三十四話:少年は激情を覚える
結局、闘技場の使用申請はあっけないほど簡単に通った。
申請窓口にいたおばちゃんに「あら、熱心ねえ」と感心されたが、まあそれはどうでもいいよな。
「……で、どうするんですか?」
「そうだな……一度やりあってみるか?」
「おいザシャ、俺はメディックだぞ」
「メディックと言ったら攻撃手段は毒物のみですものね……模擬戦をするには少々危険すぎますわ」
「じゃあエドを除いた全員で総当り、回復担当はエドでいいか」
「俺はそれでいい」
「私もですわ」
「僕もそれで構わないです」
模擬戦は相手が城の面子でなければ結構好きだ、と思う。
城の面子は……あいつらとしては模擬なんだろうが俺からしたら模擬どころではないので論外だ。
最初のうちは良かったのだが、だんだんヒートアップしてきて、俺が殺る気で行かないと大怪我をするようになってきた辺りから模擬戦=悪夢の等式が出来上がっている。
だって俺が本気の攻撃とかしても軽く受け流したりなんだかんだで全く歯が立たないのだ。
その上あっちの攻撃がかすりでもしたら大怪我確定という……、お陰で俺は回避能力だけ飛び抜けて高い。
「じゃあ、まず一回戦はルッツ対俺で、二回戦はリーネ対俺、三回戦はルッツ対リーネ。……ああ、全く勝てる気がしない」
ザシャがげんなりとした表情でつぶやく。
俺はザシャの肩を叩いて励ます。
「どんまい」
「まあ、まずはやってみるしか無いだろう」
「そうですわね」
そういうことで俺はザシャと戦うことになった。
……闘技場は天下一●道会の予選場という言葉がしっくりするような場所だった。
石で出来た正方形の台座がいくつも間を空けて設けられており、その上で模擬戦をする。
台座は一辺が三十メートルくらいで、台の高さはおおよそ一メートル五十センチほど。
それが横四列、縦二行の合計八個有る。
模擬戦のルールはもちろんというかなんというか、降参するかこの台座の上から落ちたら負け。
この学園を作るのに異世界人が関わっていそうだというのはもう確定事項だ。
「おいルッツ、そろそろ準備はいいか」
俺はエドアルドの声で考え事をやめる。
サシャと俺はもう模擬戦用の貸出装備を借りて台座の上に立っている。
「ああ、大丈夫だよ」
俺は俺の真正面に立つザシャを見据えながら答える。
今俺が身につけているのはTシャツとズボン、木製の肘当てと膝当て、二本の木の棒だけだ。コレはもちろん双剣の代用品である。
ザシャも基本的には俺と同じ装備だが、俺の二本の棒の代わりに短杖を持っている。
……俺がひのきのぼう装備なのに対してザシャは本物の短杖って言うのは少しずるいと思う。
まあ、これくらいの装備の差なんてハンデにすらならないのは確かなんだけれども。
「ルッツは本当にその棒でいいのか? 木剣なら他にも有るぞ」
「大丈夫だよ」
今俺が持っている木の棒は大量にあったトレントの枝を加工したものだ。
とは言え魔力を通さなければいくらトレントの枝といえどもタダの木の棒であることには変わりない。
突然模擬戦をしなくてはならなくなったため、皆に隠れて慌ててこしらえた物だ。
風魔法で切り出して土魔法で研磨したため、ささくれなどはない。
俺が使うのは魔法剣。
得物は魔力を通しやすい物であるのが望ましい。
時間がなかったので剣の形に整えるのは諦めたが、とりあえず模擬戦で使うには合格の出来だろう。
そのうち模擬戦用の木剣を作っておいたほうがいいのかもしれない。
「じゃあ双方準備はいいな。この石が地面に付いたら試合開始だ」
エドアルドがそう言って石を高く放り投げた。
俺はまっすぐザシャを見つめる。
ザシャはどうやら石に気を取られているようで、エドアルドの方を向いたままだ。
ザシャとの距離は二十メートル程。
……ああ、とんでもなく甘いな。
俺は少し笑う。
石が落ちてからザシャが俺の方に目を向けるまでの間に、俺はザシャとの距離を半分は詰められるのに。
ほんの少しの沈黙の後、カツン、と石が地面に落ちた音が聞こえた。
僅かに息を吐きだすと同時に身体強化も併用して床を蹴る。
石が落ちるのなんて耳で確認すれば十分だ。
アレだけあった距離は一瞬でゼロになる。
ザシャが呆然とした顔をしたがもう遅い。
誰かと戦う時は戦う相手から目をそらしちゃ駄目だ。
「僕の勝ちだよ」
まさしく一瞬。
真正面からザシャの喉と心臓に両手の棒の先を添えた状態で俺は俺の勝利を宣言した。
「え、あ、」
ザシャがパクパクと口を開閉する。
まあ、実戦だったら死んでたんだから無理もないかも知れないが。
……いや、やり過ぎたか?
「一瞬だったな……俺には何が起きたのか分からなかったぞ」
「私も辛うじて目で追うのがやっとで反応できるかと言われると微妙ですわ……」
残りの二人も唖然としている。
うん、想像通りなんだけどさぁ……。
「うん……ほんとに惨敗したなあ……」
あ、ザシャが復活した。
でも、ザシャはそこまで衝撃を感じていないように見える。
何でだろう。
「何で立ち直りが早いんだって思っただろ今」
「えっ」
何でバレたんだ。
「図星かよ……」
ザシャがおもいっきりため息を付いてやれやれと首を振る。
……でも普通年下でまだ子供の僕にあんなふうにやられたら恨んだり気味悪がったりしそうなんだけど。
「ルッツ……お前はかなり幼い頃から戦闘訓練を受けてるだろ。それもかなり強い奴が相手だ。違うか?」
「え、ま、まあ」
「そんな相手にハナから敵うとは思ってねえよ」
「ザシャも今から頑張ればそれなりには成れると思うけどなあ」
「そんなに強くなって魔王でも倒すつもりかよ……」
魔王。
その単語にぴくりと目の端が引きつった。
頭のなかが沸騰でもしたみたいに真っ白になった。
腸が煮えくり返るっていうのは、きっとこういう状態のことを言うんだろう。
奥歯がギチリと嫌な音をたてた。
ザシャ達の顔がさっと青ざめる。
ああ、威圧してしまったみたいだ。
意識して威圧を抑えこみ、笑みを作る。
「あはは、まさか」
ヴィルマーが魔王と呼ばれているのは知っている。
でも実際にこうして聞くとここまで腹の立つことだとは思いもしなかった。
魔王という言葉はこうして冗談に使われるくらいには『悪の親玉』として定着してしまっている。
何故ヴィルマーがそんな名で呼ばれなくてはならないのだろうか。
そのことが無性に悲しいし悔しい。
どうにかしようなんて思っていたけど、多分コレは無理だ。どうにもならない。
それくらい彼らにとっては当たり前なことなんだ。
そう思ったら少しづつ激情は収まっていった。
冷静になってみると、何でこの程度のことでこんなに腹を建てたんだろうという感じだ。
なんか俺、この体になってから沸点が低い気がする。特にヴィルマーに関することにかけてはその傾向が著しい。
何と言うか、こんなふうに他人を本気で尊敬して慕ったことって前世でもなかったと思うんだよなぁ。
もしかして、何らかの思考操作でも受けてる? まさか、それこそヴィルマーはそんなことしないだろう。
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね」
「お、おう……」
「あなたが魔王に対して並々ならぬ思いを持っているという事だけは理解いたしましたわ……」
「つ、次はザシャ対リーネだぞ」
エドアルドが話を逸らしてくれたのでその話はそれっきりになった。
幸か不幸か、それ以降、俺の前で誰も冗談として魔王の名前を出さなくなった。
……でも、ちょっと真逆の方向に勘違いされた気がするのは気のせいだろうか。
「さて、私は準備万端ですわ!」
「俺はルッツに瞬殺されて一歩も動いてないからな。このまま行けるぞ」
そして、俺とザシャとの戦いの時と同じように開始の合図がなされる。
今度はザシャもしっかり相手を見ている。
ザシャってなんだかんだ言って飲み込みがいいんだよなあ。
そして、対するフィリーネの武器はどうやら短槍らしい。
彼女の身長よりは長いが長槍よりは短い模擬戦用の槍を構えており、その構えは中々に様になっていた。
模擬戦用の槍というのは穂先に布が巻いてあるので、突かれたりぶっ叩かれたりしたら流石に痛いがそれでも怪我はしにくい。
改めて見るとやっぱりこのパーティーはバランスがいい。
長距離は俺とザシャの魔法、中距離はフィリーネの槍、近距離は俺の剣、回復はエドアルド。
後は斥候がいたら完璧なんじゃないかとは思うが、俺もまね事くらいはできるので凡そはこのメンバーでも問題は無いと思う。
「どりゃああああああですわああああ!!」
「うわ、変な掛け声って、危ねっ」
フィリーネとザシャは結構いい戦いをしている、と思う。
フィリーネがせわしなく槍を突き出したり薙ぎ払ったりするのをザシャは器用に避けながら、すぐに発射できる魔法をチマチマと打ち込んでフィリーネの動きを阻害している。
だがまあ、後衛対前衛じゃあ大抵の場合は前線で戦うことに慣れていない後衛が不利だ。
案の定、ザシャもだんだんバテてきたところでフィリーネの槍に頭の天辺をおもいっきり殴られてダウンした。
「あらら」
「……多分タダの脳震盪だからすぐにでも目を覚ますと思うぞ」
「ちょっとやりすぎてしまいましたわ」
気絶するぐらいの衝撃の何処がちょっとなのだろうかとは思ったが余計なことは口に出さないに限るので黙っておくことにした。
俺は基本的には事なかれ主義なのだ。
まあ、危害を与えてくるなら徹底的に排除はするがな。




