三十二話:少年は牛と共に走る
「あはははははは! 走れ走れ~」
「うわああああああああ!!」
「「「「「ブモオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」
今、ルッツとザシャはライニール学園都市の外に広がる草原地帯で、牛型の魔物の大群に追い回されていた。
ルッツはケラケラと笑いながら風のように走り、ザシャは這々の体で転げまわるように逃げる。
「るっつ、てめ、後でぶっ飛ばすッ」
「まさかリンクするなんてね~、ってか、この状態で人に出くわしたら立派なトレインなんだけどまずくない?」
肉が美味しいと聞いたので、草原でのんびり草をはんでいた一頭にちょっかいを出した結果、何処からとも無く仲間が集まってきてあっという間にこんな状態に成ってしまった。
うん、少し調子に乗っていた。
今度からちょっかい出す時はちゃんと魔物の性質を調べてからにしよう。
だが、物心付いて以来初めての外出だからか、気持ちが高ぶって仕方が無いのだ。
ちょっとのお痛くらいは許して欲しい。
今まではだいたい城の中だったし、何時も曇ってたし、出かけるとしても転移で直接街の前まで飛んでいたし。
そのため、この様に自然に囲まれているというのは初めてなのだ。
天気もいいし、春先であるからか気温もポカポカとしていてちょうどいい。
これでテンションが上がらない奴がいたらソイツはアンデッドかなんかだと思う。
ヴィルマーはどうなんだか知らない。
厳密にはアンデッドとは違いそうだから陽の光で弱体化したりダメージ受けたりってことはないと思うんだけど。
「ゼー……ゼー……な、で、おまっ、いきっ」
「鍛え方が違うのだよ!」
それにしてもザシャの体力がない。
コレは毎日の走りこみを徹底させないといけないかもしれないなぁ。
初めはキツイかもしれないが、じきに習慣になってしまえば、毎朝走り込みをしないと落ち着かなくなる様になるだろう。
実際俺も毎日しっかり筋トレしないと落ち着かない様になっている。
……あれ、これだけ聞くと脳筋の台詞にしか聞こえないぞ。
「ゼヒュー……ゼヒュー……」
あ、ザシャがそろそろヤバいかも。
顔色も青白くなってきているし、このままだとぶっ倒れそうだ。
「仕方ないな」
コレを全部倒すとこの辺りの生態系とかに異常をきたしそうなので、一度牛達の足を止めて宥めすかす方向で行こうと思う。
「『液状化』『マッドバインド』『ヒュノプス』」
走りながら魔法を同時に構築して牛達に向けて飛ばす。
今は走っているから見えないが、牛達の足元には今水が染み出し、泥濘んだ地面から泥の鞭のようなものが伸びて牛達を拘束しているだろう。
そして、超広範囲に渡る催眠魔法で全員揃って夢の中だろう。
因みに俺が魔法を使った瞬間、ザシャがその真っ赤な目をこぼれんばかりにかっ開いたが俺は気にしない。
俺と友だちになるのならばこれくらいの事には慣れてもらわないと俺が困るのだ。
俺の本気はこんなものではない。
……あ、なんかこの台詞凄いクズっぽい。ニートが言いそう。
えっと、それはともかく、この程度のことで一々驚いてたらザシャの精神のほうが持たない気がするので、そこら辺はもうさっさと諦めさせようと思っている。
身近な相手にまで力を隠しておくのは少々疲れるのでザシャには俺の良き理解者になってもらおう。
もちろん面倒臭そうな相手にわざわざ実力をバラす事はしないのでザシャは特別だ。
意外と口も固そうだし、義理とか人情って言葉が似合いそうな奴だ。
それに、いずれはザシャにもこれくらいの事ができるようになって欲しい。
駆けずり回りながら魔法を同時展開出来るだけでも大分取れる行動の選択肢が広がるし、突き詰めると詠唱中に攻撃されてもそれを躱しつつ詠唱続行とかいう、とんでもない技能が手に入る。
詠唱キャンセル無効って、地味に大きいと思うんだよね。
「うん。完璧に決まったね」
「カヒュー……カヒュー……ゲホッゲホッ、オエッ……てめ、ルッツ……」
因みにさっき使った魔法のランクは、『液状化』『マッドバインド』が土、水の混合属性魔法で中位、『ヒュノプス』は闇魔法の上位級だ。
『液状化』と『マッドバインド』で牛達の勢いをゆっくり止めて、『ヒュノプス』で眠らせて終わり。
ザシャは俺が三つの属性を同時に使い、さらにそれが中級二つと上級だったことに気がついたから目を剥いたんだろう。
実際、息を整え終わると掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「混合属性の中級二つと闇の供給を同時展開って、テメエの頭はどうなってやがる!」
「復活早いね」
「ごまかすな! 何で視線をそらす? オイ!!」
「いやー、あの程度で驚かれてもな-っていうか……」
「あの程度!?」
「だって杖も使ってないし」
「じょ、上級を、杖無し?」
おい、別にそんなこの世の終わりのような顔をしなくたっていいじゃないか。
「お、お前、化け物かよ……」
「あはは、ホント? だったら嬉しいな」
「褒めてねえよ、ってか否定しろ!」
「だって、ねぇ?」
「何だよ、コエーな畜生! 含みを持たせるんじゃねえ!!」
「僕にとっては褒め言葉だし」
何度も言っているが、俺の目標はヴィルマーだしな。
何時か絶対に追いつくのだ。
打倒ヴィルマー、エイ、エイ、オー!!
ま、倒しはしないけど、互角に戦えるくらいにはなりたいよね。
「この程度で驚いてたら身がもたないからね。僕は親しい相手にまで実力を隠すようなことはしたくないから」
「なんだよ、これより上があるってのか」
「あるんだよね、だから慣れてもらおうと思って」
「もう何も言わねーよ……」
「ザシャは友達だからね」
「あの時お前に突っかかった俺をぶん殴ってやりたいぜ」
「それにザシャにもこれくらいのことは出来るように成ってもらうつもりだし」
「はぁ!? お前俺に何やらす気だ」
「人間死ぬ気でやれば意外となんでも出来るもんだよ」
「死ねというのか」
「そんなことはないけど」
あ、そろそろ牛の群れのボス格が目を覚ましそうだ。
「ブ、ブモオオオオオ……」
「おはよう牛さん? ごきげんいかがかな」
「お、おいルッツ何やって」
「ブモオオオオオオオオオオオ!!」
あーあー、熱り立っちゃってまあ。
俺が煽ったんだけどね。てへぺろ。
前足を曲げて捻くれた角をこちらに向けて突進の準備をする牛に、俺はにっこり笑いかける。
「そうかそうか、何言ってるのか分からないけどそういう訳だから君には僕のご飯になって欲しいんだよね。そうしたら群れは見逃してあげよう」
ついでに威圧もプラスだ。
この威圧で周りの牛達も置きてしまったが、そいつらは完全に怯えきっていて目覚めたはなから逃げ出していくので問題はない。
「ブ、ブモ、ブモオオオオオオオオオオオオ!!」
リーダ牛は己を奮い立たせるように雄叫びを上げると、俺めがけて一直線に突進してきた。
なんかヨダレとかまき散らしてるしめっちゃ顔怖い。うわぁこっち来んな。
咄嗟に魔法で牛の目の前に土壁、いや岩壁を作った。
そして次の瞬間、ものすごい音を立てて牛が激突。
肉を打つ湿った音と同時に、何かがボクッと言う鈍い音を立てた。
あれ、この音って……。
「あ、首の骨折れたね。夕飯ゲットだ!」
なんか聞いたこと有ると思ったらこの音、骨が折れた時の音だ。
案の定、岩壁の裏、牛の居た側に回りこんで牛の様子を見ると、牛の頭があらぬ方向に曲がっていた。
白目剥いてるし、泡吹いてるし、絵面が完全にホラーだ。
しかし、咄嗟に作ったせいで強度が弱かったのか、それとも牛の突進が強かったのか、岩壁には巨大な罅が入っている。
危なかった、もう少しで貫通されてたかもしれない。
岩壁を崩して消すと、なくなった岩壁の向こうでザシャが尻餅をついてへたり込んでいた。
「お、おま、おま」
「ザシャ、落ち着きなよ」
「おまえ、ばっか、何やってんだ危ねえだろうが、これもう少しで貫通されるとこだったじゃねえか!!」
「おおう、元気だね。……立てる?」
「ああ……あ、あれ、?」
「あー、腰が抜けちゃったみたいだね。牛の血抜きもしたいし、暫く此処で休憩しよう」
「まじかよ……。ってか、こんなとこで血抜きなんかしたら魔物が寄ってくるぞ」
「あ、そっかー。うーん、魔法で臭いを上に飛ばすってのはどうかな」
「それって血の匂いが散らばるだけじゃねえか?」
「じゃあニオイを閉じ込める? 僕達の周りだけ血の匂いがこもることになるけど」
「あー、まあ、それならいいか」
血抜きって確か首の大動脈を切ってどこかに吊るせばいいんだよね。
「大動脈はーっと、ここかな。お、ビンゴだ」
持っていたククリナイフで当たりをつけた場所を撫で切ると、勢い良く血が吹き出した。
もう少しで靴が血まみれになるところだった。あぶね。
吊るす場所はないので、無属性魔法の『念力』で逆さまに浮かせておく事にした。
血も浮かせる範囲に入れてしまうと意味が無いので肉体だけを指定範囲にしている。
地味に面倒くさい魔法だなこれ。
あ、ザシャが立てるように成ったらこのまま街にもって帰れるな。
これ、運搬が楽でいいな。重たいものを運ぶ時とかにもっと活用しよう。
空間魔法にマジックボックス的なものが有るには有るのだが、制御がとても面倒くさいし、少量とはいえ常時魔力を消費するので使い勝手が悪い。
もし使うとしたら盗まれたくない物を持ち運ぶ時とかだな。
この学園に来る時にヴィルマーの旅行かばんを借りたのもこれが理由だ。
「これ群れのボスだから素材としては結構いいよ。角とか尻尾の毛とか杖に使うといいんじゃない?」
「は? でもこれお前が倒しただろ」
「ザシャも一緒に逃げまわったじゃん」
「お前余裕だったじゃねえか」
「そんなこと言ったら僕は大抵の相手には余裕で勝てるよ」
「すごい自信だな……」
「事実だからね」
「……わかったよ、有り難く受け取っておくことにする」
「素直でよろしい」
「お前ホントに生意気だなぁ……」
ザシャは俺を見て、「呆れた」と言って笑った。
あ、新しい話受信して書き始めてしまったんだ……この更新速度保つのきついので元に戻してもいいですか、いいですね((
やっぱり二日に一話は無理でした……三日に一話が自分には一番丁度いいようです。




