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ようこそ混沌!グッバイ平穏!  作者: 夢野天瀬
01 炎獄の魔法使い誕生
19/90

18 楽しい日々


 魔物を哀れに思えるほどに圧倒的な力でねじ伏せた氷華と一凛いちかは、満足げな表情で黒魔石を拾い集めていた。

 転がる黒魔石はどちらが倒した物かも分からない。だけど、吸収できるのは魔物にダメージを与えた者だけだ。

 だから、横取りすることもできない。

 本当に良くできた安全なシステムだと言えるだろう。


「ふ~っ、スッキリした」


「なに、それ。それじゃ、まるでトイレの後みたいよ」


「そうだけどさ。体を動かすとスッキリするじゃん」


 氷華に突っ込まれたのだけど、一凛は気にした様子もなく己が気持ちを吐き出す。

 ただ、僕にとってはそれよりも気になることがあった。


「ねえ、一凛って、格闘でも習ってたの? 身体系の魔法は理解できるけど、戦い方がサマになってるよね」


 そう、彼女の戦い方は、力があるだけではないのだ。

 突きも蹴りも、素人目でも分かるほどに洗練されているのだ。


「ああ、家が空手の道場でさ、やりたくもないのに、ずっと続けさせられたんだ。まあ、そのお陰で今は助かってるけどな」


「道理で……凄く恰好よかったよ」


「確かに、見事だったわね」


「そ、そうか? あは、あは、あはははははは」


 褒められた一凛は、後ろ頭を掻きながら照れ始める。

 だけど、そんな呑気な時は、一瞬にして消え去った。

 心臓を鷲掴わしづかみにされるかのような咆哮が轟いたのだ。


「グギャーーーーーーーーーーーーー!」


「うおっ!」


 咆哮と共に突如として急降下してきた飛竜は、どうやら一凛を狙ったようだ。

 ただ、照れて笑い声をあげていた一凛は、運良く上を向いていたことが功を奏したのだろう。瞬時にその場所から飛び退いた。


「ぐあっ、あぶね~~~~、このタイミングで竜かよ」


「な、なんで、こんなところに?」


 突如として登場した飛竜を唖然と見上げつつも、氷華が疑問の声を上げた。

 そう、相手は地に降りてさえ、見上げるほどの巨体を持った飛竜なのだ。


 ちっ、こんなところで、飛竜の登場か……でも一匹か……これはチャンスかも。


 舌打ちしつつも、竜が一匹であることを確認すると、すぐさま戦いを決意する。

 ただ、油断なく構えてはいるものの、一凛にとっては不利な敵だろう。


「一凛、下がって、さすがに竜相手に素手じゃ無理だよ」


「くっ、確かに……いや、一撃でいいからお見舞いさせてくれ」


 マジか、この女……本気でやる気なの?


 驚きの返事に、自分の耳を疑うのだけど、彼女は真剣な表情で竜と対峙していた。


 いや、無理だって……


「氷華、援護を! 僕も風の魔法で参戦するよ」


「分かったわ。いけっ、氷槍!」


 氷華は頷くと、すぐさま氷の槍を放つ。

 しかし、飛竜は宙に舞い上がることで攻撃を素早く避けると、遠距離攻撃を仕掛ける僕達を煩わしく思ったのか、怒りの声を上げた。


「グアオーーー!」


「こら、逃げるな! 正々堂々と戦え!」


 飛竜が手の届かない状態となったことで、憤慨した一凛が声を上げる。


 奴は逃げるなと言われたことが気に入らなかったのか、すぐさま一凛に向かって急降下する。

 すると、啖呵を切ったはずの一凛が一目散に逃げ出した。


「うわ、うわ、うわっ、上からの攻撃なんて、ずるいぞ!」


「おいおい……てか、いまだ! 風刃!」


 一凛の行動に呆れつつも、降下してくる飛竜に、狙いすまして風の刃を叩き込む。


「ウンギャ!」


「いまね! 氷槍!」


 風刃は鎧とも言えそうな飛竜の身体を切り裂く。ただ、その傷はそれほど甚大では無さそうだ。だけど、動きが止まったことでチャンスが生まれた。透かさず氷華が氷の槍を叩き込む。

 ところが、瞬時に危機を悟ったのか、奴は身をよじる。

 それでも、彼女の攻撃は見事に奴の羽に突き立つ。


「アンギャ!」


 そうか、羽だ! 地上に引きずり降ろせば、どうとでも料理できるはずだ。


「氷華、先ずは羽を狙おう。空に上がられると厄介だからね」


「そうね。それがいいかも」


 飛竜を唯のトカゲにすることを提案すると、彼女も名案だと思ったのか、すぐさまそれに頷く。

 だけど、会話の届か居ない位置に居る一凛は、何を考えたのか暴挙に出た。


「喰らえ! 必殺、殺人パーーーーーーンチ!」


「ちょーーー! それは人じゃないよ……てか、無理だって……」


 思わずツッコミを入れてしまったのだけど、その言葉通りなのか、一凛のパンチを下半身に喰らった飛竜はキョトンとした顔で彼女を見やる。

 間違いなく、まったく効いていないのだろう。

 まさに、「それがなにか?」と言わんばかりの表情だ。


「き、効いてない? うちの殺人パンチが? てか、ごめんなさい。ちょっとした出来心で……」


 だから、それは人じゃなくて、竜だって!


 己が力を信じていたのか、一凛は唖然とするのだけど、敵わないと知るや否や、後ろ頭を掻きながら後退りを始めた。


 でも、どうやら、こいつは心が狭いらしい。許してくれるつもりはないようだ。すぐさま奴が怒りの声を上げた。


「グギャーーーーーー!」


「あ、あいや~~、失礼しました~~~~ごめんなさ~~~~~~い」


 飛竜の迫力に、一凛は謝罪の声を上げながらすたこらさっさと逃げ出す。


 まあ、その行動も当然だろう。なにしろ、飛竜の大きさは人間の数倍もあるのだ。

 それが眼前で怒り狂っているのに、平然としていられるはずもない。


「ココア、安全なところに隠れて! 風刃!」


 抱いていたココアを降ろすと、すぐさま飛竜に向かって駆け出し、一凛を守るべく風の刃を放つ。

 近づいた理由は簡単だ。魔法攻撃が遠距離から放てるとは言っても、近くからの方が当てやすいのは、誰もが解る道理というものだ。


 一気に接近しつつ、立て続けに風刃をぶち込む。

 その攻撃は見事に奴の翼を切り裂く。ただ、以前戦った飛竜よりも固いのか、予想以上にダメージを受けていないように思える。

 そのことに顔を顰めていると、散開した氷華の声が届く。


「逃がさないわ。これでも喰らいなさい! 氷撃!」


 彼女は氷の槍ではなく、範囲攻撃が可能な雹弾ひょうだんの攻撃に切り替えていた。


 さすがだ。こういうところが彼女の凄いとこだよね。


 そう、彼女は魔法の威力も凄いけど、それ以上に戦闘の状況に合った戦い方をするのが上手いのだ。まかり間違っても、力任せな攻撃を行使したりはしない。


 そんな彼女の功績もあって、少しずつだけど奴の翼はズタズタに切り裂かれていく。


「すげ~~~っ!」


「一凛、感心してないで、ココアを頼むよ。 風刃!」


「あ、ああ、ココア様を守ればいいんだな」


 感嘆の声を上げる一凛に頼みごとを伝えつつ、風刃の魔法を連続して叩き込む。


 因みに、ワイルドボアの肉を分けてもらったことから、一凛はココアを様付きで呼んでいたりする。


 それはそうと、風刃と氷撃を散々と喰らい、翼をズタズタに切り裂かれた飛竜は、ピンチだと感じたのか、必死に舞い上がろうとしているのだけど、ぴょこん、ぴょこんと跳ねるのが精々だった。


「ここまできて、そう簡単には逃がさないよ! 炎撃!」


「これでも喰らいなさい! 氷槍!」


 飛べなくなった飛竜は、唯の豚――いや、ただのトカゲだ。

 俊敏さも失い、正面切って戦うしかなくなった奴は、すぐさま尻尾で応戦してくる。

 だけど、時すでに遅く、奴の身体に炎撃と氷撃が唸りを上げて突き刺さる。


「アンギャーーーーーーーー!」


 上半身が炎に包まれ、腹には氷の槍が突き刺さり、苦痛に負けた奴が悲痛な声を上げる。


 そんな姿を見ていると、僕等が飛竜を虐めているようで胸が痛むのだけど、これが弱肉強食の世界なのだ。

 逆に、僕等が負ければ、簡単に奴等のにえになってしまう。

 そう、ここは非道と呼ばれようとも、心を鬼にして打倒うちたおす必要があるのだ。

 悲しそうな眼を向けてくる飛竜に、容赦なく止めの一撃を放つ。


「悪いね。でも、僕等も死ぬのは嫌なんだ。ごめんね。爆裂!」


「クオーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 飛竜は己が最後を悟ったのか、悲しい叫び声を上げる。

 でも、それは鼓膜が破れそうなほどの爆音によって掻き消される。


 せめて苦しまずに死ねるように、渾身の魔法をぶち込んだのだ。その破壊力は半端ない。


「きゃっ!」


「うげ~~っ」


 渾身の魔法は、耳をつんざく爆発音と周囲を吹き飛ばす爆風を撒き散らす。

 氷華は爆風で転がり、近くにいた一凛もろとも吹き飛ばされる。


 いけね……ちょっと遣り過ぎたかも……てか、ヘルメットを被っとけばよかった……


 自分が放った爆風に耐えながらも、その爆発規模の大きさから、ヘルメットを着用していなかったことを少しばかり後悔してしまう。

 仲間が増えて、自分だけがヘルメットを被るのに抵抗を感じてしまったのだ。


 いや、それよりも、これで奴が生きてたら、この状況は隙だらけなんだけど……


 現在の状況に、焦りを感じ始めたのだけど、そうこうしている間に爆発で起こった粉塵が収まり始める。そして、薄っすらと周囲が見え始めたところで安堵した。

 なぜなら、そこにいる飛竜は、もはや生きていないと一目で分かったからだ。


 頭や腕が吹き飛び、胴体と離れてたところに転がっているのだ。

 これで生きていたら、飛竜じゃなくて、ゾンビとしか言いようがない。

 ただ、視界がハッキリとしたところで、少しばかり疑問を抱いた。


 あれ? なんで魔黒石が出てないのかな?


 これまでなら、魔物を倒したタイミングで転がっているはずの魔黒石が何処にもなかったのだ。そして、そこで大失敗を犯してしまう。

 魔黒石がないことが気になって、周囲の確認を疎かにしてしまったのだ。


「黒鵜君! 逃げて!」


「黒鵜、上だ!」


 氷華と一凛の声が聞こえた時、大きな影に包まれたと感じた。

 その異変を感じて、すぐさま頭上に視線を向けたところで、思わず凍り付いてしまった。


「マジ……」


 そこには、大きな日陰を作り出した原因が存在していた。

 それは、倒した飛竜よりも更に大きく、ゆうに数倍はあろうかという竜だった。そして、その姿を見た時に気付く、今しがた倒したのは飛竜ではなかったのだと。


 そう、僕等が飛竜だと思って倒した竜は、実は巨竜の子供なのだった。









 その叫びは、母親の絶叫なのか。はたまた、父親の怒りの咆哮なのか。

 爆裂の魔法をも上回る音量が、天を揺るがさんばかりに響き渡る。ただ、それよりも、自身の鼓動の方が上回っていた。


 や、やばい……逃げなきゃ……


 恰も頭を叩いているかのように脈打つのを感じながら、巨竜が舞い降りてくるのを知り、すぐさまその場から逃げ出そうとする。

 だけど、その行動は時すでに遅かったようだ。

 まるで踏み潰さんばかりの勢いで、巨竜が上空から襲い掛かってくる。

 それでも、運が良かったのだろう。奴が落下する風圧で吹き飛ばされ、無残に踏みつけられることはなかった。


「うわ~~~~~~! ぐぼっ! げほっ! げほっ! げほっ! ぐあっ、いて~~~」


 踏みつけられなかったことは幸いだった。でも、次に起こった展開は、決して運が良いとは言えなかった。

 羽虫のように吹き飛ばされた先には大木があり、強かに背中を打ち付けてしまったのだ。


 いて~~~~~! いや、我慢だ、我慢しなきゃ……速く逃げないと痛いどころの話じゃなくなるんだ。


 踏み潰されることはなかったものの、人生最大のピンチはまだまだ続く。

 そう、幼児の頃に幼稚園でお漏らしをした時よりも、絶体絶命のピンチなのだ。

 ところが、奴は僕等など眼中にないかのように、無残な姿となった我が子に視線を向けていた。


 実際のところ、その二匹の竜が母親と子供とは限らない。だけど、なんとなくそんな雰囲気なので、勝手にそう解釈することにした。


 それよりも、未だに背中の痛みで立ち上がれずにいると、氷華とココアを抱いた一凛が駆けてこようとする。


「黒鵜君、大丈夫!?」


「黒鵜、大丈夫か!?」


「フニャーーー!」


 氷華、一凛、ココアの声が聞こえてきたことで、それに気付き、慌てて彼女達を制止する。


「来るな! 逃げて!」


 巨竜の意識が子竜に向いている間に、さっさと逃げ出す必要がある。

 なにしろ、子竜でも手を焼いたのに、こんな巨竜と互角に戦えるはずがないのだ。

 本能的にそれを感じて、こちらに向かって来ようとしている彼女達に叫んだ。


 大声で叫んだのが拙かったのだろう。いや、完全に裏目に出たようだ。

 バラバラとなった子竜に意識を向けていた巨竜が、その悲しみの眼差しを怒りに塗り替え、射貫かんばかりの迫力で睨みつけてきた。


「でも……」


「黒鵜はどうするんだ!?」


「ニャウニャ……」


 脚を止めて問い掛けてくる三匹……失礼、二人と一匹に自分の考えを伝える。


「僕なら何とかする。二人はココアを連れて逃げて! どの道、一緒に逃げたら誰も助からなくなるよ」


「だけど、黒鵜君を置いていくなんて……」


「そうだよ。黒鵜を置いていけるか!」


「フニャーーーーー!」


 聞き分けのない二人と一匹は、言うことを聞こうともせず、こちらへ駆けてこようとする。

 だけど、そこで巨竜の雄叫びが上がった。


「グギャーーーーーーーーーーーーーー!」


 まあ、これが母親なら雄叫びというのも微妙に思えるけど……それでも、そのお陰で彼女達の脚が止まったのは行幸だ。


 いまだ。今しかない。


 巨竜の雄叫びに怯みながらも、痛む体に鞭打って立ち上がると、彼女達と離れる方向にヨロヨロと走り始める。


「君らが逃げないと、僕が逃げられないんだぞ! 僕を殺す気か?」


 なかなか納得してくれない二人と一匹に、少しばかりキツイ口調で叱責の言葉を投げつける。

 もちろん、そんなことなど一ミリも思ってない。

 それを察しているのか、氷華とココアが渋い顔をしている。


「だめ! 黒鵜君!」


「フーーーー!」


 ただ、一凛はこの状況を冷静に判断したのか、すぐさま氷華の腕を引っ張ると、正論を口にする。


「ダメだ。氷華! 黒鵜の言う通りだ。ここは一旦逃げよう。このままだと全滅するぞ」


「でも……」


 氷華はなかなかウンと言わない。

 それに業を煮やしたのか、一凛が怒鳴り声を上げた。


「いい加減にしろ! うち等がここにいると、黒鵜がいつまでも逃げられないぞ。お前は黒鵜の脚を引っ張るのか!?」


「だけど……」


「フニ……」


 氷華とココアは、それでも首を縦に振らない。

 だけど、一凛が冷静に判断で行動できているのは、不幸中の幸だった。


「一凛! 氷華を抱えて逃げて!」


「あっ、だめ――」


「フニャ」


「そうだな。それしかないか……わかった!」


 直ぐに理解したのか、一凛はすぐさま氷華を抱え上げて背を向ける。

 ただ、脚を踏み出そうとしたところで振り返ると、笑顔で声を掛けてきた。


「だけど、黒鵜、絶対に戻って来いよ! 焼肉が無くなったら困るからな」


「ああ、分かってるよ! 絶対に戻るからね。戻ったら焼肉にしようね」


「それなら、よし!」


 返事を聞いて、一凛は力強く頷くと、きびすを返して走り始めた。


「だ~~~め~~~~~! くろ~~~く~~~~~ん!」


「フ~~~~~~ニ~~~~~~~!」


 一凛の姿が一瞬にして森の中に消えていく。

 ただ、誰も見えない森の中から、氷華とココアの声だけがいつまでも響き渡る。


 彼女達の遠退く声に安堵しつつ、視線を巨竜へと向ける。

 すると、巨竜も貴様こそが我が子の仇と言わんばかりに睨みつけてくる。いや、それだけではなく、巨大な尻尾を振りかざしてきた。


「ぐあっ! やばっ! 爆裂!」


 本来なら身体強化の魔法で華麗に避けたいところだけど、どうやら僕にあの魔法は向いていないらしい。

 そう理解して、直ぐに習得するのを諦めてしまった。

 ただ、今回は爆裂の魔法を選択したことが正解だったみたいだ。


「アンギャーーーーーーーー!」


 気合を入れた爆裂魔法で、奴の尻尾攻撃を跳ね返すことができた。

 本当はぶち切れてくれると良かったのだけど、さすがに親竜だと渾身の爆裂でも傷を付けるのは難しいみたいだ。


「よっしゃ!」


 それでも上手く攻撃を封じたことを喜ぶ。しかし、それが拙かった。

 奴は跳ね返された尻尾を今度は反対方向から叩き込んできた。

 だけど、爆発の粉塵で視界が悪くなっていた所為で、それに気付くのが遅れてしまった。

 そう、油断大敵なのだ。毎度のことながら、気を抜く癖があるらしい。

 その悪癖が災いして、竜の尻尾攻撃を喰らってしまう。


「ぬぐあっ!」


 メキメキという骨が折れる音が響く。いや、身体の中で起こった音が直接耳に届いたのかもしれない。

 でも、それがどんな音だったかも思い出せないほどに、身体に走る激痛で意識がぶっ飛びそうになる。


「ダメだ……こりゃ、逃げられそうにないや……ごめん、氷華、一凛、ココア……」


 尻尾の攻撃で叩き飛ばされ、意識が途切れそうになる中で、約束した彼女達のことを思い出し、生きて戻れないことを謝る。

 次の瞬間、まるで木の葉が風に吹かれたかのように、身体が地面に叩きつけられ、何度もバウンドしながら転がる。


 ぐぼっ、がはっ、だ、だめか……最強の魔法使いになるつもりだったのに、ここで終わりみたいだ……でも、最後くらいは華を咲かせたいよね……


 薄れゆく意識の中で、己が結末を悟り、一矢報いるつもりで痛む右手を伸ばす。そして、唱えた。


「焦土……」


 その途端、薄っすらと開いている眼に、美しき炎が映る。


「綺麗だ……なんて綺麗な炎なんだろう。いっそ、僕の身も焼き尽くして欲しいくらいに綺麗だね」


 まさに、赤き花が咲き誇るかのように美しく燃え上がる炎を眺め、最後の時を迎えるつもりで目を瞑る。


 ああ、短い人生だったけど、当たり前の人生を送るよりも楽しかったよ……氷華や一凛とも仲良くなれたし、割と満足できる生涯だったかな……


 薄れゆく意識の中で、氷華、一凛、ココア、二人と一匹のことを思い浮かべ、想像以上に楽しい日々だったことに満足する。

 しかし、次の瞬間、冷たく、そして、どこかで感じたような感触が走る。


「ひやっ! えっ、こそばゆい……」


 燃え盛る炎の熱を感じつつも、頬をくすぐる柔らかくもありザラりとした感触に、瞼をゆっくりと持ち上げようとする。

 ただ、どうやらその力も残ってないのか、全く視界が開かない。

 その時だ。聞き覚えのある鳴き声が耳に届く。


「フニャルル」


「あっ、まさか、ココア?」


「フニュ~」


「だ、だめじゃん。早く逃げないと焼け死ぬよ」


 瞼は依然として上がらない。だけど、その鳴き声からココアが戻ってきたことを知り、彼女に逃げろと伝える。

 ところが、それを告げた途端に、口の中に何かが詰め込まれる。

 それが何かは分からない。ただ、口の中に血の味だけが染み渡る。


「フニャ!」


 ん? 食えと言ってるのか? 何かは分からないけど、どうせ最後なんだし、ココアがそれを望むなら……


 望まれるがままに、押し込められた血の塊を力無く咀嚼すると、無理矢理に嚥下する。


「これでいいのか?」


「ウニャ!」


「そうかそうか。ココア、お前は早く逃げろよ。それじゃ、さらば……ぐがっ! ぐおおおおおおおおおお」


 ココアに別れの言葉を告げようとした途端だった。予想すらしていなかった地獄の苦しみが、突如として襲い掛かってきたのだった。


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