七話:蛇、天使に出会う
私はイルザ・フィッツェンハーゲン。
ラミア上位種の内の一つ、ミスティックラミアの血族に属する者でございますわ。
魔物も普通の動物と同じく、細かい系統があったりもするのですが、一般の方々はあまりそういったことを気に掛けない方が多いようです。
大本が同じラミアであっても、魅了特化、戦闘特化、魔法特化など、種によって様々な特色があったりするのですけれど……。
恐らくこれもこの城が攻略不可能などと呼ばれている所以でしょうね。
エラという生きた城が四六時中侵入者を監視し、相手に合わせて送り込む魔物を選別しているため、冒険者たちは余計に手こずることになるのですわ。
それはさておき、ミスティックラミアは魔法に長ける種族です。
ですから、今からおおよそ一年ほど前、ヴィルマー様がいつもの放浪からいつものごとくフラッとお帰りになった時、私はヴィルマー様と共に、知らない魔力が城内に入り込んだ事を感じ取っていました。
そのとき、既にそれが人間の魔力であることに気がついていましたが、私はそのうちにヴィルマー様からのご説明があるだろうと思っていたのです。
ですが、どれだけ経ってもヴィルマー様は、何もおっしゃらないのです。
痺れを切らした私は、ついに行動を起こすことにしました。
ヴィルマー様に直接尋ねることにしたのです。
「ヴィルマー様、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「おお? イルザか。
何ぞ、用でもあるのかね」
「ええ、一年ほど前にヴィルマー様がお連れになり、そのままこの場内で生活している人間の事でございますわ」
「ほう?」
「あの者は一体何者なのですか? 何故この城に?」
「ああ、アレはな、私の息子にしようと思っているのだ」
さもなんでもない事かのように語られた内容に、私は思わずその場で固まってしまいました。
今、ヴィルマー様はなんと行ったのでしょうか。
確か、息子とおっしゃったような……。
いえ、でも、そんな……私の空耳でしょうか?
「空耳ではないぞイルザ」
「え、えええええええええええええええええええ!?」
はっ、私としたことが、なんとはしたない。
「ええと、『息子にしようと思っている』ということは、養子でございますか?」
「そうなるんだろうな。
まあ、なんとかなるだろう」
なんとかなるだろうで済ませることが出来る問題であるとは思えないのですが……。
「あの、でしたら遊び相手が必要なのでは?
ヴィルマー様のお話を聞いている限りでは、まだ幼い子供なのでしょう?」
「む、それもそうだな……」
「でしたら自分をお使いください。
妹達の世話で幼子の扱いには慣れておりますゆえ」
「おお、そうか、如何せん俺は赤子の世話などしたことがなくてな……お前が手伝ってくれるというのは有難い」
「でしたら……」
「……だがな、人間の赤子というものはお前が考えているよりも恐らくずっとか弱く、脆いものなのだ。
ミスティックラミアは魔物の内ではそこまで力の強い種族ではないが、それでも人間からすれば脅威になりうるだけの力は有しておる。
ましてや今回は相手が赤子だ。決して力加減を誤るでないぞ」
「……わかりましたわ。肝に存じたいと思います。」
どうやらヴィルマー様が子供の話を説明しなかったのも赤子が脆いという理由だったようだ。
魔物たちか好奇心にかられて詰めかけ、押し合いへし合いでもすれば赤子はあっという間に死んでしまうだろう。
そう言われて納得した。
気付かぬ者は気付かぬままにしておけばいいのだ。
魔力などを感知できるのは魔法に長けた者達であるし、魔法が使えるという事はそれ即ち、多少なりとも理知的であるということだ。
そういった者達は、私のように知らされるまでの辛抱であると押しかけたりはせずに自粛する。
魔法が使えない脳きn、あら、私としたことがこんな言葉を使ってはいけませんね。
……ええと、おバカさんたちは感情のままに動きますので、物理的に叩きのめされるまで止まりませんもの。
ヴィルマー様はそれらがお子様の部屋に雪崩れ込むのを恐れたのでしょう。
「では、また明日、昼ごろにあの部屋へ行くが良い」
「わかりましたわ、それでは」
ああ、ようやくここ一年間の疑問が解け、胸のつかえが取れたかのような気分ですわ。
次の日、私はヴィルマー様の息子だという者の魔力を辿り、その者の部屋へとたどり着いた。
「昼ごろ、と言われたというのに大分早く着いてしまいましたわ」
と、部屋のドアを押し開け、エラの端末が姿を現す。
「お待たせいたしました。ヴィルマー様からお話は伺っております。どうぞ、お入りください」
「お邪魔いたします。
そしてエラ、今日もお努めご苦労様ですわ」
「ありがとうございます」
当り障りのない挨拶を交わし、部屋の中に足を踏み入れ……ラミアの場合足はないですし、何と言えばいいのでしょう……蛇腹?
ま、まあ、とにかく部屋の中に入りました。
部屋の真ん中には天使がいらっしゃいました。
くりっとした瞳は今にも零れ落ちそうなほどに大きく、深い緑色に輝いています。
肌は白く滑らかで唇や頬はうっすらとピンク色に染まっています。
若葉のような明るい緑の髪はふわふわとしていて、まるで絹のような滑らかさです。
「わたくし、ラミアのイルザ・フィッツェンハーゲンと申します。
気軽にイルザ、もしくはイルとお呼びくださいませ」
可愛くて頬ずりしたくなるのを必死で抑え、挨拶をします。とは言え、まだ赤ん坊の彼には理解できないのでしょうけれど。
と、そこで天使がその大きく愛らしい瞳を涙でいっぱいにし始めたのですわ。
私は心当たりを必死で探し、そして気が付きました。
きっと、蛇の体を見て怖がっているのでしょう。彼はここに来る前に一緒に居た普通の人間意外には、ヴィルマー様、エラの二人しか知らないのですから。
まあ、エラはともかく、ヴィルマー様も大概だとは思うのですが……。
私は蛇の体を慌てて隠そうとしますが、如何せん上半身よりも太く、長い下半身はどうやっても隠し切ることが出来ません。
「も、申し訳ありませんわ。
怖がらせてしまいましたね……ルッツ様は蛇がお嫌いで?」
私は、ルッツ様の意識を蛇の体からどうにかそらそうと、なるべく怖がらせないように腰を落とし目線を合わせて話しかけます。
ですが、ルッツ様は一瞬きょとん、とした表情をなさった後に、まだ幼く、舌っ足らずながらも私のこと綺麗だとを褒めてくださったのですわ。
(ああああ、やはりルッツ様は天使なのですわ!)
ルッツ様が私自慢の鱗に興味を示していらっしゃったので、とぐろの上に座らせてさし上げた所、「おぅ~!!」と感嘆の声を上げ、しきりに私の鱗をなでては、お喜びになっていらっしゃいました。
私はあまりの可愛らしさにルッツ様を思い切り抱きしめたくなりましたが、ヴィルマー様の忠告を思い出し、すんでの所で思いとどまりました。
私の力で思い切り抱きしめなどすればルッツ様が死んでしまいます。それだけは避けねばなりません。
「ルッツ様は蛇がお好きなのですか?」
「アイっ!!」
あまりにルッツ様が嬉しそうになさっているので、無駄かもしれないと思いつつ、蛇がお好きなのですか? とお聞きしたところ、非常に可愛らしいお返事を満面の笑みと共に頂きました。……これ以上の幸せはないかもしれません。
それにしても、このお年で私話している言葉の意味がわかるなんて素晴らしいですわ!! ルッツ様は非常にお利口なようです。
と、そこで、いつの間にかヴィルマー様がお越しになっていたので、挨拶と、この天使にお会いできる機会を下さったお礼を申し上げます。
それと同時に、この天使をどこから連れてきたのか、ということが非常に気にかかりました。
ヴィルマー様に限って誘拐なんてことはないでしょうけど……あまりの可愛らしさに、なんてことでしたら、私、全力で抗議した上で命に変えても親御様の元へ送り届ける所存ですわ。
「あら、まあ。ヴィルマー様。
此度はルッツ様の元を訪れる許可をくださり有難うございます。
こんなにも可愛らしいお子様を、一体どちらからお連れになったんですの?」
私が微妙に殺気を飛ばしていることに気が付き、少し動揺した様子でしたが、ヴィルマー様はルッツ様の境遇を教えて下さいました。
「うむ、荒野でオークに襲われて壊滅した商隊の生き残りだ。
他にも生き残りはいたが死んだ母親が抱え込んでいたせいでコヤツが居ることに気が付かなかったようでな。
流石に赤ん坊を荒野に置き去りにするのは忍びないので連れてきたのだ」
なんとかわいそうなルッツ様!! 両親を失い、人間にも置き去りにされてしまうなんて。
こんなに愛らしいルッツ様を荒野に置き捨てたまま去ってしまうなんて信じられませんわ!!
そう思っていたら、無意識のうちにルッツ様の頭を撫でていたようで、ルッツ様は「何?」とばかりに首を傾げて私のことを見つめておりました。
その瞬間、私は何があろうともルッツ様をお守りしなくてはならない、という決意を、自分でも不思議に思うほどごくごく自然に固めていたのです。
そんなこんなで私は次の日から、ルッツ様の遊び相手兼護衛として、日々を共に過ごすようになったのです。
そして、そんなある日のこと。
「いう!」
「なんですの?」
「いう、あー、うー」
ルッツ様はなにか言いたげですが、うまく言葉に出来ないご様子です。
しばらく悩んでいたルッツ様は言葉がわからないならば、直接見せたらいいじゃない! とばかりに行動を開始しました。
「! こえ(これ)!」
ルッツ様が突然魔力を放出し始めたと思ったら、周囲に僅かではあるものの風が吹いていました。
い、今のは……魔法……なのですか?
いえ、魔法であるということは分かっているのですが、こんな赤ん坊が魔法を使うなど聞いたことがありません。
私達の種族でさえ、魔力というものの認識に生まれて数年はかかりますし、人間はそれこそ何年間もの修行の果てに、ようやく魔力を感じ取る力を身につけ、そこからやっと魔法の修練を始めるものだと聞いています。
しかし、ルッツ様はこのお歳で魔力の存在を感知及び操作し、風を吹かせております。
なんということでしょう! ルッツ様は魔法の天才だったのですわ!!
「!? え、あ、ああ……それは、『魔法』と言いますわ。
というかルッツ様、すごいですわねぇ。
もうそんなに風を操ることが出来るんですの?」
先ほどルッツ様が困っていらしたのは、おそらく『魔法』という単語がわからなかったからでしょう。教えて差し上げると嬉しそうに微笑んでくださいました。
しかし、私がルッツ様の魔法を褒めると、ルッツ様は首をブンブンと横に振ります。
ルッツ様はあの程度の風では満足しておられないのでしょう。ですがルッツ様のお年の事を考えると十分に過ぎるお力だと思うのですわ。
そんなことを考えていると、ルッツ様はキラキラと期待に満ちた瞳でこちらを見上げてきます。
「いう」
「なんですの?」
「いう、できう?」
できる? というのは恐らく魔法のことなのでしょう。
つまり、ルッツ様は私が魔法を使えるかを聞きたかったということなのでしょう。
「ああ、そういうことですの。
もちろん出来ますわよ。
種族的に魔法が得意なラミアの中でも私、魔法に関してはいつも一番でしたもの」
「みしぇて!!いうのみう!」
「ええっ、でも、いいのかしら……」
ものすごく期待に満ちためだ見つめられています。ものすごいプレッシャーですわ。
ですが、ルッツ様がお怪我をしてもいけませんし、私の一存ではどうにもならないことも確かなのです。
「し、仕方がありませんわ……。ヴィルマー様に相談してきますので、ルッツ様はここでお待ちになってくださいませ」
私は急いでルッツ様のお部屋を出ます。
私が魔法を見せるだけならば、エラを通じてやりとりをしても良かったのですが、ルッツ様が魔法を使えるとあればそうも言っていられません。
暴発などの事故が起こってしまわないように、早急に正しいトレーニング方法を教える必要がございます。
私が魔法を見せるのは構わないでしょうが、場所の確保も必要ですし、相談すべき事柄が山積みですわ。
「これから忙しくなりますわ……」
きっとヴィルマー様はご自身で魔法を教えたいと仰るでしょう。
……私も負けていられませんわ。ルッツ様と一緒に入られる時間を取られてなすものですか。