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呪呪屋 魂穴 -タマナ-  作者: ジョディ
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序章

カーン……カーン……


夜の静かなお寺に、金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。


「ったく、誰だよこのご時世に……」


そんなことをぶつくさと言いながら、ボサボサ頭の少年が寺からでてくる。

足には草履、服はTシャツにハーフパンツ。ハーフパンツの右側は何かの重みで少しだれている。

寝ようとしていたところ、騒音に悩まされたのか仏頂面だ。


「音がするのは裏か……」


少年は頭をポリポリと掻きながら、寺の裏に鬱蒼と茂る森へ足を運ぶ。

夏だというのに夜虫の鳴き声も無く、ただひたすら少年の足音と金属のぶつかる音のみが響く。


少年は音の根源を探しに行く途中足元に何かが落ちているのに気がつく。


「学生カバンか?高校か?」


ハーフパンツのポケットから小さな懐中電灯を取り出す。

森の中に落ちていた学生カバンをガサガサと漁り、学生証を見つけた。


「えーと、タカナシ アカリ?学校はー……どこの高校だこれ?聞いたことねーな。で、本人は……あれか」


学生証から顔上げた少年は周りを見渡し、騒音の根源である人物を見つける。

一つの木に向かって金槌を振り回す制服姿の女がいた。

何かを打ち付けている。

木には藁人形がひとつ。

人形の胸の辺りを1本の釘で貫かれ、木と釘を持った彼女の左手で板ばさみにになっていた。

丑の刻参りをしているようだ。


「おい、俺の寺で何やってんだよ」

「キャッ!!」


金槌を振り上げた瞬間に声をかけられた彼女は、勢いあまって真後ろへ背中から転倒する。

釘と木はそれほど深く刺さっていなかったようで、藁人形は胸に釘を刺されたまま木の下へストンと落ちた。

少年は落ちた藁人形を確認し、ホッとした表情を作る。


「痛っ……!」

「どんくせぇやつだな。早く起きろ」


しかし、仰向けに倒れた彼女は苦痛に顔を歪ませてなかなか起き上がろうともしない。

少年は履いている草履に生暖かい液体が段々としみこんできているのを感じた。

その液体は足にまで達し、ベタベタとした不快な感触を少年に与える。

そのまま足下を小さな懐中電灯で照らす。

その周りはすでに赤黒い液体で満ちていた。


「おい、マジかよ嘘だろ?」


少年は慌てて彼女をうつ伏せにし背中を確認する。

彼女の背中には直径1センチほどの木の枝がブラウスを貫通し、深々と刺さっていた。


「呪い返しか?それにしても……あぁ、クソッ!今はそんなこと調べてる場合じゃねぇ!」


少年は木の下へ落ちた藁人形を手に取り何かを確認するように見つめる。


「仕方ねぇ、今はこいつに返すか……!」


そう、独り言を放った少年は藁人形を右手に掴み、左手を彼女の肩に手をあてる。

すぅ、と深呼吸をした後少年は目を静かに閉じた。


【女の魂に憑きし呪いよ、藁の付喪に移したまえ】


不気味なほど音がしない森の中、少年は静かに心の中で念じる。

すると、右手に持った藁人形がところどころブチッブチッと音をたてながら破損し始める。

このまますんなり終ってほしいもんだけど……。

少年はそう思いながら何かを続けた。すると


ク"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"


突然藁人形が叫び声をあげる。

同時に少年の手から離れその人形は中に浮き始めた。


「やっぱでてくるよなぁ……。で、お前は喋れるのか?」

グルルルルルルゥ!

「生きてた時は犬かなんかか。どこの飼い犬か野犬か知らねーが、この女の変わりにもう一回死んでもらう。悪いな」


そう少年が呟きながら立ち上がると、藁人形は自身に突き刺さった釘を抜く。

いつしか、藁人形の頭部分には顔のようなものが浮かび上がっていた。


「おぉ、やる気か。普通の人間ならお前でも勝てるかもしれないが、相手が悪かったな」

ガァッ!!


言い終えた途端、藁人形は抜いた釘を勢いよく少年の額に向けて飛ばしてきた。

少年は飛んでくる釘に右手を向け広げた。


「硬化!」


叫ぶと同時に飛んできた釘は少年の右手に刺さる。

はずだった。

その釘は少年の右手に当たるとキンッという音を発し、あさっての方向に飛んでいく。

少年は右手を前にしたまま藁人形に向かって駆け出し、中に浮いた藁人形に掌底を食らわせるかのごとくそのまま木へ押さえつける。

ズシンと大きな音、数枚の葉がはらはらと落ちてくる。


「今楽にしてやる。付喪の魂よ、消し飛べ!」

ク"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"


少年が叫ぶとボウッと音を立てて藁人形が一瞬光を帯びた。

あたりが静まり返る。

もはや人形の形は残っておらず藁のくずのみが残っていた。


「ふぅ、と、こうしちゃいられねぇ。女のほうだ」


少年は右手を木から離し、彼女の元へ駆け寄る。

そして突き刺さった枝を右手で一気に引き抜くとその傷口に左手を当てて、また目を閉じる。


【女の治癒能力を最大限にまで伸ばせ。血液を作れ】


左手を離すと傷口は破れたブラウスのみが残っており、彼女自身の体には何事も無かったかのような綺麗な背中をしていた。


「これだけやれば大丈夫だろう。後は目を覚ましたら聞いてみるか……」


仰向けにして確認してみると気絶しているようだった。

少年は彼女の両腕に手を回し、ズリズリと引きずるように寺まで運ぶ。

女が小柄で助かった、飯食ってるのか?と頭の中で考えながら。


......


....


..


ハッ!


彼女は目を覚まし、勢いよく布団から体を起こす。

見知らぬ天井、見知らぬ部屋、どこか懐かしささえ覚える畳の匂い。

明るい障子を開けると鳩の鳴き声が聞こえてくる。


「私は、えっと……何があったんだっけ……」


何があったのかわかっていない彼女は恐る恐る縁側を歩いて行く内にここが寺であることに気がつく。


「そうだ……そうだった……ってことはここは……?」


ぶつぶつ独り言を呟きながら歩いていると、魚の焼けるいい匂いがしてきた。

その匂いのほうへ足を進める。

縁側から見える外に七輪で魚を焼く男の姿があった。


「お、気がついたな。そこの部屋で入ってちょっと待っててくれ。お前に聞きたいことがあるからな」


男はそう言うと、箸で魚をさらに移す。

彼女は言われたがまま、近くの部屋へ入り正座をする。

その顔はちょっと残念そうな顔をしていた。

暫く待っていると男が部屋へ入ってきた。

脇に立てかけてあったテーブルを彼女の座っている正面にドッカと置くと、そのままテーブルを布巾で拭いた。

テーブルを拭き終えるとそそくさと部屋と外を二度三度往復し、お盆を二つ並べる。

そのお盆にはいかにもな和食な朝食が並んでいた。

一通りのものが済んだのか、彼女と男はテーブルを挟んで向かい合って座る形になった。


「えっと、あの」


彼女が混乱しながら声を発すると男も声を出した。


「お前、なんであんなことした?」


その男の目は笑っていない。

彼女自身、夜にしていたことを思い出している。


「そ、それは、呪い殺したい人がいたから」


唐突の質問にそう返す。

寺の人なんだろう。説教されるに違いない。

そう思いながら男の返答を聞くと彼女の予想とは違った返答が返ってきた。


「違う、そうじゃない。何でお前は『お前自身』を呪ってたんだ?」


彼女は目を見開いた。図星だ。

でも何故この男が私自身を呪ったのかわかったのだろう。

心の中を見透かされたようで、口もポカンとあけて固まってしまう。

暫く沈黙の状態で男と睨み合っていた。


「おい、なんか言えって」


男が言うとハッと正気に戻り質問されたことを思い出し答える。


「消えて、しまいたかったからです……」


消えてしまいそうな小さな声で俯き答えた。

目に涙を浮かべながら。


「理由は?」


男は追い討ちをかけるように彼女へ質問をする。

彼女はポロポロと涙を落としながら答えようとしない。

暫くすると男が痺れを切らした。


「……。あー、なんだ。話したくねーってやつか……。じゃあ後でいいや。話せるようになったら話せ。」


ボサボサ頭を左手で掻きながら右手で箸を取る。


「とりあえず後でいいから飯食おう。冷めちまうしな。美味いもん食ったら落ち着くだろ」


男は両手を合掌させるといただきまーすと声を出すと味噌汁をズズーっと啜った。


「なんだ?食わねーのか?」


俯いたままの彼女に声をかける男。

彼女はゆっくり顔をあげ、男と目の前に並べられた朝食を交互に見る。


「な、なんだよ。人の顔見てないで飯食えって。毒とか入れてねーって」


彼女は再度朝食へ目を移すと味噌汁が入った木のお椀を手に取る。

お椀から伝わる温かい感覚。

そのままお椀を口に近づけズズっと啜る。


おいしい……


他人に聞こえないくらいの声、それでも男には聞こえていたようだ。


「そ、そか!美味いか!よかった、食え食え!食って落ち着いたら、さっきの理由教えてくれよ!」


男ははにかんだ表情でどことなくうれしそうにしながら箸を進めた。

暫く沈黙の状態。カチャカチャと食器が当たる音。

男が鮎の背中にがぶりとかぶりついた時、彼女は口をあけた。


「私、消えたかったんです。学校の友達や先生、自分の両親にまで見放されて……」


鮎にかぶりついたままで目だけを彼女へ向ける。

箸で残りの鮎を口から離し、ご飯を口に運び数回咀嚼した後飲み込む。


「あー、それか」

「でも急におかしくなったんです!」

「急ねぇ」

「高校に上がってすぐだったと思います……」

「まぁでも、もう大丈夫だろ」

「だからもう死にたくなって……な、何を言ってるんですか?」

「ん?その周りから嫌われてたの、呪いが原因だから」

「呪……い……?私がやっていた丑の刻参りのことですか……?」

「そんなもんだ。でもお前が呼び出した付喪についでに移して消したからな」

「え?ど……どういうことですか!?」


彼女は困惑と驚いた表情で体を前にだし、男へ問いかける。


「あぁ、言ってなかったな」


すると男はスッと立ち上がり隣の部屋から何かを持ってきた。


「俺、寺継いでるけどこれだけじゃ食っていけないからこんなことしてんの」


男はひとつの名刺を差し出した。


呪呪屋じゅじゅや 魂穴たまな……?」

「そう、呪呪屋。俺はタマナってんだ」

「呪呪屋……」

「他人を呪ったり、呪いを移したり、かな?」

「呪うって……そんなひどいこと!」

「おいおい待てって。呪いっつっても悪いことだけじゃねーんだよ。そう決め付けんなよ」

「呪いが悪いこと以外に何があるんですか!?他人を不幸にするだけなんでしょう!?私だってそのせいで虐められて……」

「だから聞けって」


男はそこから坦々と呪いについて語る。


呪いの本質は人を殺すためにあるものだが、呪われた当人を殺すだけのものではない。

それどころか呪いは人を幸せにすることだってある。

世間一般で良い呪いというのは【おまじない】と言われているがこれも結局は【呪い】である。

人間は生まれてから親や親戚、兄弟からも色々な呪いを背負って生きている。

呪われていない人間はいない。

お前が気を失ってる時に助けた方法も呪いだ。


大体こんなところだ。


一気に自分の知らない世界の情報が頭の中を駆け回り余計に混乱する。


「えっと……え……?なんなの……呪い?」

「あーまぁ理解できねーよな。って訳だから、もう帰っていいぞ。自分を呪っていた訳も聞いたしな」


男は早く帰ってくれといった感じのジェスチャーを右手で見せる。

暫く俯いたまま、見開いている目をぐるぐると動かす彼女。

すると何かを決心したようにバッと男を一点に見つめた。


「な!なんだよ……」


男は急に見つめられ、慌てる。

その男の頬は少し赤くなっているようだった。


「お願いがあります!私をここで暫く住まわしてください!」


キョトンとした顔をして硬直する男。

一瞬にして静かな時が流れる。

長い沈黙。

外から2羽の鳩が飛び立った音がした。


「……はぁ?」


男は微動だにせず間抜けな声を垂れ流した。



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