34 和解
眼前にはガラスの灰皿があった。いや、既にその形は失われている。
ハッキリとは覚えていないけど、たしか分厚い強化ガラスで作られた灰皿だったように思う。
まあ、タバコを手に入れるのも至難の業である現状を考えると、それが使われなくなって久しいだろう。そして、久しぶりの役目は、本来の使い方とは少しばかり異なっていた。
それが気に食わなかったのか、ガラスの灰皿は鈍い音を発して派手に散乱する。
なんて女だ。行き成り魔法をぶっ放すなんて! とんでもない奴だな。いや、それはそうと、なんか時間が止まったみたいに感じたんだけど……
有無も言わさず攻撃されて憤る。
それと同時に、自分が目にした光景を不思議に思う。
というのも、なぜか砕け散る瞬間を垣間見えたような気がしたのだ。
まるでスローモーションのように感じられた出来事は、身に迫った危機に対する憤りを暫し忘れさせる。
ただ、ガラスの破片がリノリウムの床で鈍い音を立てたところで、はたと我に返る。そして、しだいに怒りが込み上げてくる。
だってそうだろう。誰だって行き成り攻撃を喰らわされたら怒るに決まっている。もし、怒らないとすれば、それはよほどのマゾヒストだと思う。いやいや、さすがのマゾヒストも命を落としてまで快感を得たいとは思わないはずだ。だって、あの攻撃を食らえば、快感を得る間もなくご臨終となるのだから。
「おい! 神谷。幾らなんでも、それはあんまりだぞ。こう見えても、こいつはうち等のリーダーだからな」
水の一撃を灰皿で受け止めた一凛が、珍しく眦を吊り上げて神谷を睨みつける。
おおっ! 一凛、見直したよ。てか、一応って言葉は要らなくない?
一凛の言動を褒め称えつつも、異議を申し立てたくなる。
だけど、どうやら彼女は本気で怒っているようなので、口を挟まないことにする。
まあ、彼女が瞬時に灰皿で受け止めてくれなければ、僕は今頃あの世に向かっていたかもしれない。
そういう意味では、命の恩人とも言えるのだけど、今は感謝の言葉を伝える場合でもない。
「行き成り攻撃とか、在り得ないわ。死にたいの? 死にたいのよね? だったらそう言いなさい! 直ぐに始末してあげるわ」
氷華は怒りを露わにすると、右手に氷の剣を作り出し、有無も言わさず神谷に突き付けた。
その立ち姿の格好いいこと、マジでアニメの魔法剣士の如しだ。
めっちゃカッコイイや……自分に向けられたら最悪だけど……改めて見ると氷華ってめっちゃサマになるよね……
現在の状況を忘れて、思わず彼女の格好良さに感動していると、葵香とココアの声が耳に届く。
「んーーーー!」
「フシャーーーー!」
視線を向けると、美少女と黒猫は怒り露に神谷を睨みつけている。ただ、彼女達の隣に座る美静に関しては、未だに凍り付いたままだった。
どうも彼女の場合、ミューズになっていないと恐ろしく小心者みたいだ。
「あぅ……す、すみません。感情的になってしまって……」
美静を除き、三人と一匹から睨まれた神谷は、すぐさまテーブルに額を付けんばかりに平謝りした。
ところが、氷華という女は、それで怒りを収められるほど物分かりが良くない。
「謝って済むなら、魔物退治なんてしないわよ。有無も言わさず攻撃しておいて、ごめんなさいじゃ済まされないわ」
一瞬、何のことだと思ってしまったのだけど、彼女の言い分は直ぐに理解できた。
恐らく、魔物にごめんなさいと言って通用しない。奴等に謝ったところで何の意味もない。だから、攻撃してくるなら倒すしかないと言いたいみたいだ。
「す、すみません。ほ、本当にすみません」
「申し訳ありません。色んなことがあって、少し過敏になってたんです」
平謝りする神谷に続き、副会長である喜多川が一緒に頭をさげる。
「ふむ。まあいいや。氷華も、もういいだろ」
「ふんっ! ただ、憶えておきなさい。相手を攻撃する時は、自分が始末される覚悟を持つことね」
一凛が頭をボリボリと掻きながら場を収める。取り敢えずは退いてくれと言いたいのだろう。
それを察したのか、氷華は鼻を鳴らしながらも氷の剣を一瞬にして消し去ると、指を突きつけて忠告する。
神谷達は殺気の宿った忠告にコクコクと頷く。
それに満足したのか、彼女はドサリとソファーに腰を下ろした。
それで収まったかと思いきや、彼女は更に付け加えた。
「それと、もうひとつ言わせてもらうけど、私達は無暗に暴れるつもりはないわ。でも、降りかかる火の粉を払うのに手段を選ばないの。泣こうが、喚こうが、容赦なく叩きのめす。だから、今回は特別だと思ってちょうだい」
冷めた眼差しを向ける彼女は、棘のある声色で容赦なく脅しをかける。いや、これは脅しではなく事実なのだ。現にショッピングモールではそれが起きている。
もちろん、ここに居る神谷達がそれを知ることはないのだけど、彼女の眼差しと声色からそれが本当のことだと感じたみたいだ。唯でさえやつれた顔を青くしている。
「こら、氷華、弱い者いじめもいい加減にしろよ。完全に怯えてんじゃね~か! でもまあ、こいつが言ったことは嘘じゃないからな。お前等も肝に銘じておけよ。もう秩序なんて消し飛んだ世界になってるんだからな」
一凛は凍り付く下級生を見て氷華を窘める。だけど、下級生に釘を刺すのも忘れていない。
ただ、いまやカクカクと人形の如く首を縦に振ることしか出来なくなった下級生を見て満足したのか、彼女は本題に入ることにしたようだ。
というか、僕って完全に飾りになっているような気がする。
「それで、何があったんだ? そもそも、自衛隊の車両があるのに、なんで隊員が居ないんだ?」
それは、僕もずっと疑問に感じていたことであり、ここに居る間にも抱いていた違和感だ。
というか、誰もが感じていたに違いない。氷華も美静も黙って頷いている。
だけど、どうやらその話は口にし辛い内容だったみたいだ。神谷達は渋面を作って押し黙った。ただ、鋭い眼差しを向ける一凛に観念したのか、彼女達は渋々といった様子で、これまでのことを話し始めた。
実のところ、中学にはかなりの人達が避難していた。
ただ、男女比や年齢比が恐ろしく偏っている。
まあ、老人が居ないのは何となく分からなくもない。
だって、夜中にファンタジー化が起こったのだ。余程に元気な年寄りでない限りは逃げ出すなんて不可能だろう。
ただ、女子供ばかりの有様に、少しばかり渋面となってしまう。
というのも、女の子に興味がある年頃とはいえ、実際に有りの侭の姿を知ったことで、女の子が可愛いだけの生き物ではないと知ったからだ。
もちろん、有りの侭の姿を教えてくれたのは、氷華、一凛、美静、という可愛くも可憐で美味しそうな女性陣だ。
彼女達は可憐な見た目とは裏腹に、見えない棘と皆無の女子力を知らしめてくれた。だから、今では分かる。綺麗な花には棘があるのだ。
溜息を吐きつつ、ワイルドボアの肉を切り分けながら、女性ばかりの集団をチラリと見やる。
「これだけの人の食事を用意するのは、ひと苦労だね……」
「す、すみません。いえ、ありがとうございます」
愚痴を零すと、手伝いをしてくれている生徒会副会長の喜多川千鶴が頭を下げてきた。
まあ、彼女が悪い訳ではないので、首を横に振って肉の処理を進める。
現在は、グランドに設置された自衛隊のテントの中で食事の用意をしている。
ただ、テントと言っても屋根があるだけの代物で、周囲では子供たちが物欲しそうな眼差しで眺めている。
恐らくは、余程にお腹が空いているのだろう。いや、もうそんなレベルではないはずだ。だから、氷華に声を掛ける。
「氷華。軽い食べ物を配ってくれないかな。急に肉なんて食べたらお腹を壊すかもしれないからね」
「ええ、分かったわ。みんなこっち集まって」
氷華が声をかけると、子供たちが嬉しそうに群がる。どうやら、さすがの彼女も子供には優しいみたいだ。にこやかな表情を浮かべている。
話に聞いたところによると、もう三日くらいは水だけで命を繋いでいたらしい。
だから、空腹時に焼き肉を食べるのは危険だと考えて、ドラッグストアに残っていたお菓子や消化に良さそうなものを配ることにしたのだ。
「わっ! おかしだ! やった! やった!」
「おねえちゃん、ありがと」
「お、おいしい……」
「あ~、ぼくも……」
「あたしも、あたしも」
「ありがとう、おねえちゃん」
子供は燥ぎながらお菓子を強請り、それを手にした途端、久しぶりのおやつに瞳を輝かせている。
「ほ、本当に、ありがとう御座います」
「あ、あの、私達も手伝います」
「ありがとう。本当にありがとう。これで生き延びられるのね」
子供たちの母親や他の女性達が感謝の言葉を口にしながら、手伝いを申し出てきた。
それこそ、彼女達にとってこの食料は神の恵みとも呼べるものなのだろう。
誰もが、これで生き延びられると歓喜の声を漏らしている。
「黒鵜君、何をやってもらう?」
女性達が手伝うと言い出したことから、氷華が困り顔で尋ねてくる。
当然ながら、彼女は何をやればいいのかなんて分からない。なにしろ、全く料理ができないからだ。
そのままじゃ、嫁のもらい手がないんじゃないかな? 少しは練習した方がいいと思うけど……
全く家事のできない氷華に冷たい視線を向けながら、少しばかり毒を帯びた想いを抱くのだけど、それを表に出すことなく指示を送る。
というのも、まだ死にたくはないのだ。他界するのは、せめて童貞を捨ててからにしたい。
「オジヤを作るから、鍋とお湯の用意してもらえるかな。あ、あと、一凛と美静は米を運んでね」
「分かったわ」
「ちぇっ、また力仕事かよ~」
「分かりました」
氷華が頷くと、米の運搬をいい遣った一凛が渋面で愚痴をこぼしながらも頷く。その横では美静がイマイチ様にならない敬礼を見せた。
そんな面々に肩を竦めつつも、慣れた調子で肉を細切れにしていく。
初めはバーベキューにしようとしたのだけど、避難者のやつれ具合を見てお粥に変更したのだ。だから、肉はお粥の中に入れる具にすることにした。
「す、すごい。肉がこんなに……」
臨時の調理場にやってきた神谷が驚きを露にする。
彼女が登場したところで、一旦、手を止めて視線を向ける。
とはいっても、別に包丁を使っている訳ではない。ただ、余所見はある意味で包丁作業よりも危ないかも知れない。だって、制御ができない風刃なんて唯の攻撃魔法でしかないのだ。
「薬はあれで足りたかな?」
「えっ、あっ、はい。じゅ、十分です。ほ、本当にありがとうございます」
彼女は少しオドオドした様子で感謝の言葉を口にした。
「それなら良かったよ」
頷きながら肉の処理を再開する。
そこで、神谷がおずおずと頭を下げてくる。
「あの~、本当に申し訳ありませんでした。知らずとはいえ、急に攻撃したりして……」
「まあ、疑心暗鬼になる気持ちは解るからもういいよ。でも、魔法……能力は、使い方によっては簡単に人の命を刈り取ってしまうからね。これからは気を付けてね」
「は、はい。気を付けます」
彼女は現金なほどに元気な笑顔で頷く。ただ、直ぐにモジモジとし始めた。
「あ、あの……黒鵜先輩……」
うわっ、こんな可愛い子から先輩なんて呼ばれたら、恋が芽生えそうだよ……
恥じらいを見せる神谷から声を掛けられて、思わずドギマギとしてしまう。だけど、次の言葉を聞いた途端、ウンザリとした気分となる。
「あの……弟子にしてください」
「あっ、私もお願いします。さっきから使ってるのって風の能力ですよね? 凄い精度です」
神谷が弟子入り志願してくると、副会長の喜多川まで便乗してきた。
更には、彼女達と一緒に来たボーイッシュな会計の五十嵐晶紀、少し幼い感じのする書記の松岡美奈、見るからに草食系男子の海老原光、三人が飛び掛からん勢いで前に出てくる。
「あたしも、お願いっす。あの氷の魔法を教えて欲しいっす」
「わ、私もお願いなのです。あの炎の竜、凄かったのです」
「ボクもお願いします。真摩先輩たちを従える器量。感服しました」
最後の海老原に関しては何やら勘違いしているみたいだ。
ただそれ以前に、美静の件で弟子をとることに辟易としていたこともあって、僕はどうしたものかと肩を竦めるほかなかった。
食事の用意も終わり、誰もが涙を浮かべて肉入りのオジヤを食べている。
歓喜の声を上げる者、久しぶりの食べ物が美味しいと騒ぐ者、感謝の言葉を口にする者、ただただ涙を流しながら貪り食べる者、それぞれが様々な色を見せている。
そんな中、やたらと紅ばかりの光景を見やり、神谷が話していた内容を思い浮かべる。
そう、初めからここに男が少なかった訳ではないのだ。
それは、ファンタジー化が起こってすぐの話らしい。
「私達は異常を感じて、直ぐに学校に来たんです」
「というか、家が倒壊してしまいましたし……」
「あたしんちは、魔物に襲われて……みんな……あたしだけが……」
神谷が話を始めると、喜多川と五十嵐が表情を沈ませた。
発言こそなかったけど、松岡や海老原もしょんぼりとしている様子からして、真面な状況ではなかったみたいだ。
ここに居る者達は、家が壊れた者、魔物に家族を食われた者、家族が帰ってこずに独りぼっちだった者、その内容は様々だったようだ。
「私達が学校に来た時には、既に多くの避難者が集まってました。そういう意味では、避難で来た人たちは幸運だったのだと思います。ただ、そこへ自衛隊がやって来たんです」
渋面を見せる神谷を見やり、一凛が不思議そうにしつつも口を挟む。
「それなら良かったじゃね~か」
「まあ、初めは私達も喜んだのですが……それが問題の始まりだったとも言えます」
いつまでも黙っていても仕方ないと考えたのか、神谷は眉を顰めたまま否定した。
すると、今度は喜多川が続きを引き継ぐ。
「真摩先輩の言う通り、初めは私達も安堵の息を吐いたんです。というのも、誰もが外敵に対する恐怖よりも、物資の不足を懸念していたからです。なぜか不思議なことなのですが、学校には大樹も生えなければ、見知らぬ植物も生えず、魔物も湧かず、おまけに外部の魔物も門を越えることは無かったのです。だから、誰もが食料ばかりを気にしてました。そんな訳で、自衛隊の登場は神の恵みかと思えたほどです」
学校の七不思議ではないけど、学校だけにファンタジー化が起きなかった理由が解らない。それについては、これから解明する必要があるだろう。
その疑問はさて置き、喜多川は頷く面々を見回しつつ、話を進める。
「自衛隊の方達はとても頼りになりました。ただ、彼等は物資の確保や救助に出かける度にその数を減らし、終いには片手で数えられる人数となってしまいました」
「それが原因だったんすよ。結局は、奴等もただの人間で……いや、最悪な奴等だったんすよ」
「物資は底を突いて、車両の燃料も無くなると、残った隊員達はしだいに変貌したのです。というか、狼に変身したのです。それで、赤ずきんちゃんを手込めにしようと……」
五十嵐が腕を組んだまま腹立たし気に吐き捨てると、松岡が悲しそうな表情を見せる。
もちろん、残った自衛隊員が魔物化した訳ではない。狼になったのはあくまでも比喩なのだ。そして、手込めにするというのは、もちろん卑劣な行動を指している。
ああ、ショッピングモールの西棟に居た者達と同じ原理と行動か……
「そんな者達に先導されて、男の人達は狂ったように女を襲い始めたんです。それこそ、悪夢でした。ボクも危うく……」
同じ男として、何とも情けない話だね。というか、海老原、君は男でしょ!? マジで襲われそうになったの? 怖い世の中だね。僕も気を付けなきゃ……
当然ながら、それに参加しなかった男達も居たようだ。多分、それが現在ここに残っている数少ない草食系男子なのだろう。見るからに女性を襲いそうにないというか、女性から襲われそうな面子ばかりだった。それはそれで怖い世の中に思える。
「そ、それで、その自衛隊員たちはどうなったのですか?」
「……」
恐らく聞かずとも予想できるのだろう。同じ自衛官である美静が恐る恐る尋ねた。
途端に、生徒会役全員が押し黙った。
特に、神谷が沈痛な表情を見せた。
その様子からして、聞かなくても答えは明白だ。
それでも、一応は確かめてみる。
「君たちが倒したんだね」
「……はい」
眉間に皺を寄せる神谷ではなく、隣に座る喜多川が肯定すると、そのまま話を続けた。
彼女の話では、男達の汚れた手は生徒会役員にも伸びたという。
ただ、彼女達はそのタイミングで運良くというか、都合よくというか、魔法――能力に目覚めたようだ。
その展開は、本当にご都合主義だと言わざるを得ない。
実際、都合が良いと言うか、そういう切っ掛けが力の発動に必要なのかもしれない。
だけど、問題はそこではなさそうだ。
そう、能力に目覚めたことで、ここでも狂乱が起きたのだ。そう、彼女達の男狩りが始まったのだ。
まあ、それを非難することはできないんだよね。僕自身が同じことしているのだし……彼女達の気持ちは解る。だって、身の危険を感じさせる方にも問題があると思えるからね。
狂ったように女に襲い掛かる男達を排除した彼女達は、時間が経つにつれて自分達の行為に、その能力に畏怖し恐怖したようだ。
ただ、周りの者達は緊急避難だと考えたのか、彼女達を責めることをしなかったらしい。
そうして、少しずつ自分を取り戻した彼女達だったのだけど、今度は飢えが襲ってきたという訳だ。
「そのタイミングで先輩達がやってきたので、もう何も考えられなくて……自分達や避難者を守ることしか頭に浮かばなくて……ついつい強硬手段に……」
「それはもういいんだ。というか、それで黒鵜が性犯罪者に見えた訳だな」
「はい! あっ、いえ……」
神谷が自分達の行動について語ると、一凛がニヤニヤしながらツッコミを入れた。
それを助け船と感じたのか、即座に神谷は食いつくのだけど、半眼を向けた途端、殻に逃げこむヤドカリのように縮こまってしまった。
彼女達の境遇を考えれば仕方ないかもしれない。だけど、正直、勘弁して欲しいところだ。
まあ、性犯罪者の件は置いておくとして、彼女達は未だに怯えている。
男から襲われること、自分達が狂ってしまうこと、何もかもが怖くて堪らないのだ。
それを涙ながらに語る彼女達を見て、みんな同じなのだと感じた。
だから、彼女達に有りの侭の気持ちを伝えた。
「君達の行動は間違ってないよ。僕も氷華や一凛が攻撃されて沢山の人を焼き殺したんだ。でもね。今でも後悔していない。氷華が言った通り、仲間に手を出す奴は容赦なく始末する。この世界は、どれだけ助けを求めても、誰も守ってくれないんだ。だから、自分が汚れようとも、大切な者を守ることは、決して間違いじゃないと思う」
何を感じ取ったのかは分からない。ただ、彼女達は涙に濡れる瞳を見開いた。
そして、感謝の声を漏らす彼女達と交渉に入り、二つ返事でオーケーをもらった。
こうして、ベースキャンプから物資を持ち込んで食事を振る舞うことになったのだ。
満足そうな表情を見せる面々を眺めつつ、校長室での出来事を思い出していると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「お腹も満たされて落ち着いたみたいね」
「そう。それなら良かった」
「みんな嬉しそうだな。まあ、お腹が一杯になれば幸せになれるもんな」
氷華の問い掛けに答えると、今度は一凛の彼女らしい感想が聞こえてきた。
ただ、一凛の感想があまりにも彼女にマッチしていた所為でツボに嵌る。
「くくくっ」
「ちょ、こら、何が可笑しいんだよ!」
どうやら笑われているのが自分の発言だと直ぐに気付いたようだ。一凛は頬を膨らませて詰め寄ってくる。
そこで氷華が笑顔を見せる。ただ、それは一凛に対してではなかったようだ。
「でも、この魔法は凄いわ」
氷華は残った肉にチラリと視線を向ける。
彼女が言ってるのは、魔物の肉に潜んだ後遺症の除去についてだ。
「あ、ありがとう御座います」
氷華が褒め称えると、草食系男子の海老原が嬉しそうにしながら頭を下げた。
「確かに、除菌の魔法で後遺症が消えるなんて考えてもみなかったよ。いや、除菌の魔法自体、思いつかなかったよ」
「黒鵜先輩にそう言ってもらえると、とても嬉しいです」
まるで女の子のように可愛らしい顔をしている海老原は、顔を赤らめつつも嬉しそうにしている。
それを見て思わず照れてしまうのだけど、すぐさま氷華から冷たい視線を頂戴した。
ただ、相手が男子生徒だということもあり、尻への攻撃は回避されたみたいだ。
まあ、海老原がショタ系男子だというのは置いておくとして、彼は修復の魔法が得意なのだけど、その際に不純物を取り除いたりできるらしい。その力を使って水を綺麗にしたり、殺菌したりしていたようだ。
そんな彼が肉に除菌の魔法を掛けたことで、なぜか豚鼻後遺症が起きなくなったのだ。
確かに氷華が言うように、彼の魔法は素晴らしいものだと言えるのだけど、ラッキースケベのチャンスが減ったことを考えると、少しばかり残念な魔法だと思える。
「そろそろいいですよね?」
誰もがお腹を満たして落ち着いたところで、何を考えたのか、突如として生徒会長である神谷が立ち上がる。
「皆さん。少しだけ私の話を聞いてください」
そう、このあと、神谷から避難者に重大な話が告げられたのだった。