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三十五話:少年の思い

 次の模擬戦は俺とフィリーネだ。

 とりあえず、次は身体強化も魔術も使わないことにした。

 俺が魔術に秀でているということは全員情報としては知っているようだったし、剣の腕もそれなりにあるというところも見せないといけない。

 ……まあ、それなりどころじゃ済まな気はするのだが。


「お待たせいたしました! 休憩はもういいですわ」

「僕も準備万端ですよ」


 ザシャの相手をしたフィリーネのために少しの休憩を挟んで、俺対フィリーネの模擬戦は始まった。

 因みに気絶していたザシャも休憩の間に目を覚ました。


「では、石が落ちたら開始だ」


 先ほどと同じ合図。

 俺もフィリーネも互いに目はそらさない。

 カツン。

 石が落ちる音と同時に俺はフィリーネの懐へ飛び込むべく駆け出した。

 身体強化も使っていないので先程よりも速度は遅い。

 槍の突きが襲いかかってきたので片手に持った棒をやりに添え、そのまま槍の柄を斜め上に逸らし、滑らせるようにして突っ込む。

 槍に比べてリーチに乏しい剣ではこういう風に相手の懐に飛び込むしか勝ち目がない。

 フィリーネもそれは十分に承知していたようで、かち上げられた槍をその勢いに任せて一回転させると、石突を俺の顔面向けて跳ね上げてきた。

 間一髪の所で頭を振ってそれを躱し、叩きつけるようにして右手の棒をふるう。

 そして、残った左手の棒は頭上から再び降ってきた石突を受け止めるために掲げておく。


「……降参ですわ」


 俺の左手の棒はフィリーネの槍をきっちり受け止め、右手の棒はフィリーネの首元に添えられている。

 まあ、要するに俺の勝ちだ。


「わ、私これでも結構自身がありましたのに……他加減された上に惨敗だなんて」

「まあ、比べる相手が悪いとしか言いようが無いよ」

「あれ、ルッツ敬語は?」

「僕って結構殴り合ったら打ち解けるタイプなんだよ?」

「何だそれは……」


 後衛二人組が訳が分からないといったような顔をしたが、どうやらフィリーネには伝わったようだ。しきりにコクコクと頷いている。

 何と言うか、こう、言葉では言い表せない感覚だけどそういうのがあるんだ。うん。


「とりあえずルッツは何やらせても大丈夫そうだってことは分かった」

「いや、何でも出来るって訳じゃないよ。そもそも僕には基本的な常識が無いからね」

「それもそれでどうなんでしょう」

「一番役立たずなの俺じゃねえか……」

「僕は近距離の前衛やるからザシャは敵が近づくまでに数を減らしたりするのをすればいいんじゃないかなあ」

「……どうせお前剣で闘いながら遠距離の魔法バカスカ打てるんだろ」

「あ、あはは」

「否定してくれよ!!」

「それはさすがにやらないよ」


 ザシャが落ち込んでいるが、多分比較対象が間違っている。

 流石にこの学園の学園長であるコンスタンテインとかを相手にしたら負けるとは思うけれど、それでも俺の実力はすでに子供のそれじゃない。

 中身も多分に前世の影響を受けているから同年代と比べたらそれなりに大人びているだろうし。

 因みに今の俺はもう既に前世のオレとはほぼ別物だ。

 前世に関する知識はあるが、記憶はなく、ただ前世を覚えていたということは覚えている。

 以前はあった記憶はだんだんと薄れ、多少の影響はあれども、今では完全にルッツ・ローエンシュタインという自己を確立させている。

 体感としては、赤ん坊の頃には残っていた前世の残滓が、俺が成長するに連れて俺に溶け込んで消えたような感じだ。

 考えようによっては自分も既に化け物なのかもしれない。

 ザシャが言ったことだって出来るか出来ないかで言えば出来るだろう。

 ただし剣は鈍るだろうし魔法の精度も格段に落ちる事になると思うのでやりたくはない。

 まあ、必要にかられたらやるのだろうが。

 ……少し練習してみようかなあ。


「……お前いま練習してみようとか思ってないか?」

「何でバレた」

「図星かよ……お前実は戦闘狂だろ……」

「ジャンキーって言うなら……まあ、多分その気は有ると思う」

「なら私と手合わせをしてはくれないかな?」


 後ろから唐突に掛けられた声に驚く。

 近づいてくる気配が全く分からなかった。

 だが声に聞き覚えがあるので相手が誰だかは分かる。

 同様を表に出さないようにしながら俺はゆっくりと振り返る。


「あはは、驚かさないでくださいよ。あなた学園長でしょう」


 そこに居たのは金髪の優男。

 学園長、コンスタンテイン・ライニール・ファン・へルクだった。

 話ではハーフエルフだと聞いていたが、近くで見ると想像以上の美貌だ。

 俺は思わず息を呑む。

 一瞬相手が男であるという事実が吹っ飛んっだ。

 ……まあ、それくらい美人だということだ。俺にそっちのケはない。


「ご名答。でもまだ腹芸は得意じゃないみたいだねえ。声をかけた瞬間一瞬肩が跳ねたの、私は見逃していないよ」

「厳しいですねえ」

「私はアイツが気に食わなくってね。君がどんな奴なのかこっそり見に来たんだ。そしたら面白そうなことをしているからついね」

「ついですか」

「君の本気がいかほどか知りたいっていうのもあるけどね」


 俺は呆然として固まっている残り三人を見やる。

 そりゃあ学園で一番偉い人、かつ生きた英雄に突然話しかけられてまともに対応できる子供なんてそうそう居ないだろうなあ。


「実力を見せるのはいいが彼らがそれに頼り切りになっても困る、って思った?」

「ええ、……まあ」

「あはは、鼻っ柱の伸びきった餓鬼だなあ」


 とびっきりの笑顔からとびっきりの暴言が飛び出した。

 ……若干威圧も飛んできてるなぁ。

 ああ、ザシャたちが復活し始めてたのにまた固まっちゃったじゃないか。

 これってもしかしなくても喧嘩売ってるのか?

 俺は努めて笑顔を作って応戦することにした。


「僕は自分の力を自覚しているだけですよ。……それに相手がどれほどの強さを持っているか見抜く目も持っているつもりです」

「へぇ」

「今戦ってもきっと僕はあなたには勝てないでしょうね」

「それくらいはやっぱり分かるか」

「ええ、そしてあなたはヴィルマーに遠く及ばない程度の実力しか無いことも分かりました」


 俺がそう言うとコンスタンテインの口元が一瞬ヒクリと引きつる。

 暫く黙りこんだコンスタンテインは、俺の頭から爪先までをジロジロと眺め、また口を開いた。


「やっぱりヴィルマーはとんでもない餓鬼を育てたなあ……。僕の威圧にビビらないでまっすぐ立ち向かってくるような奴ここ数百年一度もお目にかかってないっていうのに」

「父上の教育の賜物でしょうね」

「どんな教育をされたのかとても気になるところだね。まあ、聞いたら思わず同情したくなるような内容だとは思うけど」

「僕が望んでやったことですから」

「ああ、そう。……ニクラスとかフィートゥスとかいう化け物どもともやりあったんだろう、全部手紙で知ってる。

 全く、久しぶりに手紙を寄越したと思ったらお前自慢がツラツラと書かれた羊皮紙が五十枚も届いた時には我が目を疑ったよ。八つ当たりしたくなったって仕方ないと思うんだ」

「全部読んだんですか?」

「読んで悪い?」

「……読んだんですね」


 あ、この人もヴィルマーの被害者だ。

 そう思うと先の暴言も水に流せた。


「憐れむような目を向けないでくれるかな……」

「イエイエ、キノセイデスヨ」

「…………そういうことにしておくよ」

「で、手合わせがどうのって言うのはどうなったんです?」

「ああ、見た限り必要なさそうだし、別にしなくてもいいよ。君の実力は何となくわかったから」

「そうですか」

「残念かい?」

「いえ、別に」

「……君は、いや、なんでもない」


 コンスタンテインは俺の目をまっすぐに見てなにか思案し、少しためらったように口を開こうとしたがすぐにソレを取り消した。

 そして、表情は変えないまま、少し困ったような苦しそうな色をその目に宿し、「じゃあね」とだけ言うと、そのまま立ち去ってしまった。


「……何だったんだ?」


 コンスタンテインの意図をつかみかねる。

 コンスタンテインは最後に何を言おうとしたんだろうか。


「お、おいルッツ。なんであの人と親しげに話してたんだよ……」


 放心状態だった中で、一番最初に復活したのはザシャだった。

 相変わらずザシャは精神的なショックからの復活が早い。

 すると、その声に我に返った残りの二人も、俺に質問を浴びせかけてきた。

 俺は答えるか答えないか迷ったが、結局答えることにした。

 上手く行けばヴィルマーの魔王に関する誤解が解ける。


「…………別に、親しいってわけじゃないよ。父上の昔馴染ってだけだ」

「昔馴染みって……」

「あの方はなかなか社交にもいらっしゃらないので有名ですのよ。交流のある者といえば冒険者ギルドのギルドマスターくらいだと言われておりましたのに」

「……父上はあんまり表には出られないからね」

「ヴィルマー、といったか君の父上は。……ヴィルマー・ローエンシュタイン。邪神殺しの英雄の名だ。彼が生きているのか?」

「…………一応、生きてる、のかな」

「どういうことだそれ」

「……英雄が今も生きているのは邪神の呪いのせいだって話は知ってる?」

「いや」

「そう、知らないならそうだったのかって思っておけばいいよ。

 で、僕の父上、ヴィルマーなんだけど、……あの人は一番近くで呪いを受けたせいで人の形を留めていない」

「それは……」

「端的に言うと骨だ。リッチみたいな見た目をしてる。で、君たちが魔王城って呼んでいる所に住んでるよ」


 俺が言い終わると、その場を沈黙が支配した。


「……じゃあ、俺達は今まで世界を救った英雄を魔王だと思っていたってのか?」

「何故国も英雄も動こうとせず、冒険者任せなのかとずっと疑問だったのだが、つまりはそういうことか」

「むやみな干渉を避けるために……わざと魔王だという噂を流して人を遠ざけた?」

「さっきルッツが怒った理由に納得がいったな」


 どうやら俺の企みは上手くいったようで、三人は顔を寄せあい、難しい顔をして考えこんでしまった。

 ヴィルマーの事をちゃんと理解してくれる人が増えたら、俺は嬉しい。

 ソレに、友達なら自分の家に招いたりもしたいしね。

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