20✖︎✖︎年心霊爆弾落つ③ 〜元喰い〜
憑き物落としは、むずかしい。
憑き物がいなくては、夜も日も開けない輩が、取り憑かれているからだ。
どちらが自分かわからないほど、絡みつき、混ざり合ってるのが一番多い。
心霊探偵をしていると、時々憑き物押しの依頼が来るのは、仕方ないことだ。
屋敷妖怪の静香さんが、さばいてくれているから、間抜けな話を持ってくるのは、玄関払いしてくれているのだが、今回は入ってきてしまったのだ。
影の中の多々良も、異変を感じていた。
歳とった母親と40すぎの娘の2人が、探偵の前に座っている。
不思議と霊障は、感じられない。
例えば、わずかながら人体が帯びている電流の流れぐらいの感じで、障りのあるほどでは、ないのだ。
静香さんが入れるほどの事もない。
多々良は、影の中で寝てる。
娘は、森由加利と言い、やつれた母親をここに連れてきたと言う。
半年で15キロ痩せたのだそうだ。
由加利はこんなに痩せた母親を見たことがないと言う。
母親が、ボソボソと話し始めた。
連れ合いを亡くしてから、一人暮らしの時間が長く、公園とかで、散歩するようになったと言う。
やがて、友人に誘われて、近くの山に登るようになった。
中高年に登山は人気だ。
最初は、恥ずかしがったが、やがて、道行く人に挨拶をするようになり、頂上で言葉を交わすようになった。
だから痩せたのよ、と、娘に向かって、話したが、由加利は首を振って、ため息をついた。
その登山仲間の中に、人見知りを全くしない人がいた。
その人を何故か友人は嫌い、余り関わらないのだった。
友川比呂美と名乗る彼女は、二、三回あっただけで、まるで親戚か同級生みたく、なれなれしかった。
そんな性格を、友人は嫌ったらしいが、由加利の母親は、ハキハキした物言いに、好感をもったのだ。
由加利は、友川比呂美を調べて欲しいと、言ってきた。
まあ、探偵の看板は出してるから、あながち間違いって、わけでもないが。
多々良が、影の中から小突く。
何かが気になるらしい。
静香さんも、なかなかの妖怪だし。
探偵は、この話を受けることにし、いつも通り結果が、どう出るかは保証できない事を伝えた。
普通の探偵事務所では、考えられない安い料金だったので、ちょっと考えてから、由加利は、お願しますと、頭を下げた。
母親の方は、なんとなく不満そうだったので、調査が済むまで、由加利の家に、行ってもらうことにした。
母親の携帯をあずかる。
ここに、友川比呂美の電話番号が、入っているし、これで連絡を取り合うこともない。
桁数の多い電話番号は、覚えきれないし、携帯に頼りきっているので、手元になければ、どうにも出来ないのだ。
ひと昔前なら、相手の電話番号を覚えない、なんてことは、ありえなかったのだが。
2人は、娘が母親を引きずって、帰って行った。
探偵は、アルバイトの陣内聡に、連絡を取った。
ふわりと聡が、現れた。
一度、幽体離脱してから、聡はこうして天の魂の姿で、現れるようになり、探偵や多々良や静香さんと過ごすようになっていた。
昼間でも、勝手に動いて話す地の魂で守られてる身体だから、こんな風に、何時でもやって来られるのだ。
聡に言わせると、寝てる自分を見てる『幽体離脱』は、レベルが下らしい。
白い影が、聡を形作る。
携帯の写メから、友川比呂美を特定し、素行依頼をすると嬉しそうだ。
聡はこんな時話すことは出来ないが、多々良が感じて代弁してくれるし、後から身体が来れば、問題ない。
聡は、ふわっと浮くと、壁の中を通り、外へ出た。
問題の山は、近い。
毎日のように、ここに来ていると、由加利が言ってたとおり、比呂美が、いた。
3人ぐらいのグループに、話しかけ、一緒に昼ご飯を食べている。
無料開放の屋上と土産物売り場が、こんな、中高年のにわか登山者で、埋まっている。
買い物をしない近場の登山者に混ざって、バスで上がってきた観光客は、片身の狭い思いをしてるのが、わかる。
最近の登山ブームで、高い山や有名な山に行きたくても、歳を取るとそうはいかないが、ここは手軽で登りやすかった。
色んな雑念が聡の身体をアンテナにして、多々良にも届く。
白蛇は、機嫌が悪い。
もともと、ゴチャゴチャしたところが嫌いなのに、雑念はまさに、ゴチャゴチャの極みだったからだ。
聡は比呂美の念を探り、家に先回りした。
多々良がすっと、とぐろを解いた。
探偵は、やれやれと多々良をなでてやった。
聡だけでは、何かあると困るから、多々良のバックアップは必然だったからだ。
静香さんは、屋敷妖怪らしく、ここから離れられないのだ。
聡の見たものが多々良から、探偵に伝わってくる。
比呂美の家には、息子が、いた。
聡が、弾かれた。
アッと言う間に、飛ばされて来た。
聡が、無傷なのを多々良が調べてから、身体の方に帰って行った。
さすがの天の魂も尾を切られたら、面倒なのだ。
聡の弾かれ方が、気になった。
高校生の聡が放課後、現れた。
なんだか興奮してる。
明るく元気な性格なので、力が有り余ってる感が凄いのだが、今日はカバンをぶん回して現れた。
探偵は、ちゃんとご飯を用意しておいたから、挨拶もそこそこに、かっ込む。
生ハムの冷製パスタと豚汁と厚焼き卵が、聡の腹の中に消えていった。
聡の食べたい物を多々良から教えてもらっていたので、支度は完璧。
やっと、水のグラスに手を伸ばす頃、聡は落ち着いていた。
「あれは、魂喰いの化物です。」
聡が感じたのは、妖気その物。
やはり取り憑かれてるようだ。
聡の天の魂は、大抵の妖怪や物の怪の様子ががわかってしまうのだ。
天界と一部が繋がってるので、こんな事が出来るのだった。
色々調べると、友川比呂美に取り付いているのは、元喰いだった。
元喰いは、取り憑いた人間の精気を吸い取り弱らせ天と地の魂を喰らい、次々と渡っていく手に負えない化物だった。
だが、元喰いは、あらぬ者に取り付いてしまっていたのだ。
「おれ、わかっちゃいました。
山姥の末裔なんですよ、あの家の人間は。」
多々良が、シュウッと牙を出した。
探偵も、膝を叩く。
聡は、それで吹き飛ばされたのだ。
「山姥の力が、元喰いを閉じ込めているんで、本人は平気ですが、会う人間に、妖気を浴びせてます。
で、依頼人のお母さん、痩せちゃったんですね〜、毒気に当たったって、やつですよ。」
水をガブリと飲んで、聡は続ける。
「あのおばさんが死んだら、中の元喰いも消えちゃう運命なんで、今焦ってもがいてるみたいですよ。」
多々良が、自業自得と紅い口で吐きすてる。
「精気が強い人は良いけど、そうじゃなきゃ、インフルエンザの人と同室ぐらい危険ですね。」
探偵も苦笑するしかない。
「俺、ここで出される料理の為なら、いつでも、飛びます。」
ご機嫌な高校生が、帰って行った。
幽体離脱いつでもって人材は、まあ、彼だけだろうから、探偵も料理の腕のふるいがいがある。
さっさと皿や丼を片付け、本職に戻る。
静香さんと、蔵書の中の元喰いを調べ、ついでに山姥も調べた。
静香さんが、本を出してくれて、頁を開いてくれる。
どちらも化物界では、大食らいだ。
口を減らす術を使う事にした。
銀の細い糸を人間の唾で、湿らす。
多々良を糸ぐらい細くして、糸をくわえさせ、念で飛ばす。
友川比呂美は、山の下にある日帰り温泉施設で、露天風呂にいた。
裸なのは、都合が良い。
頭の下、首元にある、妖魔の口を縫い付ける。
銀の糸は、ほんのひと縫いで、口を塞いでしまった。
人を惹きつける力は落ちるが、これで、元喰いと山姥の妖気が、漏れ出ることはなくなる。
糸はクルクルと丸まり、口が消えた場所に、吸い込まれて行った。
くたびれた多々良が帰って来た。
屋敷妖怪の静香さんが、心霊爆弾の桜の香りで、癒してくれる。
その後、由加利の母親は、元のポッチャリ体型に戻り、友川比呂美に振り回されることもなくなり、あの友人との関係も修復された。
収まる場所に収まったのだ。
もちろん、永遠の命の為に、人の魂を喰らっていた元喰いには、比呂美の死が自分の死という運命が待っていた。
由加利は、肩の荷がおりたのを喜び、最初の約束以外の料金を取らない探偵に、手作りのジャムケーキを作ってきてくれた。
聡も来て、ジャムケーキで、お茶にした。
「美味しいですねー。」
なんでも消化する高校生が、半分食べて行ったが、本当に美味しいケーキだったのだ。
ちょっとだけベトベトするのが、難点だったけど。
聡や探偵が食べて幸せだと、多々良も静香さんも満足だ。
元喰いに聡が襲われなくて、本当に良かった。
次の依頼人が来るまで、こんな風なのんびりした午後が、過ぎて行くのだった。
今は、ここまで。