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第3話 弱虫な殺人鬼①(完)

エルは月の明かりだけが頼りの真っ暗な空の下を飛んでいます。すると、下の方から「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」というとても大きな声が聞こえてきました。

エルはビックリしました。だけど、そこは天真爛漫で好奇心が旺盛なエルです。何が起こっているか確かめに地面に下りてしまいました。

エルは初めて踏む地面に驚きました。地面は固くコンクリートで出来ていました。エルが住んでいた天上界にはこんな固いものは存在しませんでした。エルは固いコンクリートの上でジャンプをしてみました。ですが数秒後、その行為をしたことを悔いました。エルは着地をしたときにあまりの固さで、足を痛めてしまいました。


「痛い…」


エルが痛めた足を見ようとしたそのとき「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!」という声が聞こえてきました。エルは痛めた足のことなんてすっかり忘れてしまい、何があるのか期待をして目を輝かせながら声の方へ向かいました。

しかし、辺りは暗くよく見えません。チカチカと消えかける薄暗い街灯だけが頼りです。そのうえ、道は細く狭く迷路のようです。エルは迷路のような細い道を進んでいきます。するとそこには、手にキラキラと光る何かを持った少年が立っていました。エルはその少年に近づきました。しかし、エルはあることに気が付きました。その少年の足元で大きな何かが転がっています。


「君は一体何をやっているの?」

「なんだぁ、お前は?」

「僕はエルだよ!君の名前は?」

「俺はぁ、っさいこーにイカす目に優しい緑色の髪がトレードマークのブレックだぁ」

「さいこーにいかす、めにやさしい、みどりいろ、のかみ、がとれどまく、のぶれっく?すごく長い名前だね!」

「おぉい、おぉい、坊やぁ。冗談はそのちんけな羽だけにしてくれよぉ」

「え?」

「俺はぁ、ブレックだぁ」

「ブレックでいいの?」

「お前がぁいいと言ったら、いいんだよぉ」


エルはよくわからなくて首を傾げました。エルはブレックの足元に転がっているものはなんなのか聞きました。


「こいつはぁ、俺をぉ、助けてくれる奴だったはずのやつだぁ」

「助けてくれる?」

「そうだぁ。なのに、こいつはぁ、俺を助けてくれやしなかったんだぁ」

「酷いね。困っている人を助けてくれないなんて。これは、結局なんなの?」

「なんだぁ、坊やぁ。とぼけるのもいい加減にするんだなぁぁ」


ブレックはユラユラと体を揺らしながら、エルに近づいてきます。そして、手に持っているキラリと光るものをエルの喉元に切りつけました。エルは急にやってきたそれを見てビックリしましたが、ブレックにそれは何かを聞きました。


「これはぁ、俺を邪魔するやつだぁ」

「邪魔する?それが?」

「あぁ、これで、いつもぉ、俺を助けてくれるはずの奴を刺してしまうんだぁ」

「?」


何を言っているのか理解できないエルは首を傾げました。エルが首を傾げるとエルの首にブレックが手に持っているキラリと光るものに当たりそうになります。ブレックは焦った様子で「危ねぇじゃねぇかぁ」と言い、エルから離れました。


「坊やぁ。これはぁ、ナイフだ」

「ナイフ?それって何に使うの?」

「まだ坊やには教えられねぇなぁぁ。つってもっさいこーにイカす俺はぁ教えてやるよぉ。俺がぁ何に使ったのかをよなぁ」

「なになに?教えて?」


ブレックは地面に転がっているものにナイフを向けた。


「こいつでぇ、こいつをぉ、やったんだよぉ」

「やるってなに?なにをやるの?」

「坊やはぁ、知りたがりだなぁ。そいつをぉ近くで見てみろよぉ」

「うん!わかったよ!」


エルは地面に転がるものを近くでじっと見ます。暗さでよくわかりませんが、何だか液体のような物が流れています。エルは液体のようなものを触りました。何だかヌルヌルしています。


「これって、水じゃないよね?」

「それはぁ、血だぁ」

「血?血ってあの血?」

「どの血もその血も生きつくところはあの血だなぁぁ」

「血が出ていたらダメなんだよ!死んじゃうよ!」

「坊やぁ。そいつはもう死んでいるんだぁぁ」

「え……」


それを聞いたとき、エルの世界は真っ白になりました。それと同時にエルはミワのことを思いだしました。ミワと同じように死んでいるのかと思うととても悲しくなりました。涙がポロポロと流れました。


「どうして、どうして、死んじゃったの?」

「それはぁ、このナイフがぁ知っているさぁ」


ブレックはナイフをヒラヒラとエルに見せそう言いました。エルはナイフに近づき、何で死んだのかを聞きました。しかし、ナイフが喋るはずもありません。それでも、エルは何度も何度もナイフに向かって「何で死んじゃったの?」と聞き続けます。ブレックからするとエルの行動は理解が出来ず、引いてしまいました。それでも、エルは聞き続けます。聞き続けて、聞き続けて、聞き続けます。


「おいおいぃ。坊やぁ、ナイフは話さねぇぜぇ」

「え?そうなの?ナイフが知っているんじゃないの?」

「ナイフは寡黙な奴なのさぁ。その代りに俺がぁ、話すんだぁ。」

「じゃあ、ブレック、何でなの?」

「それはぁ、お前ぇ、子どもには、話せねぇよぉ」

「どうして!」


エルは怒鳴り声のような大声でブレックに言いました。怒りで震えた手は慰めてくれる場所を探しフルフルと震えています。ブレックは急に怒り泣き出したナイフも知らない不可解な少年を目の前にして困り果てました。


「ちょっと、ちょっと…そんな大きい声出さなくてもいいだろぉ!」

「だって、だって、だって…」

「わかった。わかったから!」

「だって、だって、だって…」

「ちゃんと話すからぁ!」

「ほんと?」


ブレックがそう言うとエルはさっきまで泣いていたのが嘘のようにピタッと泣き止みました。ブレックはそれを見て、頭を抱えて「まったくもう…」と口をへの字にして言いました。


「いいかい、坊や。ここにはね、とっーても怖い殺人鬼がいるんだぁ」

「殺人鬼ってなに?人間なの?」

「殺人鬼っていうのは、人をたくさん殺す人のことだ。この街の人たちはその殺人鬼に殺されているんだよぉ。殺人鬼ってのは、俺も遠くからしか見たことがないから、顔とかはわからないけど、纏っている雰囲気は、とても人間ではないぐらい恐ろしいんだぁ」

「えぇ!人をたくさん殺すの?とても悪いんだ!!」


人をたくさん殺すという単語を聞いてエルはとても怒りました。震える手がやっと慰めてくれる場所にしがみつきました。それはエルが身に着けている白い服です。エルの手はエルの白い服をギュッと握りました。


「おいおいぃ。坊や。血の付いた手で服に触っちゃぁ、汚れるぞぉ…」

「だって…」

「とにかく、そこで死んでいる人はその殺人鬼が殺したんだぁ」

「そうなの?どうして?どうして殺しちゃうの?」

「そんなの俺が知るかよぉ。でも俺はなぁ、殺人が恰好いいと思うんだぁ」

「恰好よくないよ!そんなことしたらダメなんだよ!!」


ブレックの言葉にエルは服を握る力を込めて、目に涙を溜めながら、大きな声で否定をしました。ブレックはその声に驚き、体をビクッとさせました。ブレックは自分の人差し指を口元に持っていきエルに「シー」と言いました。


「俺はぁ、人殺しなんてしないってば。ただ、さぁ、俺はぁそういういつもと違う日常に憧れていたんだぁ。だから、時々こうして夜のこの街に来て、俺のナイフを持って殺人鬼ごっこをしているんだよぉ…」

「殺人鬼、ごっこ?」

「そうだぁ。殺人鬼に殺されている奴の側に行ってな、ちょっと、口調を変えてな、殺人鬼になりきるんだよぉ。そうしたら、いつもと違う自分になれるだろぉ?」

「そんなの、おかしいよ」

「何でだよぉ?俺はさぁ、髪の毛も海藻みたいってみんなにバカにされてぇ、弱い自分が嫌なんだよぉ。ここに来たら俺は強くなれるって実感出来るんだぁ!ここに来たら、俺はぁ、っさいこーにイカす目に優しい緑色の髪がトレードマークのブレックになれるんだよぉぉぉ!」

「そんなの、おかしいってば」


エルはブレックの言うことを否定し続けました。否定し続けるエルは気づいていません。ブレックの頭の血管が徐々にワカメ色になってきているのを、気づいていませんでした。


「うるせぇんだよぉ!!お前にぃ!お前みたいなぁ!ガキんちょにぃ!俺のなにがわかんだよぉぉぉ!!」

「わかんないよ…。だけど…ママが言っていたもん…。理由なく人を殺す人は弱い人だって…」

「!」


ブレックはエルの言葉に衝撃を受けました。その言葉を聞いたブレックは心臓に弓が刺さったような、そんな痛みが響きました。ブレックはその場でうずくまりました。エルは心配してブレックに「大丈夫?」と声をかけ、ブレックの体に触ろうとしました。すると、ブレックはエルの手を払いのけて、立ち上がり、どこかへ走って行ってしまいました。


「どこに行くの!?」


エルは大きな声でブレックを呼び止めましたが、ブレックはそのまま立ち去ってしまいました。

エルはその場で立ち尽くしてしまいました。すると、エルの背後から「こんばんは」と話しかけてくる声が聞こえました。エルは後ろを振り向き「こんばんは」と背後の人に挨拶を返しました。エルは背後の人を見ると首を傾げました。背後の人の顔が見えなかったからです。背後の人は黒いマスクを被っていたのです。


「どうして、顔が見えないの?」

「どうしてだと思う?」

「わからないよ」


背後の人はエルを見下げながら「クックックッ…」と笑いました。エルの綺麗な長い髪を手に取り、優しく、優しく撫でました。エルはなんだか照れくさそうに笑いました。


「えへへ。綺麗な髪でしょ」

「そうだね。とても綺麗な髪だ」


その刹那、ブレックのナイフとは全く違った光りを持つナイフが、エルの長い髪を切ってしまいました。エルは何をされたかわからなくなって一瞬、固まってしまいました。しかし、エルはすぐに正気に戻りました。何故、すぐに正気に戻ったのかというと、ナイフはエルの髪を切った後、すぐに心臓に向かってきたからです。エルは、背中に生えた小さな羽をばたつかせ、おもっいきりジャンプをしました。小さな羽をばたつかせたおかげでエルは家の屋根まで超える大ジャンプをして、何とか助かりました。ですが、このあとが問題です。気が動転してしまっているエルは羽を上手く動かせず、空を飛ぶことが出来ません。このまま、地上に落ちてしまうしかありません。しかし、落ちた先には先ほどの鈍く光る恐怖のナイフが待っています。エルが絶望したそのときです。


「ちょっと、待つんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


壁に反射して響く程の大声が聞こえてきました。そう、ブレックです。ブレックが戻ってきたのです。

ブレックは、今目の前にいる男が殺人鬼だということをわかっていました。ブレックは今までの光景をずっと陰に隠れて見ていました。エルが何をされたのかを見ていたのです。ブレックはあのまま逃げることも出来ました。ですが、ブレックは逃げずにエルを助けることを選択しました。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


きっと、今までのブレックだとあのまま逃げていたでしょう。ですが、エルの言った『理由なく人を殺す人は弱い人』という言葉でブレックは目が覚めたのです。それと同時にブレックは昔のことを思いだしました。初めてこの街に来たときのことです。








                       ◇☆◇☆◇☆◇☆◇








「やぁーい!弱虫ブレック!」

「海藻あたまー!」

「俺は、弱いんだぁ…。弱いからいじめられるんだぁ…」


ブレックはいじめられていました。

小学三年生のとき、仲良しの友達がカエルの解剖をしようとしていたのを止めたのがいじめのきっかけでした。それ以降ブレックの体は鉛を巻き付かれて、海の底に沈められたように深く深く、傷つき、その負の感情は小学五年生になった今も深くなり続け、重くブレックの心にのしかかっています。


「そうだよぉ…。あのとき、みんなと一緒にカエルを解剖しておけば…こんなことにならなかったんだぁ…。僕は弱虫にはならなかったんだぁ…」


小学五年生になったその日にブレックは殺人鬼が現れる夜の街に一人で行きました。護身用のキラキラと光ったナイフを手に持ち、夜の街を歩きました。すると、大きな叫び声が聞こえてきました。声の方へ行ってみると、人が大量に血を流し、倒れていました。ブレックは全身の血の毛が引き、ここにいてはいけないそう直感しました。すぐにブレックは帰ろうとしましたが、ブレックの脳内にクラスメイト達の言葉が聞こえてきます。


「弱虫だから逃げるんだ」

「やっぱり、お前は駄目だなぁ」

「ぼっ…ぼくは…」


ブレックは目を血走らせて、ゆっくり、ゆっくりと死体に近寄りました。足音を立てないように、誰にも気づかれないように、ブレックは涙を流しながら、ゆっくりと死体に近づきました。

そして、こう言いました。


「俺はぁ、っさいこーにイカす目に優しい緑色の髪がトレードマークのブレックだぁ。俺はぁ、今からぁぁ、っさいこーにちょーつえぇ俺にぃなったんだぁぁ。誰にもぉ、弱いなんてぇ、言わせねぇぇぇ!」


ブレックの涙は死体の血液と混じり、排水溝へ流れていきました。








                       ◇☆◇☆◇☆◇☆◇








「坊やぁ。俺、俺、間違ってたんだぁ…。人を殺すことなんて、やっちゃっいけないことなのに、俺はぁ、それに憧れてしまっていたぁ。俺はぁ、勘違いをしてぇ、最低なことをやっていたぁ。ごめんなぁ。ごめんなぁ。ごめんなぁ…」

「ブレック…」


ブレックは涙を流しながら、空にいるエルに対して謝りました。何回も、何回も、謝りました。

殺人鬼は後ろを向き直り、いつまでも謝っているブレックの方へと歩き始めました。一歩ずつ一歩ずつゆっくりとブレックに近づいていきます。

ブレックは恐怖で足が震えて、動くことが出来ません。もうブレックはここで死ぬんだそう思いました。ブレックは目をつむりました。


「ありがとう」


ブレックのお腹に重たい衝撃が走りました。お腹の痛みは広がり、全身が打ち付けられたような痛みに変わりました。しかし、それと同時にブレックの体に巻き付かれた鉛は解かれ、海に深く沈んでいた体は嘘のように軽くなり、空に向かって浮き上がりました。

ブレックはもう天国なのだろう…そう思い、目を開けました。すると、自分の目の前には月が大きくありました。


「まだ、天国には行っていないか…」

「天国にはいけないよ?」


ブレックは一瞬頭が『?』になりました。上を見上げると、なんということでしょう、背中に羽の生えた天使がいるではありませんか。


「坊や!?」

「ブレック、怖かったね」

「え、え、え?」


ブレックはまだ痛むお腹を触りました。服に少し血がついていました。ブレックが「やっぱり、俺はぁ、切られたんだぁ」と言うと、エルが「それは、僕の指についていた血だよ」と言いました。


「お前がぁ、助けてくれたのかぁ?」

「そうだよ!でも、ブレックも僕を助けてくれたね」

「なんだぁぁ…俺、生きていたのかぁ、良かったぁ…。坊やも無事で良かったぁ」

「無事じゃないよ!僕の髪の毛が切られちゃった!おかげで、すごく短くなっちゃったよ!首の辺りがチクチクするよ!」

「その髪型も似合っていると思うよぉ」

「え!本当!ありがとう!」


腰まであった自慢の綺麗な髪をうなじあたりまで切られて怒っていたエルでしたが、ブレックに似合っていると言われ、ニコニコと笑顔になりました。


「俺、もう殺人鬼ごっこやめるよ…」

「うん!」

「もうあの街にも行かない」

「うん!」

「坊やに出会えて良かったよ。ありがとう」

「うん!僕もブレックに会えて良かった!すごく怖い体験だったけど、下界のことを少しだけ知れたような気がする!」



月の前を通り過ぎ、空を飛ぶエルに担がれてブレックは静かに涙を流しました。その涙は月の明かりに照らされ透き通っていてとても綺麗な涙でした。







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