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ようこそ混沌!グッバイ平穏!  作者: 夢野天瀬
02 未来へ向けての復興
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46 門出


 鬱蒼と生い茂る木々。

 青々とした葉が陽の光を浴びて、キラキラと輝く。

 爆発で抉れた対岸の河川敷には、透き通った美しき水が入り込み、いまや川ではなく大きな湖となっていた。

 大きな湖のような形となった荒川の周りには、たった三日しか経っていないというのに、既に緑が芽吹き始め、青々とした美しい光景が作り出されていた。

 まあ、一夜にして東京をジャングルへと変貌させたファンタジー化を考えれば、それほど驚くことでもないのかもしれないのだけど、ここの有様を知っている僕としては、驚愕に眼を瞠る出来事だった。


 現在の僕等は、そんな美しき景色を千住新橋から見下ろしている。


「すげ~や!」


「きれい......」


「これは、すごいっすね......観光名所になりそうっすよ」


「本当に凄いですね。まさか、東京にこんな場所ができるとは思いもしませんでしたよ」


「そうだね。まさに神秘と言いたくなるような光景だね」


「遠見の力で、ずっとこの光景を見ていたのですが、美しき光景が出来上がるまでの映像を、まるで早送りで見ているような気分でした」


 陽向、美奈、晶紀、美静、大和、愛菜の六人が、この光景を見て感嘆の声を漏らしている。

 しかし、今の僕にとっては、この美しき光景もどこか色褪せて感じられる。

 魔法が使えなくなったこともショックだったけど、氷華と一凛がいまだ寝たきりなのだ。美しさを感じる心も萎えるというものだ。


「それよりも、早く氷の女神と話しをしなきゃ」


「そうだね。でも、どうやってコンタクトをとる?」


 逸る心を抑えながら、僕が河川敷の森に視線を向けると、大和が頷きながら尋ねてくる。


 そう、己が目で見ていない彼等にとっては、妖精や氷の女神なんて眉唾物なのだ。その存在と接触する手段なんて想像もつかないだろう。

 だから、僕が自分の考えを告げようとしたのだけど、隣に立つ愛菜が声をあげた。


「あっ、川の水が――」


 視線を川へと向けると、彼女が声をあげた通り、川の水が盛り上がり、あっという間に人の形となった。


「マジで......ほんとだったんだ......」


「す、すごくきれい......」


 美しき女性の姿となった氷の女神を見やり、呆気にとられた陽向と美奈が声を漏らす。

 しかし、女神はその言葉に反応することなく、橋の上に舞い上がってくると、すぐさま頭を下げてきた。


『暴食の獣を退けて頂いて感謝してます。本当にありがとうございます』


 彼女の言葉が頭に直接響いてくる。それが僕だけではない筈だと考えて仲間に目を向けると、誰もが混乱しているのだろう、キョロキョロと視線を泳がせていた。


 誰でも驚くよね......でも、それは問題じゃないんだよ......


 仲間の様子を見やり、混乱するのも仕方ないと納得するのだけど、それよりも、僕は目の前の女性に対して疑問を抱いていた。

 なぜなら、氷華と一凛の状態は、妖精が抜け出たことで起きているからだ。故に、少なからず彼女に良い印象を持っていない。もしかしたら、姿すら現さないのではないのかと恐れていたほどだった。

 ところが、彼女は何事もなかったかのように、感謝の言葉を告げてきた。

 ただ、その表情はあの時と同じように、全く感情の篭っていないものであり、まさに氷の化身だと感じさせられる。


「それはいいです。それよりも、氷華と一凛が寝たきりなんですけど、その理由を教えてください」


 女神の態度を不審に感じながらも、僕は即座に本題へと入った。


『その二人は、リリとララが同調した者ですね?』


「はい。二人はそのリリとララが抜け出た瞬間に倒れたと聞いてます」


 自分でも少し声が尖っているように思えたのだけど、彼女は全く気にしていないのだろう、態度を変えることなく頷いた。


『マナの枯渇です。リリとララが融合していた間にマナを使い過ぎたのです。あなたと同じように』


「えっ!? どうして......」


 彼女は、魔法が使えない僕の状況を察しているようだった。

 それに驚いて思わず声をあげたのだけど、彼女は首を横に振りながら告げてきた。


『あなたがどういう状態であるかは知りません。ですが、以前に纏っていたオーラが無くなっています。暴食の獣との戦いで、かなりのマナを消費したのでしょうね』


 オーラ? ん~、よく解らないけど、女神には見えるのかな? いや、それよりも、氷華と一凛が僕と同じようにマナの枯渇で倒れているのなら、そのうち起きるということだよね?


「それなら、二人も暫くすれば、起きるんですよね?」


 彼女の言葉を聞き、僕は希望の光を見出して安堵の息を吐く。

 ところが、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「えっ!? 僕と同じマナの枯渇なら、目を覚ますはずですよね?」


『いえ、あなたとは違うのです。このままだと、彼女達は数カ月の眠りに就くでしょう。ですが、人間がそこまで生きながらえられるとは思えません』


「僕とは違う? いや、それはいい......それなら、妖精を再び二人に戻せば――」


 いつからか自分が普通の人間と違うのではないかと思い始めていたのは事実だった。

 なにしろ、ベヒモスとの戦いに限らず、ショッピングモールでもそうだった。致命的な傷を負っていても、たちどころに治ってしまうのだ。普通の人間であろうはずがない。

 だから、自分のことは棚上げし、氷華と一凛の二人が助かるのではないかと思える方法を口にした。

 しかし、目の前の女神はそれにも首を横に振った。


『あの二人――精霊と融合してもそれほど長く持たないでしょう。恐らく、直ぐに共倒れになると思います』


 くっ......なんてこった......じゃ、あの時、氷華があの魔法をベヒモスに食らわしていたら、即死していたということなのか? いや、無かったことを考えても仕方ない。今は、二人を助ける方法を考えなきゃ。


「あの......二人のマナを回復させる方法はないのですか?」


 二人の命が長くないと知って、焦る僕は必死になって女神に問い掛ける。

 すると、さすがは女神だ。希望の光を与えてくれた。


『マナを回復させる方法はあります』


「ほんとうですか!?」


 可能性を与えてくれた彼女に、僕は縋り付かんばかりの勢いで前に出る。

 しかし、次の瞬間、その足が止まる。


『但し、この世界では無理です』


 この世界では無理? だったら、他の世界なら? 他の世界があるの?


「なんでもやります。二人が助かるなら、僕はなんでもやります」


 言葉尻から何らかの方法があると、前向きに考えた僕は、その場に跪いて女神に二人を助ける方法を乞うのだった。









 氷の女神――精霊王の一人であるベラクアから聞かされた話は、僕等に息が止まるほどの衝撃を与えた。

 彼女の話からすると、この世界に現れた異世界現象は、ここで生まれたものではないという話だった。

 見知らぬ大きな木々も、新種の草も、暴れまわる魔物も、彼女たち精霊も、全てが別の世界から転移してきたという。

 その理由は、彼女にも分からないらしいのだけど、突如としてこの世界に舞い降りたらしい。

 そして、今でもその異世界とこの世界は繋がっているとのことだった。


「くっ......まだまだ......」


「黒鵜先輩、やるっすね......負けないっすよ......うぐっ......」


 僕の横で腕立て伏せを続ける晶紀が、負けん気を全開にしている。

 しかし、僕も負ける訳にはいかない。それは彼女にではなく、誰にも負ける訳にはいかないのだ。


「ぐあっ......もう無理っす......」


 ギブアップ宣言を漏らし、地面に転がった晶紀を気にすることなく、僕は更に腕立て伏せを続ける。

 そう、マナが枯渇した僕は、魔法だけを頼りにするのではなく、自分の身体を鍛えているのだ。


 くっ......まだまだ......こんなんじゃ、全然駄目だ。


 唇を噛みしめ、必死になって身体を鍛える。


 精霊王ベラクアとの話を終えてから、既に一ヶ月が経っていた。

 汐入中学の保健室で眠りに就いていた氷華と一凛だけど、彼女達が横たわっていたベッドは空っぽだ。

 彼女達は、生きながらえさせることができるというベラクアのところへ運び、今は氷の棺とも言えそうな透明の箱に入っている。

 まさに眠り姫と言わんばかりの光景に、僕は心と気分をどん底まで沈ませた。

 それでも、ベラクアの話では、その状態であれば一年くらいは持つだろうとのことだったので、彼女達の命を考えれば、背に腹は代えられない。

 ただ、二人の命が続いている間に、ベラクアの言う聖樹の種を持ち帰る必要がある。


 どこからかって? それは彼女――精霊王が元々いた世界、アイノカルアからだよ。


 彼女の話では、アイノカルアとは未だに繋がっていて、僕を向こうに送ることができるという。

 それを聞いて、彼女達が戻らないことを疑問に思ったのだけど、精霊達がこの地に定着してしまい、それを見捨てて戻れないとのことだった。

 彼女曰く、精霊はその地に根づくらしく、新たな場所へと移動すると死んでしまうとのことだった。

 ただ、死んだ精霊はその地にマナを注ぎ、新たな精霊を作り出す力になるという。

 そう、荒川が綺麗な姿に変わったのは、精霊たちが己がマナを注いだ結果だったのだ。

 だから、僕は今や湖と化した荒川湖を聖地と呼び、立ち入り禁止区域に指定した。

 勿論、定期的に周囲の警戒に当たらせたりもしている。


「ところで、黒鵜先輩、いつ出発するっすか?」


「そうだね、今週末には出発したいんだけど、北千住自治区の仕上がりしだいかな。まあ、僕の鍛錬もまだまだだし、このまま行ったら向こうで死んじゃう可能性もあるよね......」


 出発について尋ねてくる晶紀に返事をしつつ、徐に立ち上がった僕は、氷川爺ちゃんから貰った日本刀を振り始める。

 爺ちゃんの話では、大昔に氷川神社へ奉納された真打だとか言っていたのだけど、僕にはさっぱり意味が分からなかった。

 ただ、真剣とのことで、取り扱いは十分に注意するようにと言われている。


 魔法、そう、魔法。少しずつ使えるようになり始めた魔法だけど、その威力は氷華と出会った頃にも及ばない状態だ。

 オマケに、少し魔法を放つだけでも、あっという間にマナタンクがカラッ欠になってしまう。

 勿論、枯渇になってしまうと大変なので、その辺りを見極めて使用する必要がある。ただ、不思議なことに、今の僕にはマナ量が車の燃料ゲージのように、頭の中で具現化できるようになっていた。

 そんな訳で、少ないマナを補うために、身体を鍛え、身体強化の魔法を覚えつつ、小さな魔力で効果的な戦闘を行える訓練をしているのだ。


「区長、本当に一人で行くつもりですか?」


 机や椅子を運び出して空っぽになった教室で、鈍い光を放つ日本刀を振っていると、部屋に入ってきた千鶴が心配そうな表情で話しかけてくる。


 そうなのだ。僕は異世界アイノカルアへ一人で行くつもりなのだ。


「うん。僕一人ならどうにでもなるからね。怪我をしても直ぐに治っちゃうし、一人の方が気が楽なんだ」


 僕は笑顔を向けつつ返事をする。

 しかし、本音は全く違っていた。

 それは、見知らぬ異世界が、怖いとか、不安とか、心配とか、そんな本音ではない。


 一緒に居るなら、やっぱり、氷華や一凛じゃないとダメだんだよね......


 そう、あの二人ではない誰かと一緒に旅に出るのは、僕にとって大きな抵抗があるのだ。

 だから、とても申し訳ないのだけど、同行したいと申し出た全員を拒否したのだ。


「だいたい、この北千住自治区を守るのは大変だよ? 僕の我儘に付き合う必要ないよ。だって、ここで暮らす人達には、全く関係ない話だからね」


 氷華と一凛が眠りから覚めないことは、ここで暮す者達にとって大きな悲しみを与えているかもしれない。だからと言って、生活が損なわれる訳ではない。

 彼等彼女等にとっては、自分達が生きていくことの方が大切なのだ。

 それを卑怯だとは思わないし、ここまで僕等が築き上げた恩を忘れてなどとも思わない。

 全ては僕達が勝手にやったことなのだ。

 人を集めたのも、野菜を作りたいという勝手な想いから始まっている。

 だから、避難者たちを責める資格はない。僕等はフィフティーフィフティーの関係なのだ。


「自治区の様子はどう? 物資の回収や野菜の収穫は上手くいってる?」


「はい。物資の回収は順調で、この調子なら数年分は確保できそうです。野菜の収穫なんですが......あの二人には申し訳ないのですが、収穫祭をしたくて......」


「いいね。いいじゃない。やろうよ、やろうよ!」


 おずおずと申し出る千鶴に、僕は笑顔を向けて頷く。


 こうして北千住および汐入自治区の第一回収穫祭をやることになったのだ。









 北千住自治区の本拠地は、北千住駅の東側にある大学を基盤にし、隣接する小学校と中学校を接続した大きなキャンプ地となっている。

 そこに含まれる一部は、学校の敷地ではなかったのだけど、それも含めて周囲を強固な障壁で囲った安全地帯となっている。

 そして、取り込まれた北千住駅東口ロータリーでは、魔法による灯や炎が焚かれ、夜とは思えないほどの明るさを保っていた。


 そんな広場に、沢山のテーブルや椅子が並び、周囲には料理用に仮設の台所が造られて、沢山の食べ物が並べられていた。

 ポテトサラダ、お好み焼き、串焼き、肉ジャガ、焼きナス、焼き芋、秋野菜のてんぷら、勿論、バーベキューもある。

 そこで使われている肉は、残念ながら魔物から得たものだけど、野菜などは汐入中学の畑で収穫したものだ。

 誰もがご馳走に喝采を上げ、料理を作っている者もツマミ食いしながら、賑やかな夜となっていた。

 回収で仕入れたお酒も振る舞われ、大人は久しぶりのご馳走と酒に幸せそうな声で騒いでいた。

 勿論、酔っ払って暴れた者は即退場だし、いまや大人よりも子供の方が戦闘力があるので、喧嘩を始めるような命知らずは居なかった。


 開催の挨拶は、生徒会長である神谷明里かみやあかりが行い、喝采が上がってから既に四時間にくらいになるだろう。

 僕は様々な料理に舌鼓を打ちながらも、誰もが笑顔で楽しんでいるのを見て、少しばかり幸せな気分になっていた。

 そんな僕に、斜向かいに座った大和が話しかけてきた。


「この笑顔の殆どは、黒鵜君のお陰だよ」


 僕はその言葉に、少しばかり疑問を感じた。

 なにしろ、僕は戦うか更地を作ることしかしていない。

 今、僕が口にしている野菜だって、全て避難者のみんなが、汗水垂らして作った物なのだ。


「いえ、みんなの頑張りですよ」


 謙遜ではなく、僕は正直に思ったことを口にする。

 すると、文人が透かさず、それを否定した。


「黒鵜、なにってんだよ! それもこれも、生活できる場所があって、魔物の被害から守ってもらえるからだろ? わかれよな! うめっ! やっぱ、串焼きが最高だな」


 ワイルドボアの串焼きを食べながら、文人はしっかりとした意見を口にした。


 因みに、今日の収穫祭では飛竜の肉を一切使っていない。というのも、アレを食べた途端、他の食べ物がどうでもよくなるからだ。まさに、究極の肉だ。


 それ、収穫祭のメインじゃないからね。野菜を食べなよ! 野菜!


 先程から肉ばかり食べている文人に冷たい視線を向けていると、僕の隣に座る愛菜が視線を向けてきた。


「そうですよ。黒鵜さんが居なかったら、今頃はベヒモスにやられていたでしょうから。焼き芋が美味しいです......」


 甘い香りを漂わせる焼き芋を嬉しそうに食べながら、愛菜は文人の意見に賛同する。


「まあ、そう言われると、お互い様なんだよね。だって、僕には農作業なんてできないんだし......だから、みんなが頑張った成果で良いと思うよ」


「そうです。自分はここに逃げてきて最高でした」


 缶ビールを片手に、他方には串焼きを持った美静が、喝采の声をあげた。


 美静の言う「そうです」の意味が全く分からないのだけど、それよりも元気にビールを飲み干す彼女を見て、ここ最近、頻繁に感じている違和感を抱く。


 ん~、何か忘れているような気がするんだよね......なんだっけ? なんか美静と関係してたような気がするし、そうでないような気もするし......ん~、分かんないや......


「あの~、黒鵜さん......」


 どうしても思い出せない何かを気にしていると、愛菜がおずおずと声を掛けてきた。

 しかし、それは明里の声で遮られてしまう。


『それでは、みなさん、宴もたけなわですが、ここで区長から挨拶を頂きたいと思います』


 彼女はマイクを持っており、その声は校舎に設置されているスピーカーから放たれている。

 そのマイクのコードの先は、なぜか一人の少女が握っている。

 僕も知らない話だったのだけど、どうやらその少女が人間アンプになっているようだ。


 ちょ~~~~、どこの飲み会だよ......てか、明里、酒飲んでるんじゃ......いやいや、それより、僕に挨拶なんて無理だって言ったのに......


 僕の心情を他所に、かなり赤くなっている明里が無茶振りしてくる。


「では、どうぞ!」


 では、どうぞ。じゃね~!


 明里が僕に手を向けた途端、一瞬にして祭りの場が静まり返った。


 ちょ、ちょっと、なに、この静けさ......


「どうぞ、黒鵜区長!」


 隣にいる愛菜の吐息が聞こえてきそうなほどの静けさの中、僕はドン引きしているのだけど、全く空気を読んでいない少女がにこやかにマイクを差し出してきた。


 どうぞって......逃げていい?


 無理矢理にマイクを押し付けられてキョドっていると、子供の声が聞こえてきた。


「えんごく~~! つお~い!」


 その途端――


「炎獄は最強だ!」


 ビールを持つ手を上げた若者が叫んだ。

 それが呼び水だったのか、誰もが僕の二つ名を口にし始める。


「炎獄! 最強! 炎獄! 最強! 炎獄――」


「「「炎獄! 最強! 炎獄! 最強! 炎獄! 最強! 炎獄――」」」


「「「「「「炎獄! 最強! 炎獄! 最強! 炎獄! 最強! 炎獄――」」」」」」


 いつの間にか大合唱とも言える炎獄最強コールに、僕は思わず尻込みしてしまう。

 ただ、それと同時に、自分が畏怖されている存在じゃなかったのだと思えて、少しだけ嬉しくなる。


「さあ、黒鵜さん、一言でいいんですよ」


 隣にいる愛菜がにこやかに声を掛けてくる。


 一言......一言だ。一言......一言だけ何かを言えばいいんだ。


 炎獄コールが渦巻く中、僕は自分を鼓舞してマイクを強く握る。


「あ、あの~」


 僕が一言発した途端、その場は一瞬にして静寂に包まれた。


 うっ......みんなが注目している......


『頑張りなさいよ。最強の魔法使いなんでしょ?』


『そうだぜ、ここでカマせば、一気にヒーローだぞ』


 注目する者達の視線を感じて動揺していると、頭の中で氷華と一凛の声が聞こえたような気がした。


 氷華......一凛......そうだね......僕は、炎獄の魔法使い黒鵜与夢だもんね。


 彼女達に後押しされたような気がして、自分の中にある勇気が奮い立ったように思えた。だから、目一杯に気合を入れて叫ぶ。


『ぼ、僕が炎獄の魔法使い、黒鵜与夢だ! みんなの幸せは、僕が守ってみせる!』


「うおーーーーーーーー! 炎獄! 炎獄! 炎獄ーー」


「「「「「「炎獄! 炎獄! 炎獄! 炎獄! 炎獄! 炎獄! 炎獄――」」」」」」


 後で思い起こして、少しどころか、かなり痛い台詞で、穴があったら入りたい気分になったのだけど、この時の僕は最高の気分で両手を天に突き上げたのだった。









 後悔先に立たずとは上手いことを言ったものだと思う。

 なにしろ、今の僕が痛いほどそれを実感しているのだ。


「さすがに、あのセリフはないよね......痛すぎるんだけど......」


「そんなことはないと思いますよ? めっちゃ格好良かったです」


 頭を抱える僕に、愛菜が楽しそうに声を掛けてくる。


 ちぇっ......他人事だと思って......まあいいや、過去を悔やんでも始まらないし、それよりも精霊王ベラクアを呼び出さなきゃ。


「ベラクア様、黒鵜です」


 水辺に辿り着いた僕が声を発すると、いつものように水が盛り上がってベラクアの登場となった。


『ようこうそ。準備はできましたか?』


「はい。問題ありません。でも、もしよければ......」


 相変わらずの無表情で問い掛けてくる彼女に返事をする。

 ただ、一つだけ願いを付け加えた。


『構いません。出でよ』


 彼女は僕の願いを直ぐに察したのだろう。その透き通るような白い両腕を広げる。

 すると、彼女の前に、まるでガラスケースであるかのような器が、水の中から出てくる。


 氷華......一凛......もう少しだけ、待っててね。絶対に聖樹の種を持って帰るからね。


 僕は脚が濡れるのも気にせず、川の浅瀬に脚を進め、二人が入った器の前まで辿り着くと、絶対に成功させると約束する。

 しかし、その時だった――


「そんなに見詰められると、少し恥ずかしいんだけど」


「はぁ? 氷華なんか見てないよな? うちのことを見てんだよな?」


 突如として、僕の耳元で氷華と一凛のような会話が発せられた。


「えっ!?」


 驚いて振り向くと、そこにはリリとララ――精霊の二人が居た。

 精霊を人と数えるのはどうかと思うけど、今はそれどころではない。


「もしかして、氷華と一凛なの?」


 青い服を纏った精霊とオレンジの服を着崩している精霊に声を掛けながら、僕は両手を差し出す。

 すると、右手に青服の精霊、左手にオレンジ服の精霊、まるで仲が悪いかのように別れて舞い降りる。


「ん~、融合体なのかな?」


「うちでありララであるといったとこかな?」


 二人が発した言葉を聞いて、僕はすぐさまベラクアへと視線を向ける。


「ベラクア様、これは?」


『このままだと、肉体が生き延びても精神がすり減る可能性があるのです。だから、二人には精神だけをリリとララに融合して貰いました』


「そ、そうなんだ......でも、よかった。氷華と一凛と話せて。僕、嬉しいよ」


「ちょっと、なにドサクサに紛れてるのよ」


「おっ、ちょっ、強く締め付けすぎだ!」


 感極まった僕が二人を抱きしめると、二人が顔を赤くしながらクレームを入れてくる。

 でも、感情が高ぶっている僕は、二人の文句が全く耳に入らない。

 しかし、そこで氷華と一凛は、僕の肩に飛び乗ると、耳元で囁いた。


「そんなに心配しなくてもいいわよ。私達も付いて行くから」


「そうだぜ。黒鵜一人で行かせるなんて、心配だからな」


 二人の言葉を聞いて、僕は驚愕を露にする。

 なぜなら、精霊はその場を離れられないと聞いていたからだ。


「えっ!? 一緒に来てくれるの? でも......」


「当たり前じゃない」


「当然だな」


『大丈夫です。彼女達は人と融合しているので、この場に留まる必要はありません』


 二人が愚問だと答えると、ベラクアも頷きながら問題ないと告げてきた。


「や、やった! やったよ......本当は、少しだけ心細かったんだよ」


「まあ、黒鵜君には、私がついていないとね」


「いや、うちが一緒じゃないと黒鵜はてんでダメだからな」


「あはっ! ありがとう。二人とも」


 いつもなら不満に思う処なのだろうけど、僕は嬉し過ぎて彼女達を思いっきり抱きしめてしまう。


「ちょっ、セクハラよ!」


「嬉しくない訳じゃないけど、ちょっと締め付けすぎだ!」


『それでは、そろそろ送りましょう。手を』


 いい加減、僕等のやり取りにウンザリしたのか、ベラクアは無表情ながらもササっと手を差し出す。

 それを見やり、僕は氷華と一凛を胸に抱いたまま、笑顔でベラクアの手を取る。


『それではアイノカルアへ送ります。健闘を祈ります』


 彼女がそう言った途端だった。僕の視界が歪み始める。


「うへっ......気持ち悪い......」


 視界が歪んだことで気分が悪くなり、思わず声を漏らした時だった。後ろから大和の叫び声が聞こえた。


「こらっ! 愛菜! ダメだ!」


 僕は大和の発した言葉の意味を直ぐに理解した。

 なぜなら、僕の手の上に白い細い手が置かれたからだ。


「私もお供します」


「ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ!」


「こ、こら! 部外者は立ち入り禁止だ!」


 愛菜の嬉しそうな声が耳に届き、それに続いて氷華と一凛の苦言が聞こえてきたのを最後に、僕の意識は暗転したのだった。


いつも読んで頂いてありがとう御座います。m(_ _)m


この話を以て第二章を終わりとさせて頂きます。


今後のお話ですが、まだまだ続きます。

次は、氷華と一凛の身体を復活させるために、異世界で聖樹の種を頂いてくるお話になります。

ただ、与夢も復活したとはいえ、マナが少ない状態で、これまでのように魔法をじゃぶじゃぶに使える状態ではありません。

そんな状況下で、異世界へと旅立った与夢には、沢山の苦難が訪れることでしょう。


さて、第三章なのですが......実の処、私が異世界(ブラックな企業世界)で炎上中です。

そのため、もう一つの作品(天の恵みは刃となりて)も含め、全く執筆が進んでいない状態です。

なので、今回は少し長めにストック期間を頂きたいと思います。

大変申し訳ありません。


それでは第三章で会いましょう。

これからも宜しくお願い致しますm(_ _)m

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