61 予定変更?
正直言って酷い一夜だった。
テルテル坊主を助けることになった僕は、集まってくる衛兵に爆裂の魔法を叩き込もうとしたのだけど、それを輝人から止められ、仕方なく炎の壁を作り出した。
輝人からすれば、衛兵に罪はないと言いたいのだろう。まあ、実際のところは事情を確かめてみないと何とも言えない。
ただ、そんな余裕もない僕等は、衛兵が炎の壁に驚いている間に逃亡したのだ。
勿論、誰も怪我などしていないはずだ。ああ、自分から炎の壁に飛び込めば別だけど、それは自業自得というものだろう。
それはいい。逃亡は良いのだけど......どういう訳か、僕がテルテル坊主を背中におぶって逃げまわったのだ。
当然ながら、その流れに不満を感じている僕は黙っていられるはずもなく、すぐさま抗議の声をあげた。
ただ、その疑問を口にすると――
「だって、黒鵜くんは魔法使いだから、負ぶってても戦えるよね?」
「お前が一番力があるじゃん。まあ、身体強化を使えばだが」
――なんて、輝人と快の二人から返された。
そんな訳で、僕はテルテル坊主を背負って街の中を逃げ回ったのだった。
一旦、街を離れてワゴン車に戻ることも考えたのだけど、寝たきりの夏乃子が居ることを考慮して諦めたのだ。
というのも、もしテルテル坊主が問題のある人物だった時のことを考えたからだ。
「なんとかやり過ごしたみたいだね」
酷く汚れ、あちこちにひび割れが入っている窓ガラスから外を覗いていた輝人が、肩を力を抜きながらホッと安堵の息を吐いた。
「それならいいんだけど」
「しつこいってんだよ。あの衛兵ども。にしても、きったね~部屋だな~」
輝人の言葉に僕が頷いて見せると、快が罵声を吐きながら部屋の中を見回した。
彼の言う通り、ここ――無人の家の中は、降り積もる雪のように、ありとあらゆる物にほこりが被っている。
そう、いつまでも逃げ回るのにも限界を感じた僕等は、まるでお化け屋敷のように佇む真っ暗な家の中に逃げ込んだのだ。
「愛菜、テルテル坊主の方はどう? 怪我を治し終えたら、悪いけど置いていくよ?」
「はい。怪我はもう少しで治ると思います」
愛菜はこのお化け屋敷に入った途端に治療を始めた。
ただ、僕等にも色々とやるべきことがあるのだ。いつまでのテルテル坊主に構ってはいられない。
どうやら、頷く愛菜も深入りすべきではないと理解しているようだ。
なにしろ、衛兵に追われている者なのだ。もしかすると犯罪者かもしれない。いや、犯罪者である可能性の方が高いだろう。
まあ、殺戮の大罪人である僕が他人を犯罪者だと言うのもおかしな話だけど、少なからず僕には僕のポリシーがあってやったことだ。だから犯罪者と言われようとも後悔しない。
「さて、これからどうするの? 萌ちゃんがいる聖教会の診療院は、ここから遠いのかしら」
「うぐっ......」
追ってが来ないことに安堵したのか、氷華がこれからについて触れた。
ところが、輝人は渋い表情をつくると、呻き声を残して俯いた。
その心は、僕にでも簡単に察することができる。そう、間違いなく道が分からないというオチだろう。
氷華もそれを悟ったのか、溜息交じりに肩を竦める。
「はぁ~、ということは、それも愛菜待ちね」
彼女が言う通り、道が分からないとなれば、愛菜の遠見の力に頼るしかないのだ。
ただ、僕としては気になることがある。というのも、夜中に輝人の妹である萌を連れ出す予定だったのだけど、外はすっかり明るくなっているのだ。
「あのさ、このまま夜まで待機なのかな?」
「確かに、作戦だとそうなるよね?」
「この状況じゃ、迂闊に出歩けね~しな~」
僕の疑問に、輝人と快が渋い表情で頷く。
そう、テルテル坊主のお陰で、予定が大狂いとなってしまったのだ。
ところが、氷華はそう感じなかったようだ。
「どのみち、色々と情報を集めたかったし、いいんじゃない? 二人はここで留守番してちょうだいね」
二人というのは、当然ながら輝人と快だろう。
「えっ!? なんで?」
「マジかよ! ズルいぞ!」
お留守番を言い使った輝人と快が不満の声をあげるのだけど、氷華は涼しい顔で却下する。
「だって、勇者様は面が割れてる可能性があるわ。私達だけで街を探索してきた方が得策でしょ? それとも、また追いかけっこをするの?」
「あぅ......」
「ふぐっ......いや、へ、へんそう......そうだ。変装すれば問題ないだろ?」
「ええ、問題ないですよ? でも、その変装の道具や衣類は? まさか、輝人さんと快さんで変形合体できるのかしら? というか、もしできたら、変形というよりも変態よね」
押し黙る輝人とは違い、快は必死に食い下がるのだけど、氷華からバッサリと切って捨てられた。
途端に、快はゲンナリと項垂れる。よほど留守番が嫌なのだろう。
そんな快は直ぐにコソコソと僕の側へと寄ってくる。
「お前、よくこの娘と一緒に居られるな。オレだったら即行で逃げ出すぞ?」
ちょ、ちょ~、やめてよ。氷華に聞こえたら僕が殺されちゃうんだよ? というか、思いっきり聞こえてるみたいだね......ああ、だから、僕を睨まないでよ......
快の命知らずな発言が、氷華の耳に届いてしまったみたいだ。なぜか、絶対零度の眼差しが僕に向けられる。
「あら? それってどういうことかしら? ねえ、黒鵜君。まさか、頷いたりしないわよね?」
「も、もももも、もちろんだよ。こ、こ、これまでずっと一緒にやってきた仲間じゃないか」
「くくくっ」
「一凛、何がおかしいのよ!」
「いや、なんでもない。くくくっ」
焦って弁解する僕の肩の上では、一凛が腹を抱えて笑い始める。
それが気に入らなかったのだろう。氷華が更に眦を吊り上げた。
ちょ、ちょ~、みんな、僕を巻き込むのはやめてくれないか!
「あっ、目を覚ましました」
快と一凛の所為で、まるで僕が悪いかのように氷華から睨まれ、心中で悲痛な叫びをあげていると、テルテル坊主の治療をしていた愛菜が声をあげた。
どうやら、テルテル坊主の意識が戻ったみたいだ。というか、僕は慌てて愛菜を背中に庇う。
だって、相手は全く知らない人であり、殺人鬼である可能性すらあるのだ。
しかし、僕の行動は取り越し苦労だったみたいだ。
「こ、ここは? あっ、あ、ありがとうございます。危ないところ助けて頂いて、本当に感謝してます」
薄暗い屋敷の中で目覚めた所為か、少しばかり混乱しているみたいだ。でも、直ぐに状況を理解したのか、はたまた、助けてもらったことを思い出したのか、テルテル坊主はフードをとって頭を下げた。
その行動でテルテル坊主の中身が露わになったのだけど、僕はその姿に驚かされる。
「えっ!? 女性? 全然、背中に......」
そう、胸の感触がなかったのだ。そのこともあって、僕は男だと思い込んでいた。
「黒鵜さん......おぶっていたのに分かりませんでしたか?」
僕が驚きの声をあげると、愛菜が残念だと言わんばかりの眼差しを向けてきた。
理由は分からないのだけど、きっと胸がキーワードなのだろう。
だって、愛菜の胸は......お察しだもの......
てかさ、とうとう愛菜までが、僕にこんな視線を......
これまでどんな時でも慕ってきた可愛い愛菜から、冷たい視線を向けられて落ち込んでいると、フードをとったテルテル坊主――金髪の女性が輝人を見て驚きを露わにした。
「勇者様。どうしてこんなところに」
一発でバレたよ? どんだけ知名度が高いのさ。
テルテル女の言葉を聞いた誰もが、呆れた様子で慌てる輝人に視線を向ける。しかし、テルテル女は何を考えたのか、勇者を見た驚きを収めると、即座に土下座したのだった。
土下座......もしかして、これも勇者――転移者が教えた技なのかな?
「勇者様、お願いします。王を、いえ、この国を助けてください」
どうでもよい感想を抱く僕を他所に、テルテル女は瞳を輝かしながら己が願いを口にするのだった。
再びやってきた闇夜は、またまたちっとも暗闇じゃなかった。
この世界の人族達は、灯りという文明の利器を手に入れ、完全に狂ってしまったようだ。
どの家にも煌々とした明かりが灯り、盛り場では男達が酒を酌み交わしている。
文明が与えた影響がその程度で終わるのなら万々歳と言えるのだろうけど、僕の知る歴史はそんなに温くない。
次々に発明が起こり、それによって争いが起こるだろう。
現在の僕は、まさに、人間が争いを始めると予言したゼウスの気分だ。
「こっちです」
賑やかな酒場や明るい家々を眺めている僕の耳に、テルテル女ことセルロアの声が届く。
夜が来るまで幽霊屋敷風の空き家で時間をやり過ごした僕等は、輝人の妹――萌を助けるべく人目を避けつつ街の中を歩いている。
そう、街の造りを知っているセルロアが、萌の居る教会の診療院へと案内してくれているのだ。
ただ、この案内はとても高くついた。
なにしろ、彼女の願いを聞き入れる羽目になってしまったからだ。
「それにしても、聖教会が裏で糸を引いていたとはね。おまけに、ボク達が面会した王が操り人形とは......」
「でも、納得できる話だぜ。だって、あの嘘つき女は司祭だしな」
輝人と快の二人は、いまだに腹の虫がおさまらないのか、セルロアから聞かれた話を口にしている。
というのも、大陸制覇の目論見は国王の欲望ではなく、教会の企みという話を聞かされたからだ。
セルロアの話によると、現在の国王は王弟であり、前国王は病で療養しているという。いや、その療養というのも表向きの話であり、実は王太子ともども軟禁されているらしい。
実際、勇者の管理は教会が行っているため、よほどのことがなければ王城に出向くことのなかった輝人達は、王が代わっていることすら知らなかったのだ。
「それはそうと、どうやって王様と王太子を助けるかだね。確か、教会本部のどこかに幽閉されてるんだよね?」
「はい。情報を得るために忍び込んだのですが、結局は奴らに見つかってしまって......」
昨夜のことを思い出しているのか、セルロアは顔を顰めながら頷く。
さて、困ったな~。輝人は彼女の願いを何とかしてあげたいみたいだけど、どこに捕らわれているのかも分からないし......
そもそも、僕としても彼女の願いを聞き入れることに反対ではない。だけど、現状からするとかなり困難だと思えた。
でも、そこで頷いたのは、なんと僕の肩に乗る氷華だった。彼女が何を考えて頷いたのかは分からないのだけど、僕の頭では助け出す方法すら思いつかない。だから、丸投げだと知りつつも僕は己が右肩に視線を向ける。
「どうするの、氷華」
「取り敢えずは、萌ちゃんを救いましょ。それが先決よ」
「まあ、そうだよね」
「あそこです。あれが教会本部です」
氷華の意見に頷いていると、僕等を案内していたセルロアが足を止め、教会の場所を指さす。
ああ、氷華と一凛はセルロアに正体を見せていないので、間違いなく僕は変人だと思われているだろう。
ふむ。異世界でも教会のイメージは変わんないんだね。十字架はないけど、僕の知ってる教会と同じ造りだね。
地球と異世界の教会が似た雰囲気を持つことに違和感を抱いていると、氷華が作戦の内容を放し始める。というか、彼女は勝ち誇ったかのように胸を張っている。
「まずは、愛菜が教会の中を探るわ。恐らく、それで萌ちゃんの居場所だけじゃなく、王様や王太子の場所も分かると思うわ」
ぐあっ、そうだった。僕って、本当に間抜けだ......
遠見の魔法を持つ愛菜なら、離れた場所から教会の内部を探るなんて朝飯前なのだ。オマケに杖も借りたままだし、間違いなく見つけられるだろう。ただ、その方法を思いつかなかった僕は、自分の愚かさに項垂れてしまう。
地縛霊になりつつある僕を他所に、自慢げだった氷華は一転して渋い表情を見せた。
「問題は見つけるのはいいんだけど、どうやって助け出して、どこに逃げるかよね。だって、どこまでがグルなのか分からないし」
「えっ!? 何言ってるの、氷華。そんなの、みんなで魔国に逃げればいいんじゃん」
僕にとっては当たり前のことに感じるのだけど、彼女にとっては違うようだ。まるで、なにもかもを吐き出すかのような溜息を零す。
「はぁ~、それだと、イリルーアのと約束が守れないでしょ? 王様には復権してもらうわよ」
ああ、なるほど、氷華は元の王様を戻すことで戦いを止めさせようと考えてるんだね。
それで、セルロアの頼みに頷いたのか......でも、それなら......
「だったら、王城に逃げこめばいいんじゃない?」
「もうっ! 黒鵜君はもう少し頭を使ってほしいわ」
「ふぐっ......」
「王城に戻っても連れ戻されたり、殺される可能性があるわ。だって、王弟と結託しているのよ?」
そうか......そうなると、戻ってワシが王様だ。ガハハハハハって訳にはいかないよね......
「あの~、何を悩んでいるのでしょうか?」
悩む氷華と納得しつつも解決策の見出せない僕に向けて、セルロアが訝しげな視線を向けてきた。
まあ、当然と言えば当然だろう。なにしろ、彼女には氷華の声が届いていないのだから。
「ああ、王様と王太子を助けてどこに逃げこもうかって話だよ」
「ああ、それなら私の実家に、そこなら間違いなく安全です」
変質者を見るような眼差しを向けてくるセルロアに要点だけを伝えると、即座に自分の家にと答えてきた。
そう、彼女はこの国の貴族であり、彼女自身は近衛として勤務している。そして、国王の側近として仕えていたのだ。
そして、突如として病という名目で国王のみならず王太子までもが、教会の診療院へと連れていかれたことを怪しく感じていたという。
「そう。じゃ、その言葉に甘えようかしら」
「じゃ、それでお願いします」
「はい。大丈夫です」
氷華の返事を仲介して僕が頭を下げると、セルロアは真剣な面持ちで頷いた。
ところが、短い金色の髪を揺らせて元気に答えるセルロアを見やり、氷華は怪訝な視線を向けていた。
そんな氷華の視線が僕を不安にさせる。少なくとも半年以上は一緒に居るのだ。彼女が面白くないと感じている表情は分かるつもりだ。
なにが気に入らないんだろう。なんか納得していないよね。
「えっと、萌ちゃんを見つけました。恐らく、間違いないと思います。これから王様と王太子を探します」
「えっ!?」
「さすがね。私の妹だけはあるわ」
「まあ、当然だな。うちの妹なんだから」
「あはっ! ありがとうございます」
妹? なんのこと? いつから姉妹になったのかな? 愛菜も素直に受け止めてるし......てか、氷華、一凛、愛菜、三人ともなんか変だよ? やっぱり、僕の血の所為なのかな......
驚くセルロアを他所に、氷華と一凛の二人が、あっという間に萌を見つけた愛菜を褒め称えるのだけど、僕としては、そんな三人の態度が気になって仕方ない。
しかし、それについて尋ねても、きっと何も教えてくれないだろう。それを理解している僕は、そのことを棚上げして本題に移る。
「王様を助けたとして、どうやって復権させるの? 教会がそう簡単に諦めるとは思えないんだけど」
「問題はそこだよね」
僕の言葉に、輝人がコクコクと頷く。だって、そんなことは誰でも分かることだ。
すると、氷華がニヤリと意味ありげな笑顔を見せる。
ぐあっ、この顔は......とんでもないこと企んでるぞ。
「教会を潰すわ。宗教が悪いとは言わないけど、そもそも、宗教が国政に介入するのが間違いよ」
氷華が頷きつつ尤もらしい話をすると、透かさず一凛がそれに食いついた。
「ふむ。それは一理あるが、どうやって潰すんだ? それができりゃ苦労しないだろ?」
「そうだぜ。さすがに、それは無理があるだろ!?」
理想論と現実論のギャップを指摘する一凛に、快も首を横に振りながら同調する。
ところが、氷華はひょうひょうとした顔で告げる。
「何言ってるの? 潰すのは黒鵜君の仕事じゃない」
「ちょ、ちょ~~! それはいくら何でもあんまりだよね? 教会の建物を壊せば終わりって訳じゃないんだし......」
「あら? 壊せばいいじゃない。教会に関わる何もかもを」
ぐあっ! マジで言ってるんだ......
真剣な顔で返してくる氷華を見やり、僕はドン引きしてしまう。
だって、彼女は本気で聖教の何もかもを破壊しろと言っているのだ。
勿論、それには聖教幹部の抹殺も含んでいるはずだ。
恐ろしい女だ......てか、以前はもっと優しかったように思うんだけど......やはり、僕の血か......僕の血がみんなを狂わせているのか......僕の血って、いったいどうなってるのかな?
「見つけました。地下の牢屋に監禁されています。でも、かなり衰弱してるようです。特に、王様の方がぐったりしてます」
己に流れる血について考えていると、愛菜が王様と王太子の場所を突き止めた。閉ざしていた瞼をあげると、自分の目にした光景を伝えてきた。
「よしっ! それじゃ、行こうか。正面からぶっ潰しながらいけばいいんだよね?」
「何を言ってるのよ! ぶっ壊すのは後の話よ。今はこっそり連れ出すの」
「えっ!? さっきと話が違うくない?」
「あのね。弱った人達を三人も連れて逃げるのよ? 見つからないようにした方がいいに決まってるわ。ぶっ壊すのは後日よ」
あうっ......完全に勘違いしてたよ。確かに氷華の言う通りだね。はぁ~、またやっちゃったよ......
景気よく出発の声をあげたのだけど、氷華から窘められた僕は、肩を落としたまま足を進める。
そんな僕の姿を見た輝人と快は、まさにご愁傷様と言わんばかりの表情で両手を合わせるのだった。