第1話 少女は笑う①(完)
エルは雲の中を通り抜け、すごく早い速度で下界に到着しました。エルが通った雲の真ん中に大きな穴が開いていて、エルはビックリしました。
「わぁー!すごい!」
エルが周りを見渡すと、見たことのない青い空が視界一面に広がっていました。
地面は白い雲しかない天上界ですが、下界は緑、茶色、灰色と様々な色が地面に敷かれていました。
「ここが下界かぁ。天上界とは全然違うなぁ」
エルは空の上で背中に生えた小さな羽をパタパタと羽ばたかせ、下界という場所に感動をしていました。
大きな影がエルの頭の上を通り過ぎました。影も見たことがないエルはビックリして、上を見上げました。エルの頭の上を飛んでいたのは鳥でした。
「なにあれ?羽が生えていて、僕と一緒だ」
エルは鳥も見たことがなかったので更にビックリしました。エルにとって下界というのは『おどろきの世界』のようです。
エルはそのまま、鳥について行きました。
「待て待てー!」
鳥は下へ下へ飛んでいき、段々と地上に近づいていた。エルは小さな羽をパタパタとばたつかせ鳥に追いつこうとしています。しかし、下を向いて飛んでいた鳥は方向転換をし、空へ向かって急上昇しました。
「え!?」
ドン!!
エルの小さな羽では急に止まることは出来ず、鳥しか見ていなかったエルは目の前に現れた壁にぶつかってしまいました。
「痛い…」
壁にぶつかったエルは、赤い鼻を両手で押さえていました。エルは自分に痛い思いをさせた壁を見ました。するとビックリ!エルが見た先に、女の子がベッドで寝ていました。
「あれってもしかして人間!?」
エルは透明な壁に顔をべったりと張り付け、初めて見る人間をまじまじと見ました。女の子はエルに気が付くと、にっこりと笑いました。
「ねぇねぇ!」
エルは女の子と話そうと声をかけますが、ガラスの壁に邪魔をされて女の子には声が聞こえていませんでした。エルはガラスの壁をトントンと叩きました。すると、女の子はベッドに寝たまま、窓ガラスの鍵を開けて、カラカラッとゆっくり窓ガラスを開けました。
エルは開けられたガラスの壁の隙間から女の子が寝ている部屋の中に入っていきました。
「君、人間でしょ?」
エルは女の子に話しかけました。女の子はニコニコと笑っていました。
「わぁ、なんて可愛い男の子。お迎えが来たのかな」
「ねぇってば、君は人間なんでしょ?」
エルは自分の言ったことに答えてくれない女の子にもう一度質問しました。女の子はニコニコと笑っていました。
「私は人間よ」
「やっぱり!ご本で見た通りだよ!君は人間の子どもでしょ?」
「そうだね。私は子どもよ。あなたも私と同じ子どもでしょう?」
「僕も子どもだよ!」
エルは初めての人間との会話で興奮していました。女の子も変わらずニコニコと笑っていました。
「ねぇねぇ!もっとお話ししたいな!お話してもいい?」
「うん。私もお話しできる人がいないから、お話したいな」
エルは女の子が寝ているベッドの上にちょこんと座りました。女の子は寝たままで目線だけエルの方を向いていました。
「君は女の子?男の子?」
「私は女よ。あなたは?」
「僕は、男だよ」
「そうなんだ。てっきり、女の子だと思っちゃった」
「どうして?」
「だってすごくきれいで長い髪なんだもの」
「そうでしょ!ありがとう!」
エルは肩ぐらいまである女の子の茶色の髪を触りました。指に絡まった髪の毛はエルの手から中々離れようとしませんでした。
「私の髪の毛、すごくガサガサでしょう。あなたの髪の毛を触らせて」
「触っていいよ」
エルは女の子が起き上がるのを待っていましたが、女の子は起き上がろうとしません。
「どうしたの?触らないの?」
「ごめんね。私、体を動かせないの」
「そうなの?」
女の子の言葉を聞いて、エルは腰ぐらいまでまっすぐ伸びた金色の髪を女の子の指の方へ持っていきました。エルの綺麗で細い髪は女の子が指を動かさなくてもどんどん指の隙間に埋まっていきました。
「やっぱり、とても綺麗ね」
女の子はニコッとエルに笑いかけました。エルもニコッと女の子に笑い返しました。
「僕の名前はエル。君の名前は?」
「私の名前は、ミワよ」
ミワという女の子はエルの背中をじっとみつめました。
「あなたはやっぱり天使なの?」
「うん!僕はお勉強のために天上界から下界に来たんだ!下界には色々な生き物がいて、とても不思議な世界だと聞いたよ!」
「そうなの。私はあまり外には出ないから、この世界のことはわからないの。あなたの知っていることを教えて?」
「わかったよ!」
エルは目をキラキラと輝かせてミワに話しました。エルが天上界で下界についての本を読んだことを話しました。その本には、人間以外にも色々な形の生き物がいて、みんなそれぞれ楽しく生きていると書いてあったと話をしました。
「あ、あとね!さっき、僕と同じような羽がついた変な動物がいたよ!!」
「もしかして、それは鳥っていう動物かな」
「鳥?」
ミワはエルに引き出しの中を開けて欲しいと伝えました。エルはそう言われ、ミワが寝ているすぐ横の引き出しを開けました。そこには『いろんな生き物』と書いた本がありました。
「それ、読んでみて」
「わかった!」
エルは本をペラッと開けました。
「あっ!これ!」
エルが見つけたのは、さっきエルが追いかけていた鳥でした。
「わぁ!このご本すごいね!僕が読んでいたご本より面白いや!」
「その本には動物しかのっていないんだけどね。気に入ってもらえて良かった」
ミワはニコニコと笑いました。エルはベッドから降りて、ミワの顔の方へ移動しました。エルは手に持っている本をミワに見えるように顔の前で開けて、ニコニコと笑いました。
「一緒に見よう!」
「うん」
二人は仲良く一緒に見ました。本には、犬、猫、鳥、兎などのたくさんの動物が載っていました。
「すごいね!下界にはこんなにたくさん色んな生き物がいるんだ!」
「本当だね。私も見たことがない動物ばっかり…」
ミワはさっきまでニコニコと笑っていた顔を少し曇らせていました。
「じゃあ、見に行こうよ!」
「え?」
エルはニコニコと満面の笑みで笑い、ミワにそう言いました。
「私は、動けないから行けないよ…」
「じゃあ、僕が動かしてあげる!」
エルはミワの手を取りました。背中に生えた小さな羽を羽ばたかせると、ミワの体はフワフワと浮いていきました。そして、エルはミワと一緒に窓から飛んでいきました。
「きゃあああ!」
「どう?気持ちいい?」
「すごい!私、空を飛んでいるの?」
ミワは涙を流し、笑っていました。
「すごく嬉しい!」
「良かった!!」
エルとミワは手を繋ぎ、雲の隙間を潜り、空を駆けてゆきます。
二人は前で飛んでいる鳥を発見しました。
「あの生き物だよ!僕が今日見た生き物は!」
「鳥だよ!もっと近くで見てみたいな!」
「うん!見に行こう!」
二人は鳥にぐんっと近づきました。鳥は急に現れた生き物にビックリして逃げてしまいました。
「すごい!私、鳥をあんなに近くで見たことなんてなかった!」
「じゃあ、今度は鳥と追いかけっこをしよう!」
二人はどこまでも、どこまでも、逃げる鳥を追いかけました。すると、鳥は急降下していき、木の上に止まりました。
「休んでいるのかな?」
「そうかもね」
エルとミワは顔を見合わせて「ふふ…」と笑いました。二人は木の上に止まっている鳥を見ました。するとそこには、白くて丸い物が3個ありました。
「ミワちゃん、これなにかな?」
「これは、卵だよ」
「卵?」
「卵から子どもが出来るんだよ」
「そうなんだ!すごい!じゃあ、これを1個持って帰ろうよ」
エルがニコニコと笑い、卵に手を伸ばそうとしましたが、それはミワの手によって止められてしまいました。
「どうしたの?」
「卵には大切な命が入っているんだよ。きっとこの鳥のお母さんが大事に大事に育てているから、持って帰ったらダメなんだよ」
「そっかぁ。じゃあ、止めておく!」
「うん」
エルとミワは顔を見合わせてニコニコと笑いました。二人はたくさん追いかけてしまった親鳥に「ごめんね」と謝りました。
「次はどうする?」
エルがミワに聞くとミワはニコニコと笑いながら、首を横に振りました。
「どうして?」
「みんなが心配しちゃうから、もうそろそろ帰らなきゃ」
「そっかぁ…。もっと遊びたいなぁ」
「ごめんね…」
「また、明日も会いに行ってもいい?」
「うん。楽しみにしているね」
エルとミワはニコニコと笑い合い、手を繋いで空へ飛びあがりました。
◇☆◇☆◇☆◇☆◇
次の日、エルはミワのいた場所に向かいました。
「楽しみだなぁ!今日はどうやって遊ぼう!」
窓ガラスを覗くと、ミワがベッドの上で寝ていました。エルは昨日と同じように窓ガラスをトントンと叩きました。
しかし、ミワは開けてくれません。
「あれ?気づいていないのかな?」
エルは昨日のミワのマネをして、窓ガラスをゆっくりカラカラと開けました。
「あ!開いた!良かった!」
エルはそのまま、部屋の中に入りミワにニコニコと笑いながら「こんにちは」と挨拶をしました。
しかし、ミワは笑ってくれませんでした。エルは首を傾げながら、ミワの体をユサユサと揺すりました。
「どうしたの?怒っているの?」
ミワは笑いません。エルは傷つき、泣いてしまいました。すると、通信機が鳴りました。エルが通信機に出ると、エルのお母さんのヴィーナスの声が聞こえてきました。
「ママ!お友達が、怒っているんだ。全然笑ってくれないんだ!」
「坊や。よく聞くのよ。その女の子は死んじゃったのよ」
「え?」
ヴィーナスの言葉を聞き、エルの世界は色をなくし、一気に白黒になってしまいました。
「死んじゃったの?もう会えないの?もう遊べないの?」
エルはポロポロと涙を流し、ヴィーナスに問いました。
「しばらくは、会えないけれど、いつかまた会えるわ」
「いつ?いつ会えるの?」
「その女の子は今から三途の川という場所に行って、お勉強をしに行くのよ。お勉強が終わったら、きっとまた会えるわ」
「本当に?本当に、会えるの?」
「えぇ。きっと」
ヴィーナスはそう言うと、通信機の電源を切ってしまいました。エルは耳元で鳴る「プー…プー…」という言葉をただ聞いていました。
「そんなに、悲しまないで」
なんということでしょう。ミワの体から半透明なミワの魂が出ていました。そのとき、白黒だったエルの世界に色が戻りました。
「ミワちゃん!」
「エルくん」
ミワはエルを見てニコニコと笑いました。
「最後の日に私に会いに来てくれて、ありがとう。楽しかったよ」
「僕も、僕も、楽しかったよ!」
エルはボロボロと涙を流しながら、ニコニコと笑いました。ミワもニコニコと笑っています。
「ミワちゃん!お勉強が終わったら、また、会おうね!」
「うん。頑張るね。エルくんもお勉強、頑張ってね。」
二人は小指を合わせて、約束をしました。
「絶対約束!」
「約束だね」
エルとミワは顔を見合わせて、ニコニコと笑いました。
ミワの魂は段々と消えていきました。エルはミワの魂が全てなくなるのを見届けました。エルは抜け殻になったミワの体の髪を触りました。
「君もとても、綺麗な髪だよ」
◇☆◇☆◇☆◇☆◇
エルは、色々な生き物を見るために、羽を羽ばたかせ、窓ガラスから飛び立ちました。