64 人質救出作戦
まんまと罠に嵌って、さあ~たいへん......違った......
聖教会の罠に嵌ってガンズ家の屋敷にまんまと誘い込まれたのだけど、トリニシャを見た時には、奴らが僕等と同様に車で王都に戻ってきたのだと直感的に理解した。
ただ、ただ、ただ、まさか、こんなことになろうとは予想もしていなかった。
でも、罠に嵌められたと知った時から、こうなることを予測していた氷華は、まさに鬼の首でも取ったかのように鼻高々だった。
「わかったかしら? 黒鵜君」
いやいや、これはさすがにピンチだと思うんだけど、なんでそんなに嬉しそうなの? 自慢するところじゃないよね。ああ、それにどれだけ胸を張っても、僕の見解は変わらないからね。
「優里奈! まさか、こんなことになるとは......」
「夏乃子! ちくしょう! なんて卑怯な奴らだ」
自慢げにする氷華に少しばかり不満を覚える僕の横では、輝人と快が怒りの声を放つ。
そう、トリニシャの後ろから現れた緑色の特攻服を着た男達が、縄で縛りあげた優里奈と夏乃子を連れていたのだ。
ほんと、最悪な人だよね。これで聖職者っていうんだから、呆れてものが言えないよ。
「さあ、無駄な抵抗はやめなさい。それと、そこの悪魔、前にでなさい」
うわっ! 勝ち誇ってるよ......めっちゃウザいんだけど......というか、悪魔って僕のことだよね? 死神だって言ってるのに......
トリニシャの物言いにムカつきながらも、僕は思わず自分に指をさしてしまう。
ただ、トリニシャの言葉を聞いた輝人と快が、動揺した様子で口論を始める。
「ダメだよ、黒鵜くん」
「だが、どうすんだよ。二人が人質になってるんだぞ」
「それでも、二人には悪いけど、出て行っても何も得られないよ。こんなの完全にパターンに嵌ってるよ」
「それは分かるが......でも、このままシカトも拙いだろ」
まあ、輝人さんの考えはご尤もだね。でも、知らん顔をする訳にもいかないという快さんの言葉も理解できる。
出会った当初なら、それほど気にもしなかったのだろうけど、一ヶ月も一緒にいれば情も移るってもんだ。
人間の情って、割と簡単なものだよ。ほんと......てか、揉めてる場合じゃないんだけど......
揉め始めた輝人と快に呆れて肩を竦めつつも、さて、どうしたものかと考え始めた僕なのだけど、直ぐに良案を思いつく。
さあ、こういう時にこそ役立ってもらおうかな。ねえ、氷華! 一凛!
「ねえ、氷華、一凛、二人の出番だよ」
「まあ、そうなるでしょうね」
「おおっ! うちがあのクソ女をぶっ飛ばしてくればいいんだな」
「ち、違うし......やめてよね。というか、一凛には無理でしょ?」
「ちっ、わかってるって! ほんとに氷華は冗談が通じないんだからさ。つまんね~」
「ふぐっ......てか、ほんとに理解してる?」
一凛......ほんとに大丈夫かな......なんか、めっちゃ不安なんだけど......まさかと思うけど、トリニシャに一撃を食らわすなんてやめてよね。
いち早く僕の思惑を理解した氷華と少しばかり誤解してそうな一凛は、一抹の不安を抱かせるのだけど、流星の如き軌跡を残しつつ飛んでいく。
そう、彼女達の姿は奴らに見えていないはずなのだ。だから、僕は二人に優里奈と夏乃子の保護をお願いした。できれば、救出してもらえると、更に良しだ。
「ねえ、あの二人で何とかなるの?」
「おいおい、大丈夫か?」
「二人とも命知らずだね。そんな台詞が彼女達に聞かれたら大変だよ?」
「ひうっ」
「ふぐっ」
氷華と一凛の二人が飛び立ったことで、僕の思惑を悟ったのだろう。輝人と快が心配そうな表情を向けてくる。
ただ、表情はまだしも、その言葉はかなり危険だ。間違いなく目の前で包帯顔ながらも勝者の笑みを浮かべているトリニシャよりは一万倍危険だと思う。
もし僕が口にしようものなら、間違いなくコークスクリューブローと回し蹴りが飛んでくるに違いない。
「まあ、それはいいとして、人質のことは彼女達に任せて大丈夫だと思うよ。さあ、僕はちょっと時間稼ぎに行ってくるね。ああ、愛菜、奴らが王様達を狙うかもしれないからね。障壁をお願い」
「はい。出でよ! 地壁! えっ!? ど、どうして?」
素直な愛菜は即座に魔法を放つ。ただ、発動した己が魔法の結果に、自分でも驚いているみたいだ。
なにしろ、これまでは少し頼りないと感じられた地壁が、まるで鉄壁だと言わんばかりのゴツイ障壁となっているのだ。
「これって、もしかして......あっ、氷華姉さんが言ってた黒鵜さんから得た力......黒鵜さん、やりました。私にもご都合主義が到来しました」
「ちょ、ちょ、ちょ~、だから、それを言っちゃダメだって!」
「あっ、てへっ!」
うむ。可愛いから許す。可愛らしさは正義だからね。というか、僕の血にはご都合因子が含まれてるのかな? 学会で発表したら......って、それどころじゃないか......
「それじゃ、あとは頼んだよ」
「はい! 頑張ります」
「うん。任せといて! 黒鵜くんも気を付けて」
「おうさ! 黒鵜、悪いが優里奈と夏乃子を頼んだ」
「それは、あの二人の役割だね。僕の役目はあの嘘つき女を葬ることさ」
愛菜が頷き、輝人が心配し、快が頭を下げる。
三人の返事に満足した僕は、颯爽とトリニシャに向かってゆっくりと足を踏み出すのだった。
トリニシャの居る砦の如き屋敷と僕達の距離は、約三十メートルというところだ。
そこから歩き始めた僕に向かって、例の弾丸が襲い掛かる。
だけど、こんなものは児戯にも等しい。
「風刃!」
高速で向かってくる弾丸が微塵に切り裂かれ、風に吹かれて消えてなくなる。
人質が居ても、こんな攻撃じゃ僕を倒すなんて無理だよ? 首を洗って出直して......顔を洗ってか......いや、首を洗って待ってろかな?
少なからず場数を踏んできた――数々の痛い想いを経験してきた僕は、気が付けば戦いに対する度胸が成長していたみたいだ。
場違いな思考を展開しながらも、落ち着き払って次々に襲い掛かってくる攻撃を霧散させる。
「抵抗をやめなさい。こちらには人質がいるのですよ」
はぁ? バカじゃない? 抵抗しないわけないじゃん。当たると死ななくても痛いんだよ? それに、そう簡単には人質に手を出せないでしょ? だって、人質が居なくなったら、その時点でジ・エンドだよ? ウェルダンになるんだからね?
そう、人質とは紙一重の策だと思う。
相手を抑える手ではあるのだけど、人質自体が命綱でもある。だから、そうそう人質に手を出せないはずだ。
それよりも、あの緑の特攻服......輝人達から聞いた特殊部隊か......もしそうなら、こんな単調な攻撃で終わるとは思えないんだけど......
縄で縛られた優里奈と夏乃子を連れている男達を見やり、僕は目を細める。
奴らの話は輝人達から聞いていた。某国の特殊部隊がまるまるこの世界に転移してきたという話であり、輝人達が表で働き、奴らが裏で暗躍するという役割らしい。
ただ、そのことを理解したのも、トリニシャから離反してからのことだった。それまでは、魔族の暗躍を阻止する役目を負っていると思っていたようだ。
それはそうと、僕は特殊部隊というのがどんな戦い方をするのかなんて知らない。ただ、僕の中にあるのは映画やアニメで出てくる特殊部隊の戦い方だ。
それは、正面から戦いを挑むわけではなく、闇に紛れ、陰に潜み、罠を張り巡らし、隙を狙って相手を屠っていく。それこそが僕の知る特殊部隊の戦い方だ。
こりゃ、他にも罠がありそうだけど、地雷でも埋まってるのかな? 僕の特異体質なら地雷で死ぬことはないだろうけど、戦闘不能は頂けないよね。それじゃ......
足もとが気になって、少しばかり視線を下げるのだけど、当然ながら僕が簡単に見つけられるモノではないだろう。
ならばと、僕は地面に向けて風の刃を放つ。
途端に、僕の進行方向に向けて地面に一筋の傷がつく。深さはそれほどでもないけど、それは屋敷に届かんばかりの長い線となって地面に刻まれる。
うん。きれいに切れたみたいだね。これでよし! っと。
地面に刻まれた一筋の線を見やり、満足した僕はその上を歩く。
そう、これは地雷対策なのだ。もし地雷が仕掛けられていたら、魔法を放った時点で反応しているはずだ。
まあ、他にも罠があるかもしれないけど、少なからず直撃が避けられたらそれでいいのだ。
「くっ! この悪魔め。この二人がどうなっても良いのですか! 止まりなさい!」
トリニシャが一向に動じることのない僕を見て歯噛みする。
あははは。怒ってる怒ってる。ざま~。てか、もっと僕に意識を集中してね。
僕は言われた通りに足を止め、まさに地団太を踏みそうなトリニシャを見やって密かにほくそ笑む。いや、その笑みはありありと現れているかもしれない。
なにしろ、僕は自分の感情を隠すのが苦手なのだ。
まあ、これもボッチの特性かもしれない。だって、人と関わり合わないのだから、気を使って自分の感情を隠す必要がないのだ。
まあ、取り敢えずこっちは順調なんだけど、氷華たちは上手くやってるのかな。
少しばかり不安になった僕は、視線をトリニシャの後ろに――人質である優里奈と夏乃子に向ける。
すると、氷華と一凛が優里奈の頭上で何やら揉めていた。
ただ、優里奈にも姿を見せていないのだろう。縄で縛られた優里奈は、気付くことなくションボリと項垂れている。
なにを揉めてんのさ。さっさと助け出して欲しいんだけど......
群がるように放たれる弾丸を切り裂きながら、僕は少しばかり腹立たしさを抱く。
その途端だった。優里奈と夏乃子の身体が黒い膜で覆われたかと思うと、その場から見えなくなってしまった。
どうやら、揉め事も終息したようだ。
「えっ!? なにっ! どういうことだ。なぜ、消えたんだ」
「な、なんだと! こ、これは! ど、どこだ! どこにいった!?」
二人が突如として消えたことで、戦闘服を着た男達が狼狽えながらも周囲を見回す。
だけど、彼等がどれだけ探そうと、二人が見つかるはずはない。だって、二人は一凛の魔法が作り出した異空間にいるのだから。
「な、なにをやってるのですか――えっ!? 人質はどこに!?」
己が後ろであがった驚きの声を耳にして、トリニシャが振り向きざまに叱責の声をあげるのだが、奴も二人が居なくなったことに気付いて驚きを露わにする。
「あはははははははは。さて、形勢逆転ってことばを知ってるかな? これから血祭ならぬ火祭りが始まるからね」
「ぬーーーーっ! なんと、これぞ悪魔の所業か! なんと卑劣な」
ん~、悪魔にこだわるね~。なんか思うところがあるのかな!? てかさ、卑劣なって、どっちがだよ......
「あのさ、あんた、とことんムカつくね。自分の行いを顧みて言ってよね。まあ、顧みる時間もないと思うけど」
睨みつけてくるトリニシャに向けて毒を吐くと、僕はおもむろに右手を奴に向ける。
ところが、次の瞬間、トリニシャの包帯から覗く顔がニヤリと歪んだ。
「ふんっ! どうやって人質を取り戻したかは知りませんが、もう人質なんてどうでもいいです。やれるものならやってみなさい」
ん? どういうことかな? 気でも狂ったのかな? まあいいや、ご所望の通りこんがりと焼きあげようか。あれ? あれれ? なんか、力が抜けていく......
右手を突き出した僕は、自慢げにしているトリニシャに疑問を感じる。しかし、気にすることなく魔法を放とうとする。その途端だった。急に身体の力が抜けるような感覚に驚く。
「うっ、どういうこと? これは......」
身体を支えることすらできずにその場に跪くと、トリニシャの声が高らかにあがった。
「形勢逆転。知ってますよ。こいう時のためにあるんですよね?」
自慢げに勝ち誇るトリニシャが胸を張る。こちらは氷華たちと違って豊満なんだけど、今の心境からすると、乳なんてどうでも良かった。だって、どう考えてもピンチなのだ。
「な、何をしたのかな?」
「教えると思いますか? 愚かな」
「ふぐっ......」
氷華からよく言われるけど、嫌いな奴に言われると、ショックが大きいよ......
トリニシャから馬鹿にされて、僕は敗者の如くガックリと肩を落とす。
そんな僕の瞳に、地面にうっすらと輝く赤く文字が映った。
ん? 魔法陣? そ、そうか、全てはここに誘い込むための布石だったのか......氷華、偉そうに自慢してたけど、思いっきりハズレじゃん。てか、これ、マジで拙いんだけど......
トリニシャの作戦を知って、僕は自慢げにしていた氷華を罵るのだけど、そんなことをしている場合ではないのだ。
だって、僕が動けない状態となると、攻撃オプションは限られてしまうのだ。
くっ、こりゃ、完全に失敗だどう・し・よ......しこ・う・も......
意識がもうろうとし始めた僕は、絶体絶命のピンチだと感じるのだけど、それを考える思考すら儘ならなくなる。
そして、あれよあれよという間に、僕の意識は闇の中に包まれてしまうのだった。