二十八話:少年人生初ギルド(上)※
「あー……何か色々買っちまったな……財布がすっからかんだ」
「あらら」
「あららって、お前な……お前があっちこっちうろちょろするから思わず買っちまったんじゃねえかよ」
「それってザシャが買わなければいいだけの話だよね、責任転嫁は良くないよ」
「ううっ……冒険者ギルドにある程度の金は預けてあるから家賃とかはなんとかなるのが唯一の救いか……」
ルッツの正論にザシャはがっくりと肩を落とす。
買い物が終わる頃になると、ルッツはすっかり打ち解けてタメ口で話すようになっていた。
ヴィルマーや一部を除いた城の面々に対してはイルザの躾の賜物、というべきか敬語が抜けなくなっていたので何だか変な気分だ。
イルザに敬語を習った後に、初めて敬語でヴィルマーに話しかけたら、凄いだの何だのとやたら褒められたため、幼かった俺は調子に乗って常に敬語を使うようになり、結局それが癖になってしまったのだ。
最近何だか自分のファザコンが極まってきたなと思わないこともない。
あと、城には自分と対等な存在が極端に少なかった事もあるんだろう。
ニクラスにはなんだかんだ言って悪友兼兄貴分なので普通に話しているが、それ以外では友達の様な相手はいなかった。
エラは俺が敬語で話しかけると「私は召使ですのでどうぞ普通にお話ください」と有無を言わさぬ調子で強要された。
うん、結局友だちがいないってことだよな。
と、そこでルッツは思い出したように顔を上げる。
「待って、今なんて言った? 冒険者ギルド? 行こうよ、僕行ってみたい!!」
「うわっ、急に叫ぶな。おい、あー、もー、分かった分かった。分かったから引っ張るな」
ザシャは、試験で初めてルッツとあった時、この自分より幼いであろう少年をいけ好かないと感じた。
どことなく冷めた、高みから見下ろすような目をしていたのだ。
誰だってそんな目で見られればムッとしないわけがない。
そのため、少しプレッシャーを掛けてやったのだが、ルッツは意に介した様子もなく悠々と試験をこなした。
そして、ザシャはルッツのあの目の意味を知った。
実際にルッツが使った魔法と比べてしまえば、自分を含めた受験者達の使った魔法など戯に等しかった。
おまけに杖を使うこと無く魔法を使うことまで出来ると言う。
敵う気がしなかった。
魔力量測の時の騒動だってそうだ。
ルッツが最初に魔力量を測定した時のあの目を焼くような光、魔道具の暴走だと言っていたが、きっとアレは多分本来のルッツの魔力量を示したものなんだろう。
魔力量は伸びしろに個人の才能こそあれ、魔力を使えば使っただけ増えていくモノだ。
だとすれば、ルッツはどれだけ幼い時から魔法を使い続けてきたのか。
外界との接触を絶たれたまま、今の今まで、ずっと想像も付かないような英才教育に耐えてきたに違いない。
他人を見下すあの目はあまり好きにはなれそうになかったが、ルッツの背景を考えるとそれも致し方がないと思えてくる。
それに、他人を見下す、とは言ってもそれはほとんど無意識のようで、普段のルッツは特に偉そうにすることもなく素直でいいやつだった。
無意識の見下しも、ポーカーフェイスか腹芸を覚えれば多少はマシになるのではないだろうか。
初めての外の世界に興奮するようにあちらこちら駆けまわっては目をキラキラさせる姿はその可愛らしい容姿と相まってとてもほほえましい。
歳相応の無邪気さにさんざん振り回されたが、なんだかんだで面倒見のいいザシャはしかたないなぁとルッツが駆けまわる後ろを付いて行っていた。
「お前ホントにわけわかんねえよな」
「えっ、何か言った?」
「いいや、別に」
「あっ、もしかしてアレが冒険者ギルド?」
「ああ。そうだぞ」
「お城ほどとは言わないけど、凄く大きいね」
「まあ、一応副本部って呼ばれてるからな」
「副本部?」
「ああ。まあ世界で二番目に大きい冒険者ギルドだ。本部で何かあった時はここが臨時の本部になるって話だぜ」
「へえー」
ルッツはふむふむと頷いて冒険者ギルドを眺める。
木造の二階建てで、扉はよく西部劇で見られるような押せば開く両開きの扉が二つあり、右側が入り口、左側が出口と決められているようだ。
そして、その両方の扉の外側には、また別のきっちり閉めることの出来る扉が取り付けられている。
戸締まりをする時はこちらの扉を閉めるのだろう。よく考えられている。
壁は漆喰のようなものが塗られているのか白く、意外ときれいな印象を受けた。
仕事帰りなのか、わらわらと大勢の冒険者達が出入りしている。
「ちょっと混んでるが、一応登録だけでもしておくか?」
「うん。そうする」
冒険者達の合間をくぐり抜けてギルドへ入ると、冒険者達がごった返していた。
背がまだ低いのもあって、ルッツには全く前が見えない。
目の前には装備で覆われたムキムキな冒険者達の腰、もしくは尻が見えるだけである。
まったくもって嬉しくない光景だ。
アマゾネス的なお姉さんならばまだ我慢出来るが、誰が好き好んで野郎のケツを見るというのか。
「うっわあ」
「ちょうど日帰りの仕事が終わる時刻だからな……。
今登録に行くと、さっさと仕事の報告して帰りたい奴に怒鳴られたりするから暫くそこら辺のテーブルで空くの待っといたほうがいいぞ」
「うん。そうしよう。余計な諍いはない方がいいもんね」
後、熱気がすごい。汗臭い。ヤバい。
なんというか、体育が終わった後の男子更衣室みたいな酸っぱい臭いがする。ウエッ。
「なんというか、凄く男臭い場所だね……」
「あー、まあな。この時間は混むのもあって女の冒険者は近寄ろうとしないと思うぜ……」
「受付の人って実は凄いんだね」
「ああ。だから基本的に鼻の良い獣人は受付をやりたがらないらしい」
「ネコミミ受付嬢はいないのかぁ……」
「あ? なんか言ったか? 周りがガヤガヤしてて聞こえなかったんだが」
「いや、なんにも言ってないよ」
ルッツは適当にごまかして笑った。
物語でおなじみだったネコミミ受付嬢は居ないらしい。
うーん、ちょっと残念。
ケモナーではないので落ち込むほどではないが、少し期待を裏切られたような気分だ。
そうしてルッツがザシャと雑談をしながら待っていると、ピークが過ぎた様で冒険者達の数が減り始めた。
「そろそろいいな」
「おお、ようやく念願の冒険者に!」
ザシャ曰く、授業でも冒険者としてパーティー組んで狩りに行くのとかあるから今の内に登録しといたほうが後で慌てて登録しなくてもいいため楽なんだそうだ。
カリキュラムとか出てたのか。あとで調べてみよう。
そんなこんなでカウンターの一つが空いたので其処へ向かう。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はご依頼ですか?」
受付は人族の女の人だった。
ザシャが腕輪を見せながら前に出て受付嬢と話し始める。
「コイツが冒険者ギルドに登録したいって言うから連れてきたんだ」
「分かりました。学園の生徒さんですか?」
「おう」
「では学生書を貸してください」
「持ってるか?」
「あ、うん。あるよ」
今日もらった学生書を出すと、それを受け取った受付嬢が何かの機械にその学生書を入れた。
「ルッツ・ローエンシュタイン様ですね。……はい。登録は完了いたしました。冒険者証の作成には時間がかかりますのでしばらくお待ちください」
「冒険者証ってなんですか?」
「はあ? マジでそんなんも知らねえの?」
「ろくに人間にあったことないんだから仕方ないじゃないか」
「人間にって、人間以外なら居たのかよ」
「あ、え、えっと。まあ……うん、リビングアーマーとかなら、沢山?」
「えぇ……どんな魔境だよ」
魔境呼ばわりとは失礼な。立派な魔王城だ。
うん、心のなかで言ってみたけど自分でも何が言いたかったのかわからない。
「で、では。ついでにギルドのルールなどの説明もいたしましょうか」
「あ、お願いします」
「はい。じゃあ始めに、冒険者証についてご説明いたします。まず、冒険者証とは、そちらの方が付けていらっしゃるような腕輪のことです。
この腕輪に嵌めこまれている魔石にはその持ち主の個人情報などが登録されているため、身分証の代わりとしてもご利用いただけます」
「この腕輪が盗まれたりした時はどうすればいいんですか?」
「この腕輪には、持ち主の魔力を登録するため、持ち主以外が身につけることは出来ないようになっております。
よって、身分証として使用する際にはきちんと腕にはめた状態で相手に見せる必要がございます。
また、冒険者の死体を発見した場合は出来る限りこの腕輪の有無を確認し、もし腕輪を付けたままだった場合には腕輪を持ち帰ってください」
「えっと……それは死亡確認のためですか?」
「はい。腕輪を持ち帰った人には謝礼金として、その冒険者がギルドに預けていたお金の一部が払われます」
「それだとわざと殺して持ってくる、なんてことをする人も居るのでは?」
「一応、報告にあった場所までギルドの職員が向かい、死体を確認、鑑識させていただくことになっております」
「分かりました」
確実性はあまり期待しないほうが良さそうだ。
「次に、腕輪になりますが、コレはランクが上がるごとに変わります。
ランクはF~SSSの九段階で、Fランクから順に、青銅、黄銅、鉄、鋼、銀、琥珀金、金、白金、真銀となります。受けられる依頼は自分のランク一つ上の依頼までです。ランクが下の依頼は自由に受けることが出来ますが、下級ランクの冒険者の仕事を奪ってしまうことになるため、高ランクの方々は何か余程の事情がない限りは適正ランクの依頼を受けることが暗黙の了解になっております」
「分かりました、それで、あの、琥珀金ってなんですか?」
「ああ、金と銀の合金ですね。琥珀色をしていて、毒物によく反応します。
毒に反応する時は鱗状の模様が浮き出て燃え木が爆ぜる時のような音がするとか……まあ、このような反応を示すのは食器などに加工した場合ですので、ただの腕輪では毒物に反応することは恐らくないと思います。
が、この金属を使って毒味の魔道具を作ると、相性が良いのかなんなのか恐ろしく性能が上がると言われております」
へえ、……、盛られた毒が分かる銀の特性を引き継いでるのか。初めて知った。面白いな。
「ああ、話が逸れましたね。
次にランクですが、自分のランクと同ランクの依頼を二十、もしくはワンランク上の依頼を十こなすと昇格試験を受ける資格を得ることが出来ます。
高ランクになるに従って、人格、素行なども査定の対象になりますので、ご注意ください。
さらに、ランクが下位の場合、こまめに依頼をこなさなければ冒険者資格は失われてしまいますのでご了承ください」
「こまめに、とはどれくらいの頻度ですか?」
「具体的に言うと、Fランクならば一週間に依頼一つ。Eランクならば一ヶ月に一つ。Dは3ヶ月に一つで、Cは六ヶ月に一つ。Bは一年に一つで、A以降になればどれだけ依頼をこなしていなくても失効されることはません」
「なるほど」
上のランクになるほどゆっくりしていても許されるらしい。
高ランクになると依頼がそんなに多くないんだろう。……それと、一度の稼ぎが大きいのもあるんだろうな。
ニクラスやヴィルマーも冒険者資格は持っているようだったけど、そんなに頻繁に依頼をこなしている様子はなかったからあの二人は確実に高ランクだ。
ってか高ランクじゃなかったらこの世界の平均的な強さがおかしいことになる。
ルッツは二人の強さを思い出して身震いした。
軽く掠っただけでも死ねるような攻撃をバンバン打てるような奴らが低ランクなわけがない。
「ルッツ、寒いのか?」
「あ、いや、大丈夫。なんでもない」




