二十七話:少年は真実の一端を知る
合格の通知が届いた俺は、急いで学園へと向かい寮の手配をしてもらうことにした。
「早い者勝ちなら急ぐに越したことはないもんな」
「そうそう、だからニクラス頑張れー」
ルッツを背負っていてもまるで関係ないと言わんばかりの走りを見せるニクラス。
流石は犬だ、足が速い。
流石に町中でコボルトの姿になることは出来ないので人型のままだが、それでも恐らく馬車より早い。
そんなわけで、ニクラスに背負われたルッツは、あっという間に学園についてしまった。
「ありがとニクラス」
「どーも」
今日はまだそんなに混んではいないようで、人はまばらだった。
「じゃあ僕はいくね」
「おう、またな」
俺はニクラスと別れの挨拶をして受付へと向かう。
「合格者の方ですね?」
「はい」
「識別プレートの提示をお願いします」
「どうぞ」
「一〇二九四二番、ルッツ・ローエンシュタイン。はい、確かに。……入学金は小金貨三枚です。お持ちですか?」
「えっと、これでいいですか?」
「はい。小金貨三枚、たしかに確認いたしました」
入学金は予めヴィルマーに持たされていたし、問題無く払うことが出来た。
次は寮の部屋選びだ。
「あの、寮を使いたいのですが……」
「分かりました。現在の空き部屋はこのようになっております」
受験の時にも使っていたあの石版のようなものを見せられる。
タブレット端末みたいに石版の表面に部屋の図が浮かんで、触ると反応するみたいだ。
ファンタジーなのか近未来的なのか判断に困るな。
「ええっと……ここでお願いします」
「はい、いい場所を選びましたね。この部屋日当たりが良くて景色も綺麗なので結構人気あるんですよ」
「そうなんですか」
「ではここで決定、と。家賃は毎月大銀貨二枚です。よろしいですね」
「はい」
「こちらは学生証兼寮の鍵となっております。これにあなたの血を付けると登録完了になります」
またあのプレートのようなものを渡され、同時に針も渡された。
これで指を突いて血を出せってことだろう。
自分で自分の指を血が出るくらい深く刺すのって結構怖いな……ええい、ままよ!
思いっきり刺したら結構な血が出たので慌ててカードになすりつけて回復魔法で傷を塞ぐ。
受付の人もびっくりしている。うん、思いきりやり過ぎたな。
「え、ええと。登録は今ので全て完了いたしました。寮は今から向かって頂いても問題ありません」
「はい、有難う御座います」
受付を出た俺は早速その足で寮の部屋へと向かった。
「ええ、と……ここか」
ドアノブの上に黒い板のようなものが付いていたのでそこに学生証をかざすとカチャリと鍵が開く音がした。
「おお……」
少し感動した。凄いなこれ。
中に入ると、短い廊下があり、その先に部屋があった。
その部屋の片側には二段ベッドがあり、もう片側には机が置いてある。小さいが本棚も付いている。
廊下を改めてみたところ、下駄箱とクローゼットが壁の中に埋め込まれていた。
受付の人が言っていたように日当たりもいいし、寮自体が高い場所にあるのか街を一望できる。
「いい部屋だな」
気に入ったので俺は早速自分の荷物を広げてしまうことにした。
「コレは此方でアレは其処……ああ、布団も敷かなくちゃ」
服はアラクネ達に大量に持たされてしまったが俺にはコーディネートとかするセンスは皆無なので、ほとんどは鞄の中で眠る羽目になるだろう。
よく着る無難なものだけクローゼットに掛けておけばいいかな。
靴は冬用に分厚くて温かいものと夏用の通気性のいいものをそれぞれ三足づつ持ってきた。
冬用のものはともかく、通気性のいい革靴ってなんなんだろうと毎回思っていたりするのだが、実際に通気性がいいのだから驚きだ。
一体何の革が使われているんだろう。
廊下に扉があったので中を見てみると、洗面所だった。
水を出すための魔道具が置いてあるので、多分そうだろう。
歯磨きセットを置いておいた。
「さて、だいたいコレでいいだろう」
うむ、世は満足じゃ。
「ルームメイトってどんな人なんだろうなー」
やることが無くなってしまったので、まだ見ぬルームメイトに思いを馳せてみた。
仲良くなれそうな人ならいいんだけど。
と、考え事をしている内にそのルームメイトがやって来たらしく、玄関の方からガチャリと解錠の音が聞こえてきた。
その人物は良く分からない雄叫びを上げている。
……多分感動してるんだなアレは。
「いらっしゃーい」
「うわあ!?」
声をかけたら無茶苦茶驚かれた。
「あれ、お前あの時の」
「あ、ガキ大将」
そう、俺のルームメイトはあのガキ大将であった。
「が、ガキ大将って……最初にあった時のことは謝ったじゃねえか」
「第一印象ってのは中々抜けないものなのだよ、君」
からかうと結構面白い反応を見せてくれる。コレは仲良くなれそうだ。
「そういえば僕、君の名前を知らないんですが」
「あ、そういえば俺もお前の名前しらねえな……」
「じゃあ僕から、僕の名前はルッツ・ローエンシュタイン。これからよろしくお願いします」
「俺の名前はザシャ。ザシャ・ヴァルター・ライプニッツだ。こちらこそ宜しく」
「ザシャか……それにしても何だか貴族っぽい名前ですねぇ」
「あー……、うん。結構よく言われるよ。
……けどそれを言うならルッツだって大概だろ。ローエンシュタインってこんなちっちゃな餓鬼でも知ってる位有名な邪神殺しの英雄の名前だぞ」
ザシャが手を水平にして自分の太ももくらいの所を示す。
瞬間、空気が凍った。
邪神殺しの英雄。
その言葉に俺は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
ヴィルマーは元人間だと言っていた。
ヴィルマーが邪神を倒した英雄の物語の本を読んでくれた時のことを思い出す。
特に気にも留めていなかったが、確かあの時、ヴィルマーは「仮にも神を殺すのに何の代償もなく殺せるわけがない」と、物語に対して文句を言ってはいなかったか。
そして最も有名な英雄の名前、ローエンシュタイン。
度々リビングアーマー達の会話から聞こえてくる六百年前という会話。
さらに、確か邪神大戦は六百年前の出来事だったはずだ。
頭のなかを電撃が走り抜けたようだった。
ここまで揃ってしまえば後は馬鹿でもわかる。
ヴィルマーは邪神殺しの英雄だ。
なんで俺は今の今まで気が付かなかったのだろう。
本当は、きっと物語のように『お姫様と幸せに暮らしました。めでたしめでたし』なハッピーエンドを迎えたわけではないんだろう。
ヴィルマーがボソリと漏らした神殺しの代償が、いったいどんなものだったのか、俺には分からない。
だが、でなければ何故あんな姿になってまでヴィルマーたちはあの城にいるのか。
そして、何でそのことを誰も教えてくれなかったんだろう。
ヴィルマーも、騎士たちも、俺に一体何を隠していたんだろう。
「おい、ルッツ、どうかしたのか?」
一瞬固まっていた俺はザシャの声で我に返った。
いけない、思考に没頭していた。
「えっ、……そ、そうなの?」
「なんだよお前知らなかったのかよ」
「えっと……あんまり物語の本とか読んだことないんです」
「勉強漬けってやつか? ……この感じだと他にも色々知らないことがありそうだな。今度教えてやるよ」
「ほんとですか? ありがとう!」
もしかしたらほんの少しだけ動揺が表に出たかもしれないが、驚いただけだと思ったのかザシャは特に訝しむようなことはなかった。
ヴィルマーの過去のことについて尋ねると、ヴィルマーは必ず適当にはぐらかしてしまうし、魔物たちは答えようとしない。
一部は本当に知らないんだろうけど、リビングアーマーたちなんかは確実に知っているはずだ。
誰も答えないならば仕方が無いとは思っていたが、よもやこんな所でその一端を掴むことになるとは。
「っていうかルッツさ、初めて見た時はお貴族様みたいだと思ってたけど、そうじゃなかったんだな」
「え、何でですか?」
「だってその服なんて見るからに一級品だしよ。所作も綺麗だし、言葉遣いだってそうだ。髪の毛なんかも長いのに手入れも行き届いてるし、何よりその肌の白さは平民の子供じゃあめったに居ない。なのにこんなに気さくに話しかけてくるし、二人部屋選んでるし、常識がないし……」
「あー、色白なのは僕がめったに外に出なかったせいだと思います。……よしんば外に出たとしても大抵の場合曇ってたし」
「大抵の場合曇ってたって、果ての荒野にでも居たのかよ」
「……うん、まあ、そんな感じですかね」
「うひゃぁ、ど田舎だし危ねえ。そりゃあ外に出してもらえねえし世間知らずにもなるってもんだ」
「僕の両親はオークに殺されちゃったらしくて、今は養父の世話になってるんですよ」
「うわ、サラッと重たいことを……オークに殺されたらしいって、何で伝聞形なんだよ」
「僕は赤ちゃんだったので。両親の顔も知らないから、今は養父のことをホントの父親だと思ってます」
「あー、その、なんだ。すまん」
「別に全然気にしてないからいいですよ。そもそも両親と一緒にいたら僕はこんな所に居るかどうかも分からないので。
……父上には本当に感謝してるんだ。僕の身なりが綺麗なのもその人が色々と気にかけて整えてくれたおかげだし」
「そうか。それならいいんだけどよ」
俺の両親が居ないことを話すと、ザシャは少し暗くなってしまった。
そんなに落ちもまなくてもいいのになあ。
何かこう、場の雰囲気が明るくなるような話題はないかな……。
「そうだ、ザシャの荷物を広げましょうよ」
「俺の荷物ったってそんなにねえぞ。受かってから買う予定だったしな」
「じゃあ買いに行こう」
「はぁ!? まさか今から?」
「そうですが?」
「……まあ、ベッドのシーツなんかは今日の内に買っとかないとまずいか。分かった、行こう」
「雑貨屋さんとかもあるんですかね?」
「そりゃ、こんなでかい街ならあるに決まってんだろ」
「僕行ったことないから楽しみです」
「どんだけ箱入りなんだよ……冒険者ギルドにも登録してないとか?」
「あっ」
「マジかよ」




