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三十一話:骨、暇を持て余す

 エラ・ゲーデル城。

 かつては邪神の城であり、現在は魔王城と呼ばれる悪名高き城。

 その城の一室にて、豪奢な服を着た骨がベッドの上で転げまわっていた。


「ああああああああああルッツは上手くやれとるんだろうか…………心配だああああああああ」


 その骨がヴィルマー・ローエンシュタインであるというのは言わずもがな。

 その部屋の入口辺りに待機しているエラの呆れを多分に孕んだ視線もなんのその。

 ゴロゴロじたばた、まるで駄々をこねる子供のように暴れている。


「ヴィルマー様、いい加減五月蝿いので黙っていただけませんか」

「エラはルッツがいなくて寂しう無いのか!」

「生憎私めは城でございますので」

「ぬう、……面白味のない奴め」

「そんなことよりヴィルマー様。大迷宮の人工太陽の調子が少々悪いようですので至急メンテナンスをお願い致します」

「またか!! いい加減アレは作りなおしたほうがいいな。術式がだんだん劣化し始めている」

「素材がありません」

「あったらとっくの昔に作り直しとるわ」


 エラによって途中で巧妙に仕事の話へと誘導された事に気がついたヴィルマーは、捨て台詞のような台詞を吐くと、「よっこらせ」とジジ臭い声を出しながらベッドから立ち上がり、目的の場所へと転移する。


「ああ、シーツが乱れてしまいました……あの方は人の仕事を増やして楽しいのでしょうか」


 エラは目の前から掻き消えたヴィルマーがちゃんと目的の場所へと向かったことを知覚し、そっとため息を吐いた。



 所変わってヴィルマーが向かった先。

 そこにはサイクロプス達が何やら巨大な球体のクリスタルを中心に寄り集まって、あーでもないこーでもないと騒いでる。

 サイクロプスたちは全員が一般男性ほどの背丈だが、筋肉隆々。

 肌は灰色で、巨大な単眼がせわしなくぎょろぎょろと動き回る様はおよそ一般的なものからすれば生理的嫌悪感を感じさせる。

 額には一本、又は二本の角の様なコブがちょこんと付いており、鼻がない。


「あー、こりゃあ駄目だな。直るか?」

「うむむ、くそ、誰か此処の内容覚えてねえか?」

「あ、ヴィルマー様」

「ここが擦り切れてしまっていてもとの魔法式が……」


 地球の神話では神々の武器を作り上げたと言われる種族は、こちらの世界でもこのような魔法工学や武器、アイテムの生成に長ける手先の器用な種族である。

 ドワーフの魔物版、と言ってもいいかもしれない。

 クリスタルは透明で僅かに中に浮かんでおり、クリスタルを中心にこれまた巨大な金色に輝くリングが幾つも重なりあうようにグルグルと回っている。

 そして、その動き回るリングには、よく見るとびっしりと文字が書き込まれていた。

 それらの文字は全てこの人工太陽を起動させるのに必要な魔術式であり、サイクロプスが悩んでいるのはそのリングの内の一部の文字が経年劣化によって掠れ、効果を失ってしまった為に、復元しようにも元の内容が分からないということであった。


「ここは多分こうなんだが、こっちが分かんねえんですよ」

「ふむふむ? そこはたしかこうだったはずだ……此処以外ならお前たちだけでも何とかなるか?」

「おお! さすがヴィルマー様!! ここさえわかれば後はあっしらだけでどうにかなりますわ」

「これがないと食料生産が滞るからな。ちゃっちゃと直してしまおう」

「野郎ども! 一気に終わらすぞ」

「「「おう!!」」」


 サイクロプス達が気合を出し始め、辺りの温度が数度上がった気がしたヴィルマーはそっとその場を離れた。

 筋肉隆々の単眼生物に囲まれる骨。うん、ない。色んな意味でない。 


「なんとむさ苦しいことか……骨なのに汗を掻くかと思ったぞ」


 ヴィルマーの微妙な冗談はさておき、ここは先ほどエラが口に出した『大迷宮』という単語であるが、この大迷宮、実はエラ・ゲーデル城の地下に何層にもわたって存在している迷宮なのである。

 と言うか、エラからすれば城よりもこちらのほうが本体である。

 この大明宮、かつてこの地に邪神が居た影響なのか迷宮内の空間が著しく歪んでおり、そこにヴィルマーが手を加えた結果、階層によって様々な環境が再現され、様々な魔物たちが生活するのに適した場所へと変わっていた。

 その為、多くの魔物たちは城ではなくこちらの地下大迷宮で生活しており、食料生産もここで行われている。

 ルッツが食べていたものも、時偶ヴィルマーやニクラスがルッツへのお土産として食べ物を買ってきた時以外は基本的にここで作られたものだ。

 因みに、この大迷宮もまたエラの一部であるため、城と同じく内部で起こったことはエラが全て把握していたりする。


「ルッツも居ないしなぁ……見回りはするまでもないし」


 ここの魔物たちは個人同士の小さな諍いこそあれど基本的には理性ある者達であるので滅多なことで殺し合いなどは起こらないし、起こったらエラが速攻で知らせに来るのですぐに分かる。

 とにかくヴィルマーは暇だった。


「ああ、することがない…………」


 ルッツが居た時はルッツの修行に精を出せたので退屈しなかったが、ルッツがいなくなった途端、ヴィルマーはとてつもなく暇になった。

 魔法の研究、自己鍛錬。

 そういったものは突き詰めていけばキリがないのだが、それだって延々同じことをし続ければ飽きが来る。


「…………気は進まんがアレ(・・)でもするか」


 しなければならないことがない訳ではない。

 別に急ぎではないということと、できれば先延ばしにしたいというだけで、必ずせねばならないことが、一つ。

 本来ならば定期的にしなくてはならないそれ。

 先延ばしにしても別に構いはしないのだが、先延ばしにすればするほどそれをするときの負担が増えるだけなので、やはりそろそろ行わなくてはならないだろう。


「ああ、いやだなぁ。気が進まない。実に不愉快だ」


 ボソリと暗い声でつぶやいたヴィルマーは再び転移で姿を消した。



 この世界には今現在、神と呼べる存在が居ない。

 かつては居た(・・)

 だが、それを殺したのは紛れもない自分自身だ。

 だからこれをしなくてはならないのも自分だ。


「分かってはいても意識を食いつぶされる感覚は慣れないな」


 こうして独り言でも呟いていないと意識を持って行かれそうになるのだから手に負えない。

 いや、気を失えばそこで意識どころか魂すらも取り込まれてしまうだろう。


 ヴィルマーが転移した先は、大迷宮の最奥部。その入口。

 このフロアには誰も住んで居ない。

 時折、どこかで水滴が滴る音がする以外に音は無く、痛いほどの静寂と闇が満ちている。

 そんな中、ヴィルマーの足音だけが大きく響く。

 酷く広大なそんな洞窟の中に、一箇所だけ、淡い紫色の水晶がその全てを覆い尽くしている部屋があった。

 水晶はそれ自体が淡い光を放ち、それらの光は周りの水晶を通って乱反射し拡散している。

 その為、本来ならば真っ暗であるはずの洞窟内は、硬質な光によって薄ぼんやりと紫色に照らし出されている。

 神秘と不気味さが混同して存在するその部屋の中心。

 空間の歪みが一際大きく、転移で向かうことが不可能であるために、ヴィルマ-であってすら徒歩で向かうしか無い場所。

 そこにそれはあった。


 それは洞窟内においても天を突かんばかりに巨大な水晶。

 かつての邪神が残したモノ。

 それは部屋を覆その他の雑多な水晶などとは一線を画す存在感を放ち、近寄るだけでも弱いものならば死に至るほどの力を内包している。


 ヴィルマーはソロリソロリとそれに近づくと、そっとその表面を撫でるようにその骨の手でもって触れる。

 すると、不思議な声がヴィルマーの頭に直接流れこんできた。


【外部からのアクセス、資格認証、『神殺し』、『代行者』、認証完了。アクセスを許可】

【魂の格が基準値に達していません。権能の使用に制限がかかります】


 これは邪神の有していた権能、それその物。

 権能の発動と同時に流れ込んできた情報の量にヴィルマーは顔をしかめた。

 無論、骨なので表情は変わらないが。

 この権能には、世界に干渉する力がある。


 この世界にはかつて神が居た。

 全てを創りだした唯一絶対の神は、たった一柱で世界を回し続け、やがて壊れ、狂った。

 そしてそれを殺した英雄が今では神の代わりに世界を回している。

 それだけの話。


 「うぐ……、暫く放っていたから歪みが大きい」


 主な仕事は権能を使って世界にできた歪みや裂け目、魔力の凝リなどを取り除く事。

 言葉にすればやっていることは簡単なのだが、実際にやるとなるとたまらない。

 脳はないのだが、それでもあまりの情報量に頭が悲鳴を上げているような気分になってくる。

 実際、あまりの負担に魂がガリガリと削られていくことがはっきりと分かる。


 ヴィルマーは神を殺し、権能にアクセスする権限を得た。

 だが、神を殺していくら魂の格が上がろうとも、ヴィルマーは単なる人間に過ぎなかった。

 魂の格は神に到底及ばない。

 その為、権能に接続するたび、ヴィルマーの魂は削られていく。

 ある程度は時間で回復するが、それだって限度がある。

 余り強い力を使えば魂のほうが耐え切れずに消滅する。

 あまり長く接続しても居られず、大きな力は使えない。

 身に余る力は身を滅ぼすとはまさにこのことだなとヴィルマーは独り、自嘲するように笑った。


 ヴィルマーは世界の歪みを少しづつ修正していく。

 ヴィルマーは言ってしまえば隠者、仙人のような存在であるとも言える。

 ただ只管己の力を高め、己を殺して世界のために働く。

 そういった行動により、この六百年の間に少しづつ魂の格は上がっている。

 このまま何事も無く時を重ねれば、いずれはヴィルマーも神の末席に至るだけの格を身に付けることは不可能ではない。

 ――だが、それでは遅い。遅すぎる。

 そんなものを待つ余裕はないほどに、世界は今、酷く危ういバランスで保たれている。

 完全に修正することは出来ないため、今や世界の歪みは無視できないほどにまで積み重なり、何時巨大な裂け目が生まれるかもわからない状態だ。

 そして、巨大な裂け目ができてしまえば、ヴィルマーにはもうどうすることも出来ない。

 焦りがないといえば嘘になる。

 このままではいずれ世界は歪みに耐え切れなくなって自壊するであろうことが、曲がりなりにも権能を扱うことの出来るヴィルマーにはハッキリと分かる。

 実際に、その影響は既にあちらこちらで出始めている。

 ルッツの魂がこの世界に落ちてきた(・・・・・)のも、恐らくはその歪みから生まれた穴が原因だろう。

 ルッツの魂は現状、この世界の何者よりも格が高い。

 上位世界から落ちてきた魂。

 ルッツが権能へのアクセス権を手にしたならばあるいは、ヴィルマーはそこまで考えてそれを打ち消した。


「どうやって権能へのアクセス権を手にするというのか。この世界には既に神はいないというのに」


 方法があるとすれば、それはヴィルマーを殺すことだ。

 だが、ルッツは絶対にそれを良しとはしないだろう。

 大体、ヴィルマーを殺すことは、邪神の呪いのせいで不可能に等しくなっている。

 権能の譲渡は不可能だ。


 歪みを大方修正し終わったヴィルマーは即座に権能との繋がりを断ち切り、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 眼球は無いはずだが、視界が歪み、霞む。


「ああ、きっつい……」


 それに、魂を削られるというのはこの世のどんな拷問にもまさる苦痛を伴う。

 こんな作業を息子(ルッツ)にさせたくはない。

 だが、世界はとうにボロボロで、ヴィルマーだけではどうにもなりそうにない。


 いったい自分はどうすればいいのか。

 焦り、葛藤、恐怖、様々な感情が溢れ出しそうになる。

 着実に近づく滅びを引き伸ばすことしか出来ない。

 人でなく、神でなく。

 自分は一体何なのかすら分からない。

 

「ああ、ダメだ。魂が削られたせいで感情の制御が甘くなっている……こんなことは考えたくない」


 きっと邪神がヴィルマーに不死の呪いをかけたのはこの光景を見せるためなのだろう。

 力及ばず、じわじわと世界が壊れていく様は、確かにヴィルマーにとって耐え難い光景だった。

 泣きわめきたい気持ちをぐっと堪える。

 どうせ泣き喚いた所でこの体では涙も出ない。

 涙も流さずにわめきちらす骨、何と滑稽な光景だろう。

 自らの醜態を想像して気を紛らわせる。

 ……ああ、嫌だ。

 そんなみっともない姿は誰にも見せたくない。

 泣き喚く暇があるならばどうするのが最善かを考えるべきだろう。

 そう考えたら少しだけ気分が上を向いた。

 ヴィルマーは苦笑する。


「とりあえずこの部屋から出るべきだな」


 権能は近くにいるだけでも魂に影響を及ぼす。

 削られて弱り切った状態であまり近くにいるべきではない。


 ヴィルマーはのろのろと立ち上がり、権能を眺める。

 ……本当は、どうにかして自分の魂の格を上げるのが最善策だということは分かっている。

 ただ、この世界にはその術が存在しないだけで。


 ヴィルマーは重たい体を引きずるようにして、ゆっくりとその場を後にした。


 ヴィルマーが立ち去った後も、権能は相も変わらず部屋の真ん中に鎮座し、輝いていた。

 少し気になったので、質問です。

 閑話についてなのですが、普通の話とカウントを分けたほうがいいでしょうか。

 現在、別視点の話は、タイトルの主語の後ろに読点をつけているのですが、必ずしも閑話であるというわけではないです。

 閑話ならば閑話であると分かったほうがいいですか?

 よろしければご感想をお聞かせください。

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