54 死神
赤き鮮血が噴水の如く宙に舞い上がる。
それが誰の血かなんて、気が遠くなるほどの痛みを感じている僕が一番よく知っている。
ここだけの話、献血すらしたことがないのに、粗末にも大切な血液を撒き散らしているのだ。
献血の話は置いておくとして、右肩、左腕、右足、なんとか急所は庇ったけど、派手に鮮血を撒き散らしながら、喚きたくなるほどの激痛を感じている。
しかし、口から漏れ出そうになる悲痛な叫びを堪えるために、ガシっと唇を噛みしめる。
それでも、あまりの苦痛に思わず呻き声が漏れてしまう。でも、口から鮮血が漏れ出ないだけマシだろう。
「うぐっ......」
痛い、痛い、痛い......痛いよ......身体がいうことを聞かない......でも、ここで泣き喚いても、何も始まらない......てか、この痛み、百倍にして返してやる。いや、一万倍で少ないくらいだ。
僕はいつからこんなに辛抱強くなったのだろうか。
画鋲を踏み抜いただけでも悲鳴をあげ、大袈裟に騒いでいた僕が、弾丸を身体にぶち込まれて歯を食いしばるなんて、自分でも信じられない行動だ。
昔の僕なら、泣き喚いて転がっていただろう。いや、そのまま意識を手放したに違いない。
ところが、今の僕はというと、自分に痛みを味合わせた者に対する怒りの方が勝っていた。そう、その比は、痛みがスライスハムだとすると、怒りがワイルドステーキ級だと言えるだろう。
そんな僕に向かって、「直ぐに治る癖に!」なんて言っていた割には、異様に顔を青くした氷華が心配そうに声をかけてきた。
「黒鵜君、大丈夫? あいつ、タダじゃおかないわ」
彼女は僕を心配してきたかと思えば、直ぐに眦を吊り上げて拳銃を撃ち放った者を睨みつける。
すると、氷点下の眼差しを敵に向ける氷華に続いて、拳を突き出した一凛が今にも襲い掛からんばかりの形相で罵声を吐き散らした。
「あんにゃろ! ぜって~、血祭りにしてやる」
当たっても平気だとか、他人事のようにサラリと口にしたはずなのに、珍しく本気で怒っているようだ。
どうやら二人ともツンデレも全開のようだ。というか、もう少しデレてくれないとツンデレにも満たないような気がするのだけど、考えれば考えるほど悲しくなるのでやめておこう。
それはそうと、とても残念なことに、二人が出張るまでもなく、僕に弾丸を食らわせた敵は急激に出血した所為か、ショック症状で地面に倒れて痙攣していた。
まあ、どちらにしろ、彼女達は暴れるほどの力を持っていないのだ。どれだけ毒を吐いても犬の遠吠えと同じである。
ただ、そんなことよりも、僕はとことん間抜けなようだ。今更ながらに思い知らされる。
「あれを食らって正気だと!? 化け物か! うおーーーー! 死ね! この化け物め!」
味方に足を撃ち抜かれた男が、僕に拳銃を突きつけたかと思うと、狂ったかのように何度も引き金を絞る。
途端に耳を叩くかのような発砲音が響き渡り、音の数だけ僕の身体に激痛が走る。というか、全弾命中とか、神は僕を見捨てたようだ。
気を抜いていたところに弾をぶち込まれた所為か、あまりの苦痛に耐えられなくなる。というか、体から力が抜けてしまい、己が意思に反して地面に膝を突いてしまう。
「ぐあっ、ぐふっ......く、くそっ......かはっ! くそっ! 神なんて嫌いだ!」
身体のあちこちから鮮血を撒き散らす僕は、居るかどうかも分からない神様を罵りつつ苦痛の呻き声を漏らす。すると、それを見た氷華や一凛の顔が青く染まり、どちらが血液不足なのか分からない状態となる。
「黒鵜君!」
「黒鵜!」
「黒鵜さん!」
さすがに僕がやられていると気づいたのだろう。後方から愛菜の声が聞こえてきた。
しかし、僕は振り向くことなく制止の声を放つ。
「く、くるな! 早く逃げろ! 僕なら平気だ。太陽に吠えろみたいな結末にはならないから」
正直、特異な身体を持つお陰で、怪我の方はたいして問題ないと思う。
だから、お涙頂戴の悲惨な結末を迎えることはないだろう。いや、ないと言ってくれ。
ただ、意識が飛びそうなほどの苦痛は悶絶級であり、彼女にかけた叫び声は、ハッキリ言って痩せ我慢や強がりの部類だった。
だけど、どうやら今度は僕のターンになるようだ。
「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! なんで弾が出ね~んだ!」
弾を撃ち尽くした男は、リボルバー拳銃の撃鉄をカチカチと鳴らしながら罵声をあげる。
興奮しているのか、それともパニックになっているのか、弾を込め直すことなく、壊れた機械のように引き金を絞り続けている。
勿論、弾丸が出ることもなければ、魔弾が放たれることもない。
ただただ、カチャカチャと撃鉄が空の薬莢を叩く音が響き渡るだけだ。
「くっはっ......いって! つ~~~~よし、じゃ、今度は僕の番だね」
なぜか安心感を覚える敵の罵声と弾の出ない拳銃の音を聞きながら、気を緩めたら涙が零れ落ちそうなほどに痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がる。そして、痛みに顔を顰めつつ放っていた刀を手に取る。
ただ、その拍子に、右肩から体の中にぶち込まれていたはずの弾丸が零れ落ちた。
それに続いて、右足、左腕、両方から弾丸がポロリと落ちる。
当然ながら、穴の開いた服はそのままだ。
この服の穴って、再生で直るのかな? あとで愛菜に頼んでみよう。というか、僕の身体ってどんどん漫画チックになってくるな......
「あらっ、体が治る段階で異物を押し出すのね。というか、もう完全に人間の範疇から外れてるわね」
「黒鵜、やっぱ、お前の身体ってマジパね~ぞ」
体内から弾が排出されたことで痛みが少しやわらぎ、ふと感じた疑問について考えるのだけど、すぐさま氷華と一凛が呆れた様子で僕の身体について感嘆の声を漏した。
僕は二人の言葉に反応することなく、瞬時に敵の死角へと回り込む。
なにしろ、うっかりで散々な目に遭っているのだ。三度も四度も同じ轍を踏む訳にはいかない。というか、治るにしても撃たれた時の激痛は半端ないのだ。
どうやら男はこの段階で弾切れに思い至ったようだ。慌ててシリンダーをスイングアウトさせて弾を込め直している。
ただ、意識が完全に弾込めに向いているのか、僕が背後に回り込んだことすら気付いていない様子だ。
しかし、奴が弾を込め終わるまで待ってやるほどに、僕はお人好しではない。勿論、後ろからバッサリなんて卑怯な手も常套手段だ。
「僕の痛みからすれば、これくらいは問題ないよね。まあ、僕は化け物だし、遠慮なんていらないよね?」
「うあっ! 来るな! くるな! やめろ! やめろーーーー! ぐぎゃーーーーーーーーーー!」
顔を引き攣らせる男は弾を込める手を止めると、悲痛な叫び声をあげるのだけど、次の瞬間には拳銃を持った左手、新たな弾を持った右手、その両方が鮮血を派手に撒き散らしながら飛んでいく。
叫び声をあげた男は、あまりの激痛に耐えられなかったのか、そのまま地に転がって痙攣し始めるのだけど、直ぐにピクリとも動かなくなった。
どうも、ショック症状で逝ってしまったようだ。
「あちゃ、こりゃ~、ダメみたいだね。命までは取るつもりなかったんだけど......」
本来であれば、人の命を殺めたことで酷くショックを受けるのだと思う。だけど、これまでの経験で、戦は殺るか殺られるかの世界だと自分に言い聞かせてきたこともあって、それほど衝撃を受けることはなかった。
というか、僕は既に多くの人の命を奪って生きているのだ。
ただ、殺すつもりじゃなかったのに、結果として死んでしまった男を見やり、少しばかり残念に思う。
すると、定位置とばかりに、僕が竦める肩の左右に乗った氷華と一凛が、屍となったであろう男に冷たい視線を向けたまま結果論を口にする。
「いっそ、ひと思いに逝かせてあげた方が良かったんじゃない? それに、黒鵜君を傷つけたんだもの万死に値するわ」
「そうだな。首でも刎ねてやった方が良かったんじゃね~か? その方が苦しまずに済んだんじゃね? いや、それじゃ安楽死と変わらんか......黒鵜に苦痛を与えたんだから、もっと苦しめてもいいかも?」
二人の雰囲気からすると、男が死んでしまったことで、僕が気に病むのを気遣ってくれているのだろう。少しばかりお道化た調子で毒を吐く。恐らく本気で言っている訳ではないと思うけど......本音だとしたら少しばかり玉が上がってきそうだ。
そうは言っても、二人ともなんだかんだ言いつつ、僕のことを気にしてくれているみたいだ。
例え二人のツンデレが、九割九分九厘のツンと一厘のデレで構成されていようと、僕としては胸が熱くなる想いだ。
「そうだね。そういう考え方もあるかもね......でも、首を刎ねるって、どうしても残酷そうな気がして......」
取り敢えず、ツンデレ二人の意見を真に受けてみるのだけど、イメージ的には斬首の方が見た目が過激だと思う。
ところが、氷華は首を横に振りながら、すぐさま否定してきた。
「そんなこと言って、それこそ撃たれたのが黒鵜君だからいいけど、情けをかけて愛菜が撃たれたらどうするの?」
「そうだぜ。相手は飛び道具を持ってるんだ。非道にも思えるけど、徹底した方がいいんじゃね~? そうしないと後で後悔するかもしんね~ぞ」
氷華に続いて一凛が真面目な顔で忠告してくる。
確かに、二人の言うとおりだ。僕は仲間を守るために非道な男になると決めたのだ。後悔するくらいなら、自分の手を汚した方がマシだと思える。
「そうだね。君達の言う通りだ。次からは容赦なく逝かせることにするよ」
僕は自分に言い聞かせるように、頷きながら二人の意見を肯定する。
それを聞いた二人は、とても満足そうにしているのだけど、そこで背後から声が掛かった。
「黒鵜さん、大丈夫ですか?」
その声に振り向くと、少女の右手を握った愛菜と母親を背負ったロンロンが心配そうな表情で佇んでいた。
それは僕にとって予想外の展開であり、予定が大きく狂ったことを示していた。
というか、僕は何のために痛い思いをしたのだろうか......
「えっ!? 愛菜、なんで逃げてないの!?」
本当なら先行して逃げている愛菜やロンロンに、身体強化を使って追いかける状況なのだ。
しかし、彼女たちがここに居るということは、随分と時間を無駄にしたことなる。
「僕なら直ぐに追いつけるから、先に逃げて欲しかったのに......」
痛い目に遭ってまで逃がしただけに、思わず戻ってきた愛菜に愚痴を零してしまう。
すると、愛菜は申し訳なさそうな面持ちで首を横に振った。
「いえ、それが......銃声のせいか、逃げようと思った方向からも敵が来てしまって......」
がーーーーん! なんか裏目裏目に出てるよね......これって、マーフィーどころか、神様の悪戯なのかな? やっぱり神様なんて嫌いだ!
愛菜達を逃がすために必死になって敵を倒したのに、どうやらそれが裏目に出たようだ。
僕は何かに呪われてるか、はたまた、何者かの作為が働いてるのではないかと疑りつつ、神様を呪いつつ大きな溜息を吐き出すのだった。
僕等が村に入った場所は北口であり、親子を迎えに行った場所は村の西に位置していた。
愛菜の話では、人族軍は南から北上してるらしく、村の南側から入ってきたと言っていた。
そして、僕が西の敵と戦っている間に、中央を偵察していた敵が北口に達してしまったようだ。
そんなタイミングで銃声が聞こえたものだから、北に位置していた敵が南下し、東に居た者が中央を通って西側に向かってくる状態だった。
迫る敵から逃げるとするなら、南側かさらに西の山方向なのだけど、どちらも顔を顰めたくなるような選択肢だ。
なにしろ、西側の山というか丘は何もない草原地帯であり、逃げているのが丸見えになると思われるからだ。勿論、南側には大軍が待ち構えており、そちら側に逃げるのは、巨竜の口に向かって駆け込むようなものだ。
そんな訳で、僕は集まってくる敵を倒すという強硬手段に出た。
『黒鵜さん、今度は東側から来ます。敵は八人です』
胸ポケットに入れたスマートフォンから愛菜の声が聞こえてくる。
「了解! でも、かなり辛いよ......昔なら爆裂の一撃で終わったてたのに......」
僕はボヤキながらも、少ないマナを使って身体を加速させる。
「なんだってんだ、このクソガキ!」
「そっくりそのままお返しますよ。勝手に他国に押し入るなんて、なんなんですかね」
「やめろーーーー! ひうっ......」
罵声を吐き出した敵の首が宙を舞う。続いて赤い噴水が上がるのだけど、赤十字血液センターの人達がこの光景を目の当たりにしたら卒倒するだろう。いや、もしかしたら嬉々として回収にくるのかな?
色々と覚悟した僕だったけど、一人目の首を斬り飛ばした時には、正直、背筋が凍るような気がした。
これまでも人の命を奪ったことはある。しかし、業火で焼き尽くすような戦いが多かったことから、直接手応えを感じることはなかった。
ところが、刀で人の首を刎ねる感触は、いつまでも僕の手に残っているような気がするのだ。
それ故に、一人目の頭を空に舞いあげた時には、思わず嘔吐しそうな感覚に襲われた。
だけど、仲間が傷つくことや慰みものになることを考え、これでいいのだと自分自身に言い聞かせた。
そう、今は相手を一撃で無力化することが重要なのだ。下手に情けなんてかけると、こちら酷い目にあってしまうのだ。
間違いなく、僕がハチの巣となり、愛菜、ロンロン、母親の三人は奴らの欲情を満たす道具と化すだろう。いや、それどころか、いまだ十歳程度の少女――ミロラすら欲情の捌け口とするかもしれない。
それを考えると、僕の中の炎が燃え上がる。まるで燃え滾る太陽が僕の胸の内にあるかのようだ。
そして、いつの間にか首を刎ねることに何も感じなくなってしまった。
「くそっ、撃て! 撃て!」
「ダメだ。速過ぎて当んね~。くかっ......」
北から駆け付けた敵は、弾丸をお見舞いしようと必死になるのだけど、僕は休むことなく身体を加速させ、拳銃を撃ち放つ者の死角から襲い掛かる。
勿論、刀を振る腕も身体強化しているので、まるで包丁でプリンでも切っているかのように易々と切り飛ばせる。というか、どういう原理か恰も黒ヒゲ危機一髪のように飛んでいく。
本来の日本刀は、それほどバサバサと人を斬り飛ばせるほどの能力は無いとか言ってたけど、尋常ならざる力がそれを可能にしている。
宙に舞う人の首。噴水の如く舞い上がる鮮血。そんな光景を作り出し、降り注ぐ鮮血に赤く染まりながらも、僕はそれに意識を向けることなく次の敵を倒すことに専念する。
なにしろ、敵は残り四十人以上いるのだ。悠長にしている暇はない。あの痛みや苦しみは、もう勘弁なのだ。
「当たったぞ! よし、叩き込め――なにっ!」
くっ! ちくしょうーーーー! いや、これくらい......
痛いのは嫌だと思った端から左肩を撃ち抜かれて顔を顰める。
僕を撃ち抜いた男は歓喜の笑みと声をあげ、味方を鼓舞するのだけど、動きを止めない僕を見て、すぐさま顔を引き攣らせた。
「人を傷つける者は、自分が傷つけられても仕方ないよね。これ、めっちゃ痛いんだよ?」
「くるな! くるなーーーー! ひうっ!」
敵の血のみならず、己が血で赤く染まった僕が迫ると、男は悲痛な叫びをあげるのだけど、容赦することなく刀を持った右腕を振るう。
恐らく、常人の目ではその剣線を捉えることができないだろう。それほどまでに強化した一撃なのだ。
その勢いのまま、次々に敵の首を刎ねる。まさに、モグラ叩きのごとく敵を葬る。
「あと一人......」
北からやってきた敵はあと一人だ。しかし、東からも八人の敵が来ているという。さっさと片付けて不意打ちを食らわさないと、とてもではないけど面と向かってやり合える数ではない。
ところが、残った一人は僕に背を向けて走り出した。そう、敵前逃亡を実行したのだ。
「やめだ、やめ! もうやめた! こんな悪魔の相手ができるか!」
逃げるなら好きにしたらいいさ。戦う気のない者まで始末する気はないし......
南側へと逃げ出した敵を見て、僕はホッと一息ついて刀を下げる。
しかし、僕の右肩の上に舞い降りた氷華が透かさず叫んだ。
というか、僕の右肩は完全に彼女の定位置となったみたいだ。
「逃がしてはダメよ」
「えっ!? どうして?」
焦る彼女の考えが分からず、思わず問い返してしまう。すると、彼女は呆れた様子で僕が愚かである証を立てた。
「馬鹿ね~、あの男がそのまま逃亡すると思うの? 本隊に連絡するに決まってるじゃない。奴らは偵察隊なのよ」
「ぐあっ、そうだった......やっちまったーーーーーー!」
己が思慮の足らなさに呻き声をあげるのだけど、理解した時には、既に逃げ出した者の姿はなかった。
おまけに、左肩に舞い降りた一凛が、焦る僕にスマートフォンから放たれる言葉を聞けと窘めてくる。
「ほら、愛菜がなんか言ってるぞ。敵が来たんじゃないのか?」
「あっ......」
『東からの敵が近づいてます』
「ごめ――了解!」
僕は謝罪の言葉を途中にして、すぐさま建物の陰に身を隠す。
そういえば、愛菜達に関しては、丈夫そうな建物に隠れてもらっているので、敵が入り込まない限りは問題ないだろう。いや、彼女には土魔法で障壁を作るように言っておいたので、入り込まれても直ぐにどうこうなることはないはずだ。
「なんだこりゃ」
「ひで~」
「いったい、ここに何があるんだ?」
「こりゃ、何事だ」
「悪魔でもいるんじゃね~のか?」
無残な死体が転がる光景を目にした者達が、悪夢でも目の当たりにしたかのように、恐怖の感情を顔に張りつかせる。
建物の陰からそれを盗み見る僕は、敵の驚きが悦に入る。そして、思わず小声で頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまう。
「ふふふっ、僕はあなた達にとって悪魔、いや死神と呼べる存在。そうだよ、罪人に因果応報を与える断罪人さ。さあ、自分たちの行いを悔いるんだね」
「出た出た、厨二病が発症したわ。まあ、内容は事実だけど、少しどころか、かなり恥ずかしいわよ。ふふふっだって......ぷぷっ」
「いった~~~~、黒鵜、痛すぎんぞ! セリフは悪くないけど、なんか似合ってね~~~~」
ぐあっ、やっちまったよ~~~~。なんでだ! なんで......この口か! いや、頭か! いやいや、本能か!?
口もを隠す氷華の嘲笑と両耳を塞ぐ一凛の呻き声を聞き、僕は頭を抱えてしまう。
しかし、今はそれどころではないのだ。とても恥ずかしくて赤面してしまいそうなほどだけど、それどころではないのだ。
まあ、それ以前に、他人の血で顔は真っ赤なんだろうけど......いや、後悔はあとだ。取り敢えず、死神のように奴らの背後に立ち、奴らの命を絶つのが先だ......
僕は気持ちを入れ替えて身体強化の魔法を発動させると、反対方向の建物に石を投げ込む。
その音に反応した奴等が、視線を動かした瞬間を狙って、すかさず背後へと回り込む。
ただ、いくら速くても、ドタバタとしては意味がない。恰も死神が降り立つかのように気配を感じさせることなく背後をとることが重要なのだ。なにしろ、多勢に無勢なのだから。
足音を殺すことに気を配り、僕は建物で自分の姿を隠しながら襲い掛かる。
速さを得るだけならそれほど難しくはない。だけど、足音を立てないようにというと、一気に敷居が高くなる。
それでもマナの乏しい現在の僕は、技量によってそれを補うしかないのだ。
「......」
死神が大鎌を振りぬくが如く、敵の首を斬り飛ばす。
綺麗な断面から鮮血が吹き出す前に、次々と刀を振り抜く。
相手に気づかれる前に、できるだけ多くの敵を屠る必要があるのだ。
「っ......」
「ん......」
「か......」
刎ね上がる頭から言葉にもならない声が漏れる。
もちろん、空を舞う頭は痛いなんて感じていないだろう。そういう意味では、残忍に見えてもこの方法が一番の優しさを持った手段なのかもしれない。いや、もしかしたら、そう考える時点で僕の思考は麻痺しているのか......いや、死神は人の死を恐れない......はずだよね?
ぽんぽんとボールのように人の頭を宙に舞いあげるのだけど、さすがに五人目の段階で気付かれてしまった。
「はっ、この赤い生き物はなんだ......」
「なんだ、こいつ!」
「うわ、悪魔か?」
「関係ね~、やるぞ! さもなきゃ、オレ達もああなるぞ!」
まるで恐怖そのものを目にしたかのように顔を引き攣らせた敵が、驚きつつもすぐさま僕と距離をとった。
今や僕の身体は赤黒く染まり、もはや人間とは思えないのだろう。残った者達は、誰もが悪夢を目にしたかのように慄いていた。
しかし、一人の男が叱咤の声をあげると、敵の四人は及び腰になりつつも、腰のホルスターから拳銃を抜いて腕を突き出した。
やはり、誰でも死にたくないと思うのだろう。それは当然のことだと思う。でも、もしそう感じるのなら、他人の死についても考えるべきだ。
まあ、今の僕が偉そうに言えることじゃないよね......なにしろ、自称死神だし......
そう、僕は人殺しだ。これまで多くの者の命を絶ってきたのだ。それこそ右手に持つ赤い血に染まった刀のように。
だけど、僕は後悔しない。なぜなら、仲間を守る、それが僕の中にある唯一無二といっても良いほどの絶対的な正義だからだ。
あなた達のその行動は、僕を凶器に、兇器に、狂気に変える。僕は遠慮なく、容赦なく、命を刈るよ。
銃口を向けられた僕は、冷めていく己が心を感じながら建物の陰に身を隠す。
その途端に、壁に弾丸がぶち込まれるのだけど、貫通することはないようで僕に被害はない。というよりも、素早くその場から移動して奴等の背後へと回り込む。
「くそっ! 逃げられた!」
「逃げたんじゃね~! オレ達の隙を突く気なんだ。油断するな!」
「こんなことなら偵察隊になんて志願するんじゃなかった」
「そんなこと言ってる場合じゃね~だろ。くはっ! くっ......」
四人が背を合わせるように固まってしまった所為で、攻撃する隙が無くなってしまうのだけど、僕はすぐさま小石を投擲する。
それは見事に敵の胸に当たり、その男が呻き声をあげてうずくまる。
いくら身体強化しても、今の僕の技量では投擲で人の身体を貫くほどの攻撃とはならない。だけど、骨の一本くらいは折れているはずだ。
よし、この調子でいけば――
上手い具合に展開していく状況に頷くのだけど、そこで愛菜の通信が僕の動きを止めさせた。
『黒鵜さん、拙いです。本隊が......いえ、勇者が......ごめんなさい。こちらばかりに気をとられて本隊の動きに気づくのが遅れました......』
「どのくらいでこっちに着くの?」
『もう村の南に辿り着いてます......』
やっと敵が片付く目途が立ったというのに、愛菜の言葉を聞いた僕は、絶望的な展開であることを悟り、投擲用に拾い上げた石を思わず地面に落としてしまうのだった。