62 救出作戦
灯りのお陰で街は夜であるのにも関わらず、あちこちに煌々とした明かりが灯っているのだけど、教会は打って変わって暗く静かな様相だった。
まるでここだけが街から切り離されているかのように、そして、恰も灯りや喧騒が罪であるかのように、隣にいる者の鼓動が聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。
それ故に、少しばかり遠慮気味の声が零れ落ちる。
「風刃!」
僕が教会の扉を綺麗な人型に切り取る。
そして、くり抜いた人型の方を微塵に切り裂き、地に落ちる音を防ぐ。
正直、我ながら神がかった魔法だと思ったりもする。
ただ、少しばかり魔力が回復した僕にとって、この程度の技は児戯にも等しいと言っておこう。
「すげ~。どうやったらこんな滑らかな曲線で切り取れるんだ?」
「う~ん。まさに職人芸だね。いい仕事してますね~、って言えばいいのかな?」
「何をどうすれば、こんなことができるのですか?」
恰も人型の鍵穴であるかのように切り抜かれた扉を目にして、快と輝人が感嘆の声をあげる。
それに続いて、セルロアが何度も瞬きしながら己の疑問を口にする。
ふふふ。さあ、褒めて、褒めて! もっと褒めてーーーー! これこそが炎獄の魔法使いたる僕の力さ。って、まあ、燃えてないんだけどね......
輝人、快、セルロアの三人が驚くさまを見やり、僕は少しばかり鼻が高くなる。いや、絶好調だった。
ところが、うちの女性陣は、それをへし折るのが生き甲斐なのだろう。
まさに、僕を奈落の底に叩き落とすが如く、こき下ろし始める。
「別に人型にくり抜く必要なんてないわよね」
くわっ......
「なあ、潜入なんだろ? こんな大穴を開けたら目立つんじゃないのか?」
かはっ......
「鍵だけ壊した方が良かったのでは? あっ、いえ、私が再生魔法で直しておきますね」
ぬおーーーーーー!
氷華が思いっきりサゲると、一凛が痛いところを突っ込んできた。愛菜に関しては、少しだけ気を使っているようで、潜入後に自分が直せば済む話だと笑顔を向けてきた。
ただ、今の僕にとっては、その可愛らしい笑顔が小悪魔に見えてしまう。
あぅ......とうとう愛菜まで......
「それで、教会の者と出会ったらどうするの?」
がっくりと肩を落とす僕に同情の眼差しをチラリと向けつつも、輝人はこれからの行動を気にする。
すると、僕の肩から飛び立った氷華が華麗に宙を舞う。
ねえ、その行動に何か意味があるの? さっさと話しを進めようよ。
僕の不満を他所に、散々と踊るかのように宙を舞って満足したのか、氷華は僕の頭に降り立ったかと思うと、自慢げに胸を張る。
「それなら私に任せてちょうだい。さあ、我が力に屈し、漆黒の闇に......こほんっ! 眠りなさい」
今、厨二魔法を使おうとしたよね? 間違いなく発作が出たよね? それに、やっぱり宙を舞う必要なんてなかったじゃん。だいたい、そのポーズは恥ずかしいからやめて欲しいんだけど......なんか、美少女戦士みたいじゃん。まあ、厨二病患者に何を言っても無駄かな......
思いっきり不満が膨れ上がる。きっと、僕の顔は呆れかえっているはずだ。だけど、氷華は全く気にしていないようだ。というか、わざとらしい咳ばらいでその場を誤魔化して魔法を唱えた。
そう、闇の精霊王ヘルラから力を授けてもらった氷華は、ある一つの魔法が使えるようになったのだ。
彼女曰く、なんびとたりとも自分の眠り魔法から逃れられる者などいないと豪語していた。
「くくくっ......我......漆黒......くくくっ」
「ん、こ、こほん! こ、これで、大丈夫なはずよ」
僕の肩の上で笑い転げる一凛を気にしながらも、氷華は見ていない振りをしながら魔法の完了を告げる。
正直言って、ここに僕等以外は誰も居ないので、魔法が掛かっているかは微妙だ。
だけど、恐らく問題ないだろう。だって、散々と氷華の実験台にされたのだ。そう、僕、輝人、快の三人が......
「じゃ、行きましょうか。一凛、いつまで笑ってるのよ!」
「くくくっ、わりいわりい! 久々にウケた」
「ふんっ! 愛菜、お願いね」
「はいっ! 氷華姉さん」
まあ、一凛の気持ちも分かるね。必死に病気を隠しているあたりが、更に笑いをそそるんだよね。
不機嫌な氷華から怒られる一凛に同情しつつ、僕は愛菜に続いて教会の中へと脚を進めるのだった。
愛菜の話では、輝人の妹――萌がいるのは、教会本部と呼ばれる巨大な建物の奥まった場所とのことだった。
輝人からは診療院に居ると聞かされていたことから、それを少しばかり疑問に思う。
ただ、愛菜の見た雰囲気では、監禁されているなどの問題はなさそうだった。
「ぐっすり寝てるみたいだね」
「当然でしょ! 誰が魔法を使ったと思ってるのよ」
「病人だろ? くくくっ」
「いーちーかーーーー!」
「わかったわかった! だから、そうムクれるなよ」
「ふんっ!」
ぐっすり眠る衛兵らしき男達を見やり、僕が感嘆の声を漏らすと、氷華は自慢げになる。
ただ、その様子が更に一凛の笑いを誘ったのだろう。彼女は容赦なくツッコミを入れた。
こうしていつもの口喧嘩が始まったのだけど、最終的には氷華が不貞腐れて終了した。
「でも、油断は禁物よ」
不満な表情を見せながらも、氷華は僕等に警告する。
それは、散々と実験台になった僕等の間では周知の事実だ。
彼女が放つ眠りの魔法は、誰をも眠りの世界へと誘い込むのだけど、強い意志で跳ね返すことができるし、対象者が何かに集中していると効果を発揮しない場合が多いのだ。
それでも、夜も遅いということが功を奏したのか、今のところ、誰一人として起きてる者は居なかった。
「ここです。ここが萌さんの居る部屋です」
静まり返る教会の中を、息を殺しながら暫く進んだところで、僕と一緒に先頭を歩いていた愛菜が、一つの扉の前で脚を止めた。
「萌! ボクだ。お兄ちゃんだよ。迎えに来たよ!」
愛菜の言葉を聞いた途端、それまで落ち着いた様子を見せていた輝人が、急に焦りを見せつつ扉を開けようとした。
その雰囲気からすると、これまで必死に堪えていた不安が爆発したかのような感じだ。
こんなに落ち着かない輝人さんを見たのは初めてだ。きっと、我慢してたんだろうね......まあ、病の妹だし、当然かな。
輝人の心情を慮り、少しばかり同情してしまう。
しかし、輝人は周りなど気にならないのだろう。僕等には目を向けることなく扉を引き開けようとする。
ところが、扉に鍵が掛かっているのか、輝人の意に反して開かれることはなかった。
「えっ!? 開かない......鍵が掛かってるのか? なんで?」
輝人の驚きも当然だと思う。中に居るのは病人一人であり、話によると動くことすらできないはずなのだ。それなのに鍵が掛かっているということは、良い意味で受け止めれば安全確保であるのだけど、別の意味では軟禁ともいえるからだ。
「ちくしょう! 風漸剣!」
不安と苛立ちに襲われたんだと思う。いつもは冷静な輝人が闇雲に魔法を放った。いや、動揺しているように見えても、彼の魔法は見事に扉だけを粉々に切り裂く。
「ふへ~! やるな~輝人! てか、うっ......なんだこの臭い」
微塵に砕けた扉を見やり、快が称賛の声を漏らすのだけど、部屋から漏れ出てきた臭いに顔を顰めた。
なにこれ......酷い悪臭なんだけど......
快に続き、僕も堪らず顔を顰め、口と鼻を手で覆う。しかし、輝人は焦りの所為か、臭いなど全く気にならないようだ。
「萌! 大丈夫!? お兄ちゃんが......って、返事なんてできるわけないよね」
勢いよく部屋に突入したかと思うと、直ぐに力なく肩を落とした。
そう、萌の病気は五感を失う正体不明の難病であり、一人で歩くこともできなければ、誰かと会話をすることすらできないのだ。
それこそ、ただただ植物がそこにあるかのように生きているのだ。
勿論、食事も流動食を流し込まれるだけであり、植物人間と変わらない状態なのだ。
「それにしても、これは酷いわ」
「ここの奴等、ちゃんと面倒みてないんだろ!?」
「ううっ......遠見は、所詮、遠見なんですね......こんなに酷いことになってるなんて......いえ、私が――」
部屋は糞尿の臭いが立ち込め、萌の衣服はいったい何時から着替えていないのか分からないほどに汚れていた。
その光景を目の当たりにして、氷華と一凛が顔を顰め、愛菜は今にも泣きだしそうな顔で萌の側に近寄る。
「元の状態に戻って! お願い!」
彼女が杖を両手で握り、懇願するかのように祈りを捧げると、萌が横たわる薄汚れたベッドが、みるみるうちに真新しい姿に変貌する。
更には、萌の服も新品であるかのように綺麗になり、部屋に漂う顔を顰めんばかりの悪臭も、まるで空気清浄機で掻き消したかのように新鮮な空気に変わった。
「えっ!? 何ですか、この魔法! あ、あなた方は人間ではないのですか?」
まるで何もかもを生き返らせるかのような愛菜の魔法を目の当たりにして、セルロアが驚きつつも不審だと言わんばりの視線を向けてきた。
すると、快がオレの出番が来たと言わんばかりに一歩前に出ると、ただのノリで誤魔化す。
「何言ってんだ! こちとら勇者だぜ。こんぐらいはお茶の子さいさいだ」
ん~、こういう役目は、快さんに打って付けかも......
「あっ!? なるほど。さすがは勇者様」
まあ、勇者なんて願い下げだけど、無意味に混乱させるのも良くないし、ここは辛抱しとこうか。てか、愛菜の顔色が優れないんだけど、どうしたんだろう?
「愛菜、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「黒鵜さん......うっ......うわ~~~~~ん」
「ぐほっ!」
突如として、俯いていた愛菜が、僕の胸に飛び込んでくる。
ただ、両手で杖を持っていた所為で、その先端に取り付けられた宝玉が、僕の鳩尾にめり込んだ。
「ごほっ! けほっ、けほっ、けほっ!」
「あっ、あっ、あああ、ごめんなさい」
「くくくっ......」
僕は腹を抱えて笑っている一凛をキッと睨みつける。しかし、直ぐに謝る愛菜へと意識を戻した。
「大丈夫、僕は大丈夫だよ。それよりも、いったいどうしたの?」
「うっ......ひっく......魔法の効果がなくて......私じゃ、私の魔法じゃ、ダメなんです。うわ~~~~ん。私なんて、ほんとに無力なんです......なんとかしてあげたいのに......」
腕の中で泣きじゃくる愛菜の頭を優しく撫でながら、僕は視線を横たわる萌へと向ける。
愛菜の魔法で、ベッドは心地よい木の香りを漂わせ、ベッドマットや萌に掛けられたシーツは新品同様となり、彼女が身につけている衣服もおろし立てのようになっている。しかし、その何もかもが真新しくなった世界の中で、横たわる萌だけが何も変わっていない。
虚ろな眼、半開きとなった小さな口、感情の宿らない表情。どれも病が治っていないことの証のようだった。
そう、愛菜の魔法は、萌以外を見事に再生した。ただ、それは彼女の求めるものではないのだ。
「何を言ってるの。愛菜は凄いよ? 僕にはどれ一つとして出来ないことばかりだよ。うん。僕には彼女を見つけることすらできないんだよ? さあ、諦めずにがんばろ?」
「そうだよ、愛菜ちゃん。こんなに綺麗になって、萌も間違いなく喜んでるよ。ありがとう」
僕が泣き崩れる愛菜を励ますと、隣にやってきた輝人が、瞳に涙を溜めつつも笑顔で感謝の言葉を口にした。
しかし、自分の力が及ばないことを申し訳なく感じているのか、愛菜は涙をポタポタと零しながら頭を下げる。
「て、輝人さん......ごめんなさい。私にもっと力が――」
「ううん。黒鵜くんの言う通りさ。まだ、時間はあるんだよ」
「さあ、まずは萌ちゃんを連れて脱出しようか。彼女の治療はそのあとにゆっくりとやろう。ああ、王様と王子も助け出さなきゃね。まだまだこの先も愛菜の力が必要なんだよ?」
「は、はい。ありがとうございます。私、諦めません。頑張ります」
僕と輝人の励ましに、愛菜は元気を取り戻す。そして、直ぐに何かを思いついたみたいだ。
「あっ! もしかして、黒鵜さんの――」
「愛菜!」
「あぅ......」
彼女は自分の考えを告げようとしたのだけど、直ぐに氷華が厳しい声色で遮った。
ん? どうしたのか? 愛菜は何を言おうとしたんだろ? てか、氷華は何が不満なの? ん~、全然わかんないや......
しょんぼりとする愛菜と眦を吊り上げる氷華を交互に見やって首を傾げていると、すぐさまセルロアが急かしてくる。
「あの~、王と王子を......」
「ああ、ごめん。輝人さん、萌ちゃんは――」
「うん。ボクが連れて行くよ」
輝人は当然だと言わんばかりに萌をおんぶする。
それを何気なしに見ていた僕は、おんぶされた萌がどこか嬉しそうに微笑んでいるように感じるのだった。
愛菜の遠見と氷華の眠り魔法のお陰で、僕等は目的をいとも容易く達成させていく。
萌を連れ出した僕等は、教会の地下深くに降りた。
そこには、牢獄とも言えそうな部屋に閉じ込められた王様がいた。
「ぐふっ......こほっ、こほっ......其方たちは......おおセルロアか!」
「はい。ゼロファス様、ご無事ですか」
僕等が扉を開けると、横たわっていた王様が訝しげな視線を向けてきた。
しかし、セルロアの姿を目にすると、すぐさま驚きと歓喜の表情を見せた。
ご無事ですかって、とてもそうは見えないんだけど......まあ、いいか。取り合えず、邪魔なものを取り除こう。
他に掛ける言葉があるんじゃないかと思ったりするのだけど、僕は手と足に枷を填められた王様を見やり、直ぐにやるべきことに取り掛かる。
「ああ、王様、動かないでね」
「ん? 何をするつもりなのだ?」
「枷が邪魔だろうと思って」
「おお、そうか。かたじけない」
「風刃!」
眉をひそめた王様は、僕の説明を聞いて直ぐに笑顔を見せた。ただ、その顔はやつれ過ぎていて、とても嬉しそうには見えない。
こりゃ、かなり酷い仕打ちを受けてきたんだろうね。この状態を見たら、とても王様になんて見えないよ......
感謝の言葉を口にする王様の姿があまりにも哀れで、見ている方が辛くなってくる。
「おお、なんという魔法だ。こんな魔法が人の力で可能なのか? まさに文献に出てくる大賢者アトムのようじゃ」
「はぁ? 大賢者アトム?」
「キタコレ! あははははは」
大賢者の名前を聞いて僕が呆気にとられると、完全にツボにハマったのであろう一凛が発した笑い声が静寂を破る。
「しっ、静かにしなさい! 一凛!」
「ん? なに言ってんだよ。誰にも聞こえね~よ! 仲間以外にはな!」
騒がしい一凛を窘める氷華なのだけど、よくよく考えると彼女の言う通りだ。
自分に聞こえるからついつい忘れてしまうのだけど、精霊である氷華と一凛の声が静寂を破ることはない。
「うっ! こほんっ! 愛菜、王様に治癒を」
「あっ、は、はい!」
僕と同じように勘違いしていたのか、氷華はバツが悪そうに咳ばらいをすると、直ぐに次の行動を指示した。
すると、愛菜が慌てた様子で王様に魔法をかける。
「さあ、元に戻ってください」
「うおっ、なんじゃ、これは......身体の痛みが消えていくぞ。治癒魔法か! す、素晴らしい。これほどの治癒魔法など見たことがないぞ」
愛菜の再生魔法が、その威力を発揮したのだろう。王様は信じられないといった表情で自分の身体を確かめる。
しかし、直ぐに別のことが気になったのか、はっと頭をあげた。
「セルロア、今、この国はどうなっておる?」
「それが......クルト様が王位に就いて、他国に攻め入っております」
「なんたることを......」
セルロアの返事を聞いた王様は、顔を顰めて考え込む。
しかし、今はそんなことをやってる場合ではないのだ。
「あの~、王様、今はここから脱出する方が先ですよね?」
「おお、そうだ、そうであった。すまぬ」
「いえ、これから王子も助け出しに行きます」
「なんだと、カルファロまで捕まっておるのか。くっ、この腐れ教会、必ず潰してやろうぞ」
僕が王子を救うことを口にすると、王様は薄汚れた床を踏みつけながら罵声を吐き散らす。
「まあまあ、それは僕も賛成ですが、とにかく先を急ぎましょう」
「あいわかった」
怒り狂う王様を宥めつつ、このあと王子も救出して、僕等はまんまと教会から逃げ出すのだった。