ませた九重さんに視線を向けたまま、僕は疑問を抱く。

 ただ、怪訝に思ったのは僕だけではなかったようで、氷華や一凛もいぶかしげな眼差しで九重さんを見ていた。萌に関しては、どうして自分達の名前を知っているのだろうかと首を傾げていた。

 ああ、和理に関しては、いまだに不毛と言われたことを気にしているのか、もぞもぞと下半身を服の上から押さえていた。


 結局、僕は氷華や萌の名字を知られていたことに驚きつつも、この笑顔を絶やさない男――九重影厚という男を敵に回しては拙いなのではないかと考えながら、同盟会議の席に着くのだった。


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