52 真摯な少女と豚村長
砦を出発して、既に九日が経っている。
馬の休息も必要だということで、夜は移動せずに休憩を執ったのだけど、それが見事に裏目に出たように思う。
というのも、人族軍の足取りは思ったよりも速く、僕らの予想に反して目的の村に接近しているのだ。
そんな状況の中、派手に揺れる馬車の上で、短杖を手にした愛菜が両目を瞑っている。
そう、彼女には遠見の能力を使って、敵の様子を探ってもらっているのだ。
「敵と村の距離は三十キロというところでしょうか。報告にあった通り、勇者らしき者は完治してないようです。というか、日本人が四人もいますよ。全員が勇者でしょうか?」
「四人もいるの?」
「はい。男の人が二人で、女性が二人ですね。雰囲気からすると高校生みたいです。それと、多分、負傷している者が聖剣の持ち主でしょう。他の三人は、杖、弓、槍を持ってます」
僕の問いに瞼を閉じたままの愛菜が答えてくる。
彼女の能力が再生のみならず、遠見もあると知って、イリルーアを始めとした魔族の面々が驚きを露わにしている。
「凄いです。さすがは竜の巫女様です」
「いえ、こんなに遠くまで見えるのは、全て杖のお陰です。大切な杖を貸して頂いて、本当にありがとうございます」
感嘆の声を漏らすイリルーアに、愛菜は首を横に振りながら感謝の言葉を返した。
愛菜が言う通り、杖のお陰で彼女の遠見の範囲が広がっているのだ。
ただ、今はそれよりも大切なことがある。そう、敵の戦力についてだ。
「四人の勇者か......こりゃ、思ったよりも厄介そうだね。それで、聖剣の勇者って戦えそうなの?」
二万の敵は厄介というよりも、とんでもない軍勢なのだけど、勇者を何とかしてしまえば、あとは烏合の衆だと考えている。
恐らくは、勇者が負ければ尻尾を巻いて逃げるはずだ。
なにしろ、勇者が現れるまでは、他国の顔色を窺っていたくらいなのだから。
「あの様子だと完治はしていませんが、戦えそうですね。杖を持った女性が付きっきりで回復魔法を使っているみたいです」
瞼を閉じたままの愛菜が、自分が見たままを伝えてくる。
とても残念なのだけど、それは飽くまでも憶測であって事実ではない。
というのも、彼女は遠見はできても、遠くの会話を聞くことはできない。だから、目にした状態から推測するしかないのだ。
ただ、彼女の返事を聞いて、僕は疑問を抱いた。
「ん? それって、受けた傷が重いの? それとも回復魔法がショボイの?」
前魔王との戦いから既に二ヶ月近くも経っているはずなのに、魔法を使っても未だに完治していないのは不自然に思える。
だって、どれだけ酷い傷を追っても、愛菜の再生魔法なら大抵の傷は一日で直るからだ。
それこそ、光の再生魔法なら一時間もあれば元通りになる。
そのことから考えると、回復魔法がショボイような気がする。
もしかしたら、勇者の力って......
「ねえ、勇者の力って、実はショボイんじゃない?」
どうやら、氷華は僕と同じことを考えていたみたいだ。
そう思うよね? もし、そうなら、今の僕でもなんとかなるかもしれない。
勇者ショボイ説が本当なら、やりようがあると考えた僕だったのだけど、そこで一凛が否定の言葉を口にしてきた。
「だったら、なんで魔王が負けたんだ?」
「そう言われるとそうだね......」
一凛の尤もな指摘に首を傾げつつ、僕は視線をイリルーアに向けた。
すると、僕の視線が癇に障ったのか、彼女は眦を吊り上げて憤りを露わにする。
「父上は弱くありません。その気になれば街の一つくらいは吹き飛ばすほどの力がありました」
「それが本当なら、なんで勇者は完治してないんだろ......」
食って掛からん勢いで、父親の力量が桁外れだと主張するイリルーアを見やり、不可解だと頭を悩ましていると、一凛が再び自分の意見を述べてきた。
「もしかして、サボりたくて治ってない振りをしてんじゃね?」
「いくらなんでも、それは......ないよね?」
「もしそれが本当なら、最悪の勇者だわ。というか、勇者の風上にも置けないわね」
理解不能な意見の所為で、僕が呆気に取られていると、顔を顰めた氷華が毒を吐いた。
どうやら、氷華は勇者に思い入れがあるようだ。
ああ、勿論、あの勇者ではなく、勇者という存在に対してだ。
ただ、僕としては、勇者なんて祭りあげられて喜ぶのは幼稚だと感じてしまう。
というのも、勇者スゲー! なんていうのは数十年前の発想であり、最近の風潮では勇者なんてカス的な存在だからだ。
当然ながら、アニメやラノベの世界の話だけど......
「まあ、それはおいおい判明するとして、今は急いだほうが良いのでは?」
僕らのやり取りを聞いていたカラクが、少しばかり呆れた様子で指摘してくる。
それも尤もな話だ。なにしろ、僕らも未だに村へと到着していないのだ。
「そうだね。というか、これ以上、どうやって急ぐの?」
そう、既に馬が悲鳴をあげそうなほどに全速力なのだ。
「確かにそうですが......竜神様に何か良案は?」
「ありません......」
思わずツッコミを入れてみたのだけど、物の見事にリフレクトの攻撃と冷たい視線を食らってしまうのだった。
イリルーア達から竜神様使えね~、と言わんばかりの視線を浴びつつ、国境近くの村に到着したのは、勇者ショボイ説を唱えてから三時間ほど経った頃だった。
その村はそれほど高くない山々に囲まれた場所にあり、平らな場所は集落と畑だけといった雰囲気だ。
建物の数はそれなりに多く、村といっても、僕がこの世界で初めて目にした集落よりは、遥かに大規模だと言えるだろう。
そんな村に人族軍が迫っているのだけど、その距離は二十キロを切っており、かなり切羽詰まった状態となっている。
これまでの進行速度から計算して、恐らくあと六時間くらいで敵がわんさかとやって来るはずなのだ。
それ故に急いで村にやってきたのだけど、予想もしていなかった事態に見舞われる。
「魔王である私が言うのです。あと数時間もすれば、人族の軍がここに来るのです。直ぐに逃げるのです」
「何を言う。この小娘が! お前のような小娘が魔王であるはずがないではないか。そんなウソをついて、何が目的だ!? だいたい、魔王を騙るなど、なんと恐れ多い」
必死に説得するイリルーアの言葉を、村長だと名乗る太った男がピシャリとはね退けた。
ん~、この豚、炎撃で丸焼きにしてやりたい......
必死なイリルーアを邪険にするどころか、犯罪者扱いする村長にムカついてしまうのだけど、僕はこの予想もしていなかった展開と素朴な疑問について口にした。
「こんな落ちになるとは......てか、こんな田舎で、こんなに太るものかな? 田舎の村って、みんながあくせく働いて健康的なイメージがあるんだけど、どう見ても引き篭もりの豚って感じだよね?」
「はぁ~、さすがに、これは私も予想してなかったわ。ああ、その村長、いかにもって感じね。私腹私腹で万々歳って感じだわ。ああ、それと、黒鵜君の考えは偏見よ。最近の引き篭もりは太ってないらしいわよ」
予想外の展開に僕が肩を竦めつつ、村長に対する評価を口にしたら、氷華が同じように肩を竦めつつ溜息を吐くのだけど、引き篭もりに失礼だと指摘してきた。
「なあ、いつまでこうやってる気だ? 魔王の証とかないのか? 印籠みたいな。控え控えって! そいつ、見るからに悪代官ぽいし、ちょうどいいのにな」
僕等の話を聞いていたのか、一凛は時代劇のネタを披露し、村長に悪役を進呈した。
そんな訳で、村長が如何にも私腹を肥やしているという見解は、三人揃って異議なしというところだ。
「こんなやり取りをしている場合ではないのです。急がなければ――」
「黙れ黙れ! お前こそ人族を連れてやって来たかと思えば、怪しいことばかりぬかしおって! 本当はこの村を乗っ取るつもりだな。おいっ! 護衛班、出合え」
懸命に説明するイリルーアだけど、どれだけ頑張っても彼女の言葉は全く届かない。それどころか、村長はイリルーアのみならず僕等にも罪人の烙印を押すと、すかさず声を張り上げた。
途端に、僕等を遠巻きに見ていた者達の中から屈強な数人の男が現れた。
うわっ! やばっ、こんなのと素手で戦うなんてむりだっつ~の。てか、行き成り襲い掛かってくるのかな!?
「村長、どうしたんですか?」
「この者達がなにか?」
「子供ばかりのようですが」
見るからに強そうな男達は、僕の予想に反して直ぐに襲い掛かってくることはなく、訝しげな表情で呼び出された理由を尋ねた。
どうやら呼び出された護衛班の者達は、見た目と違って人格者が揃っているようだ。
「なぜ私の話を聞いてくれないのです。こんなことをしている場合ではないのです。父上の死を無駄にしないでください」
「ええい! やかましい! おいっ、さっさと捕まえて牢屋へほうり込め!」
ポロポロと涙を零し始めたイリルーアの言葉を無下にする村長に、僕は少し腹が立つどころか、心中で烈火の如き怒りの炎が燃え上がり始める。
きっと、彼女の父親――前魔王は民を守るために命を懸けて戦ったのだ。それを知っているからこそ、彼女は一人でも多くの者を助けたいと考えているのだろう。
ところが、その想いが通じないばかりか、犯罪者扱いとは、さすがに呑気な僕でも看過できなかった。
「おじさん。このままだと間違いなく後悔するよ? 正直言って、誰がこんな村を乗っ取るのさ。貰っても意味がないくらいの村だよね? 彼女がどんな想いで臣下の者を抑えてここまで来たと思ってるの?」
「な、なんだと、こんな村だと! このガキ! 言わせておけば! おいっ! さっさと捕まえないか!」
暴言に憤慨した村長が真っ赤な顔で喚き始めるのだけど、僕は相手にすることなく氷華と一凛に声をかける。
「ねえ、氷華、一凛、姿を見せてあげてよ。イリルーアや僕の言葉を信じなくても、精霊の言葉なら信じるんじゃないの?」
「それもそうね。その頭のおかしい村長は放置して、みんな逃げるわよ。敵が迫ってるわよ。荷物なんて要らないわよ。馬車を持ってる人はできるだけ人を乗せてあげて」
「おいっ、その村長って男、バカだろ! そんな奴、どうでもいいから、さっさと逃げるぞ。人族軍が攻めてくるからな。死んだら元も子もないぞ。みんな村の入り口に集まれ!」
氷華と一凛は僕の言葉に頷くと、村長を思いっきり罵りつつも、遠巻きにしている者達から見えるように宙に舞いながら逃げろと叫ぶ。
「精霊体か?」
「敵? 敵が攻めてくるだと!?」
「人族軍か!? 拙いぞ!」
「お、おいっ! みんな逃げるぞ。馬車の用意をしろ」
「人族が来るのか!? やばいぞ! みんな精霊体の言う通りにするんだ」
僕等の近くに居た護衛班の者達は、目の前で宙に舞う氷華と一凛を見て顔を引き攣らせた。
二人の叫びで、イリルーアの言葉が本当だと理解したのだ。慌てた様子で村人達に声をかける。
ところが、何を考えているのか、村長は大声で否定し始めた。
「こ、こんなもの、偽物だ! 聞くんじゃない! 呪われるぞ」
こ、こんなもの? 偽物? はぁ? それって、氷華や一凛のことかな?
村長の言葉を聞いた途端、僕の中でタガが外れた。
くたばってよね! この豚村長!
気が付けば、僕はイリルーアの前に立っていた。そして、丸々と太った村長が豚のように地面に転がっていた。
「ぐほっ! な、なにをする! ただでは済まさんぞ」
そう、自分でも信じられないことに、僕は村長を殴り飛ばしていたのだ。
というのも、ムカッときた次の瞬間には、無意識に殴り飛ばしていた。
異様に腹が立ったのは事実だけど、殴り飛ばした行為は意図したものではない。でも、氷華と一凛を偽物だと言われた瞬間に、この村長を心底許せないと感じてしまったのだ。
ただ、こんなクソみたいな村長でも、己が国の民だと思えば、僕の行動を看過できなかったのだろう。イリルーアが僕の腕を掴んで怒りを露わにする。
「竜神様、な、なにをしているのですか!? 我が国の民を――」
激昂するイリルーアは、僕に怒りを向けてくるのだけど、僕には僕の信念があるのだ。
「どこの国の民でも同じだよ。僕の仲間を貶して黙っていられるはずがないでしょ? 特に、こんなクソみたいな人に、こんなものとか、偽物とか、好き放題に言われて、ニコニコしていられるほど僕はできた人間じゃないんだ。この際だからハッキリ言うけど、僕の仲間を貶める者は絶対に許さない。それはイリルーアが民を愛するのと同じだと思ってくれていいよ」
これまでの鬱憤が溜まっていた所為なのか、僕は自分の胸の内にある気持ちをそのまま吐き出してしまう。
だけど、怒りのままに己が気持ちを吐き出してスッキリしてしまうと、今度は急に心中で後悔の念が生まれ始める。
やばっ、ちょっと言い過ぎたかも......これでイリルーアとトラブったらどうしよう......今は仲違いしている場合じゃないんだけど......
黙ったまま睨みつけてくるイリルーアの様子を見やり、少しばかり不安になってくる。しかし、そんな僕の気持ちを他所に、宙を舞っていた一凛が頭に飛びついてきた。
「やっべ~、黒鵜、今の、めっちゃカッコよかったぞ。そうだ。男はここぞという時にはガツンとやらなきゃな」
笑顔を浮かべた一凛は、ベシベシと僕の頭を叩きながら褒めてくる。
すると、今度は頬にペチペチという感触が伝わってきた。
「黒鵜君にしては、まあまあね。一応は合格点をあげるわ。でも、調子に乗ってはダメよ。もっと精進しなさい」
少し頬を赤く染めた氷華が、僕の頬を平手で軽く叩きながらツンデレていた。
どうやら、二人とも僕の行動が悦に入ったようだ。
珍しく褒められて僕も嬉しくなってくる。
まあ、きっとイリルーアも僕の気持ちを分かってくれるだろう。
胸の内が温かくなった僕は、安易に安堵の息を吐いたのだけど、世の中はそれほど甘くなかったみたいだ。
「そんなカッコイイこと言っても駄目です。後できっちりと清算してもらいます。取り敢えず今は逃げることに専念しましょう」
「ちょ、ちょ~、清算って......」
冷ややかな視線を向けてくるイリルーアの言葉に絶句する。
ただ、彼女もそんなことで揉めている場合ではないと考えたのだろう。すぐさま避難に意識を向けたようだ。ツカツカと村の入り口に停めた馬車へと戻っていく。
カラクもそれに付いていくのだけど、チラリと振り返ってボソリと己が気持ちを口にした。
「ありがとうございます。とてもスッキリしました」
彼女の立場からして大きな声では言えないのだろう。ただ、イリルーアの言葉を無下にした村長にムカついていたのか、彼女は笑みを浮かべて感謝の言葉を残したのだった。
村人が用意した数台の馬車には、溢れんばかりの人が乗っていた。
明らかに定員オーバーなのが見て取れる。
それでも、歩くよりもマシなのだ。
「順次出発させろ」
「はい。了解です」
カラクが声を張り上げると、部下のリーリャがハキハキとした返事を返す。
すると、先頭の馬車が進み始めるのだけど、どう見ても馬が辛そうに見える。
なにしろ、小型の馬車にこれでもかというほどの村人が乗っているのだ。馬からすれば堪ったものではないはずだ。
ただ、馬には申し訳ないのだけど、今はそれを気にしている余裕などない。
というのも、村長の所為でかなり時間を食われてしまい、とても拙い状況となっているのだ。
「黒鵜さん、拙いです。軍勢の距離は五キロくらいで足を止めたのですが、偵察隊を差し向けてきたようです」
順々に出発する馬車を見送っていると、隣で敵の様子を確認していた愛菜が声をあげた。
恐らく、奴らは村が近いと知っているみたいだ。物資の確保を行うつもりなのか、将又、村を殲滅するつもりなのか、どちらにしても何かを画策しているのは間違いないだろう。
「偵察隊の数は?」
「五十ほどです。というか、なんか気持ち悪いです」
「どういうこと?」
「涎を垂らした猛犬が、意地汚く獲物を狙っているような雰囲気がします。何を話しているのかは分かりませんけど、嫌らしい笑みを浮かべてます」
可愛い顔を歪める愛菜を見やり、僕は彼女に遠くの言葉が聞こえる能力がなくて良かったと安堵する。
どうせ、そいつらは下種な言葉を口にしているに違いないのだ。
そう、奴らは物資どころか、村を食い物にするつもりなのだろう。
間違いなく、男を殺し、女を犯し、なにもかもを搾取し、村を蹂躙し尽くすはずだ。
「ちょっと、ムカムカしてきたよ」
「そうね。私達の世界でも往々にして起こるのだから、この世界で蹂躙劇が起こっても不思議じゃないわ。でも、それは許されないことよ。たとえ人種が違おうとね」
「ちくしょう! うちの身体があれば、酷い目に合わせてやるのに」
起こり得る悲惨な光景を想像し、僕は胸糞悪くなってくる。
氷華や一凛も同じ気持ちだったみたいだ。厳しい表情で己が気持ちを吐き出す。
「ねえ、偵察隊はどれくらいで村に着きそうなの?」
「三十分は掛からないと思います」
「それだとギリギリかな......」
未だ馬車に乗り込んでいる者達を見やり、時間的に余裕がないと判断する。
しかし、そこで更に問題が起こってしまう。
「馬が足らないぞ。馬を連れてこい」
「連れて来いって、もう一頭も居ないぞ」
「なんだと!?」
馬車の準備をしていた護衛班の者達が、馬の数が足らないと知って顔を青くしている。
やばいな......どうする......体力のない者を馬車に乗せて、残りは歩かせるしかないかな。
「イリルーア、もう全員が出発しないとまずいよ。体力のあるものは歩かせて」
「わ、分かりました。カラク、時間の猶予がないわ。女子供、年寄りを馬車に乗せて出発させて。他の者は徒歩で逃げるのです」
「了解しました。体力のあるものは歩いて逃げろ」
僕の言葉を聞いたイリルーアが指示を送ると、カラクが大きな声で叫ぶ。
その途端に、男達は我先にと走って逃げ出し、女性や子供を乗せた馬車が出発した。
本当なら僕等が乗ってきた馬車にも収容してあげたいのだけど、殿を務めることにしているので、戦いの可能性を考えると、それは得策ではないと判断したのだ。
「よし、全員出発したようだね。僕等もそろそろ逃げるとしようか」
全員が逃げ出して無人となった村へと視線を向け、僕等もそそくさと馬車へと乗り込むと、イリルーアが安堵の息と共に感謝の言葉を漏らした。
「なんとか間に合ってよかったです。これも竜神様が居てくれたお陰です」
感謝されるのは嬉しいのだけど、正直言って僕は何もしていない。というか、活躍しているのは愛菜ばかりなのだ。
だから、僕は有りの侭を口にする。
「いや、僕は何もしてないし、僕以外のメンツが役立ってるんだと思う。特に、愛菜には苦労ばかりかけてしまって、本当にごめんね」
「いえ、私は役に立てて嬉しいです」
僕が申し訳ないと思う気持ちを伝えると、愛菜は首を横に振りながら笑顔を見せる。
すると、そのタイミングでカラクが声をかけてきた。
「それでは、私達も出発します」
カラクの言葉に誰もが頷くのだけど、その途端、愛菜が荷馬車の荷台で立ち上がった。
「えっ!? どうして!? なんで、なんで、なんで、なんでこんなことに――」
「愛菜、落ち着いて! どうしたの? 何があったの?」
氷華が動揺する愛菜に声をかけると、彼女は信じられないと言わんばかりに首を横に振りつつ、自分が目にした光景を口にした。
「病気らしき母親と小さな子供が取り残されてます」
「カラク! 馬車はそのまま走らせて! 僕が行く!」
「私も――」
「あとは僕に任せて、イリルーアは逃げて! 愛菜、しっかりつかまって!」
「はい!」
残っている者がいると聞いた途端、僕は自分も付いてくるというイリルーアを制止し、愛菜を抱き上げて激しく揺れる馬車から飛び降りたのだった。