58 予想外の決着
地面に額を突けて人族を救おうとする輝人を見て、僕は心から彼の純粋さに感心する。
だけど、だからといって僕の決意は変わらない。
しかし、残った兵を葬るつもりで魔法を放とうとした僕を他所に、怒りを露わにしたトリニシャが叫ぶ。
「完全に悪魔化したようですね。あれは悪魔憑きです。倒すべき敵です。聖器返還!」
輝人に反発されたトリニシャは、怒りの眼差しを向けたかと思うと、冷たい声で彼を悪魔認定をすると共に何かのワードを唱えた。
その途端に、輝人が地面に突き立てていた大剣が消える。どうやら、彼女が口にしたのは武器を返還させるワードだったようだ。
ん? このタイミングで仲違いなの? てか、これって、僕にとっては好都合なのかな?
できれば輝人を殺したくないと考えていた僕にとって、この状況はまさに望むところだと言える。
「くっ......もう用無しってことみたいだね」
「この者を討ちなさい。悪魔に冒されています」
事態を察した輝人が苦笑いを見せると、トリニシャが即座に彼を討つように命ずる。
だけど、直ぐに優里奈が輝人の前に立ち塞がる。
「何を血迷ってるの? 輝人を討つなんて、私が許しません」
「こりゃ、悪魔の言ってることの方が本当みたいだな。ああ、悪魔じゃなくて死神だっけ」
杖を構えて立ち塞がる優里奈の隣に、槍を持った快が現れた。しかし、残る一人――夏乃子は想像もしない行動に出た。
「な、何をしてるのよ、二人とも。どうして悪魔憑きを庇うの? ねえ、快、どうして!?」
弓を構えたままの夏乃子は、輝人の前に立ち塞がった優里奈と快の行動が理解できなかったのだろう。いや、彼女は完全に洗脳されているのかもしれない。なにしろ、トリニシャの声に反応して自分の仲間だった輝人を討とうとしているのだ。どう考えても異常だと思える。
「おいおい、なに血迷ってんだ、夏乃子! 冗談もほどほどにしろよ」
「だめ! 夏乃子、目を覚まして」
「二人ともそこをどいて、悪魔憑きを葬るわ」
必死に制止する快と優里奈だったのだけど、夏乃子の目には輝人の姿が倒すべき敵にしか見えていないみたいだ。全く動揺する素振りすらない。
「ちっ、こうなったら......少し痛いが、我慢しろよ」
「聖器返還!」
不可解な行動を執る夏乃子を強引にでも止めようと考えたのだろう。快が実力行使に出ようとした途端だった。トリニシャが再びワードを唱える。
すると、快の手から歪な形をした槍が姿を消し、優里奈が両手で握っていた杖も綺麗さっぱり消えてしまった。
「くっ......オレ達まで悪魔憑き扱いかよ」
「どうやら、騙されていたのは本当みたいね」
「さあ、この悪魔憑き達を葬るのです」
歯噛みする快と優里奈を他所に、トリニシャは聖器と呼ばれた武具を取り上げ、無手となった三人に向けて指を突きつけた。
ただ、僕からすれば、ちゃんちゃら可笑しい話だ。だって、彼等は僕の手のひらに居るのと同じなのだ。生きるも死ぬも僕しだいということを忘れているみたいだ。
「ねえ、嘘つき女さん、あんた頭が悪くない? 輝人達を始末する前に、自分が死ぬとは思わなかったの?」
「ひうっ、くっ、出なさい。四聖人」
輝人の謀反に気が動転していたのか、トリニシャは僕の存在をすっかり忘れていたようだ。
僕が声をかけると、即座にその場から下がりつつ四聖人なる者を呼び出した。
すると、四人ではなく、二人の屈強な身体つきの男と一人の眼光鋭い女が現れた。ただ、気になるのは、その三人が先程まで輝人たちが持っていた武器を手にしていることだ。
「どうやら、とことんやる気みたいだね。それはそれで望むところさ。ああ、危ないから輝人さんは下がってて」
「あっ、黒鵜くん......しかし......夏乃子を......」
「うっ、いつの間に......てか、夏乃子は......」
「ひうっ。夏乃子を許してあげて! お願いします」
僕は身体強化を使って瞬時に輝人の側へと移動する。
すると、驚いた様子の輝人、快、優里奈の三人が四人目――夏乃子のことを口にする。
洗脳されているとはいえ、同じ日本から来た夏乃子のことを心配しているのだろう。
別に、助ける義理もないのだけど......というか、思いっきり矢をぶち込まれてるんで、少しばかりお仕置きしてやりたいのだけど、空気を読んで彼等に告げる。
「まあ、取り敢えず、痛い目には遭ってもらおうかな。僕に強烈な矢を二本もぶち込んだんだから」
僕の言葉を聞いた輝人達三人は、その心の狭さに辟易したのか、少しばかり冷たい視線を向けてくるのだった。
恰も自分は守られる存在だと言わんばかりにトリニシャが最後方へ下がると、黒い鎧を纏った兵士達が彼女の壁となった。
更にその前には、見るからに薄そうな革の鎧を纏った兵士が並んでいるのだけど、僕の魔法を目にした所為か、誰もがガタガタブルブルと震えているように見える。
そして、何重にも人壁で守られたトリニシャとは打って変わって、最前列に聖器と呼ばれる強力な武器を手にした二人の男と一人の女、それと並んで夏乃子が立っていた。
ん~、恐ろしく無駄だよね。僕が本気で魔法を放てば、全員が一瞬にして焼け死ぬんだけど......まあ、僕の魔法の威力を知らないのだろうし、仕方ないのだろうけど......ただ、あの女の人が邪魔でそういう訳にもいかないし......
「おいっ、頼むぞ。夏乃子を殺すなよ」
「お願いよ。夏乃子を助けて」
快と優里奈が縋りつかんばかりの勢いで、夏乃子を助けてほしいと懇願してくる。
しかし、輝人は二人ほど気にしていないようだ。
「大丈夫だよ。黒鵜くんは、味方には優しい人だからね」
どうやら輝人は僕の性格を読み切っているようだ。
「ちょっと、馴れ馴れしいわよ」
「そうだぜ。別に味方になるとか言ってね~し」
「なにこれ、ちょっと、かわいい~~~~~~!」
氷華と一凛が苦言を吐き出している。ただ、不満をぶちまけるために姿を現したのだろう。二人を見た優里奈が、緊迫した空気すら忘れてキャピキャピの声をあげている。
「ちょっ、ちょっと、こないでよ」
「気安く触るなよな」
「ねぇ、ねぇ、これはなに? 妖精? 妖精よね? きゃわいい~~~~」
「ちょっと、優里奈。今はそれどころじゃないよ」
「あう......ごめん」
必死に氷華と一凛を捕まえようとする優里奈が、輝人に諫められてしょんぼりと項垂れる。
というか、邪魔なのでさっさと後ろに下がって欲しい。
「ねえ、三人とも早く愛菜のところまで後退してよ。戦いの邪魔になるからさ」
「だけど、ボク達も何かの役に――」
「いや、立たないから。武器もなくなってしまって、ここに居ても邪魔なだけだよ? というか、あなた達が邪魔になって、あの夏乃子って女の人が死ぬことだって起こり得るよ?」
食い下がる輝人の言葉を僕が食い気味に否定すると、彼は少しばかり悔しそうにする。
「うぐっ......」
「輝人、ここは任せようぜ」
「そうよ。さあ、妖精さんも一緒にいきましょ」
渋る輝人が呻いていると、快と優里奈の二人が彼を宥める。というか、彼女は完全に氷華と一凛に意識が向いているようだ。
しかし、彼女の誘いは見事に切って捨てられる。
「私は下がりません。いつも黒鵜君と一緒だもの」
「うちもだぜ。あんた達だけで見物してな」
「あっ、妖精さん!」
氷華と一凛は憮然とした態度をとると、即座に僕の肩に舞い降りる。
振られた優里奈はとても悲しそうにしているのだけど、二人の姿が仮の姿だと知れば、どんな顔をするだろうか。
本当は彼女と然して変わらない齢の少女なのに......まあ、それはいいとして、奴らをどう料理するかな......
僕は思考をどうでもいいことから戦いに向け、ゆっくりと戦場へと足を踏み出す。そして、聖器と呼ばれた勇者の武具を手にした者達から十メートルくらいの距離で立ち止まる。
「お前が悪魔だな。なんと邪悪な姿だ。四聖人が一人、このボルアラが聖剣ディスカルラで討滅してみせよう」
見るからにごつい男が僕に蔑みの視線を向けると、大仰な振りを付けて大剣を構えた。
確かにパーカーはボロボロだし、人の血で赤黒く染まっているのだけど、邪悪なのとは違う気がする。というか、どう見ても大剣を構えるあんたの方が極悪そうだよね?
「まっこと悪辣な面構えだ。四聖人が一人、我――メルラトが神に代わって、この神槍エルランで消滅してくれよう」
長身痩躯ながらも力強そうな身体つきをした男が、槍をブンブンと振りまわした後に構えをとる。
まるで、カンフー映画でも見ているようなのだけど、僕の瞳が捉えた感じからすると、それほど脅威には思えない。
だってさ~、振り回している槍にハエが止まりそうなんだよね......というか、僕の顔が悪辣とかいい加減にしてよね。あんたの方がよっぽど醜いよ?
「本当に見るからに不浄な悪魔です。四聖人が一人、このテルシャルが天授の杖トリアットで浄化してみせます」
勝手に悪辣だと判断されて不満を感じていると、杖を持った鋭い面差しの女性が僕を浄化するとか言い始める。
全く以て失礼極まりない奴らなのだけど、どうせみんな始末してしまうのだからと考えれば、然して腹も立たない。
「この悪魔! 輝人や優里奈だけじゃ飽き足らず、快まで悪魔化させるなんて許せないわ。私が絶対に討滅するわ」
悪魔化ってなんなんだよ......君の方がよっぽど病に冒されてるよね?
弓弦に矢をかけて引き絞る夏乃子の言葉を聞いて、僕はほとほと呆れてしまう。ただ、魔法か何かで妄信させられているのだとしたら、それはそれで仕方ないのかもしれない。
まあ、それは置いておくとして、彼等彼女等は何か勘違いしているみたいだ。僕はちゃんと名乗りを上げたはずなのに、いつまでも悪魔悪魔と喧しい。
「あのさ、僕は悪魔じゃないって言ったよね? それとも人族って耳が悪いのかな? 僕は死神! し・に・が・み! 人族を冥府へと送る死の執行人さ」
「喧しい! 悪魔の言葉など、聞く耳もたんわ! 死ねーーーー!」
自分達だけ好き放題に宣って、僕にはしゃべるなと? 今のはかなりムカついたよ。
ムカつく僕を他所に、ボルアラと名乗った男は、大剣を構えたまま突撃してくる。
しかし、その身のこなしは輝人の足元にも及ばない。魔法を使うまでもなく刀で倒せそうなほどに鈍い動きだ。
でも、僕は刀を下ろしたまま左手を突きつける。
「ハエが止まるよ? 風刃!」
奴が大剣を上段に構えたところに風の魔法を叩き込む。
薄い緑色の刃は、振り上げた奴の両腕を易々と分断した。
なにしろ、銅像かと思うほどに鈍い。それこそやってくださいと言っているようなものだ。
「ぐあっ! う、腕が、オレの腕が......ぐおーーーーーー!」
「うるさいよ! 風刃!」
二発目の風刃で、両腕を失って呻き声をあげるボルアラの首を容赦なく斬り飛ばす。
「くそっ、この悪魔め! 魔法とは卑怯な!」
「あのさ、君ら何と戦うつもりだったのさ。悪魔や死神に卑怯もくそもないでしょうに......まあいいや、なら、これで――」
槍を突き出してくるメルラトに、僕は疾風となって襲い掛かる。
「ひうっ......」
そのノロマな突きは、快の放った攻撃と比べれば児戯にも等しい。
僕はハエの止まりそうな突きを易々と交わすと、右手に持つ刀で奴の首を斬り飛ばす。
さすがに、こうなると大口を叩く気概さえなくなってしまったのか、弓を構えた夏乃子と杖を持ったテルシャルが、顔を引き攣らせて固まっている。
ああ、勿論、首を切り飛ばされたメルラトは、大口どころか呻き声すら発することはない。
さあ、これであとは......杖の女性と嘘つき女だね。夏乃子とかいう人を始末すると、さすがに輝人が怒るだろうし、彼女は放置でっと......
そう、僕にとって、どの相手も大して変わりないのだ。だけど、あの嘘つき女だけは確実に葬る必要がある。というのも、奴が間違いなく元凶に関わっていると思えるからだ。
「取り敢えず、浮遊! っと」
「きゃっ! なに、なに! なによこれ!」
僕が浮遊の魔法で強引に夏乃子を退場させる。
彼女は自分に起きていることが理解できないのだろう。慌てた様子で足と手をバタバタさせているのだけど、それはサービスとなって返ってきた。
ああ、あんなに暴れたら、パンツが丸見えなんだけど......白か......いい趣味だね......おお~~、なかなかいい眺めだよ。
「ねえ、もしかして狙ってやってるのかしら?」
なにを考えて戦場にスカートで来ているのかはしらないけど、夏乃子が派手にお披露目しているパンツをありがたく眺めていると、右肩に座る氷華が冷たい声色で追及してきた。
その雰囲気からして、かなりご立腹の様子だ。
「い、いや、ぐ、偶然だよ。偶然! たまたま。そう、たまたま」
お叱りを恐れ、僕は慌てて弁解するのだけど、今度は左肩の一凛が優しげな声をかけてきた。
「な~んだ、パンツ見たいなら、うちに言えばいいのに」
「えっ!? マジ? 一凛、マジで?」
「マジなわけないでしょ! そうやって直ぐに食いつかないの! 恥ずかしい......一凛もいい加減にしなさいよ」
「くくくっ......あははははは」
どうやら、またまた一凛に騙されたようだ。即座に食いついたら、思いっきり氷華から怒られてしまった。
一凛に関しては琴線に触れたようで、僕の左肩で笑い転げている。
ダメダメ、彼女達のノリに流されたら喜劇になっちゃうよ......
僕は気を取り直して、夏乃子の居なくなった敵の集団に視線を向ける。
しかし、そのタイミングで後ろから快の声が聞こえてきた。
「黒鵜、グッジョブ!」
チラリと視線を向けると、快が僕に向けてサムズアップしている。
ただ、次の瞬間には、優里奈から頭を叩かれていた。
どうやら、夏乃子のパンツは好評だったようだ。輝人も優里奈に隠れてこっそりと親指を見せていた。
ふむ。やっぱり、男同士っていいかも......
勿論、僕に男色的な意味ではない。
長い間、男友達がいなかった僕にとって、久しぶりに分かり合える存在を見つけたような気がしたのだ。
「いつまでよそ見をしてるの? 敵が銃を構えてるわよ」
輝人と快を見て、少しばかり嬉しくなっていると、氷華が冷たい声で注意を喚起してきた。
「おっと、拙い拙い。気合いを入れ直さないと......いつもツメが甘くて失敗するんだった」
自分の悪い癖を思い出し、気合いを入れ直す。
その途端に、トリニシャを守るように壁を作っていた兵達が発砲してきた。
「仲間が一人残ってるってのに......ほんとに愚かだね。爆裂!」
一人でオロオロしているテルシャルを哀れに思いつつも、容赦なく爆裂の魔法を放つ。
地面が、人が、人の欠片が、武器が、何もかもが、爆発の勢いで飛び散る。
あとに残るのは、辛うじて助かった者の恐怖に引き攣った顔と苦痛に呻く声だけだ。
「ん? まだ嘘つき女は生きてるみたいだね。それじゃ、もう一発。爆――なにっ!」
油断したつもりはなかった。しかし、その弾丸に気付いたのは、既に魔法で対処不能な距離まで接近した時だった。
すぐさま回避するために身体強化を使って弾丸を避けようとするのだけど、なぜかその弾丸は僕を追ってくる。
ちっ、くそっ!
舌打ちしつつも急所に当たらないように身体を捻る。
次の瞬間、僕の右肩が爆発した。
「くっ! 氷華!」
右肩に大きな衝撃を受けた僕は、そこに乗っていたはずの氷華に声をかける。
すると、彼女は直ぐに無事だと告げてくる。
「私は大丈夫よ。それよりも黒鵜君、酷い怪我だわ!」
氷華の返事にホッと安堵した僕だったけど、自分の身体を見て驚いてしまう。
「くそっ、どんな攻撃だ? 黒鵜の右腕まで吹き飛んじまったぞ」
焦る一凛が口にした通り、見事に撃ち抜かれた右肩は深く抉れて無くなり、右腕までもが吹き飛んでいる。
そう、首の付け根から脇腹までがごっそりと持っていかれていた。
普通の人間なら即死でもおかしくない怪我だ。
くっ......意識がぶっ飛びそうだ......でも、ここで倒れたら最悪だよね......
あまりの苦痛に意識が飛びそうになるのだけど、僕は唇を噛みしめてそれを堪える。
「今です。この機を逃してはなりません」
僕が酷い怪我を負ったのを目の当たりにして、絶好のチャンスだと感じたのだろう。トリニシャが透かさず声をあげた。
だけど、僕の歩んできたピンチは、こんなものとは比べ物にならないのだ。これしきで負ける訳にはいかない。
「あ、甘いよ。これくらいじゃ死ねない......いや、僕は死なない。さあ、土に還ってもらおうか。焦土!」
激痛に堪えつつ、すぐさま敵の居る場所を火の海に変える。
なにしろ、どこに敵が潜んでいるか分からないのだ。下手に個別撃破するよりも纏めて焼き尽くした方が得策だろう。
村の建物や人が焼ける臭いが立ち込める。
それと同時に、悲鳴や助けを乞う声が聞こえてくる。
嫌な記憶を思い起こさせる光景だけど、僕はそれを考えないようにしながら敵の動きに注意を払う。
人の焼ける臭いに我慢しつつ、暫くの間、気を抜くことなく周囲を警戒していたのだけど、結局、僕の肩を吹き飛ばした攻撃が再び放たれることなかった。
どうやら全部片付いたみたいだね......もしかしたら、逃げた可能性もあるけど......でも、一旦は大丈夫そうだ。
「黒鵜さん! 大丈夫ですか!?」
反撃がないことに安堵していると、背後から悲痛な声が放たれた。それを耳にしてゆっくりと振り返る。
すると、そこには服を己が血で真っ赤に染めた愛菜が、今にも泣きだしそうな表情で近づいてくる姿が見えた。
愛菜は僕の身体を目の当たりにして顔を引き攣らせる。
ただ、その様子からして、彼女の怪我は完治しているようだ。
「く、黒鵜さん! 酷い怪我......」
「あっ、愛菜、ダメだよ。まだ出てきちゃ」
「でも、心配で心配で......」
いまだ敵が潜んでいる可能性もあるので、彼女を押し留めようとしたのだけど、宙を舞っている氷華が彼女に即した。
「だったら、早く黒鵜君の腕を拾ってくっ付けるのよ」
「あっ、は、はい」
元気よく頷いた愛菜は、転がる僕の腕を恐れることなく拾い上げると、嫌な顔一つせずに治療を始める。
僕はそれに構うことなく周囲の警戒を続けるのだけど、結局のところ、そのあとは誰一人として攻撃してくる者はおらず、この村での戦いは幕を閉じたのだった。