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友情崩壊

 唐突だが俺には幼稚園の頃から親友がいる。特に共に何かに成し遂げた訳でも、ずっと同じ時間を過ごした訳でもないが、かけがえのない親友がいる。お互い住んでいる家は近いが、間に太い道路が横たわっていて、それが学区の境界線となっている。まだ子供だった俺たちは親の言うことを聞き、どちらかが越境入学することなく違う学校に通った。


 彼との思い出はほとんど思い出せない。忘れたのでなく、とにかくイベント性が少なく、印象が薄い。今すぐに思い出せるのは幼稚園の頃に公園の植木から出てきたカブトムシを一緒に育てたこと、小学一年生の夏休みに二人で協力して難しいゲームを全クリしたことの程度だ。彼と毎日のように会っていたのはその時までで後は時々すれ違うたびに気づいたら必ず声を掛け、どこかのスーパー、コンビニで夏ならアイスかジュース、冬なら惣菜を買って、店の前でぐだぐだと愚痴を言い合うだけの仲だった。昔はSNSが普及していないために簡単に気軽に会話もできなかった。長電話するような性格はなく、本当にすれ違って気づいたら、時間を忘れて話に夢中になるだけの仲だった。



 彼との人生の転機は大学を卒業してからだ。

 しかしその前に、俺がどういう人間であるか知ってもらうためにも中学生の頃から振り返る必要があるのでまずそちらから話す。



 中学に上がり、サッカー部に何となく入った。その時になり、俺はようやく親友以外の友達ができた。そいつも俺と同じ中学から始め、実力は俺とほぼ同じだった。良きライバルだった……ライバルと言っても俺にとって踏み台に過ぎなかった。そいつとは二年生後半で、レギュラーの取り合いになった。表面上は愛想よくしていたが、そいつが連中や試合で失敗するたびに心の中でクラッカーを鳴らすほど喜んでいた。最終的にレギュラーには俺が選ばれた。実力はほぼ互角だったが、友達のほうが無理をして怪我をし、自主退部したのだ。その話を聞き、自分の立ち位置が確定し、揺るがないものになったとわかり、俺は心底安心した。

 レギュラー入りが確定したその日の夜、親友とコンビニ前で偶然に会い、恒例のだべり合いになり、レギュラー確定した話をした。まんま自慢だったが、恥ずかしげもなく話すことが出来た。親友は親友でバスケ部に入っていて、レギュラー入りは未だに決まってはいないが努力を欠かしていないと言うのだから、俺は心から応援エールを送った。しかし願いは届かず、スタメンではなく補欠入りという結果になった。



 高校に上がる。義務教育が終わり、親友と同じ学校に通えるチャンスが来たが、お互いにそれぞれのスポーツの強い学校に進むことになった。

 勿論、そして何となく、俺はサッカー部に入った。二年生に上がると後輩と仲良くなり、その面倒を見るようになった。その後輩は小学生からサッカーを続けているらしく、一年にし、すでにスタメン入りする実力があった。ポジションは俺と同じフォワード。俺はまたも焦燥感に駆られる。走ってもいないのに心臓の鼓動が加速し、息が上がる。後輩を追い越そうと努力に努力を重ねたが焦燥感は拭えない。いつしか俺は後輩の失敗を願うようになった。ここぞというところで失敗しろ、取り返しの付かないミスをしろ、終いには怪我をしろとまで願うようになった。

 次第に監督やチームメイトは後輩の実力に気づき始め、フィールド内で幅広く活躍させるようにミッドフィルダーへ転向になった。追いつけないとわかりながら追いかけていたボールがラインをはみ出たような、そんな風に責務から解放され、俺は安堵した。

 それとほぼ同時期だった。親友がスタメン入りしたチームが全国大会に出場が決まった。その話は町中のどこかで偶然すれ違ってだべり合いに発展したわけではなく、珍しいことに家の電話を使って話してくれたのだ。その場で会う約束をし、時間帯はすでに遅く深夜だったが外出し、コンビニで高めの高級なアイスクリームを買ってから彼の家に向かった。ささやかであったが、差し入れをしに疾行した。

 


 大学になると俺は都会の私立、親友は地元の公立の大学に進んだ。勉強の成績と家計を考慮した結果、自然とこんな流れになった。上京に使う移動手段は電車だった。見送りの時には彼も駅までやってきて俺を見送ってくれた。力強い握手を結び、一言二言だけ会話をした。

 走る電車の中、離れる故郷をぼんやりと眺める。住宅街を抜け、バイパスの下をくぐり、ゲートボールを嗜む老人がいる公園を通り過ぎると田んぼが広がる。自分はここを離れられ、親友は永遠にここに居続けるのかと思うと少し可哀想に思えた。

 今思うと、その考えは後に来る友情の崩壊の兆しだった。


 大学生になるとSNSは普及し、お互いの連絡は容易になっていたが、いかんせん距離があったため、大学時代が親友との交友が薄かった。アナログな交友関係だったと思う。

 俺は勉学に励んだ。サークルやアルバイトなどは煩わしく、一切やろうとは思わなかった。資金面は全て親に頼りっきりだった。その代わり卒業後は必ず地元に戻るという約束だった。そのおかげで勉学だけに時間を費やせ、知識の量を無限に蓄えることができた。

 大学は四年通ったが、味気なく、あっという間に終わった。体感的に中学と高校の六年よりも早く過ぎたようだった。

 

 前振りが長くなったが、いよいよ転機である。とは言っても、ここまでだらだらと思い出を綴っているが、この後も特にスペクタルかつカタルシスかつファンタスティックな展開はない。切るのならこの辺にしておいてほしい。根暗野郎の話聞いたって仕方ないぞ。そんな時間があるなら働け。……いいから話せって? はいはい。



 転機は大学四年の夏。地元でさしで飲んでいる親友から会社を立ち上げると言われた時は驚いた。さらに一緒にやろうと誘われた時はさらに驚いた。会社を立ち上げる気は大学に入る前にはあり、そのため彼は地元に残り、公立の大学に通いながらアルバイトして資金を集めていたらしい。

 内定をまだ取っていなかった俺は軽い気持ちで、スーパーやコンビニの前で学生たちが約束するかのように、彼の誘いに乗った。あっさりと乗ったのは酒を飲んでいたからかもしれない。しかし一度結んだ約束は守るのが鉄則だ。

 卒業をまもなくして、俺は帰郷し、親友と会社を立ち上げた。親友と何かをする、同じ土俵に立つというのは本当に久しぶりなことだった。お互いに失敗をフォローしあい、何度も苦難やピンチを乗り越えて業績を伸ばし、次第に会社は多くなり、十人にまで膨れ上がった。その社員の中には俺の中学の友達や高校の後輩もいた。

 しばらくは楽しかったが、次第に俺の悪癖が牙を向き始めた。

 俺は最悪にも、協力すべき同僚であり、会社の上司であり、唯一無二の親友の失敗を望み始めていた。

 幼少から誰よりも知っていると自負していた親友は、実は要領がよく仕事のできる人間だった。俺なんかと違い、夢中になると周りが見えなくなったりせず、いくつものタスクを平行してスマートに処理ができた。社員のほとんどが彼を信頼して、入社している。俺が誘った二人も交友の始まりは俺のほうが先だったが、親友のほうを慕うようになっていた。

 嫉妬した。努力を重ねようにも俺は何度も失敗し、そのたびに親友はフォローし、励ましてくれた。投げかけてくれる優しい言葉は灯らなくなった照明灯を砕くカナヅチのように自信と自尊を粉々にしていった。親しく接してくれる親友を心の中で呪い始めた頃、いや、自分が呪う行為をしていたと気付いた頃に俺は会社を辞めることを決意した。

 会社が安定し始めた頃、俺は辞表を出した。

 親友は受け取ってくれなかった。それどころか何度も辞表の理由を聞こうとする。強引に出ていこうとしても身体を張って引き止めてきたので俺は思わず親友を殴った。殴ってしまった。幼少から交友があるが暴力は初めての行為だった。

 親友は俺を諌めなかった。十対零で俺が悪いのに咎めずに、殴ることがなかったかのように、辞表の理由を聞いてきた。


 俺は折れて、ぶちまけた。過去をぶちまけて、今に至る。

 

「……なんだよ、意味わかんねぇ。なんで辞める理由になるんだよ」

「だから! 俺は嫌な奴なんだよ! こんな嫌な奴、会社にとどめておいて何のメリットがある! 自分の才能のなさを認めずに親友を呪うような奴に、何の価値があるんだよ!」


 違う。会社なんて本当はどうでもいいのだ。本当は俺の心の問題なのだ。消えかかっている友への情を必死に守ろうしている。全てを投げ出し、心地の良い思い出だけを持って逃げ出したいのだ。


「……価値を決めるのは上司のオレが決めることだ。お前には居てもらうほうがメリットがある、だからここで働き続けろ」

「いいや、もう居られない……殴っちまったんだから、もう居られません」

「…………別にオレは殴られることは嫌いじゃない。むしろご褒美だ」

「……だから、そういうのがキツイんだよ……そうやってホイホイと人が気にしてることをフォローする…………腹が立つけど……笑っちまうんだよ……」


 脱力しながらも俺はまだ諦めない。どうにか辞めようと必死に考えるも浮かんでこない。もたついているうちに親友は次の手を打ってくる。


「突然だが、オレには親友がいるんだ。幼稚園の頃からの親友がいる。だけど初めての出会いは公園のブランコだった」


 突然、俺が覚えていない話を始める。


「オレが一人で靴飛ばしをしていると隣のブランコでも見知らぬ少年、まあそれが将来、唯一無二の親友になるわけだが……とにかく、その少年は隣で同じく靴飛ばしを始めた。オレより飛ばして嬉しそうに笑いながらオレを見るんだ。悔しいからオレは片一方の靴を本気出して飛ばすと少年より遠く飛ばせた。少年も次は本気出して飛ばしたが、オレよりも飛ばせなかった。結果がわかるとオレにも聞こえるような舌打ちをした。なんてイヤな奴なんだろうと思った」


 人は過去を美化をするというが、俺には不都合な過去を美化ではなく、忘却という手段を取るらしい。親友の話は真実で、はっきりと思い出せた。


「少年はもう一度勝負するように申し込んできた。先攻はオレになった。靴を飛ばそうとブランコを漕ごうとすると少年はブランコを横に振って妨害してくるんだ。さらになんてイヤな奴なんだろうと思った」

「……その、なんだ……あの時は悪かった」

「そんなこんなでオレと少年は親友になった。なよなよしていたオレは少し逞しくなり、少年は少し丸くなった。結果的にwin-winな関係になれたと思う。そんな出会いだったからか、オレには嫌な奴と付き合えるスキルが身に着いたし、今の仕事にも役に立ってる。自分の立ち上げた会社にそういう輩がいても全然平気だ」

「…………」

「だから辞表は受け取らない。君には仕事に戻ってもらう。……ハンカチは持ってるか? そんな顔じゃ、後輩に顔向け出来ないぞ」

「……うるせぇよ……うるせぇよ……」


 俺は今まで親友にしてきたように、そして、自分を初めて祝福した。

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