70 最強チート?
誰もが嬉しそうな笑みを浮かべている。それは、まさにカーニバルのような賑わいだ。
そう、僕等の帰還は、自分ので言うのもどうかと思うけど、それこそ英雄の凱旋といわんばかりの歓迎っぷりとなった。
知った顔も、知らない顔も、どの顔も笑みを絶やすことはない。
それもそのはず、大ピンチの状況に、救世主の如く復活したのだから、喜ばない者など居るはずもない。
それほどに歓待された僕等だけど、いつまでも英雄気分で浮かれてはいられなかった。
「区長の仕事って、実は土木作業員なんだね」
う~ん、否定できない......
建物を爆破し、その残骸を使い、万里の長城を築く作業に従事する僕は、萌のツッコミを躱す言葉が思い浮かばなかった。
だって、悲しいかな、その通りだもんね......
台東区から押し寄せてきた侵略者。それを片付けたのまでは良かったのだけど、いつまた襲い掛かってくるとも限らない。
なにしろ、隙を突かれたら、こちらも甚大な被害を受けるし、こっそり農作物を搾取される可能性もあるのだ。
そんな訳で、荒川地域を守るために万里の長城よろしく、ビルの残骸や土を盛った障壁を作っているのだ。
それは、今回に限った話ではなく、汐入地区でも行ったことなのだけど、さすがに、今回の範囲は広すぎた。
なにしろ、浅草からスタートして、やっと日暮里まで辿り着いたところなのだ。
まあ、障壁を作ると言っても、いまや無人となったビルをぶっ壊しながら道路を塞ぐだけなので、それほど重労働という訳でもない。
それでも、ここまで障壁を作るのに、二週間近くの時間を要した。
「区長、どこまで続けますか?」
「さすがに、切りがないですし......」
生徒会長である明里と副会長の千鶴が問いかけてきた。
「そこなんだよね。西側は切りがないんだよね......ん~、取り敢えずは王子までいこうか。石神井川まで到達したら、荒川側に北上しようかな」
「そうなると、もう二週間くらいは、掛かりそうですね」
結局、地図を見ながら色々考え、僕等のテリトリーを決定する。どうやら、明里も反対ではなさそうだ。
ただ、千鶴が少しばかり不安そうな表情となる。
「そういえば、あっちはまだ開拓してませんでしたね。どうしましょうか」
「ん~、どこまで開拓してるんだっけ?」
「尾久駅周辺までです」
「それじゃ、先に見てきてもらえるかな? こっちは僕だけでも、何とかなるからね。ああ、運転手が要るから、和理か美静を残してもらえる?」
「了解しました。では、会長、さっそく行きましょうか」
「そうね」
僕との会話を終わらせた千鶴は、ゆっくりと首肯すると、明里に視線を向ける。
明里もその案で納得しているみたいだ。
「それにしても、まだ畑を増やすの? 千住地域が完全に田園になってたけど......」
明里と千鶴を見送っていると、萌が少しばかり呆れた視線を向けてきた。
彼女の言う通り、荒川と墨田川に挟まれた中洲――千住地域は、完全に建物を撤去して、今や広大な畑となっている。
しかし、現在の荒川地区の住民は、全部で五千人を超えていて、かなりの食料が必要となるのだ。
ただ、働き手の移動を考えると、あまり遠くに畑があるのは、通うだけでも大変だと思う。
「ん~、さすがに、それは無理がありそうだよね。一応、自転車が役立ってるけど、畑に到着すだけで体力が尽きそう」
「そっか~、みんな大学で暮らしてるんだもんね。他に居住地を作るのはどうかな? というか、車は使えないの?」
萌は広げてある地図を眺めつつ、自分の考えを口にする。
実際、居住地を複数の場所に作る案は、僕も考えたのだけど、もう少し警備担当が充実しないと厳しいと思う。それに、現在は食料などを配給制――大学の食堂やお弁当で済ませているお陰で、物資を一か所に貯蓄できているのだけど、複数の個所に物資を分散させるのも大変だと思う。
なにしろ、電気、水道、ガスといったライフラインが存在しないからだ。もちろん、車もそれに含まれていて、現在動いている車は、使用者の魔法に依存している。
「まあ、今のところは、何とかなってるし、もっと人間が増えたら考えようか」
「ん~~~~」
面倒なことは先送りという僕の意見を納得できなかったのか、彼女はそのままずっと考え込んでしまうのだった。
あれから三週間が経ち、障壁作業は完了した。
これからは、障壁までの地域の物資を回収し、更地に変える作業が始まる。
ただ、ここにきて新たな問題が勃発した。
「三千人って、マジで?」
「はい。どうやら、台東区のグループが内部抗争を始めたみたいで、難民がこちらに向かってます」
遠見の魔法で台東区を監視していた愛菜が、困った話を伝えてきたのだ。
「この前の戦いで散々だったものね。見放されても仕方ないわよね」
「てか、さすがに、三千人は収容できないんじゃないのか?」
一緒に話を聞いていた氷華が肩を竦めると、一凛は少しばかり困り顔を見せた。
確かに、三千人はきついよね......
「ねえ、千鶴。自給自足の方はどうなってる? 肉は足りてる?」
難民と聞いて、直ぐに食料が気になる。
ところが、千鶴は予想外な返事を口にした。
「食料は問題ないです。作物に関しては、魔法の力もあって、恐ろしく順調です。だから、今年は田んぼを作ろうかと思ってます」
さすがはファンタジーだね。魔法で豊作とか、完全にチートだよ。
「それなら、汐入の施設を使ってもらおうか」
そう、汐入で生活していた者達は、全て北千住の大学に移っている。だから、向こうはもぬけの殻となってるのだ。
食料と場所の確保ができたことで、僕は安堵の息を吐く。
ところが、明里が首を横に振った。
「それは良いのですが、水が足らないんです」
「えっ!? そうなの? だって、水は魔法で作ってるんじゃ?」
そう、ミネラルウオーターなんて、とっくに底を突いていて、現在は魔法で作った水を生活用水としている。
だから、水については全く問題ないと安心していたのだ。
「それが、大量の水を作れる魔法師が限られていて、複数拠点に水を確保するのは、かなりの手間なのです」
「そんなの、女王様が一年分の水を出してくれるさ」
なんてったって、ここには氷の女王こと、氷結の魔女、氷華様がいるじゃん。
「ねえ、炎獄さん、何をいってるのかしら」
女王様という言葉が気に入らなかったのだろう。即座に、氷華がやり返してきた。
冷たい視線を向けてくる彼女の横では、一凛がクスクスと笑い始める。
「くくくっ......女王......炎獄......笑える......」
「何が可笑しいのよ! 貧乳裸戦士!」
「な、ななななな、なんだと! それは聞き捨てならんぞ。誰が貧乳だ!」
ああ、裸戦士は問題ないんだ......
「まあまあ、揉めてる場合じゃないよね」
大事な会議中なのだ。いつもの痴話げんかは他所でやって欲しい。
そう思って、すぐさま仲裁に入ったのだけど、彼女達の耳は、敏感――というか、腐っていた。
「はぁ? 揉むところがない? 黒鵜君、ちょっと表に出ましょうか?」
「黒鵜、揉む場所がないって、どういうことだ?」
そんなこと言ってないし......誰も、乳の話なんてしてないよね? 君等、被害妄想が全開だよね。だいたい、表に出ろって、どこのヤンキーなのさ。
「聞き間違えだよ。僕はそんなこと言ってないからね? というか、そんなに揉んで欲しいのかな?」
「そ、そ、そ、そんなこと言ってないわ。耳がおかしいんじゃない?」
「い、いや、それは......二人きりの時に......モゴモゴ」
氷華の反論は聞き捨てならないけど、一凛がデレたから良しとしようかな。というか、話を戻そう。
僕は気を取り直して話を始める。
「水なら氷華が大量に出してくれるよ?」
仕切り直した途端、またまた氷華が顔を顰めた。
ちょ、ちょ~~今度はなんて聞こえたの? まさか、出すのは僕の役目だなんて言わないよね?
氷華の顔色を目にして、少しばかり動揺したのだけど、彼女は全く違うことを口にした。
「あのね、黒鵜君。私が大量に出すのはいいけど、どこに貯蓄するの? まさか、プールの水で食事を作ったりはしないわよね?」
ぐあっ。そうだった......
彼女の指摘で、僕は直ぐに何が問題であるかに気付いた。
そう、現在の水は、魔法で大学の受水槽や高置水槽に直接ぶち込んでいる。だから、一日二回から三回の給水が必要なのだ。
「ん~、汐入中学の高置水槽にぶち込むにしても、結構、大変な作業だよね?」
「そうなんです。なにしろ、水を貯めておいても、トイレや水道から使えないと、それはそれで、ひと手間ですから」
だよね。いちいち汲んで運ぶとなると、かなり面倒だよね......どうしよう......
明里から現実を思い知らされて、どうしたものかと考え込む。
すると、それまで黙って聞いていた萌が、突如として立ち上がった。
「うふふ。とうとうあたしの出番がきたみたいね。にゃははははは」
えっ!? どうしたの? 萌、大丈夫?
突如として高笑いを始めた萌に、その場の誰もが半眼を向ける。
しかし、彼女は胡散臭がる僕等を気にすることなく、水の入ったヤカンを手に取った。そして、何を血迷ったのか、ヤカンの水をどひゃどひゃと床に流し始める。
「ちょ、ちょっと、萌、何してるのよ! 床が濡れるじゃない」
「おいっ、水も貴重な物資なんだぞ」
なんか、二人がそれを口にするのは、少し心外だよね......だって、日頃から、散々、濡らして、凍らせて、壊してるし......
氷華と一凛の二人が、床を水浸しにした萌を叱責するのだけど、僕としては少しばかり不満を感じる。
ただ、萌は全く気にしていないようだ。
「大丈夫、大丈夫。まあ、見てて。というか、さあ、ご覧あれ」
「それがどうしたの? 空のヤカンだけど」
僕が見たままを口にすると、彼女はニコリと笑顔を見せて頷く。そして、何を考えたのか、夜間の蓋を閉めたかと思うと、空のヤカンに手を当てて目を瞑った。
ん? いったい何をやる気なのかな?
その行動理由が意味不明で、首を傾げてしまうのだけど、彼女はどこかで聞いたことのある掛け声を口にした。
「は~め~は~め~~~~はっーーーーーーーー!」
ちょ、ちょ~~~~! 一文字違うしーーーーーー! それ、ヤバいって、マジで!
周りに視線を向けると、誰もがドン引きしていた。特に、愛菜が可哀想な子を見るような眼差しを向けている。
まあ、年頃の女の子が口にする言葉じゃないよね?
少しばかり残念な少女――萌に呆れていると、彼女は自慢げに胸を張った。
「さあ~、ご覧あれ!」
彼女はそういうと、再びヤカンを傾ける。
「えっ!?」
「どうして?」
「何をやったんだ?」
「水が出てます。空だったはずなのに」
僕、氷華、一凛、愛菜が驚きの声をあげる。
「水魔法で中に溜めたとか?」
「でも、蓋は閉まったままでしたよ?」
明里と千鶴の二人は、驚くだけではなく、その現象について解析を始めていた。
しかし、萌は自慢げに首を横に振った。
「ちっ、ちっ、ちっ、甘いわ。そんな当たり前な原理じゃないわよ。だって、この世界はファンタジーなのよ。それなら、ファンタジーらしくしなきゃ」
いやいや、魔法で水が溜まるのも当たり前じゃないからね。十分、ファンタジーだよ?
「萌、どういうことなの?」
僕が心中でツッコミを入れていると、原理が理解できないことが悔しいのか、氷華が眉間に皺を寄せながら尋ねる。
すると、萌は勝者の笑みを湛えて説明を始めた。
「これぞ、いつでも満タ~~~~~ン!」
「お前は、ドラえ○んか! いつでも満タンは、黒鵜だけで十分だ」
「ちょ、ちょ~~~~! 一凛~~~~!」
一凛のツッコミに、思わず僕は声をあげてしまう。
だって、女の子ばかりの場所で、恥ずかしいじゃん......一凛のバカ!
「まあまあ、その責任は、あたし達にもあるんだから、ダーリンを攻めるのは酷よ!」
「それは置いておいて、萌は何をしたの?」
いやいや、置いておかないで、真剣に検討してよ。僕の卒業式......
萌の同情を氷華はすっぱりと切り捨てた。同時に、僕の希望も切り捨てられた。
そんな、氷華から急かされて、萌は自分のしたことの説明を始めた。
「あたし、こっちに帰ってきて、色んな魔法を見たんだけど、ずっと疑問だったの。どうして、今ある物を活用する魔法を考えないのかって。ダーリンが言うには、魔法は想像の産物だって話だし、一部の物――車とか、武器とか、照明とか、魔法で使えるようにしてたけど、それも使用者に依存してるし......だったら、いつでも水が出てくる水道とか、いつでも水が流れるトイレとか、電気がなくても動くエアコンとか、誰でも使えるように、物に魔法をかけちゃえば良いんじゃないかって思ったのよ」
「じゃ、そのヤカンに、いつでも水が補充される魔法をかけたんですか?」
「ぴんぽ~ん! 千鶴、正解!」
話を要約し、正解を導き出した千鶴に向けて、萌が笑顔で頷く。
ただ、僕の心境は、ご都合主義もここまで来たかという感想だった。
「チートだよね」
「チートだわ」
「チートだな」
「チートですね」
僕、氷華、一凛、愛菜の四人は、あまりのチートぶりに、呆れて肩を竦める。
ああ、因みに、床を汚した萌は、氷華と一凛から怒られ、その可愛らしい瞳からも水分を流しながら、床拭きをさせられるのだった。
チート少女、もとい、萌のとんでもない魔法で、僕等の生活はがらりと様相を変えた。
だって、バイクが、乗用車が、トラックが、壊れてない乗り物が、誰でも動かせるようになり、受水槽や高置水槽に水を貯えることなく、いつでも水道から水が出てくるようになったからだ。
他には、ガスや電気などを使う製品も同様に機能するようになった。
もちろん、彼女一人が使える魔法なので、まだまだ全普及にはほど遠いのだけど、それほど長い期間をかけることなく、ファンタジー化前の生活ができるようになると思う。
ほんと、とんだチート少女を連れて帰ってきたものだ。いやいや、恐ろしく役に立っていることを考えると、当然ながら感謝すべきだよね?
「さて、萌のお陰で難民も無事に受け入れ完了したし、じゃ、開拓作業に戻ろうかな。てか、萌の力があれば、街頭とか残した方が良いよね?」
そう、難民との交渉は、思ったよりも簡単に済んだ。
というのも、彼等彼女等には衣食住に必要な物を与えるのだが、それを労働力で返すとう普通の条件なのだ。誰もノーとは言わない。いや、それを拒否すれば、この地区から出て行ってもらうだけなのだ。
そんな訳で、通常の作業に戻ることにしたのだけど、その途端だった。和理からの着信があった。
「あれ? 和理から電話だけど、どうしたんだろ? はい。黒鵜です。はぁ? なにそれ。まあいいや、取り敢えず――」
和理からの連絡に、僕は首を傾げつつも、彼女に了承の旨を伝えた。
「どうしたの?」
「また問題か?」
僕の驚きは、氷華と一凛に不安を抱かせたのだろう。すぐさま訝しげな視線を向けてきた。
しかし、遠見の魔法で状況を理解していたのか、愛菜は別の問いを口にする。
「どなたが来られたんですか?」
今度は誰もが愛菜に視線を向けるのだけど、直ぐに視線を僕に戻すと、「なにそれ?」といった表情を見せた。
そんな面々に、僕は和理から聞かされた内容を伝える。
「なんか、足立国の国主からの使者だってさ」
「足立国......」
氷華は僕の話を聞いて絶句する。
「いつから国になったんだ?」
一凛は呆れて肩を竦める。
「なんかゴロが悪くない?」
「悪い話でなければ良いのですが......」
萌は国名にケチをつけ、愛菜は不安な表情を浮かべる。
「はぁ~、でも、王国でないだけマシなのでは?」
「そうなると、ここは荒川国ということになりますよね?」
明里は溜息交じりに首を横に振り、千鶴が身も凍りそうな言葉を口する。
千鶴、勘弁してよね。そうなったら、僕が国主ってことになるじゃん。
僕は少しばかり嫌な予感を抱きつつも、このあと、使者の言葉を聞いてウンザリとするのだった。