第5話 愛を落とした少女②(完)
引き続き暗いお話です。
リノンは兄のキキラと共に、先日亡くなったロウの葬式に参列しています。リノン以外のクラスメイト達はロウの葬式に参列していませんでした。
泣き喚いているような激しい雨と雷の音で神父の祈りの声は全く聞こえず、リノンが唯一聞こえるとするならば、リノンの前ですすり泣いているロウの母親の声だけです。
「どうしてっ……あの子がっ……」
「いい子だったのにねぇ」
「学校で首を吊っていたのでしょう? 可哀想に……」
リノンは遠い目をして、ロウが埋められていく様を見ていました。涙は流れていません。涙なんて出ない程、彼女の心は渇ききっていたのです。
キキラはそんなリノンの様子を見て、悲しみのあまりどうすることも出来ないのだろう。今は辛いかもしれないけれど、きっと、すぐに元気になると考えていました。しかし、キキラの予見は全くの見当違いでした。
次の日、学校は当たり前のようにあります。リノン達に変わらない日常を過ごさせようとします。激しかった雨は弱まり、しとしとと振っていました。
「リノンちゃん、元気がないけど大丈夫?」
「リノンちゃん、今日も雨で嫌な天気だね」
リノンのクラスメイト達は今日もリノンに話しかけます。ロウが亡くなったというのに、ロウの話題は出さず、悲しみもせず、いつもの調子のクラスメイト達にリノンはゆっくりと口を開けました。
「どうして、人が亡くなったのに普通にしていられるの」
クラスメイト達は一斉に黙りました。何人かの人が唾を飲み込む音がしました。リノンはそのまま、唾を飲み込んだ人の中から、一人を連れて教室から出ていきました。
幽霊が出ると噂をされて気味悪がって誰も使用しないトイレに連れて行きました。リノンは壁に貼り付けられた紙のようにクラスメイトの右手を思いっ切り踏みつけました。
「痛いっ!リノンちゃん、痛いよ!!」
「あなたたちでしょ? ロウくんに何かをしたの」
「私はっ、殺してはいないよ!!」
「殺しては、いない? 何かはしたのよね?」
「そ、それは……」
「早く言わないと、お父様にお願いしてあなたの両親が働いている会社を潰すわよ。その後、両親を薬漬けにして、借金まみれにして、もう社会には復帰出来ないようにしてあげるわ」
「お、お父さんとお母さんは関係ないでしょ!」
「もちろん、あなたもそうするわ。いや、国外に売った方がいいかしらね。手と足と胴体を切り離して、内臓も全部出して、それをひとつひと……」
「もう、止めて!!」
「早く、質問に答えたら、止めてあげるわ。さぁ、どうするの?」
「言うから、言うから……そんなこと、しないで」
「わかった。今言ったことはしないわ」
クラスメイトは過呼吸のように激しく息を吸ったり吐いたりしていました。リノンはその様子を冷やかに見ていました。
「リノンちゃんが、泣いて教室から、飛び出してしまった日に、リノンちゃんにそれ以上近づくなって、忠告したの……。だけど……」
「だけど?」
「だけど、だけど、だけど」
リノンは踏みつけていた手をグリグリと踏みにじります。
「痛っ!」
「私はだけどのその先を聞いているの。早く答えなさい」
「は、はい。それでも、ロウは、忠告を聞かなかったから、放課後、みんなで教室に呼び出したの。そうしたら、ロウは『明日、リノンちゃんとお昼ご飯を食べる』って言って、みんな怒っちゃって……。ほうきとかちりとりとかで、ロウを殴ったの。そうしたら、う、動かなく、なっちゃって……。みんな焦っちゃって、そうしたら、自殺に見せかけようって、言う人が出てきて……」
「そう。わかったわ」
そう言うと、リノンはクラスメイトをトイレの個室に投げ込むように入れました。間髪入れず、スカートのポケットから折り畳み式のナイフを取り出します。便器の上に倒れ込んだクラスメイトはリノンが手に持つ恐ろしいナイフを見て、顔を青白くさせ首を横に振りました。
「い、いや、やめて……」
クラスメイトの言うことなんて聞かずにナイフはそのまま心臓に向かっていきました。
血が流れます。クラスメイトはもう喋りません。
リノンは、中からトイレの鍵を閉めて、個室の壁をよじ登り、上から脱出しました。そして、何事もなかったように、トイレから出ていきます。
先生には、クラスメイトが体調を悪くして帰ったと伝えました。
リノンはその日の放課後、クラスメイト全員を自宅に招待することにしました。リノンからのお誘いです。断る理由がありません。トイレの個室にいるクラスメイト以外のクラスメイト達は全員行くことになりました。
「嬉しいなぁ!すごく広いんだろうなぁ」
「楽しみだね!」
クラスメイト達の上辺だけの喜びをリノンは冷やかに笑いました。
学校の外を出ると、車の中で兄のキキラが待っていました。
「リノン、今日は少し出てくるのが遅かったじゃないか」
「今日、石たちを家に招待したの」
「石って、クラスメイトのことかい? 酷い言いようだな」
「別館に招待したから、今日は別館に来ないでね」
「今日来るのかい? 急だなぁ」
リノンの家は本館と別館があり、本館は生活スペースで、別館は客人のために用意した家です。別館といっても狭いわけではありません。全クラスメイト15人が住んでいる家を合わせても別館の方が遥かに広いです。
リノンが家に帰って少し経つと、クラスメイト達が本館とは少し離れたところにある別館の前に集まってきました。
「ようこそ、いらっしゃい」
クラスメイト達が全員集まると、リノンは全員別館に迎え入れました。
クラスメイト達は意気揚々に別館の中に入って行きます。リノンは、クラスメイト全員が別館の中に入ったのを確認すると、扉を閉めて、内側から鍵をかけました。
「すごーい!!広いねぇ!!」
「さすが、お金持ちの家は違うね!」
「あれ、リノンちゃん、何を持っているの?」
リノンは両手にバケツのような物を持っています。クラスメイト達は何を持っているのか不思議がります。リノンはクラスメイト達の言うことを無視し、両手に持っていたバケツの中身をクラスメイト達にぶっかけました。クラスメイト達は透明な液体をかけられ、目を丸くしてリノンの方を見ました。
「それは、灯油よ」
リノンは、そう言うと、ポケットからマッチを取り出し、火を起こし、そのままクラスメイト達に向かって投げました。マッチの火は灯油に点火し、瞬く間に部屋中に広がって行きました。クラスメイト達の悲鳴が上がります。クラスメイト達は驚き、戸惑い、逃げまどい、部屋の出入り口から外に出ようとしますが、扉には鍵がかかっていて開きません。
「助けて!!ここから、出して!!」
「いやぁぁぁ!!死にたくない!!」
(私の心は黒く汚れてしまったわ)
「熱い、熱いよぉ」
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
(石油のように黒い雨が降ったの)
「許してぇ!!許してください!!」
「もう、なんで、こんなことに、なっちゃったの……」
(私も、もう、燃えるしかないのよ)
リノンの頬に一筋の涙が流れました。クラスメイト達の悲鳴でリノンは扉の鍵が開く音が鳴っていたことに気付きませんでした。
「リノン、大丈夫か!!」
扉が勢いよく大きく開かれました。火に包まれた空間に救いの光が差し込まれました。クラスメイト達は開いた扉から逃げて行きます。
「やめて! 行かないで!」
「出口だわぁ!」
「待って! 待つのよ!」
「死なないの? 私助かるの!?」
「待ちなさい!!」
リノンの悲痛な叫びは虚無になり、炎にかき消されてしまいました。
リノンの長く綺麗なブロンドの髪に炎が燃え移ってしまいました。計画が狂ったリノンは、髪が燃えているなんて気にも留めず、ただ涙を流し立ち尽くしていました。
「リノン! ここから出るんだ!」
キキラは、一歩も動かないリノンの腕を引っ張り外に出ようとしました。しかし、リノンは動こうとせずにそればかりかキキラの手を払いのけてしまいました。
憎悪に帯びた表情のリノンはスカートのポケットから折り畳みナイフを取り出し、大きく振り上げました。突然のことでキキラは驚き、固まってしまいました。
ナイフは勢いよく下りていきます。キキラの顔にナイフが迫ってきたとき、瞳に鮮血が広がりました。
「あ……」
キキラの顔に真っ赤な血がかかり、一本の筋になって顔から落ちていきました。
ナイフはリノンの胸に奥深く刺さっていました。
「リノン……。リノン……?」
「うふっ、ふふふ……」
「リノン!?」
「あぁ、お昼ご飯……一緒に……」
「リノン! しっかりするんだ!」
「食べ、られない、わ……ね」
刺された心臓がから噴水のように鮮血が溢れ出てきます。リノンは血だまりの中に崩れ落ちていきます。リノンにとってはその大きな血だまりはまるで人の心臓のような形に見えました。
(結局、私も)
リノンの赤黒くぐちゃぐちゃで、渇いた紙は燃え尽きてしまいました。
(汚いのね)
◇☆◇☆◇☆◇☆◇
「少女は持っていないと思っていた愛を持っていることを自覚し始めていた。だけど、それは叶わなかった」
「うん?」
「だけど、少女のことをとても大切に思っている存在はすぐ近くにいたのに、気が付かずに目先の愛のために愛の復讐のために自ら愛を落としてしまったんだ」
「この女の子にとっては、それは一番幸せなことだったのかもしれないよ」
「どうして、そう言えるんだい?」
「だって、もう愛した人は来ないんでしょ? だから、会いに行ったんだよ!」
「君は滑稽な解釈をするね」
「こっけい……?」
「果たして、会えているのかな? 僕には会えているようには思えないよ」
「で、この女の子にとって愛ってなんだったの?」
「カラッカラに乾いていて、ぐちゃぐちゃに濡れていて……」
「乾いているのに濡れているの? 変なの」
「愛とは変で曖昧なものさ。少女は愛に踊らされたんだ」
「ふ~ん」
「きっと君がもっと大人になったらわかるときがくるよ」
「そうなの?」
エルはよくわからないようで、首を傾げます。
マッドはカラフルなハット帽を深くかぶり直しました。そのせいで表情はよく見えません。
「そういえば、君は天使かい?」
「そうだよ!」
「聞けば、天使というのは不死身って聞いたけど?」
「うん!」
「僕の家に来ればこの話の続き、教えてあげるけど来るかい?」
「う~ん……。 ママに知らない人にはついて行ったらいけないって言われているからやめておく!」
「そうかい。それは残念だねぇ」
エルは、空に向かって飛び立ちました。
マッドは空を見上げて手を振りました。
「またね」